とある白姫の誕生秘話31_パニックパニック大パニック2

こうして、社内一のイケメン、鱗滝課長補佐と化粧品の宣伝ポスターのモデルとして並ぶ事になったのだが、まあそれは良い。
どうせ皆、課長補佐の方に目が行って義勇になんか注意を向けはしないだろう。

それよりもカッコいい格好をして撮影する課長補佐の姿を間近に観察できる。
それは幸運と言って良い。

同性だとか異性だとかは関係ない。
カッコいいものはカッコいいし、見ていて楽しい。

ということで、まあそれほど拒否感もなく、むしろ機嫌良くその日の就業時間を終えて、義勇はいつものようにコンビニで弁当を買って帰って、それをチンしている間に渡された化粧品の使用法に目を通す。

なるほど。
ただ見かけを変えるために塗るだけでなく、普段から手入れが必要なのか…ふむふむ…

化粧水に美容液に乳液…。
気をつけないと一つくらい忘れそうだ。
…というか、習慣づけるまでが大変だ。

就業時間内の事ならきちんとやる自信があるのだが、プライベートだと今ひとつそのあたりの自信がない。

とりあえず時間を置くと忘れそうなので、今日は大急ぎで弁当を食べて、即風呂に入りがてら、洗顔と基礎化粧を済ませてしまおう。


こうしていつもなら寝る前に浴びるシャワーを早めに済ませてしっかりと説明通りに基礎化粧品をつけ、すっきりしてPCの前に座る。

そしていつもの通り、レジェンド・オブ・イルヴィスの世界へ出発だ。



その日はノアノアはリアル事情で30分ほど遅れるということ。
何かするには短いし、さて、どうしようか…と思っていると、それならパーティだけ組んでおいて釣りをするなり合成をするなり素材狩りをするなり好きにしていようとウサからパーティの誘いが来たので迷わず入る。

その上で義勇は自室で合成をする事にした。
と言ってもそんなにすごいものではなく、いつも持ち歩いている姿を隠す薬のストックを作るだけだが…

──ノアノアさんがリアル事情で遅れるって珍しいですね…

しゅわわっと音をたてて薬が出来る様を見ながら、何をしているのかはわからないウサに話しかけると、

「あ~、あいつは基本的には家に待つ人間がいるし残業は可能な限りしないからな。
仕事終わったら家まで直行派だ」

と、返って来た言葉で、ああ、そう言えば2人はリアルの知り合いだと言ってたな…と、義勇は思い出す。

「そう言えば…リアルのお知り合いとおっしゃってましたよね」
「ああ、同じ会社の社員で部署も同じだ。
今日は新しいプロジェクトが発足して、その打ち合わせの詰めでノアノアは少しだけ残っている」

「そうでしたか。ではウサさんもお忙しいんですか?」
と聞いたのは、なんとなくな話の流れだった。

…が、その質問からとんでもない事実が飛びだしたのだ。


「あ~、俺も参加するというか…あ、そうだ。
お姫さん、実は俺、今度顔出しすることになったんだ」

「…顔…出し?」

どこかで聞いた言葉になんとなくひやりとする。

「ああ。
これ他には秘密だけどな。
たぶん実際街に出るのは2カ月後くらいか…。
男性化粧品のモデルをな、やることになって」

…だん…せい……化粧…品???

どこかで聞いたような…と思う
…まさか?まさか、まさか、まさか??

違ってくれ!と心の中で絶叫するが、今そうやって考えて見ると、何故これまで気づかなかったのかと思うくらい、2人は似ていないか?
というか…何故このキャラでキャラ名がウサなんだっ?!!!

リアルで血の気が引く。
そうだ。決して可愛いタイプのキャラではないのに、何故ウサだったかと考えてみれば、ウサ>>ウサギ>>……>>”…うああああーーー!!!
脳内パニックで嫌な汗をダラダラかく義勇。
が、当然そんな義勇に気づくことなく、ウサは実に悪気なくとどめの一言を放ってくれた。

──ワールド商事から売りだす某団体とのコラボの化粧品なんだけどなっ!


嘘だろぉぉ~~~!!!!

義勇はリアルで絶叫した。

間違いない。
ワールド商事で発売予定の男性化粧品のモデルと言えば、鱗滝課長補佐の他にいるはずがない!!

