今日はポスター撮りとのことで課長補佐と義勇に化粧を施すためにメーカーの方からプロのメークアップアーティストが来ていた。
そして普通に社内にあるスタジオでメイク済みの私服の課長補佐がカメラの前に立っている。
ジャケットも黒で、さらにそれは私物の鉄の十字架が揺れているさまは、スタイルの良さも相まって、まるで本当のモデルのようだ。
街中をイメージしたファッションで1枚、そしてロズプリコラボということでもう一枚は演劇に出てくるような中世をイメージしたファッションで撮るらしい。
が、もう普通に普通の服を着ているだけで、まるで世界中のカッコよさを集めたカッコよさの体現者のような課長補佐に、義勇はただ見惚れるしか出来ない。
ちらりと周りに向ける表情に、いつもの精悍さに加えて化粧のせいか男くさい色気のようなモノがあって、視線を向けられた女性陣が声なき悲鳴をあげている。
家では自室のベッドが届くまではもちろんのこと、届いてからも何か話しこむとその勢いで課長補佐のベッドで雑魚寝をしてしまう事がしばしばあるのだが、カッコよさを追求した課長補佐を改めて目にすると、あんなイケメンの隣で眠れてしまっていた自分が信じられない…と義勇は思った。
元々すごいイケメンではあるものの、さすがプロの腕は素晴らしい。
課長補佐に関してはそう思うのだが……
「義勇君、そろそろ君の番ね」
と、今回全てにおいて直接仕切っている美女、真菰に声をかけられて、義勇は固まった。
課長補佐はカッコいい…確かにカッコいいを体現している。
だが、自分が可愛いを体現するのは絶対に無理があると、義勇は思う。
今の義勇の格好は淡いグレーのセーラージャケットに七分丈のパンツ。
それにさらにベレー帽までかぶらされている。
可愛らしい少年が着れば確かにとても愛らしいそれも、成人男性の自分が着たら絶対に気持ち悪いだけなのではないだろうか……
そう思うと恥ずかしさに泣きたくなる。
泣いたら化粧が落ちてしまう…余計にみっともなくなるし、他の人にも手間暇と迷惑をかける。
そう思ってぐっと堪えていると、ふわりと肩に手が回されて、撮影位置へと立たされた。
「あ~!その表情良いっ!可愛いっ!!
撮ってっ!!急いでっ!!!!」
情けなくもみっともない表情をしていると思うのに、まるで本当に可愛いものを前にしたように興奮した様子で言うスタッフの女性社員に、もういっそ不思議なものを見る視線を送ると、彼女達はいきなり手で顔を覆って、その場にしゃがみこんだ。
え?そんなに正視に堪えないほどひどいのか?!と義勇はさすがにショックを受けそうになるが、その指の合間から漏れる言葉は…
─無理…ほんっとうに無理…死ぬ…尊すぎて死んじゃうっ
…で、駆け寄った真菰に
「はいはいはいはい、そこっ。義勇君を怯えさせないっ!」
と、怒られている。
しかしそれでも
「すみませんっ!でも…でも…!!可愛いですもんっ!!
死ぬほど可愛いんですもんっ!!!
私達いま、この瞬間のためにこの会社入ったんだなって実感してるんです」
と、絶叫する彼女達を放置で、真菰は義勇に駆け寄ると、
「ごめんね、ちょっと困ったお姉さんたちで。
大丈夫っ!悪意のある人間ではないし実害を及ぼしてくるような事はないからね。
怖がらなくても良いからね」
と、色々いっぱいいっぱいで泣きかけている義勇を抱き寄せて、その目元に、きちんと洗ってプレスしたチェックのハンカチをあててくれる。
そこで
「あーーー!!!今っ!!これも撮ってっ!!!!」
広告部の女性陣の絶叫にさすがに錆兎が駆け寄ってきて、
「真菰っ!」
と、非難の声をあげた。
「わかってるっ。ごめん、錆兎」
と、なんだかそれでわかり合っているような二人。
撮影が始まってからずっと思っていたが、彼女に対しては、誰に対しても親しみやすくフレンドリーではあるがどこかきっちりと一線を引いているような課長補佐が本当に遠慮がない。
やっぱり2人は特別な関係なのだろうか……
自分が気にする事でもないし、プライベートなので聞けはしないのだが、なんとなく気になる。
もしかして、自分が会社に慣れてきて、無言電話とかその他の心配もなくなったら、課長補佐は彼女と一緒に住もうと思ってあの家を買ったのだろうか…
ズキン…と痛んだ気がするのは今度は胃ではなく心臓な気がする。
あ~ちくしょうっ!可愛いっ!可愛すぎだろっ!!!
