とある白姫の誕生秘話46_吐露3

悲報!!!…打ち合わせで30分ほど離席したら可愛い可愛い愛息子に先に帰られた…


明日からヴァカンスに入ろうという少しばかり幸せな夕方。

可愛い可愛い愛息子は、実母は鬼籍に入っていて父親はその後再婚。
その他唯一の身内の年の離れた姉は結婚して外国暮らしである。

父親は息子が社会人になるまでは生活における金銭的な援助はしていたらしいが、社会人になった時点でほぼ縁が切れたような状態で、実家と言えるようなものがないというのは以前聞いていた。

だから里帰りとかの予定も当然ないだろうし、一緒に暮らし始めて初めての長期休暇。
楽しく旅行でも行こうかと、帰宅後に話しあおうと帰り支度をしていたら、ヴァカンスに入ってしまう前にどうしても確認したい案件があると言われて引き留められる。

義勇とは帰る場所が一緒なのもあり、いつも当然のように一緒に帰っていたから、特に確認するまでもなくそのつもりで、

「じゃ、ちょっとだけ行ってくる」
と、軽く声をかけて一旦はかけたデスクの鍵を開けて、ファイルを取りだして、営業部へと借りられて行く。

そうして向こうの課長と30分ほど打ち合わせ。

必要な事が終わってもダラダラと世間話で引き留める第二営業部の課長のことは錆兎はあまり好きじゃない。

それでも普段なら付き合いもあるし多少はそれに付き合ったりもするのだが、今日は愛息子を待たせているのだ。
2人で帰りにマーケットによって美味しい夕飯を作る食材を買って帰りたい。

だから、必要な確認が終わって相手が
──ところで……
と、言葉を乗せた瞬間

「じゃ、これで確認は終わりだな。
今日は急ぐんでそれじゃっ!!」

と、有無を言わさずそれを遮って立ち上がった。


こうして急いで自分の部に戻ったが、何故か自分の隣のデスクに義勇の姿がない。

あれ?トイレか?
と、しばらく待ってみるも、戻って来ない。

そして待つこと約1時間。

「鱗滝さん、まだ帰られないんですか?」
と、皆が帰って静まり返ったフロアで、おそらく最後の1人であろう若い男性社員が不思議そうな目をむけてくるのに、

「いや…義勇待ってんだけど…」
と、答えると、彼は苦笑して

「もう帰ったと思いますよ。
鞄持ってフロア出てたし」
と、教えてくれた。

ま~じ~かぁぁ~~!!!!

その言葉に錆兎は秘かにショックを受けつつ彼を見送ると、自分も鞄を手に立ち上がった。



いや、確かに約束してなかったし?
待っててくれとも言わなかったし?
けど、いつも一緒に帰ってるだろっと、思った。

が、すぐに、ああ、俺、今日は待っててくれとか言ってないな。
義勇は自分から相手に絡むのが苦手だから、言ってやらないと待って良いのかわからなかったのかも…可哀想な事をしたなと思いなおす。

もうその発想がかなり相手に対して甘いわけなのだが、仕方ない。
だってすごく可愛いのだから…


そうなると買い物はどうしようか……
独りで寂しく自宅で待っているであろう義勇の元へ少しでも早く帰ってやりたい。
まあ食材が全くないわけではないので、少し凝った食事は明日にして、今日のところはまっすぐ戻るか…

そう思って錆兎は会社を出ると、まっすぐ自宅へと帰宅した。


が…そこで錆兎はさらに唖然とする事になる。

帰宅しても電気がついていない。
真っ暗だ。

まさかまた体調を崩して寝ているのかっ?!

二度ある事は三度あるとばかりに、錆兎は玄関の鍵を閉めると、廊下、リビングと灯りをつけながら、奥へと進んでいく。

そうして義勇の寝室のドアをノック。
返事がないのでドアノブを回すと、真っ暗な部屋。

それだけではない。
どこか違和感を感じて部屋の電気をつけると、その違和感の原因がはっきりわかった。

クマがいない。
もちろん本物とかではなく…ぬいぐるみなわけだが……

義勇がここに越してきた時に持って来たのは大きめのボストンバッグ一つ分の着替えとペアのティーカップ。
その他はわずかな文房具と洗面用具。
そんな風にほぼないに等しいくらいの私物の中で、もう一つ大きなボストンバッグをいっぱいにしていたのは、大小様々なクマのぬいぐるみ達だった。

