とある白姫の誕生秘話33_どつぼの中で眠った結果

──何か胃に来るくらいのストレスになるような事する奴がいるのか?

真剣な顔をする課長補佐は怖い。
整いすぎた顔立ちだけに怖い。

言葉からするとバレてはいない。
単に心配してくれているのだろう。

でもなんと言えば良いのだろうか……本当のことは間違っても言えない。


「以前に俺と一緒にいるせいで面倒を見てた部下が女性社員に嫌がらせされた事があってな。
お前を育てると決めたのは良いが、同じような事が起きる可能性があるとまずいからな。
俺も気をつけてはいたんだが、何か言われたりされたりしているのか?」

黙っていると話が進んで行ってしまいそうだが、濡れ衣を着せるのは親切にしてくれているお姉様達に申し訳ないので、否定しなければならない。

「いえ…皆さんとても親切に可愛がってくれてます」
「…かばったりしないでいいぞ?隠すなよ?」
「ホントですっ!」

と、そこは顔をあげてしっかり目を見て訴えると、課長補佐は、──そっか…──と言って少し視線を落として考え込んだ。

そして彼にしては珍しく目線を合わせずに、ぽつり…と言う。

「もしかして…俺との仕事、やりにくかったりするか?
仕事のやり方だけじゃなくて…なにか合わないって感じてるとか……」

うあああ~~!!!そっちに行くのかっ!!!

ひどく悲しげな表情で聞いてくる課長補佐に義勇は頭を抱えたくなった。

「違いますっ!!それもないですっ!!!
会社は皆さん親切で優しい先輩ばかりで、仕事も楽しいですっ!!」

「…じゃあ、何があったんだ?
何か困っているんだろう?」

思い切り否定すると、改めて聞かれて義勇は押し黙った。


本当のことは言えないのだから、何かみつけなくては……
このところ困っていること?
なんだろうか……

(ネット内の)ストーカーや(リアルでの)しつこい無言電話くらいじゃ、困ったことのうちに入らないか……

「それ、充分入るだろぉぉーー!!!!」
「へ?」

脳内で言っているつもりが、小声で呟いてしまっていたらしい。
課長補佐にガシっと両肩を掴まれた。

「大丈夫なのかっ?!!
何もされてはいないよな??!!!」

近い近い近い近いっ!!!!

課長補佐の端正な顔が間近にあって、正視できずにうつむくと、彼は無言で真っ青になった。

「いえっ!!ストーカーの方はネット…えっと…そう、SNSのことなので問題ありませんっ!
アカウントも消したのでもう無問題です。
無言電話もただ出たらハァハァ言ってるだけなので…」

オンラインゲームと言うとバレるので、とりあえずSNSのことにして、それでも追及されかねないのでアカウントを消した事にして過去のことに。

無言電話の方は今も続いているが、週に2,3日、切ると1回に3,4度ほどかかってくるが、その都度無言で切れば収まるので、まあいずれ電話番号を変えるかとは思うが、今は放置中だという現状を説明する。

これでとりあえずこの件についてはOKと思っていたら、OKではなかったらしい。

課長補佐にいきなりぎゅうっと抱きしめられた。


そしてため息と共に降ってくる

──お前なぁ…そういう事は早く言えよ……
という声は呆れたような色を含んではいるもののとても優しい。

伊達に会社で“みんなの兄貴”扱いされているわけではない。

面倒見の良さが筋金入りらしく、男らしく筋張った手がくしゃくしゃと頭を撫でてくれる感触が心地いい。

本来はパーソナルスペースがかなり広い義勇ですら、緊張が解けてしまうというのはすごいことだ。
もし自分が猫だったら、ゴロゴロと喉を鳴らしているだろうと義勇は思う。
そのくらい他者を甘やかし慣れている手だ…

しかしながら、その面度見の良さは、義勇の想像の範疇を空の彼方まで突き抜けている事を、彼は課長補佐の行動で知ることになる。



「義勇、お前1人暮らしだよな?」

胃痛がようやくおさまって心身ともに疲れていたのだろう。
撫でられる心地よさについうとうとしかけていた義勇はその言葉に反射的に頷いた。

そんな質問に答えるよりは今は眠ってしまいたい…そんな欲に支配されかけている。
それはもう強烈な眠気で…その後まだ課長補佐は何か言っているのだが、どうしても頭に入って来ない。

ダメだ……ねむ……い……

コテンと抱き寄せられた課長補佐の肩に頭を預けると、頭上で苦笑された気がしたが、もう瞼が開かない。

ストンと意識が落ちて行った…



そして次に感じたのは温かなぬくもり…。

…温かい…気持ち良い…

何か包まれている感が心地よくて、義勇はすりりとその温かい何かに頬を擦りつけた。
するとゆっくりと頭を撫でられて、それが気持ち良くて思わず笑みが浮かんでしまう。

しばらくそんな感じでまどろんでいたが、やがて頭を撫でる手が止まり、温かさが離れて行く感覚にハッとして現実に戻った。

(…あれ?そう言えば俺、何してたんだっけ?)

