とある白姫の誕生秘話35_胃痙攣を起こして病院に担ぎ込まれた結果

ありえない…実にありえない事が起こっている…

正体がばれたらヤバい!!…と戦々恐々としすぎて胃痙攣を起こして病院に担ぎ込まれた結果、なんと家を買われてしまいました……

なんの詐欺広告だ、デマだ、と、言いたいところだが、本当の話である。

今義勇は引っ越しの真っ最中だ。


「あ~、そっちは重いから置いておけ。
俺があとで運ぶから。
それより義勇、自分の着替えとかの整理しとけよ。
とりあえずベッドと服がなんとかなれば生活は出来る」

と、自分は食器やら本やら、重い物の荷ほどきをしつつ、課長補佐…もとい錆兎が言う。

そう、プライベートでは課長補佐はやめろ、名字に“さん”づけもダメだ、名前で呼べ。

と、言われた結果、入社2カ月強の新入社員の義勇が、出世頭でイケメンで人望厚き社内でも有数の有名人、女性社員の憧れの的でもある鱗滝課長補佐を、恐れ多くももったいなくも、“錆兎”などと呼ぶことになったのである。


元々はオンラインゲームでネカマをやっていた時に出会った親切な先輩が実は鱗滝課長補佐だとわかって、絶対にあれが自分だとバレないようにしないといけない…そう思い詰めたのが原因だった。

思い詰めすぎて起こした胃痙攣。
それがストレス性だと診断されて、当たり前だが理由を聞かれた。

そこで本当のことを言うわけにもいかず、脳内でストレスと言えそうな事がないかを列挙していたつもりだったのが、口に出していたらしい。

(ネット内の)ストーカーや、定期的にかかってくる無言ではぁはぁ言っている変態電話。
義勇自身は自分は男なのだからたいした問題ではないしと思っていたわけなのだが、鱗滝課長補佐に言わせれば、それはとてもたいした問題ならしかった。

そう、自分が保護しなければならないと思う程度には。



一応、家を買ったのには理由はあるらしい。

その時住んでいたマンションは会社に通うことに重点を置いて利便性を追求しすぎて、生活という面で言うと少しばかり不便を感じていたのだそうだ。

確かにたいそう立派なマンションではあったが近所にレストランはあっても自炊するための食材などの買い物できそうな所がなく、そういう意味では不便なのかもしれない。

ということで、ビジネス街のど真ん中だったそのマンションから駅で一駅先の住宅もわりあいとある地域に一軒家を買うことにしたらしい。

だが、そんなものを不便だからとポンと買ってしまうあたりが普通じゃない。

本人いわく、会社の給与も能力給なのでそこそこ良いが、それより副業で稼いでいるらしい。
出来る男はどこまでも出来るんだな…と、義勇はもう関心を通り越して呆れかえったわけなのだが……

そして持ちあがる同居話。

──買ったは良いが広すぎてなぁ……
などと、必死に不便で狭くてもマイホームと頑張っている庶民に刺されそうな台詞をのたまわる課長補佐。

「…はあ…そうですか」

他に何を言えば良いのかわからず曖昧に相槌を打つと、いきなり言われた。

──な、義勇一緒に暮らさないか?
…と。


唐突すぎて呆然としていると、

「俺もまだ仕事忙しくて引っ越してないから、どうせなら2人でまた3日くらい有休とるか…」
などと、話が勝手に進んでいる。

「ちょっと待って下さいっ!!」
と、引きとめなければ、5分後には有休の手続きが完了していた気がする。

…いや、最終的には完了されてしまったわけだが……


「なんで広さとか考えずに買っちゃうんですかっ?!」
と、まず突っ込みをいれると、

「あ~…立地が良かったから?
あと実家だといつも捨て猫を拾ったりしてたからな。
最終的には譲渡先見つけるけど、しばらくは自分ちで面倒見ることになるし…
マンションだとそれが出来ないだろう?
捨て猫とか放置するのは、すごくストレスたまるんだよな…」

常に完璧に論理的だと思っていた上司のわけのわからない一面を覗く事に……

捨て猫を一時保護するために一軒家?
その保護欲は人間のみならず、動物にまで向かうのか……

と、もうそこは突っ込んでもどうしようもない気がして、義勇は次の疑問を口にする。

「…広すぎて同居人が欲しいってことなら、俺みたいな成人男子より綺麗なお姉さんでもお誘いすればいいんじゃ?
鱗滝課長補佐が同居人なんて募集したら、独身の女性社員の少なくとも半数は立候補してくると思いますが…」

「綺麗なお姉さんはな、気軽にお誘いしたらまずいだろう?
同居人じゃすまない。一生責任取らされる。
ついでに…異性なんて同居人にしたら、そいつ周りからの嫌がらせで病むぞ?

