食事が美味い。
めちゃくちゃ美味い。
真菰の方にどういう思惑があろうと、その一点においてだけは、感謝できる。
美味しいものは正義だ!!
…と、宇髄はやけくそのように思いながらフォークを口に運び続ける。
「従兄弟の錆兎とは実家も隣同士でね、私の親が忙しくてよく錆兎の家に預かってもらってたから本当の兄弟みたいなものなんですよ。
ワールド商事で一緒になったのは偶然なんですけどね」
「ほうほう?」
「だから彼とはたまに話したりする事もあるんだけど、その話題の一つにね、なんだか新しく来た課長がネトゲやってるらしいから、なんだか面白そうだし交流を持つためにも自分もやってみようかと思ってるって言ってたのを聞いてたんですね」
との話で宇髄は思いだした。
そうだ、そう言えば転属当時、気さくに話しかけてくれる部下の態度が嬉しいと思ったものの、とにかく彼以外の男性の部下全員と一部の女性には敵対心に近いものをぶつけられている状態だったので、さすがの宇髄も少々まいっていた。
宇髄はたいそうモテたので、今までも一部の男性から敵視されることは多かったが、部署中のほとんどの人間から敵対心を持たれるなどと言う経験はさすがにない。
ここまで部署中から拒絶感を全面に出されると、さすがにお手上げである。
それでもなんとかその状況を乗り越えられたのは、錆兎がこちらから言わないでも宇髄の状況を察して、少しでも馴染むために答えやすい質問をしてそこから話を広げてくれる人間だったからだった。
「宇髄、お茶は何派?紅茶にコーヒー、緑茶にウーロン茶、なんでもあるぞ?」
とか、
「室内だと適温だけど、テラス席は空いてて静かだな。
宇髄、どっちで食いたい?」
など、選択肢からただ単語を答えれば良い質問から始めて、慣れてきたら、そうだ、確かに趣味を聞かれたのだ。
普通なら読書など射し障りのないものを言うところなのだが、錆兎の場合は何を言っても嫌な対応を取られる気がしてこなかった。
同じ社内で働く社員で部下なだけのはずだったのに、友人のような空気。
ついつい気が緩んで、
「嫁達と美味いもん食いにいったり温泉旅行行ったり…、あとは変わったところだと…最近、夜はたいていネットゲームをしてんな」
と、他のリアルの人間には話した事のないことまで話してしまって、次の瞬間、引かれるかと思ったら、彼は、
「へぇ~~、それ面白いのか?どんなゲームなんだ?」
と、当たり前にその内容を聞いて来てくるので、宇髄も随分と饒舌に話した気がする。
すると彼は単なる社交辞令の話題としてすませず
「そんなに面白いなら俺もやってみるか。宇髄、必要なモン一通り教えてくれ。
自宅のPCはグラフィックカードも良いの積んでるし、メールとネットサーフィンだけじゃもったいないと思ってたんだよな」
などと乗って来てくれて、そこから始めた錆兎とゲーム上でもフレ登録をして今に至る。
錆兎は本当に良い奴だと思う。
宇髄の数少ない真の友人だ。
だからこそここは自分については何を言われようと、押さえておかなければならない点はある。
なので宇髄は言った。
「こいつぁ預かっておいて嫁になにか描いてもらって霧山に渡しゃあいいな?
ただし、錆兎にはマジ部署中から総スカン食らってた転職初っ端から世話になってる。
俺のせいで奴に迷惑はぜってえにかけられねえ。
もし奴迷惑が及ぶようなら、俺は嫁たちに筆折らせた上で会社やめて責任取るからな。
それだけは本当に頼むぜ?」
そう、彼は恩人で友人だ。
恩を仇で返すような真似だけはできない。
そう主張すると、
「もちろん!というか、錆兎に何かあれば、会社的にも損失ですしね。
さすがに私も色々まずいことになりますし、そんな方向性のことはしないと誓います」
と、真菰は大きく頷く。
「むしろ、彼はあれで恋愛慣れしてないので。
協力出来れば、錆兎が良い状態なら仕事的にも良い方向に行くし、サークルくノ一さんの本用の素敵なネタを拾えれば一石二鳥じゃないです?