それをデスクやベッド、棚の端など、いたるところに置いていたのだが、今見渡すとあれだけあったクマのぬいぐるみが一つもない。

梯子を登ってベッドを確認しても当然そこに義勇の姿はなく、下に降りてクロゼットも確認したが、そこももぬけの殻だ。

何故?!!と錆兎は半ばパニックを起こしそうになって義勇の部屋を飛び出し、食器棚にあるはずのティーカップを確認しようとダイニングに行きかけて、通りぬけようとしたリビングのローテーブルの上に、それを見つけた。

シンプルな白い封筒。
朝にはそんなものはなかったから、これは義勇が置いていった物に違いない。
震える手でそれを取る。

中には封筒と同じくシンプルな白い便せんが一枚だけ。
そこにはただ、これまでの生活が幸せで楽しかったことと、その礼、そしてここを出ていく旨とさがさないで欲しいと言う事が淡々とした文章で記されている。

「…幸せで楽しかったってんなら…何故出て行くんだよっ……」

くしゃりと手の中の便箋を握り締めて、錆兎はその場にしゃがみこんだ。



どうしてよいのかわからない…
錆兎は生まれて初めてそんな壁にぶち当たった。

27年間生きてきて、人間関係でどうしようもなく困った事はない。
観察眼には優れていて思った事を実行できる度胸もあったため、大抵の人間とは上手く付き合っていく事が出来ていたし、むしろ相手に距離をおいてもらうのが大変だったくらいだ。

こんな風に突然離れて行かれた事は初めてで、さらにその相手が自分がいま一番側にいたい相手だったことで、物ごころついて以来いついかなる時も平静さを失わずに働いてくれていた理性が仕事を放棄して、代わりに悲しさやら切なさやら焦りやらという感情が押し寄せてくる。

…義勇…義勇、義勇、義勇…どうして…

いつも隣あって座っていたリビングのソファを前に、まるでそこに彼がいるかのように視線を向けて脳内で語りかけた。

こんな紙きれ一枚で納得出来るはずもなく、しかし事情を聞こうにも考えて見れば彼が身を寄せそうな場所の一つも思いつかない。

実家はなく、父親は再婚して外国のはずだし、姉も外国。
学生時代に住んでいたマンションはここに移り住む時に引き払った。

会社では常に自分の側にいて、他とは泊めてもらうほどの親しい関係は築いていなかった気がする。

そうなるとホテルだろうか…。

まだ新入社員でそれほど貯蓄も出来ていないだろうし、安ホテルとかに泊まってトラブルに巻き込まれたりしていないと良いのだが…

悲しさとは別にそんな心配も沸き起こって来て、居ても経っても居られなくなってきて、錆兎は便せんを携帯と財布と共にスーツのポケットに突っ込んで立ち上がった。

その時である。

鳴り響く聞きなれた着信音。
無視してしまおうとそのまま玄関に向かうも、留守電に切り替わった先から聞こえる従姉妹の声。

──義勇君いないんだから、どうせスマホ握り締めてんでしょ?!出なさいよっ!!!

と、その言葉に錆兎はスマホを取り出してタップする。

「おいっ!!お前、義勇の居場所知っているのかっ?!!!」


意外なあたりではあったが、考えて見れば真菰は今回化粧品のポスター撮りなどの関係もあって、全く接点がないわけではない。

義勇の方から真菰に相談という事はないにしても、可愛い子好きを日々公言している真菰の方から声をかけた可能性は十分あり得る。

ホッとしすぎて泣きそうだった。
まだ間に合う。
連絡が取れれば軌道修正できるはずだ。

電話の向こうではそんな錆兎の焦りと安堵をおそらく長い付き合い上憎らしいほどわかっているのであろう真菰が、

『あたしのマンションまで迎えに来て』
と一方的に言って電話を切った。

ツ~ツ~というビジートーンに一瞬かけなおそうかと思ったが、そんな暇があったら真菰の言う通りマンションに迎えに行った方が早いだろうし、義勇の居場所についての唯一の手がかりである真菰にへそを曲げられても面倒である。

