とある白姫の誕生秘話42_重すぎる善意と軽すぎる悪意2

「錆兎さんのことなんだけど…」
と、それでもうながされたのもあって最初に一歩踏み出してきた女性が口を開いた。

どうやら彼女がリーダー格らしい。

「はい。なんでしょう?」
と、それにやっぱりコテンと小首をかしげて聞く義勇。

いちいち仕草が幼げで、なんとなくひどいことを言ったりしたりなどする気がなくなってしまうようだ。
女性陣は一様に少し柔らかい表情になっている。

──ホント、愛息子ってわかる気がするよね…
──うんうん…

などと小声で交わされる言葉。

「あのね…」
「はい?」

「義勇君、錆兎さんと一緒に住んでるって聞いたんだけど…」

…と、いつのまにか、冨岡君から義勇君に変わっている。

「はい。課長補佐のご厚意でお宅に住まわせて頂いてます」

「何故一緒にってことになったの?」

と、なるほど、そこが押しかけて来た一番の原因だったか…と、思いつつ様子を見守っていると、義勇は綺麗な形の眉を困ったように八の字に寄せた。

すると質問している女性はもちろん、他の女性も一斉に義勇に注目をする。

「あ、あのっ…」
「なあに?」
「…できればあまり言わないで欲しいんですが……子どもみたいで恥ずかしいので……」

言わないで欲しいというあたりで若干険しさが戻って来た女性陣だったが、“子どもみたいで”の言葉でまた柔らかい雰囲気に戻って頷いた。

「ええ、もちろんよ!プライベートな事情ですもんね!
絶対に言いふらしたりはしないからっ!!

という彼女達の言葉は絶対に信用出来ないと思うが、ここで下手に隠したら、今度はない事ない事言いふらされかねない。

だから言わないと言う選択肢はないだろうな…と、宇髄は小さくため息を零した。


──無言電話が続いてたんです…

は??
と、誰もがぽかんとする。

「無言ていうか…出ると、電話の向こうではぁはぁ言うやつ。息遣い電話?
大学の後半くらいからずっと続いてて…胃を壊して課長補佐に病院に連れて行かれた後、色々聞かれてそれ言ったら、課長補佐が1人じゃ危ないからって…。
あ、元々ご自宅はビジネス街のマンションだと通勤は便利だけど生活に不便だからって購入されて、1人じゃ広すぎるとはおっしゃってたんですけどね。
それで俺のこと思い出したらしくて…
生活に便利な場所に…ってことは、そろそろ色々考えてるのかなぁとか、それで俺が居候して良いのかなぁとか色々思ってたんですけど、『お前がちゃんと巣立つまではちゃんと面倒みてやるから、心配すんな!』とか言われてしまって…」

「シングルファーザーね…」
「うん、子育て中の父親…」
「なるほど、愛息子……」


そんな声が漏れる中、義勇はしょぼんとうなだれて言った。

「俺のことより…こんな事してたら課長補佐の方が婚期逃しちゃうんじゃないかと心配なんですけど……」

と、その言葉に、再び、ギン!!と光る女性陣の目。

「義勇君」
「…はい?」

空気は肉食獣のそれだが、声音は小さな子どもに話かけるようなゆっくりとした優しい響きのアンバランスさが怖い…と、宇髄は思う。

そんな空気に気づいてか気づかないでか、義勇は相変わらず、コテンと小首をかしげる。



課長補佐の婚期……

その言葉は言うなれば猛獣の中に肉を投げ入れたようなものだった。
実にわかりやすく食い付く女性陣。

「その婚期についてなんだけど…」
と、ギラギラした目で課長補佐の愛息子こと義勇に詰め寄る女性陣。
自分だったら恐怖に卒倒しそうだ…と、宇髄が思う程度には殺気立っていた。

しかし当の義勇はやっぱりきょとんとした様子を崩さず小首をかしげている。

一応体裁を繕う気はあるのだろう。
女性陣は笑みは浮かべているが、眼が怖い。
全然繕えてないと言うか、そのアンバランスさが本当に怖いと宇髄は思う。

「錆兎さん…そういう方いるのかしら?」
と、ひきつった笑みを浮かべて言う女性陣に、

「そういう方?」
と、相も変わらずあどけなさ全開で聞き返す愛息子。

まあ、そのあどけない様子故、猛獣に牙を剥かれていないのであろうと思えば、その所作は正しいわけではあるが、自衛のためには正しいからと言って、実際出来るかどうかは別物だ。


