ファントム殺人事件_Ver錆義6_ファントムの恋文

「んじゃ、今日はお疲れさんてことで…」

怒涛の午後だった。
すでに時間は午後7時前。
気づけば最終下校時刻間近となっていた。

OBの来訪、各部の様々な諸手続き、その他学祭関係の諸々の雑務で全員クタクタだ。


「どうするよ?大食堂で飯食ってくか?飯」
だるそうにカバンを手に立ち上がる宇髄。

「俺は自宅だからもう帰るわ」
と、村田がディスプレイを凝視し続けて疲れたようにこめかみを押さえながら同じく立ち上がる。

「うむっ!大食堂は8時までだったな!急がねばっ!!」
と、あちこち資材を手配したり、色々な事を手伝ったりと、物理的には一番体力を使っていたはずの煉獄は一番元気に、飯だ飯!と嬉しそうに疲れも見せずに走り出しそうな勢いで、

「俺は食事は温めればいいだけにしてあるから、義勇と部屋に帰る」
と、錆兎は山積みになった書類をなんとか引き出しとファイルに片付け終わった義勇の手を取った。

「…錆兎…お前、マメだよなァ…。
つか、どこにそんな時間あったんだよ。
お前だけ一日30時間くらいあんじゃねえの?」

弁当も含めて1日3食きっちり自炊というのが、そもそもが信じられないのに、この忙しい時期にまでそれを崩さない錆兎に、不死川が呆れた目を向ける。

それに錆兎は笑って

「時間なんて詰めればどこかに隙間はできるものだ。
出来る、出来ないじゃない。
やるか、やらないかだろう」
などと言うので、不死川は

「か~!痛いとこを突きやがるぜ、会長様は。
でもそうだなァ。俺ももうちょい時間を上手く使わねえと」
と、頭を掻く。

「いや、不死川はかなりやってると思うぞ。
余裕を持ちまくっている宇髄と違って」
と、それをさりげなく方向変えする錆兎に、宇髄は

「お前ら人生を生き急ぎすぎ!
せっかく自分の裁量で面白おかしくできる時代に生まれてんだから、派手に楽しくやんねえと嘘だろ」
と、それでもマメに窓の鍵や忘れ物がないかなどのチェックをしながら、ドアに向かった。


こうして全員が生徒会室を出て、最後にドアの鍵をかける錆兎に、宇髄は少し笑みを消して声をかけた。

「あのなぁ…とりあえずあの場はかわしては見たが、当分、義勇のこたぁ気をつけておけよ?
東のおっさんはあれで粘着質なとこあるし、OBづらでテニス部に顔出しては後輩食ってるって噂だからな。
もしお前が忙しくて一緒に居られない時は、遠慮なく役員使え。
俺でも煉獄でも不死川でもいい。
村田は…まあ、頼りにはならなさそうだが、連絡係くらいにはなる」
と、やはり気遣いをしながらも、最後にしっかりと村田いじりは忘れない。

「どうせねっ!武闘派生徒会の中の一般モブですよっ!俺はっ!!
と、そこでしっかりと村田がモブ発言をするところまでがお約束だ。

そうやって皆で少し笑って、玄関で自宅組の村田を見送って、あとの5人で寮へと足を向ける。



正面入り口は18時半で閉まるので、ぐるりと回って裏の入り口へ。

「…おぉ?なんだ、ありゃあ」
と、入り口近くに黄色い花を見つけて、宇髄が走り寄った。

「どうした?宇髄?」
と、花束を持ったまま難しい顔をする宇髄を皆が見上げると、宇髄は

「こいつぁ…ちと厄介かもしれねえぞ」
と、それをそのまま錆兎に渡した。


セロファンで包まれた黄色い花。
それに添えられたカードには

──To Giyu Tomioka クリスティーヌへ あなたに恋するファントムより
とだけある。

「…これ…義勇宛てだよな…」
またおかしなのが現れた…と、錆兎はため息をついた。

まだ正面入り口ならカメラが設置されているのだが、裏口にはない。
が、どちらにしても寮の裏口まで知っているということは、生徒の誰かだろう。

「あ~…まあ、男子校だし、な?」
と苦笑する宇髄と、

「で?クリスティーヌとファントムってなんなんだァ?」
と、そこに突っ込む不死川。

「ああ、それはおそらくオペラ座の怪人になぞらえたのだろう。
歌姫クリスティーヌとオペラ座の地下深くに棲むファントムと名乗る醜い“オペラ座の怪人”の話だ」
と、観劇が好きな煉獄が説明をする。

