見た目は尖った感じの美形で派手な印象の彼は、しかし就業後は夜遊びもほぼせず自宅へ直帰する。
なぜなら…彼の自宅では可愛い嫁達が彼を待っているからだ。
嫁は一人ではなく3人いる。
もちろん日本の法律的には配偶者は一人しか認められないので、法的な妻となっているのは3姉妹の長女の雛鶴だ。
だが実際は次女のまきをと三女の須磨も嫁である。
彼女達の実家は宇髄の曾祖父から宇髄家に務める使用人の家系で宇髄とは幼馴染のように育ったが、彼女達が小学生の頃、彼女達の父が知人の連帯保証人として多額の借金を背負った状態で自殺した時、将来的に3人まとめて宇髄の嫁にするということで宇髄が個人ですでに与えられていた資産で借金を支払い、彼女達を宇髄家に引き取った。
本来一人しか妻を持てないなら平等に籍を入れないという選択もあったのだが、敢えて雛鶴を籍に入れたのは、そういう実家を一切頼れない彼女達が宇髄になにかあった時に法的に保護されるように…という宇髄の気遣いだ。
姉妹はとても仲が良いし、宇髄に何かあった時に宇髄の資産を雛鶴が相続できれば他の姉妹も生活に困るようなことはない。
ということで、元々の好意にそんな経緯も加わって、旦那様大好きの嫁達が待っているので、宇髄は日々帰宅を急ぐのである。
そして…日々宇髄を家で待つそんな嫁達には、宇髄の嫁以外にもう一つの顔がある。
彼女達を彼女達たらしめる萌えの世界での名は…サークルくノ一
学生時代から活動していた彼女達のサークルは今では大人気の壁サークルへと成長し、彼j女達が描く二次創作のみならず一次創作さえもがイベントでは毎回完売御礼になっている。
最近のヒット作は【ただしイケメンに限る】という一次創作。
モデルは言うまでもなく夫である宇髄の口からよく語られる直属の部下…というには助けてもらい過ぎている古参の部下だ。
それまでは二次創作が中心だったサークルくノ一だが、二次創作を中心に公開していたブログで、最初はその部下のイケメンエピソードを語っていたらこれが盛況を博して、それを漫画にしたらすごい評判になった。
そこで調子に乗ってついに本を出したら、二次創作以上に速攻ではけていく。
それ以来、二次創作も描くが、その一次創作作品が彼女達の代表作のようになっていた。
部下、鱗滝錆兎は本当に存在自体が二次元だ。
ただのイケメンじゃなくて、存在自体がイケメン。
もうそんな人間本当にいるのか?と言いたくなるほどなんでも出来る男だ。
部下からの信頼は厚く、上司に対しても転属したてで慣れない宇髄に全く気を使わせる事なく当たり前に部署に馴染めるようにフォロー。
立場的には彼の上司の宇髄の口から聞くのもなんだが、理想の上司、理想的な男性だと思う。
普通に男でも惚れそうなくらいの好青年ではあるが、残念ながら彼女達には最愛の夫がいるので自分達を物語の主人公とする夢小説には興味はない。
もちろん自分達の夫は自分達のものなので、いくらイケメンだろうと渡すわけにはいかない。
だからしばらくは彼単体でのエピソードを綴りつつも、いつか相手役が現れると良いなぁと思いながら、待つことにした。
そうしてしばらくして現れたのが、お姫さんことユウ嬢。
一応身内である自分達の夫はとにかく他人の錆兎の身バレはあまり好ましくはないので、名前は名字を縮めてタキとし、ユウを少年キャラにしてBLとして描いてみた。
可愛らしく素直な初心者少年キャラが、ペドに追いまわされるのをみかねたタキが何かと世話を焼きつつも距離が近くなっていく様子は、腐ったお嬢さん達の心をわしづかみにしたようで、イベントで早々に売り切れてしまって買えなかった方々用に、通販分として多めに刷り直したくらいだ。
それがサークルくノ一のBL一次創作デビューだったわけだが、BLでのシリーズの継続を望む声があまりに多く、そのオンラインゲーム編とは別に、今度はあの伝説の会社での面接の逸話を元にしたリアル編を執筆中だ。
それは一応パラレルと言うか、違う世界線での話としているが、相手役の少年は同じ人物で描いている。
最初はユウは少女キャラなためにその少年のイメージを掴むのになかなか苦心したわけなのだが、描き始めてしばらくたった頃、面接で錆兎がスカウトした童顔の青年が思いのほか愛らしいと聞いて、相手役の容姿は夫が写真を撮って来た彼をモデルにさせてもらった。
もちろんリアル編の相手役も彼だ。
なにしろ話を作るまでもなく、実際の錆兎と彼がスカウトした新人義勇の間の展開はすごい。
