──巻き添え食らわない程度に離れててくれ
と、前後左右の安全を確認して念のためお姫さんを後方へ避難させ、自分は友がすでに2人は拘束している男達の方へ。
こうなったら男達に天誅をくだすよりも、速やかに退散してもらってお姫さんに話を聞きたいので、出来れば自主的に引いてもらいたい。
「貴様らっ!まとめて伸されたいのかっ?」
と、手のひらに握っていた胡桃を放り投げて受け止めると、それをバキっ!と握りつぶす。
手の中からパラパラと胡桃の殻が零れ落ちていくのを見て、1人はよほどの怪力だと思ったのだろう。
仲間を見捨てて逃げだして行った。
が、もう一人は威嚇されたことで追い詰められたらしく、うああーーー!!!と叫びながらこちらに向かってくるので、容赦なく蹴り倒した。
妓夫太郎の横方面に吹っ飛ばされる男。
これで今度こそいい加減、力の差はわかってもらえただろう。
そこで暗にではなく、はっきりとした言葉で退散の道を提示してやることにした。
「逃げるなら10秒やる。妓夫太郎も反撃以外はストップだ。
その間に逃げないなら、まあ次狙うのは壊れるレベルの人体の急所だな。
じゃあ、数えるぞ。い~ち、に~ぃ……」
と、数え始めると、錆兎の意志を察して、天誅を下す気満々だったらしい妓夫太郎は不満げに、しかし錆兎の指示をしたがって、男達を解放する。
すでに1人逃げている男達は、それで我先にと走り去って行った。
それを見送って、ようやく一息。
これで話が聞ける…と、思って注意を向けると、ユウ…と呼ばれた少女はひどく震えている。
こんなに怯えているのに、友人のために頑張ったんだな…と、少女の健気さに胸が熱くなった。
本当に…そんなところも“ユウ”ぽくて、一刻も早く確認を取りたいのだが、それでもまず、青い顔で震えている彼女のフォローが優先だ…と、──大丈夫か?少し休むか?…と、声をかけて少し身をかがめてその顔を覗き込んだのだが、少女はそれにさらに怯えたように身をすくめる。
──ユウに怯えられたっ!
と、錆兎はその反応にショックを受けるが、今の彼女の状況を思えば無理もない。
決して同じような行動に出るつもりはないが、彼女にしてみれば、さきほどの男達も自分も同じ、知らない男だ。
だから違うのだ…と言う事を表明しようと、錆兎は即
「…っ…と、悪い。大丈夫。俺は何もする気はないからな?
そっちにいる友人の妓夫太郎ももう一人の子の知り合いだから安心してくれ」
と両手を軽くあげて、少女から一歩距離を置く。
しかしそれもあまり功を奏していなかったようで、少女はホッとしたようにもう一人の少女に駆け寄って行った。
だが、そこで…だ、もう一人の少女と手をとりあった瞬間に少女の口から漏れた言葉に、錆兎は衝撃を受ける。
そして、確信した。
彼女は確かに錆兎の“ユウ”だ。
なぜなら、その口から出たのは
──…ミアさん…ごめんなさい…帰りたい…
と言う言葉だったのだから…。
そう、“ミアさん”と言ったのだ。
諸々がお姫さんに似たユウと言う名前の少女と一緒にいるのが、ミアという少女。
ネット上でも仲良しのミアとユウ。
こんな偶然があるわけはない。
これは自分の“ユウ”だ…。
錆兎は確信した。
本当にありえないことだが、お姫さんはリアルでも本当にお姫さんだったのだ。
そう思えば、最初の瞬間からひどく心を惹かれた事も納得できる。
錆兎は非常に現実主義者のように見えて、実はこと恋愛に関してだけは縁遠かった分、ロマンティストだ。
好きな相手は人一倍守りたい。
強い日差しにも冷たい雨風にも当てたくないレベルで、この世の全ての危険な物、不快な物から遠ざけて、大切に大切にお守りしたい人間なのだ。
だからゲーム内で一見しっかりしているのにどこか危なっかしいユウに惹かれてしまったわけなのだが、それが今、ゲームではなくリアル目の前にいると思えば、良くも悪くも動揺する。
できれば素性を明かしたい。
でも、彼女がネットとリアルは別と考える人間なら、ここで明かされたらネットでの関係も壊れる可能性も出てくる。
それは嫌だ。
少なくともいま、リアルでの自分はユウに怯えられているらしい。
ここで強引な態度に出れば、おそらく自分もさきほどの男達と同類認定をされかねない。
珍しく決断できずに脳内グルグルしている間に時間切れ。
帰りたいと言ったユウの言葉を受けたミアが
「あ、あのね、この子、ユウちゃんはあんまりこういうの慣れてない深窓のお嬢様なの。
今回のすごくびっくりしちゃったみたいで…だから、今日はもう車で送って行くわね。
