とある白姫の誕生秘話41_重すぎる善意と軽すぎる悪意1

 視線、視線、視線、視線……

化粧品のポスター撮りが終わって数日…
様々な視線が義勇に向けられる。

鱗滝課長補佐と並んで化粧品のポスターにということで、一気に有名人になったのだろう。

どこか遠まわしに噂をされるその状況は大変心臓によろしくない。

──あの、素敵な鱗滝課長補佐と並んでポスターに載るなんて、なんて身の程知らずなフツメン…

とか思われていそうで今更ながら身のすくむ思いだが、幸いにして当の課長補佐がいつも横にいるので、直接的に何か言われた事はない。


しかし課長補佐も義勇の面倒だけを見て居れば良いわけではない。

その日はどうしても外せない商用ということで営業の方に駆り出されて行って、帰社は午後。

それで、絶対に1人にしないようになどと、まるで子どもの世話のように、なんと宇髄課長に義勇のことを頼んで出かけて行った。

社食は人が多くて自分が居ない時は危ないからデスクで昼食を摂れるようにと、宇髄課長の分もきっちりランチボックスを作って置いていく課長補佐。

──ほんっとに大切な1人息子を預けて行く保護者そのものだなっ

と、宇髄課長には笑われたが、恥ずかしいよりもホッとした。
最近それだけ視線が痛い。



「あいつは本当にお前さんが可愛いんだなぁ」

昼の柔らかな日差しが差し込む部内のついたてで仕切られた応接セットで、宇髄課長は頂きます…と、手を合わせながらそう言って笑う。

課長補佐とはタイプは違う、どちらかというと尖った感じの美形なのにそうやって微笑むと、なんだか実年齢よりも遥かに老成した大人に見えるのが不思議な人だ。

「宇髄課長まで付き合わせてしまって申し訳ありません」
と、義勇が頭を下げると、

「いいってことよ。
おかげで俺まで弁当を作ってもらったしな。
嫁達の弁当も美味いが、錆兎も料理美味いからなぁ」
と、楽しげに笑う。


課長補佐がいつも上司である彼のことを、宇髄、と親しい友人のような風に呼ぶのを最初は不思議に思ったものだが、最近はなんとなくわかる気がした。

パッと見は怖そうだが実は気の良い兄ちゃんという感じで、なんとなくホッとする。

課長補佐も義勇には優しくて穏やかで、すごく信頼しているし好きなのだが、たまにふとした瞬間にすごくドキドキして落ちつかなくなるのだ。

でも宇髄課長にはそういうことがない。


そうして2人で穏やかなランチを…という予定だったが、ふと視線を入口に向けた時、そこに固まっている女性達に気づいた。


大変失礼な例えではあるが

幽霊がいたら視線を合わせてはいけない。
見えているとわかると寄って来られるから…

と、まさにそんな感じで、義勇が自分達に気付いたと気づくや否や、思いきってと言う風に1人が一歩フロア内に。
それに続くように、他の女性陣も次々とこちらへと近づいてきた。




「冨岡君、ちょっと良いかな?」
他部署のフロアまで足を踏み入れて来た女性陣。
その集団から1人が一歩前へ出た。

笑みを浮かべているが、和やかさはない。
どこか緊張をはらんでいる。

そんな女性陣に、一応愛息子の保護を頼まれたと言う義務感から

「あのな…課長補佐の留守中は俺がこいつの諸々を任されてるから、話なら俺が…」
と、宇髄が間に入ろうとするが、

「プライベートのことなので、宇髄課長には関係ないです。
今は休憩中ですし?」
と、別の女性が口元は笑って入るが眼が笑っていない、恐ろしい笑みを浮かべて言うのに言葉を無くした。

宇髄はモテる。
モテるが自分をおいかけてくるタイプとは少し違うタイプの女性陣に対応に悩む。

そしてそんなやりとりの間、義勇も必死に脳内で対応を考えている。

彼女達の目的は十中八九鱗滝課長補佐に関してのことだろう。
それなら自分は別に彼女達のライバルや妨害をする存在にはならないはずだ。

…もちろん彼女達がそうわかってくれているとは限らないので、そこは穏便にわかって頂くのが安全への第一歩である。

元々頭は悪くない上、幼い頃から親戚のおばさま達にいびられる実母を見て育っているので、感情的には非常に苦手ではあるが、物理的な対処に関してはわからなくはない。

そこで小さく深呼吸。

「あの…こんなに素敵なレディ達が俺なんかに何か…と言う事はないでしょうし、もしかして課長補佐についてのことでしょうか?
直属の部下でいつも一緒だから色々知っているかも…とか?
食事を広げていて申し訳ありませんが、よろしければお座りになられませんか?
レディを立たせたままなんて失礼な事をしていたら、課長補佐に叱られます」

と、ソファを広く使って宇髄と向かい合わせに座っていたところを、ランチを宇髄の方に寄せて自分は彼の隣に行く旨を暗に示したうえで、にこりと微笑みを浮かべながら、女性陣をソファにうながす。

