さきほどまでの天国から一転、地獄に突き落とされた気分である。
女装した姿を今度入社する先の会社の上司になるであろう人間に見られるなんて最悪だ。
さすがに引かれただろう…というか、内定取り消しとかになったらどうしよう……
俯いたまま顔をあげられず、身体の震えが止まらない。
──大丈夫か?少し休むか?
と、そんな状態でいると、いきなり錆兎に顔を覗きこまれて、義勇は驚きのあまりすくみあがった。
「…っ…と、悪い。大丈夫。俺は何もする気はないからな?
そっちにいる友人の妓夫太郎ももう一人の子の知り合いだから安心してくれ」
と、彼は両手を軽くあげて、義勇から一歩距離を置いてくれた。
その彼の行動に、…え??と思う。
もしかして…バレてない??
もしそうならバレる前に一刻も早く退散を…と、思って、ミアに
──…ミアさん…ごめんなさい…帰りたい…
と、なるべく聞こえないように小さな小さな声で言う。
すると、ミアの方はとても親しい相手なのだろう、妓夫太郎と呼ばれていた青年と会ってすっかり元気を取り戻していたが、
「あ、あのね、この子、ユウちゃんはあんまりこういうの慣れてない深窓のお嬢様なの。
今回のすごくびっくりしちゃったみたいで…だから、今日はもう車で送って行くわね。
そっちの人にも、お礼言いたいんだけど、また後日で良い?」
と、言ってくれて、2人の護衛の元、大通りでタクシーを拾って、2人と別れた。
こうして走るタクシーの中、ミアはただ、
「怖い思いさせてごめんね?」
と言ったのみだが、元々お泊まり会をするつもりで用意していたらしい、自宅の部屋に戻ると、もう大丈夫とばかりに開口一番
「もしかして…うちのお兄ちゃんのお友達らしき男の人、知り合い?」
と聞いてきた。
まあ義勇の反応を見ていたら人の感情の機微に聡い梅にはバレバレだろう。
それ以上は言外にうながしてくる視線に、義勇は今後の事もあるし、密室で他に対する気遣いも要らないし、何より色々打ち明けたい気持ちになる。
そこで彼が内定をもらった会社の面接官で、未来の上司になるであろう人物な事だけではなく、実は女性が怖い事、でもゲーム内での辛口発言をするミアといるのはすごく楽しかった事など、むしろ積極的に全てを話した。
「そっか…色々話してくれてありがとう。
すっごく嬉しい。
ね、あたし達、本当に友達になろう?」
義勇が話した事は、ずいぶんと個人的な事ばかりで楽しくもない話だと思ったのだが、ミアはずっと興味深げに耳を傾け続け、全てを語り終わった時、そう言って両手で義勇の両手を握って言った。
「ユウちゃんがこれだけ話してくれたなら、あたしもあたしの秘密全部教えるよ。
あたしね、友達っぽい相手はいっぱいいるんだけど、“本当の友達”はいないんだ。
あのね、ゲーム内で“みんなのお姫様”であるミアは好きでも愚痴も言いたいし本音も言ったりするただのプレイヤーのミアが要らないのと一緒で、リアルでもね、皆が大切なのはロズプリの大家の謝花家の次男のあたしで、いつもそれにふさわしくしていないとすぐ要らなくなっちゃうから。
ただのあたしを信用して好意を向けてくれたのは、お兄ちゃん達とユウちゃんだけよ」
そう言うミアのその言葉は義勇にとって驚くべきことだった。
でもそれは不快なものではなくて、自分もずっと友人を作れずにいたから嬉しい、と言うと、ミアは
「じゃあ、今日からあたし達大親友ね」
と、ふわりと花のように微笑んだ。
「こういう芸事の家ってね、長男と次男以下は大切さが天と地ほど違うんだ」
まず語られたのはミアの家の事情だった。
ロズプリの家としては名門中の名門の謝花家。
その直系の男子と言えば、ロズプリ界の中ではすごい事なのだが、それでもそれは長男に限るらしい。
名前を継いで、ついでに当たり前の主役を演じる長男。
その一方で、次男以下は“一見はお断りのオーディションを受ける権利があるだけ”で、どれだけ才能があろうとも主役以下の役を他と競わなければならないらしい。