「ようはね、お付き合いとかしている女性がいるようなお話聞いてる?」

ジリジリとしていますと顔に思い切り描いているような表情で聞く女性陣に、義勇は

「いえ、課長補佐本人には少なくとも俺はそういう話は聞いた事ありませんし、自宅に女性が訊ねてきたりしたことはありません」
と、首を横に振った。

ほぉ~っと女性陣の中から安堵の息が漏れる。

ああ、これで解放されるか?と宇髄も別の意味で内心安堵の息をもらしたわけなのだが、そこで女性陣の1人がぽつりとつぶやいた言葉…

──確か、宇髄課長が錆兎さんには思いを寄せる女性がいるってお話をなさってたとか…

と言う言葉で、猛獣達の視線は今度は一気に宇髄の方へと向けられることになった。



え?ええっ?!!今度は俺かよっ?!!勘弁しろよっ!!!

宇髄は心の中で大絶叫。


「宇髄課長っ!!!」
と詰め寄られて、目眩がする。


事情や成り行きを知っている上に、半分ほど二次元に身を置いて生活している宇髄はなんとも思わないが、一応、ネット内のプレイヤーに(前に両がつくのではと思うが)片思いをしているというのは、一般的には理解されないだろう。
そう考えると、錆兎の名誉のためにも本当のことは言えない。

焦る宇髄。

「え?真菰主任じゃないんですか?お相手…」
と、無邪気に聞く愛息子。

それには
「いや、真菰は単なる従姉妹だ」
と、答える事が出来る。

それに対して、どれだけ情報を集めているのだろう。

「真菰さんは違うでしょ。
彼女は綺麗系だし。
錆兎さんの可愛らしいタイプらしいから。
大切にしてるからって聞いてたんですけど…新しい自宅には連れて来てないってことは別れたとか?」
と、1人が鋭い突っ込み。

それに対して、
「それか…遠距離恋愛とか?
と、もう一人が言う。

さらにその言葉に義勇が、あっ…と、小さく声をあげた。

そのとたんざわついていた女性陣が瞬時に口を閉じて義勇に注目した。

「そう言えば…課長補佐は毎日21時には何をしていても必ず自室に戻られるんですが…もしかして遠距離の彼女さんとの電話のため…だったんですか?」

と、その言葉に小さく絶叫する女性陣。

しかし、自分の言葉にハッとした義勇にはその声も聞こえない。

そうか…そうだったのか……
どれだけ話の途中でも何かをしていても、課長補佐はその時間になると、

──悪い、義勇、話はまた明日な?
と言って自室に戻って行く。


朝が早いとはいえ、21時は寝る時間としてはあまりに早い。
なんだろう?と常々思っていたが、そういうことだったのか……


もしかして、近い将来、結婚してあの家で一緒に住むとか、そんな話になってたりするんだろうか…
それなら自分も身を落ちつける住居を探しておいた方がいいんだろうか……

「…もしかして……俺もいつまでも甘えてないで、ちゃんと行き先を見つけないと、本当に課長補佐の結婚の邪魔しちゃいますね…
そんなんで彼女さんに振られちゃったらお詫びのしようがありませんし…」

なんだか泣きそうな気分でそう言うと、女性陣が

「そんなことないっ!!愛息子より女なんて事、錆兎さんに限って絶対ないからっ!!」
「それで別れるような女なら別れた方がいいのよっ!!
「あたしなら、義勇君込みで結婚できるっ!!」
「なんなら息子さんと一緒でも良いのでって言ってたって義勇君から錆兎さんを説得してもらえればっ!!!」

と、我先に義勇に詰め寄ってくる。


自分込みで…課長補佐が結婚……
と、それについて考えて見るも、何かもやっとしたものが胸の中に広がって行く。

なんだかよくわからないが、あまり想像したくない。
胸がずきずきして胃がきりきりしてきた気がする。

こうして騒々しい昼休みが終わり、就業時間になって女性陣が帰ってやや静かになるフロア。

「…すみません、課長……」
「ああ?」
「午後…早退して良いですか?」
「あ、錆兎いないと仕事もないしな。かまわねえぞ…」

新人なのに仕事をさぼるなんてもってのほかだと思いつつ、どうしても普通に仕事が出来る気もせず、そもそもが錆兎がいないので急ぎの仕事もないこともあって義勇がそう申し出ると、宇髄が気遣わしげな視線を向けてくる。

「俺が送っていってやりたいとこなんだが…」
とまで言うのは、おそらく錆兎に影響されて、自分に対して子どものような印象をもっているからだろう。

「いえ、家近いしタクシー拾うので」
と、それには少し苦笑して、義勇は帰り支度をして会社を出た。



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