いきなり他の部署の面接官もいる面接で自分の部署を選んで欲しいと思い切り直談判に持ち込んだのもすごければ、無事自分の部署にゲットすると隣にデスクを置き、仕事中はもちろん、昼食時や飲み会の席でまできっちり側で世話を焼き、挙句の果てに、ストレスで胃痙攣を起こして病院に担ぎ込むはめになった彼のために、なんと個人的に同居用の家を買ってしまったと言う、事実は小説より奇なりを地で行く状態だ。
若干のフェイクを入れながら綴ったそれは、まだリアル編は公開していないのでオンライン編のみなのに、わかる人間にはわかるらしい。
そう…彼をよく知る彼の幼馴染兼従姉妹あたりには……
それは思いがけぬ時に思いがけぬところからかけられた声であった。
ロズプリコラボ男性化粧品企画。
それはこのところのBL好きの女性、主に腐女子と呼ばれる女性のブームに押されて近年大人気の男性歌劇団ローズプリンスオペラの役者が愛用して来た化粧品のメーカーが一般男性向けに出す化粧品の販売を一手に請け負うという大型プロジェクトである。
歌劇団発祥とほぼ同時期に立ちあげたらしい創業200年の老舗化粧品メーカーが初めて一般男性向けに化粧品を販売する。
これまで歌劇団のイベントに合わせて女性向けの化粧品を期間限定で売り出した事はあるが、その時は発売数時間で売り切れ。
いわゆる転売屋まで出て大騒ぎになったらしいが、そのメーカーが出す化粧品だ。
かなりの利益が見込まれている。
そんなすごい仕事を取って来たのは、社内でもやり手として有名な広報企画部の名物女性。
様々な業界の女性管理職からフリーランスの人気イラストレータ、コピーライターまで、独自のルートで強いコネクションを持っているらしい。
今回の仕事も彼女がそのルートで化粧品メーカーで働くオーナー社長の親族つながりで取って来たそうだ。
仕事が出来て、しかもスタイル抜群の美女。
面倒見も良くて人望も厚い。
そんなところは、まるで誰かさんのようだ…と、宇髄が思っていたら、なんと驚いたことに本当に鱗滝錆兎の従姉妹だった。
実際、一般男性向けにということで社内の男性陣を使おうとなった時に白羽の矢が立ったのが自分の部下の錆兎とそのさらに部下の義勇だったこともあり、スケジュールその他の調整で呼びだされたのだが、距離を感じさせない絶妙な人当たりの良さ。
時間が時間になるので、社内でパンをかじりながらよりは、知人の店の個室で美味しい物でも食べながら…と、食事に誘われて、普通なら家で嫁達が待っているのに知らない人間と食事など絶対に行かない宇髄が思わず頷いてしまうくらいには、接し方が上手い。
だからこそそれだけの人脈を作れるのだろうが……
そうして連れて行かれたのは、高級住宅街のど真ん中にある洒落た洋館。
門をくぐると綺麗な薔薇が咲き誇り、その向こうにある豪奢な洋風の建物はレストランだと言うが、看板が出ていないので知っている人間以外は個人宅だと思って入れないと思う。
つまり、よく料亭などにある一見さんお断りの店ということだろうか。
そう思ってちらりと横の美女に視線を送ると、彼女はにこりと綺麗な笑みを浮かべて
「ここね、知人の紹介つながりだけで成り立っているんですよ。
某財閥令嬢が趣味でやっているお店だから特に利益を追求もしていないし、お客が少なければそれはそれで良いらしいんですけど、閑古鳥が鳴いているのは見たことないですね。
ゆったりとした個室のレストランで美味しい物を食べながら他を気にすることなく込み入った話をするには最高の場所なので。
私も大切な話をする時はよく使ってますし」
と、まるで宇髄の考えを読んだかのように話を振ってくる。
こんな察しの良いところも誰かさんのようだな…と、思いつつ、宇髄はただ、──そうなのか…と、今ひとつ感情が読めないと言われる笑みを浮かべて頷くにとどめた。
洋館のドアのところにはタキシードの店員。
「お待ちしておりました」
と、恭しく礼をするのに頷いて、真菰は勝手知ったるとばかりにそのままシックだが高級感あふれる廊下を進んで別の店員の待つドアの前へ。
「鳴女さん、来てるかしら?」
と、今度は立ち止まって聞く真菰。
そこで宇髄は、え?と思う。
他に人がいるなんて聞いていない。
「はい。すでにお待ちになっていらっしゃいます」
とドアを開ける店員。
「そう、ありがとう」
と、店員に言うと、真菰は
「ああ、ごめんなさい。言い忘れてました。
