物品が足りないだの、隣が自分達の方まで割り込んでくるだの、些細な事で生徒会室に苦情を言いにかけこんでくる一般生徒。
しかも今日はかけこんできたのは一般生徒だけではなかった。
「錆兎を出せ!」
と、どこかで聞いた声に、錆兎はため息まじりに立ち上がり
「東さん、申し訳ない。ご覧の通り立てこんでいるので談笑でしたら…」
と、言いかけて、そのただならぬ様子に口をつぐんだ。
そして
「今日は談笑じゃなくテニス部のOBとしてやってきたっ!」
と言いつつ一歩前に出る東が続けて口にした
「うちの候補者の所に今脅迫状が届いたらしいぞ!
”ミスコン降りろっ。さもなくば災いがふりかかるだろう”なんてふざけた内容の!
しかも相手ファントムとかふざけた名前名乗って!調査しろっ、調査っ!」
という言葉に錆兎のみならず、役員全員が凍り付いた。
また”ファントム”か…。
顔色を変える錆兎に東は
「何か知ってるのか?」
と聞いてくる。
錆兎は言うべきか迷ったが、結局
「うちの寮にも”ファントム”を名乗る奴から謎のカードが届いてまして…」
と、打ち明けた。
「一応調査するので、脅迫状を持って来てもらえるように交渉してもらえますか?
警察もそれだけでは動いてくれないでしょうし、状況によってはミスコン自体行うかどうかの検討もしなければなりませんので」
との錆兎の言葉に、東は慌てて
「何言ってる?!海陽の伝統だぞっ!!そんな脅迫状一つで中止させるつもりかっ!みっともない!!
そのくらいなんとかしろっ!!
中止なんて絶対に許さんっ!
脅迫状ならここにある!部長の越智から連絡きてすぐ車飛ばして候補者の家に行って取って来たっ!」
と叫んで封筒を押し付ける。
この期におよんで伝統もクソもない気が…どんだけ楽しみにしてんだよミスコン…とは思うものの、一応まだ実害がでてないだけに何とも言えない。
見るとそれはごくごくありふれた白い封筒に入ったカードに
──ミスコンを降りろ。さもなくば災いがふりかかるだろう──
というワープロの文字と、その下にファントムの署名。
義勇に来たカードと同じく署名もワープロ。
「とりあえず…お預かりします」
とだけ言ってハンカチごしにその封筒ごとカードを受けとると、錆兎はそれもビニールに保管する。
しかしファントム騒ぎはそれで終わらなかった。
テニス部に脅迫状が来た翌日、サッカー部の部室と化学部の部室にも同様のカードが届いたとの届出があり、とりあえずその脅迫状を回収。
それを見比べてみる。
テニス部に送られた物と寸分違わぬカードと全く同じワープロの文字と文章。
そして”ファントム”という記名。
集まったのは全部で5通のカード。
ちなみにその3つの部はいずれもミスコンの優勝候補と呼び声が高い部だ。
「…ここまで来てこれか。忙しいのに…」
と、それを目の前に並べて錆兎はため息をついた。
錆兎は考え込んだ。
義勇に来たカードはとにかくとして、もし…今回のミスコンの誰かを優勝させたいがために”ファントム”を名乗る者が脅迫状を送ったと仮定する。
最初のテニス部の候補者の脅迫状は彼が辞退していないという事で意味をなしていない事はわかるはずだ。
そこで普通なら
──それが脅しではないとしらしめる為に彼に対して行動を起こす
もしくは
──脅迫の効果がなかったものとしてあきらめる
の二択ではないだろうか。
なのに何故その効果のない脅しをさらに続けるのか…。
謎だ…。
「難しい顔してるじゃねえか、名探偵」
5枚のカードを目の前に考え込んでいる錆兎をからかうように宇髄が声をかけた。
コトリと机にコーヒーが置かれる。
「言っとくがインスタントじゃねえぞ。
この宇髄様がわざわざミル持参で今ひいていれたブルーマウンテンだ。心して飲めよ」
そんなもの…持って来ていいのだろうか…という疑問は持たないでおこう。
錆兎は礼を言うと、その香り高いコーヒーに口を付ける。
「しっかり解決しろよ。
こんな派手な行事を中止されるなんて事はまっぴらごめんだからなぁ」
宇髄はそう言ってクスリと笑うと仕事に戻って行った。
理由…よりも確実なのはまず証拠か…。
錆兎は先日もらった加藤の携帯に電話をかけた。
『おう、錆兎どうした?』
「加藤さん…実はお願いがあるんですが…いいですか?」
錆兎が言うと
『ああ、なんでも遠慮なく言え。そのために連絡先教えたんだからな』
と、加藤は請け負ってくれる。
「ありがとうございます。
実はある物証についた指紋を調べて欲しいんですが…これからお時間頂く事は可能でしょうか?
