ファントム殺人事件_Ver錆義5_往年の名優達は舞台のそでで出番を待つ

そうして翌週の月曜日の午後…それまで家の都合で学校を休んでいてその日が2学期初登校となる不死川実弥は、それも2学期初めての生徒会室で新しい書記を紹介されて硬直していた。


「…なあ…もしかして、お前、とかいる?

錆兎の横でほわほわっとしながら紹介された書記は、どこかで見た顔をしていた。

紹介の言葉の中で聖月からの転入と言っていたから、聖星の妹か何かがいてもおかしくはないだろう…と思いつつ半信半疑で聞くと、言われた冨岡義勇はコテンと小首をかしげて

「…ああ、妹はいないけど、姉ならいた
と言う。

え?え?いた?いるじゃなくて、いたってなんだ?
と不死川の脳内で疑問符がぐるぐる早回りする。

「…死んでしまったが……」
と、言葉が出ないうちに進む話に、不死川は完全にパニックになった。


え?ええ??
でも俺会ったの一昨日なんだが?!
え?まさかあのあと事故か何かで急死したのか?!!
そんな事が?!!

俺、もしかしてすげえやばいこと聞いちまったかァ??!!!


頭を抱えてやはり言葉が出ないで居る不死川に、どうやら錆兎が察したらしい。
ため息をついて不死川の肩をポンと叩いて言った。

「心の底から安心しろ。
義勇の姉が死んだのは6年も前の話だ。
お前が一昨日あったのは、ミスコンに出るための服を買いに行くために、宇髄の勧めで女の格好をした義勇だからな?

と、言われて何かがプチッと切れた。

「お前、紛らわしいんだよおぉぉーーー!!!」
そして絶叫。


それに宇髄がにやにや笑い、煉獄は苦笑。

「え?不死川が言ってた大人しそうで清楚な感じの綺麗な彼女って、義勇だったんだ?」
と、そこで思わず口にしてしまった憐れな村田に不死川の容赦ない蹴りが飛んだ。

まあこのあたりの反応はここでは当たり前なわけだが、男だけの世界というものに慣れていない義勇は十分驚いて、なにやら大変な事になっているのかと

「ご、ごめん!」
と、オロオロと謝る。

なんだか泣きそうな雰囲気の義勇に、今度は長男気質の不死川は自分のほうが慌ててしまった。

「いや、俺が勝手に事情知らねえで勘違いしただけだ。
こっちこそ悪かったなァ」
と、義勇に視線を合わせるように少し身をかがめて笑みを浮かべて言う。

そんな感じのバタバタがあって、一段落。


「ま、知らなきゃ本当の美少女に見えるってことは、決まりだよな」
と、宇髄が会長のデスクにあるミスコンの参加申込書の生徒会の欄に、冨岡義勇と名前を入れた。


「…ってことで、錆兎、今日は忙しいぞ。
面倒なジジイ達が怒涛のごとく来るから」

「あ?」
「今日から午後は学祭準備期間ということだからと、まあ毎年恒例ではあるが、OBの方々が来訪するとの連絡が入っている。
今日の予定は3名。
財務省の東さん、MATで研究をしている数学者の井川さん、あとは本庁のキャリア組で警視の加藤さんだ。
その他にもアポ無しで顔見せにくる先輩諸兄もいると思う」

「あ~…あの辺りか…」
と、錆兎は煉獄から来訪予定者リストを受け取り目を通す。

「確かに…若干面倒なあたりもいるな。
でもまあ卒業生の将来の就職に関わってくると思えば、無下にもできんな」

そんなやり取りをしていると、さっそく、たまたま呼び止められたらしい一般生徒がOBの来訪を告げてくる。

「ああ、お通ししてくれ。」
と、錆兎は椅子から立ち上がった。


こうしてあっという間に大人3人に囲まれる錆兎。
先程の煉獄の説明の通りだとすると、それぞれすごい人物なのだろう。
そんな日本を動かしているであろう男達の会話に普通に加わる錆兎を見て、…今更ながら錆兎はすごい人間なんだなと義勇は思った。


そんな風にOBの3人の近況の話を聞いているうち、
「そう言えばお前、会長の推薦枠使ったって?
歴代の会長の中でも将来嘱望されてる錆兎がそこまでやるなんて、どういう奴だよ?
ちょっと会わせろよ」
と、東と呼ばれているOBがそう言い出す。

普通ならそこで他のOBもそれに同意しそうなものだが、何故か二人共渋い顔。

加藤に至っては、
「今日から準備期間で生徒会も忙しいだろうし、無理せんでもいいぞ」
とまで言い出す始末。

ああ…錆兎ほどの人間がわざわざ推薦でいれるくらいの相手としては自分はあまりに駄目すぎるのだろう…と、そこで初めて世界の違いを感じて義勇は肩を落とすが、後ろで宇髄が小さく息を吐き出して、ぽん、と、義勇の肩を叩いた。

「あ~、もうどうやったって東さんは言い出したら、会わせるまで帰らねえぞ。
すっげえ忙しいから少しだけな」
と、そのまま宇髄が義勇の背を押した。

錆兎がそんな宇髄をすごい目で睨んでいる。
そんなに迷惑だったのだろうか…と、義勇は泣きそうになるが、OB3人は、ほぉぉ~!と、声をあげる。

「職権思い切り使ってるなぁ。まあ、いい趣味してる」
と、にやにやと笑みを浮かべながら東が手を伸ばしてくるが、そこで宇髄が義勇の腕をぐいっとひいて

「お触りは禁止ですぜ?見るだけで」
と、にこにこと義勇を大柄な自分の後ろに隠した。

「お前…先輩にそれ言うか?」
と、笑みを浮かべつつも剣呑とした目で言う東だが、宇髄は全く引くことなく、

「その先輩諸兄から今年のミスコン、絶対に生徒会役員から候補者出して優勝しろなんて無茶振りされたんで、こいつはそのためのとっておきの隠し玉なんですって。
学祭当日までは万が一にでも小さな怪我1つもさせないように、役員全員でガード中なんで!」