それに勢い込んで来たらしい女性陣は気をそがれたように、あら…と、互いに顔を見合わせた。
そうなればもうこちらのものだ。

「あの…せっかく来て頂いたことですし、お茶を淹れて来ます。
少しだけ失礼しますが、待ってて下さいね?」

と、足早についたてを出て給湯室へ。

お湯は保温ポットにあるので、急いでカップを人数分出して紅茶を淹れる。
料理は苦手だが、飲み物を淹れることにだけは定評があるので、これで少し好印象を持ってもらえれば良いのだが……

と、祈るような気持ちで応接エリアへ戻り、ソファに並んで座る女性陣に、

「あ、あのっ…紅茶を淹れるのだけは上手いって課長補佐に褒められた事があるので淹れて来たんですが…こんな風に綺麗なレディに囲まれた事がないので、緊張してしまって…
お口にあうように淹れられていたら良いんですが……」

と、11人の前に温めたカップを置いて、ポットから丁寧に淹れていく。

優雅な手つきで淹れられる香り高いそれにうっとりとする女性陣。

それを一つ淹れるたびに
「どうぞ。レディ」
と、にっこりと天使の微笑みで11人の前に置く。

それでだいぶ空気が和らいだ気がした。


こうして全員、4人分の紅茶を淹れ終わった時点で、義勇は自分も宇髄の隣に座って、自分と宇髄の分の紅茶を淹れて、

「お待たせして申し訳ありません。
お話をお聞かせ下さい、レディ?」
と、女性陣に笑みを浮かべてコテンと、小首を傾けた。




天使の本気を見たっ!!……と、この時の様子を宇髄は語った。

錆兎がのちにその時の様子を聞いて、色々な意味で地団太を踏んだ事件である。


錆兎が営業部に駆り出されて帰社が午後になってしまう日。

──義勇に変なちょっかいかけて来る奴いたら絶対に守ってやってくれなっ!!
と、無茶な依頼をされて、戦々恐々と過ごした日の昼休み。

案の定、鬼の居ぬ間にとばかりに、見知らぬ女性社員達に囲まれた。

「冨岡君、ちょっと良いかな?」
と言うが、ちょっとでもダメと言ったって帰る気はないんだろうがっ!と宇髄は焦りと苛立ちを感じながら思う。

社長の子息だからと宇髄にすり寄ってくる女達よりも錆兎の親衛隊はやっかいだ。
基本的には仕事が出来て真面目ででも思い込みが激しく重く面倒くさい。

宇髄でさえも転属直後に錆兎にずっと側でフォローをいれてもらっていた頃に、『課長補佐に甘えすぎじゃないですか?』『立場を利用しすぎですよ』などと突きあげをくらって、それが未だにトラウマになっていたりするので、出来れば相手にするよりはサラッと逃げたかった。

が、その面倒くささ以上に、今では部下である前に宇髄の親友とも言える錆兎に頼まれた新人に同じトラウマを植え付けるわけにはいかないという義務感が勝つ。

勝って
「あのな…課長補佐の留守中は俺がこいつの諸々を任されてるから、話なら俺が…」
と、間に入ろうとしたのだが、

「プライベートのことなので、宇髄課長には関係ないです。
今は休憩中ですし?」
と、一蹴されて一瞬で投げ出しそうになった。

これはもうあとで面倒なことになろうと大喧嘩するしかないのかと、覚悟を決めかけた宇髄だが、錆兎からお預かりしている大切な大切な愛息子君は、宇髄が考えていたよりも遥かにすごかった。

「あの…こんなに素敵なレディ達が俺なんかに何か…と言う事はないでしょうし、もしかして課長補佐についてのことでしょうか?
直属の部下でいつも一緒だから色々知っているかも…とか?
食事を広げていて申し訳ありませんが、よろしければお座りになられませんか?
レディを立たせたままなんて失礼な事をしていたら、課長補佐に叱られます」

と、お人形のような愛らしさ全開の童顔に天使の笑みを浮かべて、女性陣に席を勧めるではないか。

桜色の小さな口でレディを連呼。
本当にその数秒間の間に一気に空気が変わった。

「お茶を淹れて来ますね」
と、彼が中座をして残った女性陣の中から出るため息…

──かっ…わいい…
──リトルプリンス?

小さくはしゃいでソファに座る女性陣を前に、自分の時と随分と様相が違うことに感心する宇髄。

確かに自分が見ても控えめに言って天使だ。
あの気難しい空気の女性陣を前にしてあの対応はすごい。本当にすごい。


戻って来た義勇の手には紅茶のポットとカップの乗ったトレイ。
目の前で一杯一杯とぽとぽと、実に優雅な手つきで淹れた紅茶を、また、

「どうぞ?レディ」
と、11人に天使の笑みで配って行く様子はまるで映画のワンシーンのようで、男の宇髄でも見惚れてしまうほどだ。


こうして4人全員に紅茶を淹れ終わって、宇髄の分まで淹れてくれて、ひと段落したところで

「お待たせして申し訳ありません。
お話をお聞かせ下さい、レディ?」

と、愛らしい童顔に笑みを浮かべて、コテンと小首を傾けるなんてあざと可愛いおまけ付きで話をうながす頃には、天使のオーラの前に女性陣のトゲも完全に溶けてしまっていた。



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