今日は例の化粧品メーカーの社長令嬢、つまりこの話を持ってきてくれた女性も同席してもらうことになっているんです。
でも大丈夫。
初日ですしね。そう難しい話はしないので」
と、宇髄を振り返ると部屋へと促す。
こうなるとここで踵を返して帰るわけにもいかない。
「できれば…始めに言って置いて頂けるとありがたいんだけどな…美女に囲まれて飯とか言ったら嫁が怖い」
と、少し冗談めかして恨み事を言いつつ、それでも宇髄は仕方なしに部屋に入った。
3人きりにしては随分と広めの部屋。
「普段はね、ここで皆で交流会してるんです」
と、宇髄のすぐあとに続いて部屋に入った真菰が言う。
「人払いしてあるから楽にして下さいね?」
と、真菰にうながされた、すでに酒とオードブルが用意された広いテーブルには、もう一人、女性が座っている。
さらさらの長い黒髪に切れ長の瞳。
楚々とした美人だ。
その女性はやはり楚々とした動作で脇に置いたカバンからなにやら紙袋を取り出した。
品の良い薄紫の花模様の和紙で出来た袋で、
「これ…どうかお願いいたします…」
と、それをそっと手に押し付けられたので、宇髄はなるほど歴史ある歌劇団と共に歩んできた化粧品会社の令嬢は、ビジネスの資料を手渡すにしてもずいぶん洒落たモンに包むもんだなぁ…と感心したわけだが、宇髄はすぐそれが間違いだったことに気づく。
宇髄に袋を押し付けたまま、ブン!!と勢いよく下げられた頭と、
──奥様達…サークルくノ一のスケブをぜひっっ!!!
…という、驚くほど大きな声で…
最初は幻聴を聞いたのかと思った。
サークルくノ一?サークルくノ一ぃぃ?!!!
なんでそれがバレているっ?!!!
ぎょっとして固まる宇髄。
その後ろでそっと椅子を引いて座らせてくれる真菰。
普段ならお礼を言うところだが、宇髄はそんな当たり前の事も思いつかず、ポカンと口を開いたまま、それでも反射的に引かれた椅子に座る。
すると、自分も宇髄の隣の席に座りつつ、真菰はさらりと綺麗な外ハネボブの髪を揺らしながら、宇髄の顔を覗き込んで、恐ろしい事を口にした。
──【ただしイケメンに限る】…のシリーズのモデルって開発部の錆兎よね?
げに恐ろしきは女の情報網…
確かに…宇髄自身ではないにしても、錆兎の情報は宇髄から嫁たちに与えられている…。
なので彼女達の描く錆兎をモデルにした青年の諸々は宇髄が見た錆兎を元にしているのだが、よもやその視点からバレるとは思わなかった。
これ…宇髄の情報を元にそんなモン描かれていると錆兎自身にバレたらさすがにまずいだろう…と、絶体絶命のピンチに無言で頭を抱える宇髄。
だが、そんな宇髄の動揺もなんのその、目の前では例のお嬢さんが
「お願いしますっ!!
真菰さんからお話をお聞きして以来、憧れの先生にスケブを描いて頂けることだけを楽しみに生きてきたんですっ!!
もちろんっ!先生達のことは他に言いふらしたりいたしませんからっ!
お願いしますっ!!!」
と、必死の形相で迫ってくる。
「言わ…ない……言わねえか?ほんとに?」
それはさながら地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようだった。
おそるおそる顔をあげる宇髄に、
「真菰さんにも誰にも言わせたりしませんともっ!!
そうでなかったら、先生がたが描くのやめてしまわれてしまうでしょうっ?
そんなの嫌ですぅぅーーーーー!!!!」
と、お嬢さんの絶叫。
ああ…持つべきものは熱心な読者様だ……
宇髄は泣きそうな気分で、大きく安堵の息を吐きだした。
「私も愛読者だから悪いようにはしませんよ。
というかね、出来ればネタだしに協力させてもらえれば嬉しいなぁと思って、今日は彼女、鳴女さんと一緒にお話するためにこの席を設けたんです」
と、にこやかにそれを受けて言う真菰。
「とりあえず…乾杯しましょう?」
と、ちりんと呼び鈴を鳴らせば店員が来て目の前でワインの栓を開けて、それをワイングラスに恭しく注ぐ。
そうして店員が一礼して出て行くと、
「じゃあ…仕事の成功と次の素敵な新刊の滞りない脱稿を願って乾杯っ!!」
と、真菰がグラスを手に音頭を取るのに、鳴女と2人、宇髄もつられるように乾杯の声をあげると、繊細なワイングラスを割らないように力加減に気をつけながら、グラスを交わす。
心の中で部下に詫びの言葉をつぶやきながら…
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