もちろん加藤さんがお忙しければ代理の方でも良いんですが…」
一応…相手は多忙な身だ。そう気遣う錆兎だが、加藤は
『水臭い事言うな。物証受けとる時間くらいは取ってやる』
と、待ち合わせ場所を指定した。
「悪い、宇髄。俺どうしても外せない用があってこれから抜ける。
なるべく早く戻るから」
言って錆兎はカードを鞄に放り込むと、大急ぎで学校を抜け出した。
そのまま有楽町線桜田門まで。
改札につくとまた加藤に連絡をいれる。
本庁まで行った方が手間をかけないですむのだろうが、万が一知り合いに目撃されて親にばれるのは怖い。
連絡をいれて5分。加藤がくると、錆兎は
「お呼びたてして申し訳ない。まだ実害がない以上、極々個人的なお願いになるので」
と言いつつ、軽く事情を説明して物証を渡す。
加藤は
「そういうことならな。これが事件に発展する可能性もあるわけだし、まかせろ」
と、それを受けとりつつ請け負ってくれた。
そして
「せっかくここまで来たんだから何か飲んで行くか?」
と言ってくれるが
「いえ、これからまた恐怖の面会です」
と錆兎がいうと、納得して苦笑した。
そして、
「頑張れよ」
と見送ってくれる。
錆兎はそれに礼を言うと、また学校へとUターンした。
戻るともう連続で面会だ。
色々考える間もなくやっぱり時間が過ぎて行く。
そして午後6時…加藤からメールが入った。
指紋について結果が出たらしい。
その結果を元に錆兎は情報を整理する。
カードは全部で5枚。
そのうち2枚は義勇の元へ花束と一緒に送られてきたものだ。
あとの3枚はミスコンを降りろという脅迫状。
どちらもファントムという差出人。
同じシンプルなカードに普通のワープロ文字。
義勇の所に送られてきた物については、宛名が“クリスティーヌ”になっていて、差出人のファントムという名前と照らし合わせると、おそらく煉獄の言う通り、“オペラ座の怪人”になぞらえているのだろう。
オペラ座の怪人では確か自分が恋したヒロイン、クリスティーヌを主役につけるようにファントムが劇場の支配人に要求するくだりがある。
それになぞらえているとしたら……う~んと錆兎は頭を捻る。
脅迫状からすると主役=ミスコン優勝者と取れるのだが、そこで問題だ。
カードを送られた優勝候補者達が全てミスコンの出場を辞退したとしても、優勝するのは“クリスティーヌ”=義勇ではない。
生徒会から出るのは村田だ。
さらにわからないのは、関係者以外の指紋の付き方。
「これ…どういう意味なんだ…わからん……」
錆兎は腕組みをして考え込む。
まだ物理的に誰かが危害を加えられるような事件は起こってないので、もしかしたら単なる脅しで終わるのかもしれないが…
「前回の事もあるからな。楽観視はできないよな」
そんな事に頭を悩ませている時、手が少し空いたらしい村田が、全員分コーヒーをいれてくれた。
そしてそれを配っていてふと気づいて言った。
「なあ、義勇どこ?」
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