ミアの家でも長男の童磨以外は実力で芸能の世界に残るか、きっぱりと離れて一般人として生きていくかしかなく、さきほど会った次男である妓夫太郎は容姿も優れず芸事にも興味がなかったため、この世界を離れることを早々に決めて普通の世界で生きていくべく、準備をしているらしい。
一方で末っ子のミアこと梅之丞は生まれ落ちた瞬間からたいそう美しい赤ん坊で、親も芸能から全く離れてしまうのは惜しいと”主役にはなれずとも”この世界で生きて行かせようと育てた。
それは全く離れてしまうよりはるかに茨の道だ。
家柄によるメリットはほぼない。
それでいて、あまりに役につけないと、『あの名門の家の子なのに…』と言われるのはお約束。
なので長男以上に芸事に精進するだけではなく、少しでも配役を決める重鎮達の心証を良くするべく、愛想よく立ちふるわなければならない。
さらに名門の出だけあって、下の人間からは心証を気にされる存在にもなる。
だから優しくお愛想を言われてもその裏では酷評されているなどと言う事は当たり前で、そもそもがあまり心を許せる人間がいないのだそうだ。
仕事を離れて学校などでは、当たり前だがロズプリ関係の子どもなどほぼいないので、色々が理解をされない。
女役の家なので女性らしさを身につけるため、男の子達に混じって乱暴な遊びをするよりは、優しい物腰で女の子に寄りそうミアは、当然のように弾かれ、下手をすれば攻撃対象になる。
「そんな時にね、いつもかばってくれたのがさっきの妓夫太郎お兄ちゃんだったの」
と、ミアは夢見るような目をして言った。
「あたしね、意地悪とか言われ慣れてたけど、いじめられてるといつも休み時間にお兄ちゃんがすっ飛んできてくれたから全然平気だった。
お兄ちゃんはこの世界を離れて普通の人になるんだし、この世界で生きてく梅の事なんて放っておけば自分はよっぽど楽なのに、いつもいつも、梅をいじめんじゃねえ~!って守りに来てくれてね。
お兄ちゃん、あの通り怖い顔立ちしてるから、こそこそ悪口は言われても、暴力を振るわれたり表で堂々と囃し立てられることはなくなった。
だからあたしの理想の男性はお兄ちゃん。
お兄ちゃんは兄弟だから守ってくれてるんだけど、あたしはそういう意味じゃなくてお兄ちゃんが好き。
兄弟でも同性でもお兄ちゃんが好きなの」
──おかしいと思う?
と、言われて、おかしいなんて言えるはずがない。
だってすごくわかる気がする。
自分だってネット上ではあるが、ミアにカミングアウト出来てウサにできないのは、たぶんそれもある。
「わかるっ!…なまじそういう経験ないから、俺も無条件に見返りもなく守ってくれたりかばってくれたりすると、すごく特別になるっ!!」
思わず答える声に力が入る。
身を乗り出してそう言うと、ミアが嬉しそうにうんうんと頷いて、互いにぎゅっと手を握り締めた。
「やっぱりっ?!ユウちゃんなら分かってくれると思ったっ!」
「俺も初めて自覚したけど…妓夫太郎さんが上司の友人なら、出来る限りミアに協力したいと思うっ!」
わかりあえて嬉しい…すごく嬉しい。
実母が亡くなって唯一の理解者の姉が結婚して遠くへ行ってしまって以来、初めて持った密接な人間関係だ。
もちろん、義勇の周りにいた面々と違って
「あ、でも…」
という言葉だけで
「うん。ユウちゃんが義勇な事は秘密にするね。
一般社会だと色々面倒な事が多くなるし。
でも、たまにうちにきて“ユウ”になって“ミア”と一緒に遊んでね?」
と、義勇の事情も察して気遣ってくれる。
ゲーム内の“ミア”の頃からとても信頼のおける良い友人だと思っていたのだが、実際に会ってみて余計にその思いが強くなった。
こうして思いきってミアに会いに来て、リアルのミアと知り合ったことで、このあとの義勇の人生は大きく変わっていくのだが、その事をまだ彼は当然知ることはない。
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