その日はそのまま煉獄だけではなく宇髄も家具を動かすのを手伝ってくれて、無事、私室2つが寝室と勉強部屋という用途別の部屋へと様変わりをした。
「ああ、いい、いい。
引っ越しで疲れてんだろ。これから嫌でも生徒会室で会うからそんときにな~」
と、宇髄が言って、煉獄もそれに頷き、手伝うだけ手伝うとちゃちゃっと帰っていくあたり、気遣いの出来る人間らしい。
そんな人間があれだけ強引にことを推し進めようとするということは、なるほど、あのミスコンとやらは生徒会として重要なものということか…と義勇は認識をする。
こうして転入初日となる翌日、少し早めに寮を出て、まずは生徒会室へと足を運んだ。
ここの生徒会は会長以外は選挙ではなく会長が決めるということで、義勇は転校していった書記の補充になるらしい。
ここで過ごすことが多くなるからと、デスクと文具を与えられ、設定済みのPCのパスや使用方法などについて簡単に説明を受けた。
そうこうしているうちに時間がたち、今度は錆兎に連れられて職員室へ。
そこで義勇を置いて、いったん教室へと戻っていく。
その後、担任に伴われて教室へ。
そこには男子高生ばかり36名。
それまで義勇は共学だったので、まず当たり前だが男だけというのに圧倒されてしまう。
そしてまず錆兎の姿を探して、居ないことにがっかりしていると、
「先生!」
と、よく通る声とともにピシッと手があがった。
「冨岡はまだ学校に慣れていないので、俺が隣で面倒をみます」
と、言う方に視線を向けてみれば、そこには何故それまで気づかなかったのか…と、自分のぼんやりさ加減にため息が出てしまいそうになるほどには目立つ煉獄の姿。
「あ~、そうだな。煉獄は生徒会関係で顔合わせ済みか?」
「はい!」
「じゃ、頼むか~」
と、あれよあれよと言う間に、煉獄の隣になることに。
それに何故かため息が出る教室内。
それを不思議に思いつつも、とりあえず顔見知りが居るということにホッとして義勇は席についた。
「煉獄…助かった。ありがとう。
これからよろしく頼む」
と、心から安堵しながら言うと、煉獄は相変わらず大きな声で
「いやいや、錆兎にくれぐれもよろしくと頼まれているしな!
今うちのクラスだけ転校などで2名少なくてな。
同じ人数なら同じクラスにということも出来たのかもしれんが、さすがの生徒会長でもクラスを途中で動かす事はできなかったらしい。
お前の事はかなり心配していたし、お前と”うちのクラスメイト達の安全”を考えれば、俺が一緒にいるのが一番だ!」
と、義勇にしてみたら不思議発言だったのだが、その煉獄の言葉にクラスメイト達が一気に静まり返る。
そして義勇が
「……??…そう…か」
と、返すと、煉獄は大きく頷いた。
その後は休み時間のたびに錆兎が教室まで様子を見に来てくれる。
制服はスタンダードなものはジレが黒なのだが、生徒会役員だけはジレが白で、冬はコートだけじゃなくてマントも身につける事を許されているという。
10月までは夏服なのでマントはないが、白いジレはとても目立つ。
義勇も書記になるのでジレは白。
だが、錆兎のそれにはすごく特別感を感じた。
クラスメイト達からも、敬愛と若干の畏怖の視線。
それでいて、錆兎が
「義勇は俺が推薦枠で呼んだんだ。
みんな、節度を持った上で仲良くしてやってくれ」
と、教室内に声をかけると、そこで親しみと親愛に満ちた返事が返ってくるあたりが、ただの絶対君主ではないという事が感じられる。
昼は静かな森を見下ろすランチルームの広いバルコニー。
そこに設置されたテーブルの上には錆兎が作ってくれたランチボックス。
華奢な作りのチェアに座らされ、隣には当然錆兎がいる。
ピシッと伸びた背筋。
首元を覆う白いスタンドカラーの襟に黒いクロスタイ、それに白いジレを一部の隙もなしに着こなしている姿は華がある。
なのに軽々しい感じはなく、ストイックさすら感じさせるのがすごいと思う。
まるで映画のセットに出て来そうなシチュエーションに、いきなりおとぎ話の世界に迷い込んでしまったようだ…と、義勇は思う。
そんなランチタイム
「義勇、口についてる」
と、義勇の口の端についたソースを指先で拭ってくれたかと思うと、
「制服、白だから汚すなよ?