「そこをお守りするのが課長補佐では?」

「…恋人ならな」

「…俺は嫌がらせされてもいいんですか?」

男の課長でも嫌がらせをされるということは、自分だってそうされる可能性はあるだろう。
そう思って言うと、課長補佐はきっぱり

「俺が守ってやるから」

「ついさっきと言ってる事が違いませんか?」

「あ~恋人ではないが、愛息子だからな?
そもそもが、お前なら仕事の関係でいつも俺と一緒だから、嫌がらせする隙がないだろ

なるほどっ、そこかっ!!!

いきなり自分が同居人候補に選ばれた理由にすとんと納得してしまった。
確かに自分は課長補佐の隣で課長補佐にふられた仕事をしていてほぼ一緒なので、手をだしようがない。

なるほどなるほど…と、感心してしまったのがまずかった。

「じゃ、そういうことで、今の仕事の区切りは今日付くから、明日、明後日、明々後日、と3日有休、土日入れて5連休で引っ越しするからな
と、異議を申し立てる間もなく、休暇申請の書類を取りに行かれてしまった。

そして…一度何故か了承した形になってしまったものを取り消す勇気もなく、翌日の今日、とりあえず最低限必要な私物の荷造りをして、新居で荷ほどきをしているというわけなのである。



こうして押し切られた形で始まる事になった同居生活。

まあ、別に課長補佐との同居は嫌じゃない。
彼はとても気さくで面倒見が良い好人物なので、一緒に居ると心地良いし、上司とずっと一緒という形にはなるが、気づまりな感じは全くない。

というか…家賃タダでバストイレは共有だが個室付き、食事も提供される、などという条件で大勢の社員の憧れの的の課長補佐との同居なんて、代わりたい相手なんて山といるはずだ。
嫌だなんて言ったらバチがあたる。

そう言えば、この同居の遠因の一つにはなったであろう学生時代から続く変態電話からも解放されることになるだろう。

良い事づくしだ。


………
………
………

胃痙攣の原因になった例の件を除いたら…だが……

そう、自分がオンラインゲームで課長補佐のキャラであるウサと仲良くしていた少女キャラのユウであるという事がバレたらまずい……



「大丈夫か?疲れたら良いからソファで休んでろよ?」
と、自らは忙しく立ち働きながら言う上司。
そんな姿勢は仕事と同様らしい。

「大丈夫です。服を片付けているだけですし」
と言えば、
「無理してまた病院に担ぎ込ませるなよ」
と、くしゃりと頭を撫でてくる。

全くいつのことを言っているんだ。
胃痙攣の時のことなら、もう数週間も前のことだ…と、思いながらも、そんな風に気遣われるのが嬉しい。

まだ片付かない家の中で足元の箱に少し足を取られて転びかけただけなのに、当たり前に片手で軽々支えられて、

「良いから休んでろ。
俺は元々いつでもこっちに送れるように荷造りはしておいたけど、お前は昨日したんだろう?
自分で自覚がないだけで、疲れているんだ。
俺が側に居て過労で体調崩させるなんてことさせる気はないからな」
と、有無を言わせずソファに誘導される。

甘やかされている…と、思うものの、それがまた嬉しいのだから、困ったものだ。


ソファに座ると、いつも一緒に寝ているため自宅から持って来たティディを抱きしめて、色々な分野の大量の本を軽々と運ぶ課長補佐の筋肉質な腕や背中を眺める。

特別に鍛えようとしていないというのもあるが、筋肉もぜい肉もついていない貧相な自分の身体とは随分と違う男らしい体格で羨ましい。


とりあえず課長補佐は荷ほどきをしていなかっただけで荷物を運びこむだけは運び込んで休暇を取って荷ほどきをしようと思っていたらしく、荷ほどきをすませてしまえばほぼ自身の引っ越しは完了ということで、すぐ生活ができる状態になっている。

一方で義勇は急だったので、着替えや洗面用具など、すぐ必要なものだけをとりあえずまとめて課長補佐の車で運んでもらい、残りは明日以降にまとめて荷造りして郵送する予定だ。

