とある白姫の誕生秘話30_パニックパニック大パニック1

終わった…俺の人生、本当に終わってしまった……

ずっと恵まれているとは言えない人生だった。

運も要領もよろしくない、幸せともどこか遠い…そんな日々を送っていた義勇だったが、ここ2年ほど…正確には例のネットゲームと会社関係は非常に幸運な人生を送れていると思っていた。

それが根底から崩れ落ちた…

何故気づかなかった?と言われればそうなのだが、あまりにすごすぎる偶然に、そうかも?と思うことすらなかった。

知って良かったのか悪かったのか…
もうこうなってはよくわからない。
だが、もう事実は事実である。

今、はやりのオンラインゲーム【レジェンド・オブ・イルヴィス】のメイン竜騎士のウサ…

ゲーム内で最初のストーカーとなったギルドマスターから義勇のキャラであるユウを救いだしてくれ、それからずっと助けてくれていた兄貴系キャラクタ…。

その中の人は、なんと義勇の直属の上司、鱗滝錆兎課長補佐だったのだ。




それは義勇が入社して2カ月ほど経って、会社にもだいぶ慣れた頃だった。

鱗滝課長補佐は仕事で広報企画部に出向いていて不在。
その間に書類を作成していた義勇に、

「義勇、仕事の関係の事で確認を取りたいんだけど、少し時間大丈夫か?」
と、宇髄課長が珍しく直接仕事について話しかけて来た。

大丈夫かも何も、今作成中の書類は後に鱗滝課長補佐が必要になるだろうと見当をつけて義勇が半自主的に作成しているものなので、課長の要件を断るような理由もない。

「はい。大丈夫です」
と、文字を打つ手を止め、しっかりと書類をセーブして閉じると、義勇は話を聞く体制に入った。



そこでまず、コーヒーでも淹れるなっ…と、新人からするととてつもなく偉い人なはずの宇髄課長は、あまりにナチュラルに2つのカップにコーヒーをいれて、一つを義勇に差し出してくれる。

そこで初めて自分の方が淹れるべきだったと青くなる義勇だが、宇髄は──俺はコーヒーは自分の好きなやつを好きなように飲みたい派なんだよ。だから気にすんな──と、カラカラと笑う。

そして課長は自分で淹れたコーヒーを一口。
そして、ああ、美味い、さすが俺…と、笑みを浮かべる。

この課長もイケメンで優秀なのだが、少し才走りすぎていて一般人には少し馴染みにくい雰囲気がある。
が、義勇の場合は初っ端にそんな空気などどこへやら、宇髄課長に思い切り馴染んでいる鱗滝課長補佐がそばにいたため、なんとなく自分も馴染んでしまった。

そしてそうやって慣れてしまうと、なんだか気のいいお兄さんで、人見知りの義勇でもそんな風に緊張することはない。

なので、義勇自身ものんびりとコーヒーを飲みながら話を待っていると、彼の口からは意外な言葉が零れ落ちる。

「義勇は、顔出ししても大丈夫な方か?」
「は?顔出し…ですか?」

意味がよくわからなくて首をかしげると、宇髄はニカっと微笑んだ。

「実はな、今回うちの会社で男性用化粧品を扱うことになってなぁ。
元々はロズプリの役者御用達のメーカーだったんだが、事業拡張ということで、一般向けにもと言うことになったらしいんだわ。
それでどうせなら本職のモデルじゃなくて、本当の一般人のうちの会社の社員を使いたいっていうことで、今、錆兎がモデル候補として呼ばれてるんだけどな…」

なるほど。
そう言えば義勇が就職活動の時に配布されていたパンフレットにも、社内説明で仕事中の課長補佐の写真が大きく載っていた。
あれだけの美形だ。
プロのモデルと言われても納得する。
だからそういう時にはまず呼ばれるのだろう。

「まあ…そこらのモデルよりもイケメンですけどね、課長補佐」
と、それに頷きながら、しかし全く解決しない疑問に、義勇は、それで?と先を促した。
そこで宇髄は話を続ける。

「コンセプトはな『カッコいいのは当たり前、美人、可愛いも演じられる男へ』なんだそうだ」
「はあ…」
「ということでな、真中の美人の部分は本職のロズプリの役者に頼んで、カッコいいは錆兎がな、担当するわけなんだが…
ま、俺がやっても良かったんだが、俺が出ちまうともう素人に見えねえだろ、格好良すぎてな」
「はあ…なるほど。そうですね」

ロズプリの役者ということは、この話は梅も知っているんだろうか…。
今日の夜にでも聞いてみようか…
などとぼ~っと聞いていたが、やがて宇髄の口から飛んでもない話が飛び出した。

「それでな、“可愛い”の部分をな、お前に頼もうっていう話がでてるんだよ」

「はああ~~~?!!!!!
何故おれが“可愛い”担当にっ?!!!」


会社の新事業、男性用化粧品。
その一般人モデルとして鱗滝課長補佐が選ばれるのはわかる。
なにしろ、それを一般人として扱って良いのか?と問いたくなるレベルのイケメンだ。

しかしそのイケメンと並ぶのに何故自分のようなフツメンが?!と、思わず宇髄に異議を唱えると、宇髄は

「お前さ、自分で自覚ねえの?人形みてえな可愛らしい顔してると思うぜ?
まあでも、そもそもが飽くまで本人の売り出しではなく化粧品の売りだしだからな。
実は元の顔より化粧映えすることが重要ってことでのピックアップらしい。
あと、お前の仕事って錆兎経由だから、あいつがあっちの仕事で居ない時はやることねえしな。
それなら一緒にあっちの仕事やっていた方がいいだろ」