目的は義勇を取り戻す事で、他のことはもうどうでも良いと言えば良いのだ…と、割りきって、錆兎は車のキーを手に玄関へと急いだ。



こうして辿りつくかつて知ったる真菰のマンション。

エントランスの前に車を停めると、

──今エントランス前だ。さっさと降りてこい
と、電話をかける。


すると3分もしないうちに中から姿を現す真菰。

おそらく会社から戻って着替えるどころかそのままの格好で待機していたのだろう。
スーツをきっちり着こなしている。

「感謝してね」
と、助手席のドアを開けて乗り込みながらそんな言葉が出てくると言う事は、協力はしてくれる気なのだろう。

「ああ、感謝する。
本気で感謝するし、なんなら今度ちゃんと礼もするから、教えてくれ。
義勇はどこだ?」

こういう状況で意地を張ったって良い事なんて何もない。
真菰が席についてシートベルトをしめたのを確認してエンジンをかけると、錆兎は言う。

それに真菰は少し驚いたように目を丸くした。

まあいつも互いにこういうことに関しては素直に言葉を返すなんてことはないから無理もない。
普段ならそこでイラっと余計な一言を口にして喧嘩になるところなのだが、今はそれも根性で控える。

絶対に取り戻すのだ。

そんな錆兎の本気度は真菰にも伝わったのだろう。
真菰もそれ以上は軽口も言わず、本題に入ってくれる。

「義勇君ね、あたしと部下が出先から帰社途中に公園に居たの。
人通りがないとは言わないけど奥に行けば人目もなくなるし、危ないから保護させたわ」

「…保護させた?」

「ええ。部下が義勇君の同期で知り合いなのよ。
あんたも知ってるでしょ?例の面接ですっ転んだ子」

「村田かっ?!!」

ギリリとハンドルを握る手に力がこもる。

さすがに握力80以上の錆兎が握っても折れたり曲がったりする事はないが、錆兎の声に苛立ちと怒りの色を見て、真菰は苦笑した。

確か新人研修で義勇と再会した村田が翌日に彼に面接の時の礼にと菓子を渡したら、翌日殺気だった笑みを浮かべた錆兎に慇懃無礼に礼を言われて、恐怖に怯えていたなんてこともあった気がする。

今、自分が話した情報だけで名前まで出てくるということは、どうやら村田は錆兎のブラックリストにしっかりと名を記されているようだ。

これは…なかなか気の毒と言うか…直属の上司だけあって決して自身は主役になりたくない、モブに徹したい村田のモブ気質を知っているだけあって、さすがに真菰も同情する。

なにしろ相手は社内一の人気者で実際に仕事も出来て評価もされている男で、滅多に他人に対してマイナスの感情を向けることなどない男だ。

そんな男に唯一くらい嫌な顔をされたら、事情を知らない人間達から見れば、どうみても村田が重大な何かをやらかしたのだろうと思うだろう。

実は単なる嫉妬にすぎないわけだが……

「今回はあたしが見つけて、でもあたしが声かけると遠慮して何も言えないだろうなぁと思って、同期の村田に事情を聞きに行かせたの。
だってあのまま公園に放置して変質者にでも目をつけられたら危ないし?
だから村田は悪くはないわよ」

「…わかってる……」

フォローを入れてもなお、不機嫌な表情を崩さない錆兎に、真菰はため息をつく。

「とにかく、うちの部下にあたるのはやめてやってね。
まだ仕事で一緒する事も多いんだから」

「………」

「錆兎っ!!」

「わかってる。
で?義勇はどこだ?」

全然わかってない顔で言う錆兎に、とりあえずこれ以上何を言っても無駄だと真菰は肩をすくめて質問に答えた。

「村田の家。
住所は……」

ギュンッ!!と、その瞬間急ブレーキ。
錆兎は血相を変えて叫ぶ。

「なんであいつの家なんだよっ!!!!!」

あ…これはまずったかな…と思うものの、行き先については村田にも真菰にもコントロール不可能だったというか、希望したのは義勇なのだが……

「義勇君が住居を見つけるまで置いて欲しいって言ったのよ。
そこで断って他の変な奴に話持ちかけられたら怖いじゃない。
とにかく、村田はあたしの指示で了承しただけだから。
義勇君に恩義は感じていても、別に同僚以上の感情は持ってないから。
あんたが行けば素直に引き渡すから、危害加えないでよ?!」

