とある白姫の誕生秘話37_うちの愛息子が可愛すぎる件

うちの子は可愛い。
それはペットを飼うたび思うことだ。

しかしこれはペットではない。
錆兎が飼っているわけでもない。

でも面倒をみている新人義勇に関しては、錆兎的にはうちの子で、うちの子である以上は、本当に可愛いのである。

確かに彼は戸籍上は成人男性のはずなのだが、これがどこか拾ってきた小動物のようなところがある。

いきなり他人の家で暮らすのに落ちつかないというのは誰しもある事だが、彼の場合、元自宅から持って来た大きなクマのぬいぐるみを抱きしめながら、半分警戒、半分好奇心のような目で、新居にある諸々に視線を向けている。

それがどういうところかとわかるまで定位置であるリビングのソファからほぼ動かない。

錆兎が近づくとどこか落ちつかない不思議そうな様子で見あげてくるくせに、頭を撫でてやると、そのまるいめが心地いい時の猫のように細くなるのだ。

これが猫ならきっと喉を鳴らしているところだろう、と、錆兎はいつも思う。

犬のように自分からじゃれついてくることはない。
じ~っと心細げな眼で何かを訴えるように視線を向けてくる人慣れない捨て猫のようだ。

それでも寝起きなど意識がはっきりしていない時は、ぬくもりに飢えているかのように擦り寄って来たり、抱え込まれた錆兎の胸元に赤ん坊のようにコシコシと頭を擦りつけたりするのが、めちゃくちゃ可愛い。

甘えたくないわけではないのだ。
でも何か甘えられないような経験があって、自分から甘えてくる事ができない。

だから錆兎の方から手を伸ばして甘やかしてやることにした。
すると本当にわずかずつではあるが、だんだん慣れてくる。

最初はどんなに腹が減ってようと錆兎が箸をつけるまでは悲しそうな目をしてそれでも絶対に箸をつけなかった食事も、1週間たった今では料理を作っている錆兎の後方でじ~っと視線を送ってくるので味見と称して口に放り込んでやると、すごく嬉しそうに食べている。

それはまるで自宅の他の2匹とは年の離れているため若干甘やかしてしまった末っ子犬が、一度茹でたささみをやったらそれ以来錆兎が料理をする日になると後ろでじ~っと待機していた日々を思い出す。

もちろん行儀悪くねだったりはしないが、目で語ってくるのだ。
錆兎はそういう“視線のおねだり”に何度も負けた記憶がある。

まあ末っ子犬は躾けなければならないペットだったが、義勇はペットではないので甘やかすのに罪悪感を感じる必要はない。
だから、錆兎はそんな風に甘やかしてやることを楽しんでいる。

それでもやっぱり堂々と甘えてくる事ができない後ろ向きさがじれったいが、やっぱり可愛い。
本当に可愛い。
なんでこんなに可愛く育ってしまったのだろう…そう思っていたら、どうやら家庭環境らしい。



それを聞いたのは同居を始めて1週間くらいの時だった。

その頃の錆兎は正直少し落ち込んでいた。
原因は簡単なことで、あの即落ちした日以来、ユウがログインしてこないということだ。

胃痙攣を起こした義勇が泊まっていた3日間はなるべく様子を見ていようと彼と一緒に寝ていたので、全てを宇髄に丸投げしていた。

しかしその3日間の間、ユウがログインしてこなかったのは、有休が終わった4日目の朝、出社して宇髄に聞いた。

その後は錆兎自身も毎日ログインしていたが、ユウは来ない。
それで少し癪ではあるがミアに、自分は3日間インできなかったからと理由をつけて、何か聞いてないか聞こうかと思ったら、ミアもいない。

そこでキロに聞いてみると、ミアはここ一カ月ほどは仕事が非常に忙しく、イン出来ないとのことだ。

そう言えば、ちょうど今、ロズプリで新作の演目が公開されていて、そのわりあいと重要な部類の役にミアこと梅之丞の名があったので、そのせいだろうと納得する。

そうなると、もうユウを追う手段はない。
仕方なしに毎日ログインして彼女を待ったが、やっぱりログインはない。

その間、義勇を保護すべく家を買い、同居を持ちかけ、なかば強引に自宅に引き取ってしまったりと忙しくはしていたが、それはそれとしてユウの事もずっと気にかけていた。

そうして理由もわからないままユウがこなくなってから半月ほど。
非常に気になるが、もうどうしようもなく、それでもユウが戻ってきたらすぐ迎えられるようにと、いつも待ち合わせをしていた21時には、少しでも慣れるようにと一緒にいる時間を増やしていた義勇を置いて自室に戻ってゲームにログインしていた。