と、おそらく最後のが本音なのだろう。
そんな内情も話して来る。

確かにそうだ。
入社してからの義勇の仕事は鱗滝課長補佐の雑務や手伝いがほとんどなので、彼がいないと出来る事がない。

そこを突かれると、もうやるしかない。


「本当に俺なんかで良いんなら…。
でも何をやれば良いんです?」

と、結局了承の意を示せば、宇髄はややホッとした様子で、──了承取れたぜ──と、おそらく広報部に連絡をしたあと、

「じゃ、支度をしてくれ。
広報部まで案内してやるから」
と、自ら案内役を買って出た。



こうして辿りつく広報部。
その中でも圧倒的に女性率の高いシマへと案内された。

男性化粧品の企画なのに女性が多いのか…と、不思議に思っていると、それを察したかのように宇髄が

「ああ、この企画を取って来たのが広報部でもやりてと名高い霧山真菰って女性主任なんだよ」
と、教えてくれる。

ほら、あいつだよ、と、示された相手は、外ハネミディアムの髪に綺麗な花の髪飾りをつけた美女だ。
パンフレットを手に鱗滝課長補佐と何か話している様子は、美男美女でとてもお似合いに見える。
そう言えば開発部のお姉さん達が、鱗滝課長補佐には恋人がいるとの宇髄課長情報を披露してくれていたが、恋人と言うのは彼女のことなのだろうか?

もしかして課長補佐が広報でよく使われるのは、2人が親密な関係だからなのか?…そう思うと何かもやっとしたものが心の中から広がって行く。

何故…?

あれだけのイケメンだ。
恋人の1人くらいいたっておかしくないし、彼女だって美人で仕事も出来てお似合いじゃないか。

そう思うモノの、ひどく気が沈む。
本当に不思議な感情。
たぶん…優しくされすぎたからだろう、と、義勇はそんな自分の気持ちをそう結論付けた。

これまで優しくされ慣れていなかったのもあって、新人の自分をしっかり守り育てようとする鱗滝課長補佐の熱意を特別な好意のように心が取り違えてしまっているのだ。

でもそれは恋人に対する気持ちとは方向性の違うものだから、別に恋人がいたからといって、義勇に対するそういう熱意がなくなるわけではない。

むしろ恋人との未来のために仕事の成果を出そうと、より熱心に仕事を教えてくれるに違いない。
だから義勇が彼の恋愛事情を不安に思う事はないのだ。

そう自分に言い聞かせて、義勇は顔をあげた。



「待たせたなっ。義勇に了承もらったんで、宜しく頼むな」
と、義勇がそんな事を考えている間に、宇髄がパンフレットを挟んで話しあっている2人に声をかけた。

「ああ!来たかっ!」
と、それにどこか嬉しそうな顔をする課長補佐に、義勇も嬉しいような…それでいてどこかツキンと胸が痛むような、複雑な気持ちになる。

が、そんな感傷を吹き飛ばすように、

「きゃああぁ~~!!!かっわいいっ!!
やっぱ義勇君可愛いねぇっ!!!」

と、いきなりすごい勢いで突進してきた美女に、ぎゅむっと抱きしめられた。


義勇も男としてはそう大きい方ではないが、彼女はさらに小さく華奢だ。
ただ、ヒールの分高くなっているせいか、義勇とそう身長が変わらない気がする。

ふわりと髪から香る良い匂い。

女性にこんなに近い距離に来られた事は幼い頃の母親以来で、どうして良いかわからず硬直していると、
「真菰っ!いい加減にしておけよっ!!」
と、グイっと彼女から引きはがされ、ボスン!と課長補佐の腕の中に抱え込まれた。

腕の中でおそるおそる見あげた課長補佐の顔には笑みがなく、表情は厳しい。
もう目に見えて怒っている様子だ。

これは…やっぱり、自分の恋人が他の男に抱きついて気分が良いわけがない…そういうことなのだろう。

「…か…かちょ…ほさ……すみませ……」

自分でどうできたのか、どうすれば良かったのかはわからないが、怒らせてしまったのは確かだ。
とにかく謝罪して許してもらわなければ…と、半泣きになりながら口を開いた義勇だったが、返って来た課長補佐の反応にさらに動揺することになる。

彼女から引きはがされて後ろ向きに抱え込まれていたのをクルリと反転。
しっかりと抱き合う形で抱きしめられると、

「いきなり抱きつかれて怖かったよな。
カバーが遅れてごめんな?」
と、なんと頭を撫でられる。

え?え?そっち?!!

驚く義勇だが、真菰の方は

「ちょっとくらい良いじゃない。錆兎、独占欲強すぎだよ」
と、当たり前に言い返している。

何かこう…甘い雰囲気と言うものがない気がするのは気のせいだろうか…

頭上で飛び交う舌戦。
それは結局

「とにかくっ!最初に言った通り、宣伝に協力するのは社員としてはやぶさかではないが、義勇に変なちょっかいかけるなら即降りるからなっ!!」
という課長補佐の言葉に

「はいはい。わかりましたっ!保護者様のお気に障るような事はしないわよっ!」
と、真菰が応えて終わったようだ。

結局その後は基礎化粧品の説明と使い方の話をされて、撮影に関してはまた具体的な諸々が決まったらと言う事で広報部をあとにした。

まあそこまでは平和だった、そう、そこまでは……



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