「…住所寄越せっ」

全然納得していない顔で言う錆兎に真菰は迷うが、結局はここまで言って教えませんなんて事はできるはずもなく…

(まあ…何か奴に被害が及びそうになったら義勇君がなんとかしてくれるでしょ…)
と、半ば自身が説得することは諦めて、村田の古びたアパートの場所を錆兎に伝えたのだった。



可愛い可愛い義勇が他の男と密室にいる…
しかも相手は以前義勇を菓子なんかで釣ろうとしやがった男だ。

真菰から住所を聞くと、錆兎は捕まって時間を取られたりしないよう理性を総動員して安全運転を心掛けながら、その場所へと急いだ。


辿りついたのは古びた2階建てのアパート。
2階への階段は建物の端についていて、錆兎は真菰を車に残すとその階段を駆け上がった。

【村田】という表札のあるドアの前。
錆兎は深呼吸をして息を整える。

冷静に、冷静に…

一応、大人しくドアを開けて義勇を引き渡したら見逃してやると真菰と約束をしたので、顔を見るなりいきなり殴りつけたり怒鳴りつけたりしてはいけない。

それをやると今後真菰の協力を得られなくなる可能性がある。


普段ならそんな事くらいは簡単どころか、にこやかに相手に対する好意を演じられる程度には鉄壁の理性は、どうも義勇とユウに関係する事においては全く働いてくれない。

だから自分を落ちつかせるために念のためもう2度ほど深呼吸。

夜の空気が肺いっぱいに満たされ、少し頭が冷えてきたと思われたところで、呼び鈴を押した。


そうしてドア前で待っていると、

「…はい……」
と、どうやらドアの向こうに人の気配。

奴だ…と思ったとたん、頭に血がのぼりかけるのを必死で抑え、

「夜分に悪い。鱗滝だ。
義勇から聞いているとは思うが一緒に住んでいるのだが、いきなり出て行かれて事情もわからずにいるから本人に話を聞きたい。
だから開けてもらえるとありがたい」

と、なけなしの理性で静かに言った。


「…いま、開けます」
と、その声音が功を奏したのだろうか…

チェーンと鍵を外す音がして、開くドア。
それが完全に開ききらないうちに、反射的に手が出た。

ガシっとドアを掴むと、村田は驚いて怯えたようにドアを閉めかけるが、握力と腕力の差は歴然としていて、ドアは完全に開け放たれる。

…危害は加えない…本人には手を出さない…だよな?
と、錆兎は心の中で真菰に語りかけた。

そして、村田に笑顔で言葉をかける。

「車の中に真菰が待ってるから、あとで車代を払うから大通りに出てタクシー拾って帰ってくれと伝えて欲しい」

と、その言葉は村田には予想外だったらしい。
ぽかんと口を開けて呆ける彼に、錆兎はさらに付け足した。

「そのあたりの棒っきれを片手に刃物を持った強盗を殴り倒して警察に突き出したり、素手で痴漢を投げ飛ばして捕まえたような人間でも、一応、性別はだ。
もちろん、夜に1人で歩かせて良いわけはないと言うのはわかるな?
自宅の前まではきちんと送っていけよ?
お前の帰りの車代もあとでちゃんと払うから」

穏やかな声音でにこやかに…と、心がけたにも関わらず、目の前の新人が怯えたようにプルプルと震えているのは何故だろう…と、錆兎は感情を抑え過ぎて、もはやディスプレイの向こうの景色でも見ているような感覚で、そう思う。

「わ、わかりましたっ!すぐにっ!!」
と、彼もまたスーツのままなのに、慌てておそらく私服の時に履いているのだろう。
古びたスニーカーを履いて、ドアを出ようとして錆兎の横を通り過ぎた…その時…

──ああ、そうだ。仏の顔は三度までとか言う言葉があるらしいが…俺なら二度だな。二度やられたらたぶん粉々に粉砕する気がする…

すぐそばを通り過ぎる村田だけに聞こえるレベルの極々小声ではあるが、つい漏れだした世間話に、相手は、ひぃぃっ!!と、悲鳴をあげた。

その挙句に逃げるように足を踏み出した階段から足を踏み外して、思い切り尻もちをついていたようである。

だが、それに対しては俺のせいではないな、手は出してないし?下まで落ちてもいないから、せいぜい尻に青あざくらいだよな…などと思いながら、錆兎は村田の家に入ってドアを閉めた。


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