自分の流されやすさは全くもってやばいと義勇は思う。
そう、なんと義勇は今、ミアに押し切られる形で彼と色違いのワンピースにコート、そしてロングヘアのウィッグまで身につけて絶賛ショッピング中である。
丁重に…でもきっぱりと辞退した。
だって可愛い格好が似合うのはミアだからだ。
本人がそういう家系に生まれて、幼い頃から積んできた鍛錬の賜物であり、義勇のような一般の男子大学生が女装したって気持ち悪いだけだ。
そう言って断った。
それでも諦めてはもらえず、着てみるだけでも…と、食い下がられ、実際に着て見てウィッグをつけて化粧まで施され、
「今ね、○○ホテルでとっても可愛いデザートビュッフェがやってるのよ~」
などと、実は秘かに憧れていたが男1人で行くには…と躊躇していた○○ホテルのデザートビュッフェの名を出されると、もうこれを逃したら行ける機会など二度とない気がして、ついつい流されてしまった。
そうしてミアの家の車でホテルまで送ってもらって、いざ出陣!!
季節が季節なので、今はストロベリーが中心の色鮮やかにして愛らしいデザートの数々が並んでいて、テンションがあがる。
女装も、最初のほうこそ人目が気になったものの、ミアからネットゲームのキャラ名のユウで呼ばれる事もあり、だんだん自分でもユウの気分になってきて、最後の方にはゲームをやっている感覚で女の子を楽しんでいた。
女の子の世界はKawaiiに溢れていて楽しい。
可愛い食べ物、可愛い小物、可愛い洋服。
ビュッフェを出たあとに街に繰り出して、色とりどりの可愛いコスメを物色して楽しむ。
そんなことは男ではできなかったと思う。
隣には可愛いミア。
自分もそんなミアの隣に並べば、どことなく華やかな女の子の気分になってくる。
そして覗くティディベア専門店。
実は以前から知っていて、ずっと入ってみたかったのだが、男1人で入る勇気がなかったのだ。
でも今なら女の子の2人連れだ。
気軽に入れる。
店のドアをくぐれば、可愛いクマ達がつぶらな瞳でお出迎えしてくれるこの世の楽園。
ぬいぐるみだけではなく、グッズまで揃っているので、楽しさ倍増。
可愛いミアと2人でお揃いの小さなクマを買って、それを色違いのバッグにつける。
それとは別に、ふと目についたピンクの毛並みに紫の瞳のティディがなんだかネットのウサみたいな色合いだったので、その子もなんとなく買ってみた。
そんな風にふわふわキラキラ楽しい時間。
次はブティックに行って洋服をみようか…と、外へ出た。
街は人がごった返している。
ミアが可愛いからだろう。
道行く人が、かわい~い!と、振り返って行く。
そんな可愛い可愛いミアと“お友達”な自分がちょっと誇らしくて、義勇は自然と顔に笑みが浮かんだ。
だってこれまで全くと言って良いほど出来なかったのに、最初に出来た“親しいお友達”と言える相手が、こんなに可愛い子なのだ。
嬉しくないはずがない。
しかもミアと2人なら、今まで入れなかった可愛いお店も入り放題、可愛いものを愛で放題なのだ。
最初こそ女装なんて…と思っていたが、こんなに可愛いミアと並んで歩いていれば、みんなミアの方に目が行くので、義勇がどんな格好をしていても、誰も気にする事はないようだと気づいた。
だって、現に誰も女装姿の義勇を見て蔑んだり嘲笑ったりしている様子はない。
周りはみんなキラキラした目だけをこちらに向けているのだ。
これも鍛錬の賜物らしいが、ミアはリアルでも声まで可愛い女の子だ。
だから本当に女装男子だなんて事を忘れてしまう。
「すっごく楽しいね。
ユウちゃんも楽しそうよね。
ね?来て良かったでしょ?」
皆のお姫様のミアに、そうほわほわとした愛らしい笑みを向けられれば、お固く素直じゃない男の自分なんてどこかに飛んで行って、ネット内の皆に優しいユウになってしまう。
「うん、確かに。
デザートブッフェも可愛くて美味しかったし、さっきのティディのお店もね、ずっと入ってみたかったんだ」
と、自分自身も笑顔になる。
本当に性別なんて関係なく、ミアはすごい。
夢を売っているというのも、本当にそうだと思う。
しかも、他の人間がこぞって買っている夢を、自分は幸運にも“お友達枠”で、無料で分けてもらっているのだから、すさまじい幸運だ。
「あたしもね、ずっと1人じゃなくて、お友達と一緒にあちこちに行ってみたかったのっ。
だから今、すっごく楽しいっ!」
とん、とん、と、飛び跳ねるように2,3歩先に行ったミアが、くるりと振り返って、どこかせつなくなるような…でも、言葉通り幸せそうな笑みを浮かべるのを見て、義勇は何故ミアが自分を選んだのかわかった気がした。
ミアは大勢の人に囲まれていたけれど、おそらくやっぱり1人だったのだろう。
だから同じくネットでは大勢の人に囲まれていたが本当は一人ぼっちだった同類の自分をみつけたのかもしれない。
自分達はきっとずっと仲良しでいられる…義勇はその瞬間、そんな事を思って、少し前にいるミアに駆け寄った。
しかしそんな少し切なさを含んだ幸せな時間は、次の瞬間に嵐の渦にかき乱されることになるのである。