自分は普段名字の鱗滝の方で呼んでいたからなんとなく気付かなかったが、そう分かって思い出してみれば、最初の面接の時から彼はしっかりと鱗滝錆兎と名乗っていたじゃないかっ。

その後だって、宇髄課長も当たり前に彼を錆兎と呼んでいたし、もっとはっきりしたところでは、まさに今日っ!広報企画部の美人の主任が錆兎と呼んでいたじゃないか…。

課長補佐のファーストネームは錆兎
確かに普通に呼んでいれば漢字までは意識しない。

だがよくよく見てみれば、同じ宍色の髪に藤色の目。
あんなに目立つ組み合わせの容姿が早々あるか?!
そして同じような兄気質。

義勇との関係に関してのすさまじい偶然と言う事を除けば、2人が同一人物だと言う事はなんの不思議もないくらいそっくりだ。

ということは…だ、あれか、ウサのリアルの知り合いで、今日打ち合わせで遅れているノアノアはおそらく宇髄課長あたりかっ。

確か今日は帰り際に広報企画部に最終的なスケジュール確認のため寄って行くと言っていた。


こんなキャラにするんじゃなかったっ!!!
と、義勇は頭を抱えた。


普通に男のキャラなら、偶然ですね、から、カミングアウトをしてさらに仲良くなれたかもしれない。
でもバリバリネカマの少女キャラで通しているので、言えない…今更言えない。

でもこちら側だけ竜騎士のウサが鱗滝課長補佐と知っているのに、素知らぬふりで接していて、後で何かの拍子にばれたら大ごとな気がする。

…というか、ネカマをやってると知られたら、翌日からどんな顔で会えばいいのかわからないし、なによりどう思われるかが怖い…。


とにかく課長補佐と知っているのに知らないふりはまずい。
非常にまずい。

とりあえずいまは戦略的撤退をするところだ。


「ウサさん…ごめんなさい、ちょっと私なんだかすごく体調悪くなってきて…今日は落ちますね」

まさか戦略的撤退させて下さいとは言えないので、当たり障りのない理由をつけつつ、ギルドハウスの自室にいたのを幸いに返事を待たずに即落ちをした。

これでとりあえず騙す気があったなら接触を絶たないだろうから、騙す気は無かったということは信じてもらえないだろうか……


こうしてログアウトすると、はぁ~とデスクに突っ伏して、一息つく。

(…これからどうしよう……)



結局その日は眠れぬまま夜が明けた。

出来れば落ちつくまで顔を合わせたくはないがゲームと違って会社はログアウトするわけにはいかないので、義勇は重い気持ちを引きずって会社へと向かう。


…ああ…会いたくない……

入社以来、ずいぶんと親切に面倒を見てもらったし、1人暮らしで自宅ではネットで以外他人と話す事がなかったので、毎日会社で課長補佐と会うのは楽しみだったのだが、今日は切実に会いたくない。

しかしどんなにそう思ってもデスクが隣なのでそういうわけにもいかないだろう。
そう思ってフロアに入ったが、いつもは始業時刻よりも随分と早めに来ている鱗滝課長補佐が、今日は何故かまだ来ていない。

いつもと違う……

そのことに義勇はさらに動揺した。

もしかして…実は何故かもうバレていて、何かそれが理由でだったらどうしよう……
そんな事を思うと、全身から血の気が引いた。
緊張しすぎて心臓がドッドッと早鐘を打ち、胃がずきずきと痛んでくる。

1人デスクに座って鞄を開けようとして、あまりの胃の痛みに思わずデスクの上に突っ伏した。

──おはようさん。おぉ?今日は疲れてんのか?義勇

と、今出勤したのだろう。
突っ伏した頭の上からいつもと全く変わらぬ宇髄課長の声が聞こえるが、彼がノアノアかもと思うと、余計に胃が痛んで、応えるどころではない。

それでも無視は社会人としていけないだろうと、なんとか顔をあげると、にこやかに笑みを浮かべていた宇髄課長の表情が一気に緊迫した。

「義勇っ?!どうしたよっ?!!大丈夫かっ?!!!」

そう聞かれても言葉が出ない。
かろうじて──胃が……──とだけ答えると、彼は

「胃?!胃が痛むんだなっ?!
救急車呼ぶかっ?!!!」
と、電話を取りだす。

「おはよう…」

と、そこで聞きなれたイケボが聞こえてきたが、宇髄と義勇の様子を見たのだろう。

「宇髄っ!!義勇はどうしたんだっ?!!!」
と、それがほぼ叫ぶような怒鳴り声になって近づいてきた。

「ああ、錆兎、ちょうど良い所にっ!
実は義勇が急な胃痛で今救急車を呼ぼうかと…」
と宇髄が言うのに、

「俺、今日車で来てるから連れていくっ!
宇髄、俺らの休暇の手続きだけ頼むっ!!」
と、言うや否や、いきなり横抱きに抱えあげられた。

痛さと驚きと緊張と…色々でパニックだ。

しかしそんな中で、もしかしたら昨日のがバレて不興を買ったのでは?と思っていた信頼しきっている上司の

──義勇、義勇っ。すぐ病院連れてってやるから、楽にしてろよっ!
と言う言葉で、もう色々が限界だった義勇はあっさり陥落。
胃を抑えたままぎゅっと目をつむった状態で、半分意識が遠のいていった。



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