そっちの人にも、お礼言いたいんだけど、また後日で良い?」
と、妓夫太郎に断って、ユウを連れて帰ってしまった。
そうか…深窓の令嬢だったのか…。
それだと、もしかして…婚約者とかがいたりとかあるんだろうか……
自宅に帰って落ち着いたらミアやユウとの関係を妓夫太郎に聞こう…そんな事を思いながら、いったんは予定通りトレーニングウェアを見に行って買って帰った。
が、その日に限って父が早く帰っていて2人でキッチンに立つことにしたため、この時しか持てない親との時間を潰すのもなんとなく憚られて、結局電話をかけられなかった。
ユウのことを知りたい…確認したい…
でも知るのが怖い…
普段即断即決の錆兎にしては非常に珍しいことだが、どうして良いかわからないまま悶々と悩んで日が過ぎていき、連休明けに出勤して盛大にため息をついていて、周囲を動揺の渦に巻き込んだ…ということなのである。
こんなにどうして良いかわからない事は初めてだ。
だから聞かれるまま、全てを宇髄に打ち明けた。
世の中にはなんともすごい偶然もあるものだ…と、錆兎の話を聞いて、宇髄は思った。
まさに事実は小説より奇なり…である。
まあ宇髄に言わせれば、錆兎の高すぎるスペック自体が充分非現実的なレベルではあるのだが。
それよりまるで小説のようだと思ったのが、あり得ないレベルのイケメンで、文武両道、一説によると楽器も華麗に扱い、料理もできる、もちろん当然仕事も出来て高収入という、絵に描いたようなリア充スペックな錆兎が、実はほぼ女性との交際経験がないと言うことだ。
そう思って振り返ってみれば、宇髄がこの部署に転属になって2年たつが、女性陣達の果敢なアピールをスルリスルリと交わし続けることはあっても、錆兎が特定の女性と親しくしているのを見かけた事はない。
ここで錆兎が悩んでいる相手が普通の女性だったら、せっかくここまで慎重に来たのだから、
──どうせなら魔法使いにでもなったらどうだっ?
と、ぜひ30まで清らかな身で居ることを勧めるところだが、こと、相手があの少女キャラの中の人だと思えば、結婚式に呼ばれて
『2人が親しくなったきっかけは、新婦がネカマ戦士に粘着されたのを新郎が助けたことでした』
と、スピーチをしたい気がした。
もとい、いくらでも遊べるスペックがあって機会も向こうからゴロゴロと転がって来続けるにも関わらず、本当に好きな相手以外とは…と、真面目に生きて来た青年の一途な恋を応援したくなる。
まあ、自分自身はネットで知り合った女性と付き合ったことなどないので出来る事などかぎられているわけだが、一応、ゲーム内ではユウの事も知っていれば、リアルでユウといたというミアは、元々はゲーム内の宇髄のキャラ、ノアノアの知り合いである。
彼女を通して何か協力出来る事もあろうと、
「で?お前はどこまで望んでるんだ?
彼女とまずどうしたいって?」
と、訊ねると、返って来た言葉は
「結婚したい」
「はぁあ??」
「OKもらえるなら、給料の3カ月分の指輪くらいはすぐ買える貯蓄はあるし…。
式は…どのくらいするんだろうな。
でも暴落する前にスパッとやめたネット通貨で稼いだ利益と、現在進行形で運用してる株の資産で、今1人で暮らしてるマンションから会社に来るのに使ってる路線で一軒家買えるくらいの金はあるから、ユウが結婚してくれるというなら、有給取って一緒に家みにいって、即金で買う」
…こ…このおとこはぁぁ~~~!!!!
スペックが凄まじく高い上に給与以外に凄まじい収入があるのに、このアンバランスな童貞くささはなんなんだろうか…。
宇髄は呆れかえりながらも
「とりあえず…結婚より先に、お付き合いだよな?」
と、訂正すれば、錆兎は
「そうだな、婚約期間は大事だよな。
まず2,3年くらいはデートを重ねて、指輪を持ってプロポーズ。
それからさらに1年くらいは婚約期間を置いて、結婚か」
と、気真面目に頷く。
「いやいや、そこまで時間おく必要はねえけど。
プロポーズまでは早い方はもっと早いとは思うぜ?
だが普通は結婚考える前にまず付き合いだよな?」
思わず漏れる苦笑。
もう孫を見守る祖父くらいの気分で
「そうだなぁ。
とりあえずいきなりネットの方からリアルに働きかけると警戒されそうだし、ダチの方から情報を収集しつつ、作戦を練るのが良さそうだよな」
と、宇髄はアドバイスをして、そろそろ昼休みも終わるので、その話はいったん切り上げた。
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