そう…オンラインゲームをやっていたPCも……



そして当日…

「おま…これは体壊さない方がおかしいだろっ!!」

義勇宅の冷蔵庫を見た課長補佐の第一声はそれだった。


有休一日目に課長補佐は運びこみ済みだった全荷物の荷ほどきを、義勇は当座の着替えと洗面用具の整理を終えて、二日目。

義勇の引っ越しの支度を手伝ってくれるという課長補佐と共に自宅に戻った義勇は、とりあえずPC周りはまずいからと思い、課長補佐にはキッチン周りの整理をお願いする事にしたのだが、まずは冷蔵庫の中身をなるべく消費してから食器の整理をした方がと冷蔵庫を開けた課長補佐に呆れかえられた。


「え?何か変な物入ってます?」

冷蔵庫には調味料と飲み物。
冷凍庫にはレンジでチンする弁当の類があるだけなのだが、何か古かったりする物が入っていたか?と思えば、

「入ってなさすぎだっ!!まさか毎日冷凍食品かっ?!」
と頭を抱えられる。

「…えっと…それは外に出るのが嫌な休日用で、普段はコンビニ弁当ですが……」
で、さらにため息をつかれた。


「わかった。もう良い。
今日からは俺がきっちり栄養バランスの良い食事作ってやるからちゃんと食えよ」
との言葉で、帰りは食材を買い足しにマーケットによる事が決定した。

驚いた事に課長補佐は、イケメンで頭が良くて仕事が出来て運動神経も良いだけではなく、普通に家庭料理も得意らしい。

ということで、ほぼ何も入ってない冷蔵庫の中身は処分。
電源を落として、食材はないのにそれだけは豊富な種類の茶葉と茶器の類だけは梱包して車のトランクに。

クローゼットと食器棚は備え付けなので良いとして、冷蔵庫や簡素なテーブルと椅子など、すでに課長補佐の家にある共有するような家具はリサイクルに出すよう手配してくれた。

家具で持って行くのは寝室と書斎を兼ねた部屋に置いていたロフトベッドだけ。
それも課長補佐が郵送の手配をしてくれる。

その他一緒に寝るのに先に連れて行った子以外のティディ達をバッグに詰めれば、あとはノートPCとスキャナを兼ねたプリンタ、それにわずかな文房具くらいしかない。

我ながら本当に物が少ない生活をしていたんだなと、義勇は今更ながらに思った。


こうしてベッドだけは配送してもらって他の家具はリサイクル。
小さな物は課長補佐の車に積んで、手配した物が全て部屋から撤去される明後日にもう一度部屋を改めて掃除しに来たら引っ越し完了である。

そして残り二日は義勇の私物の荷ほどきと足りない物をリストアップ、購入する時間にあてられることになった。


とりあえずその夜はまだベッドが届かないので、前日と同じく、キングサイズの課長補佐のベッドにお邪魔する。

普通に考えれば他人…仕事の上司と同じベッドで眠るとかあり得ないわけなのだが、最初に課長補佐の自宅にお泊まりしてこうやって寝たのが体調を崩していて寝落ちた時だったので、なし崩し的に慣れてしまったところがある。

そして…随分と昔、実母と死に別れて以降ずっと一緒にいてくれた姉が嫁いでしまって以来忘れていた人肌の心地よさを思いだしてしまうと、強く拒否する気がなくなってしまう。

子どものように抱きかかえられて頭を撫でられながら眠りに落ちるのは気持ち良くて、普通ありえないとか、そんなのどうでも良くなってしまった。

課長補佐が日々、自分が義勇の保護者なのだと言うのだから、そう言うことにしておこうと思う。

ああ…でも……

──課長補佐に寝かしつけてもらってるとか言ったら、お姉さま方に殺されそうだ……

心地よい眠気にどこか幸せな気分でクスクス笑いながら独りごとのつもりで呟くと、

「何か言われたりされたりしたら、ちゃんと俺に言えよ?
うちの大事な息子に何をするんだって、きっちり抗議してやる。
愛息子を守るためなら、モンペ扱いされたって痛くもかゆくもないからな」

と、本気なんだか冗談なんだかわからない言葉が頭上から降って来て、思わず噴き出した。

ああ…そう言えば誰かに構われる生活…ネットに求めないでも今リアルで手に入れてるな…と、思った瞬間、何か重要な事を思いついたのだが、眠くてすぐ忘れてしまう。

まあ全ては明日の自分に投げておこう…幸い休みはまだ2日残っている…
そんな事を思いながら、義勇はそのまま眠りについた。



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