ファントム殺人事件_Ver錆義2_寮


全てが夢のようだった。

一ヶ月前、いわくつきのオンラインゲームで知り合った錆兎。

その錆兎の口利きで、ここ海陽学園高等部に編入、そして寮に入ることになって、義勇は今ここにいる。

一人ぼっちだった義勇とずっと一緒にいてくれる錆兎。

頭が良くて強くて優しくて、とにかくかっこよくて、そんな彼とネット内で遊べるだけで十分幸せだったのに、彼はリアルでも一緒にいてくれるだけじゃなく、次々起こる殺人事件から義勇を守ってくれた。

いつ死んでも構わない、生きている理由なんてなかった義勇にとって、その時から彼は義勇の生きる理由、義勇の神様になった。

そうやって夏休みがあけた翌日には試験でさらにその翌日に合格。
その後入寮手続きをすませたのだが、部屋はなんとその錆兎と同室だという。

これから文字通り『おはようからおやすみまで』錆兎と居られるのだ。




こうして最終的な手続きを終えたあと、待っているようにと言われた部屋は一階で、そこは綺麗な中庭に面している。

その中庭から寮に向かって屋根付きの長い渡り廊下があるので、錆兎が迎えにきたら、このまま寮に向かえるようにと言う配慮かもしれない。


渡り廊下の左右には綺麗な薔薇が咲き誇っている。
今日はあいにくの雨だが、露に濡れる花びらも美しい。

(…少しだけ……)
と、義勇はガラス戸を開けて外に出た。

シトシトと降り注ぐ雨。
渡り廊下の端からその露に濡れた花びらへと手を伸ばす。

普通なら不快に思うのかも知れないが、義勇は雨が好きだ。
どこか懐かしい気がする。
いや、雨に限らず…水はすべて優しく懐かしい。

たまに見る優しい夢に必ず滝が出てくるからかも知れない。
目を冷ませば忘れてしまうのだが、その時義勇は誰よりも大切で大好きな相手といて、とても幸せで、いつも目を覚まして冷たい部屋に一人いることが悲しくて、毎回泣いていた。

錆兎と一緒にいるようになってからは、その夢も見なくなっていたのだが……



手に当たっては弾ける雨粒になんだか楽しい気分になって、自然と口をついて出るたわいもない童歌。

──義勇っ!!

と、その時いきなり後ろから手が伸びてきて、身体がぽすんと後ろへ引き寄せられた。

「お前、何してるんだ!濡れるだろう!」
と、言いながら、いつのまに来ていたのだろうか、錆兎が義勇を腕の中に抱え込みながら、濡れた手をハンカチで拭いてくれた。

錆兎はいつも怒っている…と、夏休みに初めて会ったあの時も思った。
でも怖くはない。
いつでも義勇のことを思って心配してくれているからこその怒りだからだ。

だからほら、
「ごめん。雨が綺麗だなと思ったから…」
と言えば、
「これだから放っておけない」
と、ため息をついてまた義勇をしっかりと抱きしめてくれる。

なんだかさきほどまでより楽しい気分になってクスクス笑えば
「こら、何を笑っている。風邪でも引いたらどうするんだ。反省しろ」
と、コツンと後ろから軽く後頭部に額をぶつけられた。

そうして
「ほら、行くぞ」
と、肩に手をやりクルリと反転。
渡り廊下を寮の方へと促された。





「…うあ……これが…寮…」

渡り廊下を抜けるとまるで欧州の城のような建物が見える。

「うちの学校歴史が古いからな。
100年以上前に欧州から人を含めて色々取り寄せて建てたらしいぞ。
まあ外観はとにかく、中身はちゃんと近代化してるから安心しろ」

当たり前に言う錆兎。
しかし中に入ってもなんだかクラシカルで雰囲気がいい。

建物にはいるとまず広いエントランス。
寮生以外が入れるのはここまでで、そこには待ち合わせなどの時に待てるように布張りのソファが置いてある。

その奥には扉があり、それはルームキーを兼ねたカードで開くようになっていて、確かにセキュリティ的には近代化されているようだ。

廊下は絨毯が敷いてあって、錆兎に言わせると足音などがすることによって勉強の妨げにならないようにという意味合いで敷かれているらしいとのこと。
さすが勉学に重きを置く学校である。

そうして左右に大食堂やら大浴場やらもあるが、基本的に各部屋バス・トイレ、キッチン付きで、自炊も可能。
そのあたりを自分でやるのが面倒な場合はそういう施設を利用するそうだ。