「君達、2人?俺達と遊びに行かない?」
ネット内ではよく声をかけられる事はあるが、リアルでそれを体験するとは思ってもみなかった。
まあ、いつもは男なので男にそういう目で見られると言う事がそもそもなかったのだが…。
ミアが行きたいという店までショートカットをしようと、人通りの多い表通りから少し脇道に入ったところで、おそらく付いてきていたのだろう。男4人組に声をかけられる。
「いえ、あたし達これから行く場所があるので…」
とミアが断るも、
「少しくらい良いじゃん。一緒に遊ぼうよ」
と、腕を取られた。
どうしよう…と、そこでどうして良いかわからず脳内で色々がグルグル回る。
「車で来てるからさ、行こうよ」
と、背を押されて動揺した。
…どうしよう…どうしよう…どうしよう……
女性だからと思われているなら、実は男だとカミングアウトすればいいのかもしれないが、恥ずかしいし、それよりなにより、男だとわかったら今度は面白がられてからかわれたり、怒って乱暴されたり、あるいは写真を取られてネットなどにばらまかれて嫌がらせをされたりするかもしれない。
どちらにしてもアウトだ。
逃げなければ…と思うものの、男4人に囲まれていると、逃げるに逃げられそうにない。
「どっちも可愛いけど、俺、こっちの子が好みだな」
と、肩を抱いてくる腕の感触にぞっとする。
気持ち悪い…吐きそうだ……
すぐ後ろ、3,4m先には大通りがあって、そこには人が大勢行きかっているのに、まるで別の世界のようにそこに辿りつく事ができない気がする。
恐怖と緊張のあまり頭が真っ白になっていると、耳に飛び込んできた声…
──だれか、たすけてえぇぇーーー!!!
え??とそちらを見ると、なんとミアが片手に何か小さな機械を持って、もう片方の手で紐をひっぱっている。
なんだかわからないが音声系の防犯ベルのようだ。
「…っ…おっ…まえっ!!ふざけんなーー!!!」
状況を把握して、ミアの手から機械を取りあげる男達。
そして逆上した1人の手がミアに振りあげられる。
(…守らなきゃっ)
ミアはお姫様で仕事の関係上、怪我でもしたら大変な子だ。
そう思って肩を抱く男の手を振り払って、
「ミアさんを放してっ!!」
と、振りあげられた男の手にしがみつく。
が、ぶん!!と振り回されてバランスを崩して後方に…
壁にぶつかるか道に倒れるか…と、思わず強張った身体は、しかし強い力で支えられた。
ふわりと鼻をかすめるコロンの香り。
一瞬感じるキリっとした香りが、やや時間を置くとどこかホットするような明るい雰囲気に変わる。
──貴様ら、何しているんだ…
頭上で感情を抑えた…しかし鋭い声が響いた。
どこかで聞いたような声……
そんな風にほんの一瞬義勇がぼ~っとしていると、横を何かが鉄戦車のような勢いで通りすぎて、ミアを拘束する腕をひねりあげて彼を救出する。
「お兄ちゃんっ!!」
と、目の前でキラキラした目でひょろっとしているが少し怖い雰囲気の青年を見あげるミア
「梅ぇ…お前なんで性懲りもなくそんな格好でこんなところを歩いてるんだっ!!
良いから、俺の連れの方に避難しておけぇっ!!」
「うんっ!!」
どうやら知り合いらしい。
怖い声で怒鳴りつけられても、嬉しそうに頷くミア。
その指示に従って
「ユウちゃん、大丈夫だった?」
と、駆け寄って来た。
──え…ユウ…?
それはすぐ下にいる義勇にだけ聞こえるような小さな声。
そして、その声でようやく記憶がつながった。
そうだ、この声は……
義勇が後ろの人物の腕の中から抜けだしてミアに抱きつくと、
「…ま、あとでいいか。お姫さん達、巻き添え食らわない程度に離れててくれ」
と、後ろから人が離れて行く気配。
そして義勇とミアの横を通り抜けて、前方の青年に合流。
「貴様らっ!まとめて伸されたいのかっ?」
と、手のひらに握っていたものを放り投げて受け止めると、それをバキっ!と握りつぶす。
ばらばらと手の中から零れ出るのは、胡桃の殻…。
その間に1人が彼に向っていくも、体勢を落としての見事な回し蹴りで脛を蹴りあげられて地面に転がった。
「逃げるなら10秒やる。妓夫太郎も反撃以外はストップだ。
その間に逃げないなら、まあ次狙うのは壊れるレベルの人体の急所だな。
じゃあ、数えるぞ。い~ち、に~ぃ……」
その言葉にミアの知り合いらしき青年の方は複雑な表情を見せたが、不承不承といった感じでピタッと手を止め、男達は慌てて逃げて行く。
「鱗滝ぃ…捕まえて警察に突き出さないで良かったのかぁ?」
男達を見送って咎めるように言う青年に、彼は
「あ~、証拠がないしな。
返ってこっちがやりすぎて過剰防衛と言われかねん。
それに…被害者保護が優先だろう?」
「む…確かに……」
と、言う青年と共にこちらを振り向く男性。
そう、もうこの時点では義勇も気づいた。
(この人…鱗滝課長補佐だーーー!!!!)
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