それもあって、今回、化粧品のモデルに彼と新人ちゃんを推してみたんです」
と、そこでようやく本題に入ることになった。
「相手は義勇一択か…」
と、それに対して宇髄が思ったのはそこだ。
そして思ったままを口に出す。
すると真菰の目がキラッ!と光った。
「ネットのお姫さんとは“そういう意味で”進展あるんですかっ?!」
「…それは……」
と、宇髄は色々な意味で口ごもる。
なかなかデリケートな問題だ。
勝手に広めていいものやら…と思っていると、真菰はそんな宇髄の迷いを察したかのように、ピッと一枚の写真を寄越す。
こんがりと日焼けした子どもが2人、虫取り網に虫かごを手にして笑っている写真…。
「先程も言いましたけど私達ね、兄弟みたいなものなので。
気の置けない仲だからこそ言いたいことを言い合いますけど、不幸になって欲しいと思った事はないんですよ?
錆兎はなんていうか…昔から能力的には器用なんだけどメンタル不器用な子で…。
放っておくと一生特別に想いあえる相手なんか作れずに、他人の面倒みて人生を終えるような人間だから」
少し照れくさそうに言う真菰に他意はなさそうだ。
「なんだか元気そうなお子さん時代だったんですね、真菰さん。
今のとてもエレガンスな姿からは想像できませんが」
と、写真を手にとって思わず笑みを浮かべる鳴女。
「ああ、本当に小さい頃は喘息持ちだったし両親も忙しかったから、夏休みの間はずっと空気の良い田舎の祖父の家に預けられる事が多くて…
子ども一人じゃ可哀想だからって、錆兎も一緒。
自分は自分で他の友人と遊びたいというのもあったと思うけど黙って付き合ってくれたし、良い奴だとは思ってるんですよ、これでも。
まあ、というわけで、多少の恩返しと個人的趣味と…あとは彼が安定していることがイコール会社の安定にもなって自分の生活も安定するかなという打算かな。
錆兎が本当に好きになれる相手がいるなら、協力するのもやぶさかではない感じなんですよ」
そう言われれば、宇髄も志は同じだ。
人間関係に長けているであろう協力者はありがたい。
──実はだな……
と、全てを話すべく口を開いた。
「なるほど…見捨てられない2人の間で揺れているわけですか…
錆兎らしいと言えば、錆兎らしいですね」
宇髄が知っている事を一通り伝えると、真菰はそう言ってワイングラスを揺らしながらため息をついた。
「決断力がないわけじゃないんだけど、保護対象を前にすると切り捨てられないんですよねぇ、昔から」
「ああ、わかる気がするわ。
あいつは皆に親切なようでいて、実はきっぱり一線引いていて流されない奴だが、情がないわけじゃなくて、情がありすぎるから引きずられないように線を引いている感じだよな」
「そうそう。みんなに平等なようでいて、実は他人に対してすごくきっかり順位付けしてるんですよ。
そんな錆兎が順位をつけられない相手2人っていうのが難しいですね。
たぶんどちらを優先しても優先しなかった方に対しての感情で落ち込みそう」
「ああ…わかる。
今回は義勇の方がよりわかりやすく大変で他に誰も助けられる相手がいなかったから優先したけどな、これでユウちゃんが実はすごく大変な事になっていたということになれば、あいつは絶対に地の底まで落ち込むな」
「そうよねぇ…
だから、どうかしら?
今比重が一緒なら、人為的にでも片方の比重を重くするように持って行ければ、少しはダメージも少ないかなと」
「なるほど…それでどっちに?」
「義勇君一択では?
彼の方は一緒に住んで面倒みているくらいなら、比重を少なくするって物理的に無理だし、あたし達も知ってる相手だから手をだしやすいし」
「まあ…そうなるよなぁ…」
「今回は一緒にモデルやることになるし、顔出しするから色々気をつけてあげないといけないこともありますし。
なるべく守ってあげないとって形に持って行く術はいくらでも取れる気がしません?」
と、そこで仕事の話に立ち戻って、具体的なスケジュールその他の話題に移って行った。
こうして色々な面で有意義な話し合いを終えた最後に、もう一つ有意義な提案…
「あの、私もそれなりに漫画は読みますし、なんなら描ける人脈も多々いるので、お嫁さんのサークルで人手がいる時は言って下さいね。
面倒な背景とか専門の子もいるのでっ」
「あ、私も歌劇や化粧関係の資料でしたらおっしゃって下さい!
いくらでもそろえますっ!!」
と嫁達が喜びそうな同志2人。
外堀から埋められている気がするが、もう手遅れだ。
進むしかない…と半ば覚悟を決めさせられつつ、宇髄は美味しい料理の残りを堪能後、嫁達の待つ自宅への帰路についたのだった。
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