「ああ、つまりは醜男の自覚のあるやつが、うちのお姫さんに一目惚れして花を贈ってきたってやつか?」
「うむ。まあそういうことだと思う」

煉獄と不死川の2人がそんなやり取りをしている間に、錆兎はカバンからガサゴソとビニールを取り出し、ハンカチで花束から抜き出したカードをそれに放り込む。

そうして
「…お前…なにしてんの?」
と、それを覗き込んで言う宇髄に、錆兎はきっぱりと

「念の為な。
義勇に関することは全て細心の注意を払うことにしている。
一度誘拐もされているから、楽観視は絶対にしない」
と宣言。

すると、
「あとでこの花の種類も調べておく」
と続ける錆兎の目の前で、宇髄がパシャっと花の写真を撮り、それをどこかにメールで送った。

そして
「5分待て」
と、言って、きっかり5分。

メールの着信音にメールを開き、それをスマホごと錆兎に見せた。

『花の名前は金雀枝(えにしだ)です。花言葉は恋の苦しみです』

どうやらその手の事に詳しい彼女にメールで聞いたらしい。

「…なるほどねぇ…不死川の解釈が正しいかもなぁ。
麗しい義勇ちゃんに恋した醜男が恋に苦しんで贈ってきた花ってことで」
と、宇髄が苦笑しながら、

──とりあえずお前らの部屋いれんのは気になるだろうから、これは俺が処分しとくな?
と、花束は持っていく。



そうして大食堂へ行く3人と分かれて錆兎と義勇は自室へと戻った。



部屋に入るとしっかり施錠。

それでも義勇はどこか不安げに先日買ったエプロンを身につけて食事の支度をする錆兎の後ろにぴったりとくっついて回る。

まあ…気持ちはわかる。
前回の殺人事件の時に誘拐されて、犯人に無体を働かれそうになって以来、義勇はその手の感情を向けられることをひどく恐れている。

「…義勇……」
と、錆兎はため息をついて後ろを振り向いた。

そしてたしなめられるのかとビクッと肩をすくめる義勇に苦笑して、

「この距離に俺がいてお前を危険に晒すことなどありえんから。
不安なのはわかるが、大丈夫。
どうしてもなら飯の支度をする間は見えなくて危ないから後ろじゃなくて横に立ってくれ」
と、頭をなでると、コクコクと頷いて今度は横に寄り添うように立つ。

こうしていつも以上にぴったりと張り付きながら食事の支度、食事、後片付けまで済ませて、いつものように義勇に先にシャワーを勧めたら、ぎゅっと部屋着にしている錆兎のTシャツの裾を握ったままうつむいて黙り込む。

はぁ…と、ため息をつく錆兎。

──一人は…怖い……
と言われて、いったいどうしろと?とさすがに思った。

いや、自宅の風呂ならいいが、飽くまで寮の風呂は狭い。
大浴場に行っても良いが、誰が花の送り主かわからない状態ではそれはもっと怖いだろう。

それでも突き放せない程度には、錆兎は義勇に甘い自覚がある。

「わかった!どちらかが洗い場を使っている間はどちらかが浴槽。
自宅の風呂じゃないし、2人で浴槽は無理だから、それでいいな?」

と言うと、ぱぁあ~っと花がほころぶように浮かべる笑みが可愛いと思う。
そうだよな、そりゃあ花の1つでも贈りたくなるよなぁ…と、錆兎も思った。

義勇はとても綺麗で清楚で純粋で…なのに最後の1線以外はすでに全部自分が奪ってしまっているんだよな…と思うと、なんというか責任とか保護欲とか、色々がわきあがってくる。

実際年齢的には互いに18を超えていない時点で立場は同じはずなのだが、義勇と自分を比べてみると、なんとなく自分の方が自制をしなければいけないのにいとけない相手に手を出してしまった感が拭えない。

まあ…実際はいつも求めてくるのは義勇の方なのだけれど…


──錆兎になら…何をされても嬉しいのだけど……

と、浴槽からつぶらな瞳で見上げながら言うのはやめてくれ。
お前、そういうとこだぞ…と、声を大にして言いたい。

浴槽から手を伸ばして錆兎の手を取り、何がしたいのかと思えば撫でろとばかりにその手を自分の頭に乗せるとか、無邪気なのにそこに色気を感じてしまう。

錆兎は自分は年の割にはなんでも出来る方で、勝負事となればかなりの確率で勝ち続けてきた人間だと思うのだが、義勇には本当に出会ったその瞬間から負けっぱなしだ。
勝てる気がしない。




その後だって、

──…錆兎……したい……
と、夜の床のなかで義勇に言われれば、

──だめだ。寮ではしない。そう言っただろう?
と、一度は言うのだが、

──怖いから…錆兎を身体にいっぱい刻み込めば何かあっても怖くない気がする……
などと潤む目で言われて負けてしまう。

男にあるまじき意志薄弱。

──…痕…いっぱいつけて欲しい…
──…体育の時とか困るだろう?
──…シャツで隠れるところなら…だめ…か?
──……………ダメじゃない……

もう本当に、守って導いているつもりなのだが、本当は手のひらでコロコロ転がされているんじゃないかと言う気までしてくるが、そうしてあちこち触れて一緒に欲を吐き出して安心した顔で己の腕の中で熟睡する義勇の寝顔を見ていると、それももうどうでもいいと言う気がした。


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