「まあ…俺は逆に面倒だから全部自室で済ませるけどな」
と、言う錆兎。

もちろん勉強のために図書室、自習室、PC室完備。
健康を維持するためのトレーニングルームまである。

そんな共用の各施設がある1階の中央あたりにソファやテレビなどが置いてある少し広い場所があり、そこは寮生同士がよく待ち合わせに使うという。

そのスペースの隅には2階に続く螺旋階段。
反対側にはエレベータ。

「どちらであがる?」
と、聞かれて、義勇は迷わず螺旋階段を選んだ。

「やっぱり義勇はそっちを選ぶと思った」
と、くすりと笑う錆兎。

そして
「転ばぬように気をつけろよ?」
と、その後に手を引いてくれる錆兎に、義勇の顔にも笑みが浮かぶ。




こうして2階。
生徒の私室は2階と3階に分かれているが、錆兎の…そして義勇のにもなる部屋は2階にあるらしい。

階段から東側に向かって歩いて1つのドアの前で錆兎が止まった。
そしてそこもカードキーを使ってドアを開ける。

廊下からドアを入ってまずリビング。
そこから左手にはキッチンがあり、右手にバスルーム。
リビングの奥にはドアが二つ。
これが私室らしい。

「一応な、俺は左側をメインに使っていたから、右側は片付けて義勇の私物を運んでおいたが、反対が良ければ代わってもいいぞ?」

と、二人して部屋に入ってドアと鍵を閉めると、リビングを通り抜けて錆兎が右側の私室のドアを開けた。

10畳ほどの広い部屋にはクローゼットとライティングデスクとパイプベッド。
そこに着替えや本、文具などの私物が入ったダンボールが積まれていた。

「…錆兎の部屋も…同じ感じ?」
と、軽く自室を確認して振り返れば、

「俺の部屋?ああ、見るか?」
と、そう言いつつ、錆兎は義勇の手を引いて隣の部屋へとうながした。


がちゃりとドアを開けると、そちらは大きな家具は同じだがプラスぎっしりと色々な本が並んだ本棚があって、ライティングデスクにも色々なものがきちんと整頓されて収納されている錆兎の部屋。

中に入ると義勇はそっと色々なところに触れてみた。
そしてクルリと振り返る。

「義勇?」
と、不思議そうに視線を向ける錆兎に義勇は言った。


「…ここが…いい。…だめか?」

と、少し上目遣いにおずおずと言われて、何故お前はいちいちそういう可愛い尋ね方をするんだ?と、錆兎は赤くなった顔を片手で覆い隠す。

そして、まあどちらにしても断る気はないので、

「いや、かまわん。
じゃあこれから俺の荷物を片付けて移動するな?」
と、言うが、違ったらしい。

「そうじゃなくて…」
「…??」
「……こちらにベッドや机を運んで、並んで勉強したり、一緒に……寝たいなと」
「……っ」

「今まで錆兎の家ではずっと一緒だったし……壁を挟んで離れるのは…少し…寂しい…」
と、しょんとうなだれる義勇に、本当に変な声が出そうになった。

義勇は危ない。
一応進学校とは言え、男ばかりの男子校で、こんな無防備に可愛くてどうする!
ほんっと~~~にお前、危ないぞと言いたい。


しかしながら、

「義勇…お前……」
「……?」
「間違っても俺以外にそんな態度を取るなよ?!」

と言っても、ただただきょとんとする義勇に錆兎は大きく息を吐き出した。

「いや…いい。俺が周りを気をつければ済む話だよな」
と、もうそのあたりは今更だと諦めつつ、

「わかった。じゃあ本棚とかもあるから机は俺の部屋に動かして、ベッドは逆に義勇の方の部屋へ動かす。
で、勉強は俺の方の部屋でやって、寝る時は義勇の方の部屋だ。
それでいいな?」

部屋を1つ余らせておいても仕方ない。
勉強部屋と寝室という分け方にしようと提案したわけだ。
もちろん義勇に異論があるはずもなく、うんうんと嬉しそうに頷いた。



しかしこうして家具まで動かすとなると、なかなかおおごとになりそうだ。

これは助っ人を呼んだ方が良いだろう。

そう判断して錆兎は煉獄に手伝ってもらえるようにメールを打つ。
そして待つ事5分。

「…何故宇髄までここにいる?」
と、憮然とする錆兎に、

「すまん。ちょうど隣にいたんだ」
と、煉獄が申し訳無さそうに眉尻を下げた。

「つれない事言うなよ、会長様。
副会長の仕事しにきてやってんだぜ?」

「だ~か~ら~、義勇を使うのは駄目だ!」
と、そこで義勇を隠す錆兎の後ろをひょいっと覗き込んで、後ろ手に抱え込まれている義勇に視線を向けると、

「お~、上等上等!これ、優勝行けるって!なんの衣装にするかねぇ」
と、宇髄が目を輝かせる。

「…優勝?…衣装?」
と、その言葉に義勇が錆兎を見上げると

「気にするな、義勇」
と、錆兎は息を吐き出して言うが、宇髄がつらつらとミスコンの説明を始め、最後に

「ここで優勝しとかないと、今期の生徒会のOBからの評価にも関わってくるからな」
と付け加えるので、義勇は

「それは大変じゃないかっ!俺で良ければなんでも協力するぞ、錆兎!」
と、大きく目を見開いた。

そこでしてやったりと笑みを浮かべる宇髄をにらみつける錆兎。

「本当に気にしないで良いから、義勇。
俺はそのくらいで評価を落とすような生徒会運営はしていない」
と、即言うが、

「…やっぱり…俺なんかじゃ錆兎の役には立てないか…?」
と、義勇に肩を落とされて、

「いや、そうじゃなくて…」
と、錆兎は義勇を振り返ると、その両肩に手を置いて顔を覗き込む。


そして、ちらりと、お前のせいだ、なんとかフォローしろ!と、宇髄に無言でそんな視線を送ると、宇髄が

「そうそう。義勇なら絶対に優勝狙えるから、エントリーしような?
衣装とメイクならこの宇髄天元様にまかせとけ」
と、ちゃっかりと話を進めてしまう。

「宇髄~!!!」
と、そこで今度は宇髄に向きかける錆兎の腕を

「…さびと……」
と、そっと掴む義勇。

「なんだ?」
「…服……迷惑じゃなかったら……俺は錆兎が選んでくれる服が着たい……」

うつむいて消え入りそうな声でそんな事を言われれば、錆兎がそれを否と言えるわけもない。

「…わかった。今週末買いに行くぞ」
と、答えてしまった一言で、生徒会ミスコン優勝計画が始動することになった。





0 件のコメント :

コメントを投稿