来週からは少し中身を考えるから、今日はほら、食わしてやるよ、口開けろ」
と、少し困ったように笑って義勇の口元に食べやすい大きさにしたおかずをつまんだ箸を差し出す錆兎。
さすがになかなか照れくさいものはあるが、しかし確かに制服を汚したらおおごとだ。
なので義勇は今日だけと、観念して口を開けた。
「……あいつら…何やってんの?バカップル?」
と、それを少し離れたところから呆れた目で見ている宇髄。
「うむ、仲が良くて結構ではないか!」
と、話を聞いているようで聞いていない煉獄は、どこを見ているかわからない目をしてひたすら、うまい!うまい!を連呼しながら毎朝実家から届けられる重箱弁当の中身をものすごい勢いで平らげている。
そんな煉獄に、さすが煉獄さん!素晴らしい食べっぷり…と、憧れの目を向ける下級生達を可哀想なモノを見る目でちらみしつつ、宇髄はため息をついて自分の弁当を口にする。
おそらく唯一くらい一緒に突っ込んでくれそうな村田は学園祭前のこの時期は会計作業で忙しく、生徒会室でExcelとにらめっこしながらパンでも齧っているはずだ。
こうしてランチタイムも終わり午後の授業が終わると、宇髄は寮の事務室へ。
そして彼女の一人から届いていた速達の小包を受け取ってにんまりとする。
「お~い!宇髄宅急便だぞ~~!!!」
と、錆兎の部屋のドアをノックすれば、また何かやらかす気か?と言わんばかりに警戒心をあらわにして顔を覗かせる錆兎。
それに
「そう警戒すんな!渡すモン渡したらすぐ帰るから」
と、ポンと受け取ったばかりの小包を渡す。
「なんだ?これは」
と、受け取るだけは受け取って言う錆兎に、宇髄はきっぱり
「可愛いと評判の女子校の制服」
と宣言する。
「はあぁ???」
「明日、服買いに行くんだろうが。
義勇も男の格好で女の服買いに行って試着とかすんのとか、さすがに恥ずかしくね?
てことで、優しい宇髄様が今年卒業した彼女の一人が着てた制服もらっといてやったから。
確か日本中に3校ほど姉妹校があるから同じ学校のやつにかちあってもごまかせるしな、完璧だろ。
もう俺も自分で自分の気のまわりようが怖いレベルだわ」
言われてそれを理解するまでに若干時間を要していると、その間に、宇髄は、じゃっ!と手をあげて帰ってしまう。
仕方無しにドアを閉めてリビングに戻ると、
「それ…なんなんだ?」
と、ソファでお茶を飲んでいた義勇が錆兎の手の中の包みを不思議そうに見る。
「えっと…な…女子校の制服……だそうだ。
明日、服を見に行くのに男の格好で行くのもまずかろうと持ってきてくれたらしい」
「…開けてみても?」
「…いいんじゃないか?」
と、少し興味を引かれたらしい義勇に包みを渡すと、義勇がそれを広げて言った。
「聖星女学院のか…」
「…もしかして…聖星って聖月の兄弟校か?」
「うん。小学校までは一緒で、中学から共学の聖月、女子だけの聖星に分かれるんだ。
うちの家はお祖母様の代から通ってて…姉さんもここの卒業生だった」
と、言われた時点で、錆兎はシマッタ!と思ったが、義勇はただ、懐かしいなと目を細めているので、特にそれでトラウマだったり傷ついたりとかはしていないらしいことにホッとする。
「一応な、持ってきてはくれたが、無理に着る必要はないぞ?」
と、それでも錆兎はそう言葉を添えるが、義勇は
「ん~。これの中学の制服なら着せられた事がある。
もう少し背が伸びるまで姉さんが元気ならこれも着ていたと思うけど…」
などと言いながら、にこりと、着てみていいか?と振り返るので、錆兎はうんうんと頷いた。
本当に…自分に姉がいなくて良かったと錆兎は思う。
本気で思う。
女子校の制服を着てみろなどと言われたら、自分なら憤死する自信がある。
というか、これが姉のいる兄弟の普通なのか、義勇の姉弟が変わっているのか…。
などと、色々と考えるところではあるが、本人が普通に気にしないなら、見てみたいという欲求はある。
だって錆兎は元々異性愛者で、義勇だから特別なのであって、同性だから好きなわけではない。
義勇以外の異性といるよりは義勇と共にありたいと心の底から願ってはいるが、可愛い格好をした恋人と街を歩いてみたい願望は当然あるのだ。
こうしてドキドキワクワク待つ青少年…
決して口にも顔にも出さないが、ミスコン万歳と思っていたりする。
色々と出来すぎて大人に思われる彼だって、れっきとした17歳の男子高校生なのである。
──錆兎…着てみた。どうだろう?
待つこと30分。
着替えていた寝室から出てきたのは、日本中を探してもそうはいないであろう、絶世の美少女女子高生だ。
え?え?これは何かの漫画か?と思うほどには、すごい。
襟元が白で、全体が淡いブルーグレイのセーラー服。
あまりラインのでないゆったりとしたデザインは上品で、同色のベレー帽が愛らしい。
ちょっと…これはありえない…と、錆兎は片手で口元を覆う。
男がこんなに可愛らしくて良いのだろうか…。
──…さびと…?…やっぱりおかしい…か?
と、下から覗き込んでくる顔は透けるように白く、まつげが驚くほど長い。
青みがかって見える澄んだ瞳が心細げに揺れるさまは、庇護欲が強い錆兎の心にグッとくる。
──おかしい……
と、思わず言葉が漏れる。
「お前、男のくせにこんな可愛いって、どう考えてもおかしいだろーー!!!」
もう男としての落ち着きもなにもありはしない。
色々が頭の中から吹っ飛んでそう言うと、それまでは不安げな表情だった義勇の顔が、ぱぁ~っとほころんだ。
「そうか。良かった。
幼い頃はよく姉さんにお下がりを着せられて一緒に買い物とかしていても特に何も言われなかったが、まだ大丈夫だったんだな」
いやいや、お前、大丈夫じゃない!それは絶対に大丈夫じゃない!
男の格好でいても変な輩を量産していたのに、その格好で街に出たら絶対に連れて行かれるぞ!
と、錆兎は声を大にして言いたかったが、敢えてそれらの言葉を全て飲み込んで、
「明日…一緒に出かける時は俺から離れるなよ?」
と、だけ注意を与えた。
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