そう思っておそるおそる瞼を開ければ、ベッドを出ようとベッドの端に座った背中が目に入った。

身につけている黒いTシャツの上からでもわかる見事な筋肉。
そして…鮮やかな宍色の髪…

え?ええっ?!!!!

意識が一気に覚醒した。

そうだ!確か胃痙攣を起こして課長補佐の自宅に招かれて事情を聞かれて…聞かれて??
もしかして、そのまま寝てしまったのかっ!!!!

そう気づくと義勇は真っ青になった。
あり得ないっ!他人様の家で爆睡してしまったっ!!!

「申し訳ありませんっ!!!」

がばっと一気に飛び起きた義勇に──おう、起きたか──と、振り向いた課長補佐は、それがごくごく当たり前のように

「朝飯作ってくるから、もう少し寝てろ。まだ体辛いだろ」
と言う。

え?え?ええ?!!!!
何?何が起こっている?!!!

驚くばかりで状況も掴めず言葉もなく、ひたすら目を白黒させるしか出来ない義勇に構うことなく、課長補佐はそのままベッドを抜け出て、部屋から出て行ってしまった。


パタン…と閉まるドア。

ベッドの頭上にある棚に置かれた時計を見ると、朝の5時。
義勇が普段寝ている時間に目が覚めたのは単に寝るのが早かったからだと思うが、課長補佐はいつもこんな朝早く起きているのだろうか…。

一瞬そんな事を思うが、とりあえずあまりに自然に接して来られてしまったので聞きそびれたが、一体何がどうなっているのだろう??

よくよく状況を観察してみると、確かスーツで会社に行って病院に運び込まれて、この家に招かれた時にはそのままの格好だったはずなのだが、今は何故かパジャマを着ている。

ぶかぶかのパジャマ…
そう、何故か、ではない。
確実に課長補佐のパジャマなのだろうし、寝落ちてしまった義勇を着替えさせてくれたのだろう。

それでも起きなかった自分に義勇は半分呆れかえった。
自分でも呆れるくらいなのだから、課長補佐だって呆れただろう。

…というか…寝落ちてしまったのもそうなのだが、そうやって状況が把握できて改めて考えると、自分は起きる前に何をしてた…?

温かいモノに包まれているのが心地よくて、何かに頬をすりつけていた気がするが、もしかして…いや、もしかしなくても、あれは課長補佐の胸元か何かだったのではないだろうか…

やらかしたーー!!!!!

もうダメだ!ネカマがバレるとかそれ以前に、リアルではっきりやらかしたっ!!
絶望感と恥ずかしさがごっちゃになって、義勇がベッドでのたうちまわっていると、開くドア。