「あぁ、なるほどな。
随分と綺麗な顔をしていると思えば、そういうことか。
ミスコンは海陽の伝統だからなぁ。
下手をすれば今期の生徒会の同学年の卒業後の就職にも響きかねんとなれば、神経質になっても仕方ない。
東も諦めろ。俺達よりもっと年配のお偉方に睨まれかねんぞ」
と、ハッハッハッと、加藤が豪快な様子で笑う。

「…まあ…懇意にしたければ、部活の後輩のところに行ったらどうだ?
そちらならかかっているのも部費くらいなものだし、先輩としてドカン!と寄付でもしてやれば、全く問題はないだろう」
と、それまでほとんど口を開かなかった井川までもが、そんなふうに言い出した。


そんなやりとりにきょとんとする義勇に、後ろから村田が

(東さんな、海陽出身者としてはまあ特別なこともないけど、一般的にはエリートと呼べる官僚でそれを鼻にかけて偉そうにするから、あちこちで毛嫌いされてんだよ。
で、更に言うと困った性癖があってな。
うちは厳しく女人禁制を守る男子校だから同性同士の付き合いにも寛容ではあるんだけどそれを超えたレベルで気に入った相手がいると手を出してくるんだ。
こうして何か機会があると、元テニス部OBの名目で顔を出しては後輩を物色するんで有名でさ。
錆兎がお前を見せんのすっげえ嫌がってたのもそのせい。
あの人も今秋に上司の娘との結婚が決まっていて、少しは落ち着くのかと言うのが周りの見解だったんだけどな…)
と、耳打ちしてくる。

なるほど。錆兎が自分の事を迷惑がっていたわけではなかったのか…と知って義勇はホッとした。

だが、皆からそうやって釘を刺されたことで、東が完全に機嫌を損ねたらしい。

「鱗滝錆兎ともあろうものが、補佐役の副会長のしつけ1つ出来ないのかっ?!」
と、矛先が錆兎に行った。

それに宇髄が言い返そうとするのを目で制して、錆兎が何か話そうと口を開いた瞬間だった。

「ほぉ…では私は君に社会良識というものをまず教えてやらんといかんな。
廊下まで君の怒鳴り声が聞こえてるぞ。
人に教える前にまず自分の品格というものを磨くべきだな」

そう言いながらさらに生徒会室に入ってきたのは凛とした年配の男性。
はるか昔に海陽を卒業した世界的に有名な画家、黒河幽斎だ。
一介の役人とは格が違う。

その姿に気付くとさすがの東もバツが悪そうに言った。

「相変わらず…手厳しいですね、幽斎先生。鱗滝に…ですか?」

「ああ、いや、井川に少しな。
今年は夏に向こうに行くんだが、ちょっとその時に観に行く舞台のチケットを取ってもらう約束をしてたんだ。
ついでに…今年の生徒会の候補者を見に

「…暇ですね。羨ましいですよ。」
呆れたように言う東の言葉に黒河は

「まあ老い先短いじじいがあくせくしても仕方あるまい」
とハッハっと笑った。


「で?今年の候補者は誰かな?」
そこでそう話をふられて、
「あ、彼、冨岡義勇です」
と、錆兎はこちらには素直に義勇を紹介する。

「…」

よろしくお願いしますと頭を下げる義勇に、黒河は一瞬動きを止めた。

しかしそれも一瞬で、訝しげに首をかしげる義勇に

「ああ、君がそうか。頑張りたまえ」
と、当たり障りのない言葉をかけると、くるりと反転して井川と話をし始めた。

黒河が来てバツが悪くなったのか、東はすぐ、自分が昔在籍していたテニス部に顔を出すと行って生徒会室から出ていって、加藤だけが残る。

それで随分と張り詰めたような空気が和んできた。

「加藤さんは?剣道部見に行かなくて良いんですか?」
と、さきほどよりも随分と肩の力が抜けたように錆兎が言うと、加藤は

「そう慌てて追い出すなよ。
お前こそ最近剣道はどうした?生徒会と両立はやはり辛いか?」
と、笑って言う。

「あ~…生徒会とっていうより、他にやることが多すぎて。
家や寮で素振りだけはしてますけど、部活までは時間が取れませんね。
籍だけ置いて休みばかりとかいい加減な態度で試合だけ出るのは、日々真面目に鍛錬している他の部員に申し訳ないので」

「お前は相変わらず真面目だなぁ。試合に勝てば問題ないだろ」

「駄目です。
あれは部の活動の一環ですから。
きちんと部員として活動した成果を発揮するための試合です」

「本当に…若いのにそのあたり線引をして絶対に暴走しねえのが、すごいな、お前は。
東に爪の垢でも飲ませてやりてえわ。
まあでも、学校内では絶対者でも外でりゃあ色々困る事もあんだろ。
親父さんのレベルまで行くと色々オオゴトだろうし、これ持っておけ」
と、加藤は錆兎に名刺を渡した。

「俺個人の連絡先な。今度なんかあったら連絡しろよ。
現場の警察にくらいは融通聞かせてやるから」

とだけ言うと、じゃ、剣道部見てくるわ、と、加藤もまた生徒会室から出ていった。




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