今日こそは、明日こそは…と、期待して待ってはログインがないまま待ちぼうけて、なるべくマイナスの感情は表には出すまいと思っていたのだが、朝、起きぬけから朝食あたりまではまだ緊張感が足りてなかったのだろう、どうやら様子がおかしいのを義勇に気づかれたようだ。

──錆兎…?
と、どことなく不安げなガラス玉のような青い目でこちらに視線を向けてくる。

ストレス性で胃を壊してから、心身ともに不安定になっている彼は、錆兎の心の揺れに、まるで保護者である親が落ちつかないために心細くなった子どものように不安になっているのだろう。

そう思って、大丈夫だと示してやるため、抱きしめた背を軽く叩いてやると、子どものように泣きだした。

そうやってしばらくして、泣きやんでひどく狼狽しているのをなだめて聞きだすと、幼い頃に実母が亡くなって以来、ほぼ父親を始めとする大人に構われずに年の離れた姉と寄り添うように育った生い立ちをぽつりぽつりと話してくれる。

なるほど。
裕福ではあるものの、妻子にあまり愛情を注がない父親と、その分愛情を注いでくれたものの早くに亡くなった母親の子ども。
そんな寂しい状況で寄り添い合って居た姉も、なまじ年が離れていたため、義勇が大人になりきる前に嫁に行ってしまった。
もともとの性格も起因しているのだろうが、こんな風にどこか人恋しげな雰囲気を漂わせているのは、それが原因か。

会社にいるとよく気の付く優秀な社員で、面接の時の転倒の時のように、必要な事があれば自主的に動けるし、様々な準備も良い。

だがプライベートになると不安げな子どものようなのが、庇護欲は強いが基本的には努力を尊ぶ錆兎の心の琴線にひどく訴えかけるものがある。

優秀で努力家で、なのに抜けていて可愛い…最高じゃないか。

そう言えばユウに惹かれたのも、真面目で一生懸命なのにどこか危なっかしいさがあるところだった。

錆兎は自分が惚れっぽいタイプだとは思っていない。
というか、そこそこモテるわけだから、そんなタイプだったら彼女いない歴=年齢なんてことにはなっていないだろう。

そんな自分に同時期にどうしても見捨てられない、自分の手で守ってやりたい人間が2人出来てしまうのは、なんの運命のいたずらなのかと思う。

同時期に助けの手が必要になったとしたら、何を置いても守ってやれるのは1人きりだ。
それが緊急事態であればあるほどしっかりとした優先順位をつけなければならない。

そもそもがもしユウがひょっこり戻って来て、まかり間違ってリアルまで発展したら自分はどうするのだろうか…

以前から漠然とはそんな事を考えてはいたが、こうして義勇を本格的に自宅に住まわせてしまっていると、ゆるやかな想像であったものが一気に現実味を帯びてくる。

義勇は錆兎の心情的には愛息子でいつかは旅立って行ってしまう者とは思っているが、その“いつか”が遅かったら?

ユウは見た感じはハイティーンかせいぜい20歳くらいに見えたが、20歳だとすると早い子ならあと2,3年もすれば結婚を考え始めるだろう。

だが義勇は新入社員でまだ22歳。
宇髄くらいの年まで独身でいる可能性だってあるし、そうするとあと10年…

さすがにユウに10年待ってくれとは言えない。
錆兎的には3人一緒に住んでもいいし、それはそれで楽しいと思うのだが、義勇の性格からして、夫婦の中に他人が1人は気を使うだろう。

そう考えると結局どちらかを選ばなければならない。

…というか、一緒に住む家を買って住まわせてしまっている時点で、深く考えないまま選んでしまった感がなきにしもあらずなのだが……

心が痛む。
最初に守ってやろうと思ったのはユウだ。

でも、じゃあ義勇を別に住まわせて…という選択肢は取れない。

一緒に住むということは単純に場所の問題ではないのだ。
同じ場所に住む事で色々面倒を見てフォローを入れて保護してやるということに意義があるのだから…

性格は好みのど真ん中、容姿も好みのど真ん中だった、理想の嫁のユウ…
その彼女との未来を諦めてでも、見捨てられない。

そのくらい錆兎の愛息子は可愛いのだ。

それでも…ユウのことを完全に忘れることなど出来ず、結局気にはし続けてはいるのだが……


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