「ちょっ!!どうしたっ?!!また胃が痛んできたかっ?!!!」
と、焦って駆け寄ってくる課長補佐。

そして、突っ伏している体勢を起こして顔を覗きこまれたら、もう恥ずかしさに顔から火が出そうなくらいに真っ赤になった。

そうしたら、今度は、

「熱っ?!!熱が出て来たかっ?!!!」
と言いつつ、秀麗な顔が近づいて来て、動揺のあまり不覚にもポロポロと涙が出てくる。

そのまま焦点が定まらないレベルに綺麗な藤色の目が見えて、気を失いかけるも、コツン…と、軽くぶつかる額に、かろうじて意識を保った。

次に離れて行く顔…

そして、
──熱くはないが…病院行った方がいいか…?
と、首をかしげて呟く課長補佐に、それが額で熱を測るためだったと気づいて、ほっと息を吐きだした。

「…ちが…熱じゃなくて…。
単に…俺、寝ぼけて変な行動とったから……」

と、ふるふると首を横に振ると、課長補佐は不思議そうに目をぱちくりさせる。


「…あの…たぶん…おれ、課長補佐に頭擦りつけてた気が……」

「あ~!あれかっ!!」
義勇の告白に、課長補佐は小さく笑った。

「なんだか子どもや小動物のような事をしてるなぁと思ったけど…
気にするなっ!うちではよく小動物の面倒見てたし、慣れているから。
それより、体調大丈夫か?」

くしゃりとまた大きく温かい手が義勇の頭を撫でる。
単純なのだが、それでなんだか子どものように相手に許容されている気分になってしまう。

だから少し緊張も和らいで、義勇はようやく状況を聞く余裕が出来て来て、聞いた。

「あの、俺、どうしてここに?」

寝落ちる直前あたりから全く記憶がない。

なので事情を聞こうと口を開くと、課長補佐は、おや?というように少し目を見張ると、次に
「全然覚えていないのか?」
と、苦笑した。

「…病院のあとこのご自宅に招かれて、事情を聞かれたところまでは覚えているんですが…」
と、それに対して正直に告げると、課長補佐は

「ん~。確かに途中うとうとしてたな」
と、言いながら、ベッドに座ったまま食べられるようにサイドテーブルを設置して、その上にテキパキと朝食を並べて行く。


「お前は可哀想だけど当分はコーヒーとか紅茶とか禁止な。
これからしばらく温かい飲み物はホットミルク淹れてやるから」

と、自分用のコーヒーの入ったマグカップはベッドサイドの椅子に座る自分用にテーブルの端に置き、もう一つのホットミルクの入ったマグカップを課長補佐が義勇の前に置いてくれたところで、その言葉にあれ?っと思った。

「淹れてやるって…」
「おう」
「課長補佐が?」
「まあそうだな」
「毎日」
「ああ」

「………」
「………」
「………」

「…なんだよ?」
と、いぶかしげに聞かれた。

いぶかしげな顔をしたいのは義勇の方だ。

「毎日って…会社でですか?」

そう、そこだ。

今日は確かに寝落ちて泊めてもらったようだから、朝食時にこうして淹れてくれたのはわかるが、普段は無理だろう。
まさか自宅までホットミルクをいれにだけ来てくれるわけではないだろうし…会社も一応給湯室があるにはあるが、あそこでミルクを温めている人間を見たことはない。

…まあ、できなくはないだろうが……

そんな気持ちを思い切り込めた問いかけだったのだが、

「お前、これから3日間、休暇な。
俺も有給取った。
で、昨日話した通り、お前1人暮らしだって言うし病人放置も俺が非常に気になるから、その間はお前はここで療養。
で、同じく昨日話した通り、最低限の下着は俺はいつも新品を常備してるからそれ使って、パジャマはデカイかもしれないが、俺ので我慢しとけ。
それから……」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」

ぜんっぜん覚えがない間になんだかすごい話になっている気がして、義勇は慌ててストップをかけた。

「いつそんな話になったんですっ?!!」
「いつって…昨日そういう話しただろ?」


…マジか……

義勇は思わず頭を抱えた。


ありえない…いくらなんでもありえないだろう…どうしよう…と思っていると、そんな義勇を見て

「…そんなに嫌か?」
と、課長補佐が珍しく眉尻をさげて少し悲しそうな顔をした。

イケメンすぎる相手だと、そんな表情すら俳優のようにカッコいいわけだが、善意で全てをやってくれている人に申し訳ない気がする。

「いえ…そうじゃなくて……」
と、義勇はなるべく正確なところを伝えようと、言葉を選んで口を開いた。

「なんというか…申し訳なくて?
もう学生とかじゃなくて、先生と生徒とかでもないのに、ここまで迷惑かけて保護してもらうとか、ありえないなと……」

正直、学生の頃だってここまで他人様に迷惑をかけた事はなかったので、どうして良いのかわからない。

迷惑をかけすぎている現状に困っているのだと、それが伝わればいいなと思って言うと、課長補佐はホッとしたように緊張を解いて、また、義勇の頭をくしゃくしゃとなでた。

「なんだ、そんなことか。
あのな、俺達は1年目の新人と上司で実質教育係も兼ねている人間だからな?
さらに俺の方が自分でこいつを育てようと思って取った人材だ。
別にこのくらい迷惑ではない。
むしろ自宅に帰られた方が無事か気になって他の事が手につかないから、どちらかというと俺の方の都合だ。
安心して世話焼かれておけ」

正直…ここまで他人どころか親族にすら親切にされた事がなかったから、感動した。

礼を言って消化に良いようにと用意された美味しい朝食を食べて、ホットミルクも飲んで、食器を片づけに部屋を出る課長補佐を見送って思う。

そう言えば…誰かに構われてみたくてオンラインゲームを始めたんだよな……
と、そう思って、そこで気づいた。

ダメだっ!!
そう言えば俺、課長補佐にネカマやってた事をバレないように、プライベートは極力距離を置かないとだろうがっ!!

気づいた時には後の祭り…今更、断れない。
こうなったら、3日間、気合いと根性で乗り切るしかない。
義勇は不安を抱えながら、課長補佐との3日間の同居生活を送る覚悟を決めたのだった。



Before <<<  >>> Next (7月14日公開)


0 件のコメント :

コメントを投稿