今日はポスター撮りだ。
錆兎は“カッコいい”をイメージした化粧を施されて、カメラの前に立っている。
話が来た時はどんな格好をさせられるのかと戦々恐々としたものだが、実際には街中にいるイメージということで、プルシアンブルーのタートルに黒のジャケットとジーンズという実にシンプルな格好だ。
もっとも、このあとにはロズプリコラボということもあって、ロズプリのイメージで中世っぽい格好で撮るらしいので、そちらはシンプルにとはいかなさそうではあるが……
まあそれはいい。
自分のことはどうでも良いのだ。
問題は可愛い可愛い愛息子の方である。
元々容赦なく可愛い義勇に、プロのメークアップアーティストが“可愛い”をイメージした化粧をほどこしたら、もうこれは犯罪級に可愛い。
というか、これ公開したらまずいのではないか?
ストーカーだのなんだのを増殖させるのでは?
日本の犯罪率一気に上がってしまうのでは?
と、心配になるほどの可愛らしさだ。
淡いグレーのセーラージャケットにパンツが七分丈というだけで可愛らしいのに、ベレー帽はやばいだろうっ!!と絶叫したい。
ほんっきで絶叫したい気持ちを抑えるのが大変な訳だが、そんな錆兎の目の前では、“可愛い男の子大好き”な女性スタッフ達が絶叫しつつ、その可愛さに転げまわっている。
まあティーンズにしか見えないのだが、百歩譲って、世界で一番可愛い成人男性だ。
それは断言できる。
興奮するスタッフ達に若干怯えている様子なのを見ると、ここで自分も同じ反応をしたら怯えられるかも…と、錆兎は根性で平静を装うが、義勇の可愛らしさにもはや正気を失っているスタッフ達。
統括する真菰はただただ怯える義勇をかばってにじみかけた涙をハンカチで吸い取ってやっていた。
こうしてなんとか現代の街中版の写真は撮り終わったのだが、中世版はさらにやばかった。
フリルがたっぷりの衣装を着た姿は、もはや性別がわからない。
やばい…可愛すぎてやばい…という言葉しか出てこない。
語彙力が宇宙の彼方にすっ飛んでしまうレベルの可愛らしさである。
世の中、このレベルで可愛らしい容姿の人間が存在するんだな…と、感心しつつも、おそらくこの先絶対に現れるであろうストーカーから守ってやらねば…と、錆兎は決意を新たにした。
そんな事を考えているとふとユウを思い出す。
あれからログインしてこないのだが、どうしているのだろうか……
最初の頃こそ何か病状が重いのか?と心配もしたものの、そのわりにはリアル友人となったらしいミアは普通にログインしていて変わった様子もない。
曲がりなりにもあんなに可愛らしいユウに何かあったのなら、ミアだって沈み込むなりログイン頻度が減るなり何か変化があるだろうし、そう考えると、体調を崩してゲームから離れている間に、他に興味が移ってしまった可能性が高いと思う。
何も言ってもらえなかった…と思えば悲しいし寂しい。
が、錆兎だって惰性でログインだけはしているものの何をするでもなく放置して、日々義勇の世話に勤しんでいるのだから、言えた義理ではないのだ。
元々は義勇はいずれ社会人として慣れてきて好きな相手でも出来れば自分の手から巣立ってしまうのだろうと思いながら家に引き取ったわけなのだが、現金なもので、ユウとの縁が切れてしまったと思うと、手放すのが嫌になる。
そんな気持ちを抱えた状態での撮影で、こんな幼げな姿を見せられてしまうと、余計にそんな気持ちが募って、本来は後押しをしてやらねばならない巣立ちの時を少しでも遅らせるには…と思い始めてしまっている自分に、錆兎は苦いため息をついたのであった。
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