続聖夜の贈り物_11章4

「俺のマスターも“選ばれし者”だったんだぞ」

アルはマジックドールだから寒いという感覚はないが、ここの気温がかなり低い事はわかる。
どうやら北の地方らしく、イーストタウンにつくまでにはかなりの時間がかかりそうだ。


それまでアルが黙っていればナターリヤはきっと一言も話さないに違いない。
それではつまらない。
アルはそう思って彼女が興味を持ちそうな話題を振ってみた。

「え?じゃあお前は姉さんが言っていた男を知ってるのか?」
案の定ナターリヤは驚いたようにアルを振り返った。

あまりに期待に満ちた眼差しを送られ、アルは少し焦って否定する。

「違うんだぞ。マスターは280年前に死んでる」
「なんだ…そうか」

ガックリと肩を落とすナターリヤに、アルはなんだか申し訳ない気分になった。
それでも気まずい沈黙に耐えられなくて、またアルは始めた。

「マスターは死ぬ間際に生まれ変わったらまた一緒に暮らそうって言ったんだけど…生まれ変わったマスターの側には変な男がいて、マスターは俺の事忘れちゃってて…」

自分で始めておいて、ナターリヤに会ってからずっと意識の隅に追いやられていた記憶があふれ出してくると悲しくて、アルの眼から涙がこぼれてくる。

「男のくせにピーピー泣くな、みっともない」
と口では辛辣な言葉を吐きながらも、ナターリヤは白いハンカチを差し出してくる。

ありがとう、と、それを受け取って涙を拭くアルに、ナターリヤはきっぱり言った。

「男なら泣いている暇に戦えっ。取られたなら力で奪い返せ。私ならそうする」
と凛と胸を張るナターリヤは本当にヴァルキリーのように綺麗で勇ましくて…ヒーローと一緒に旅をするヒロインにはぴったりだ、と、アルは泣くのも忘れてその姿に魅入った。

「うん、俺も戦ったんだけどね、相手は変な剣を出してきて俺の攻撃全然効かなくて負けちゃったんだぞ。
水の石もたぶんその時に飛び出しちゃったんだと思うんだ」

ナターリヤに戦いもせずに泣いている不甲斐ない男だと思われたくなくて、アルがそう付け加えると、ナターリヤは珍しく少し考え込んで、それからポツリと口を開いた。

「水の石を奪われたのは…その相手にか?」
「ああ、そうだぞ!」
「変な剣と言うのは…炎をまとったような?」
「うん!そうだけど…」
「なるほど…。そいつだ」

「そいつ?」
ナターリヤの言葉にアルが首をかしげる。

「そいつが炎の石の適応者だ。
たぶん…そいつかそいつの周りの奴が水と風も持ってるな」

その言葉に今度はアルが考え込む。
ということは……まさかマスターも?

「ねえナターリヤ、もしさ、欠片を取りこんでいる奴をつかまえたとしてさ、そしたら君の兄さんは何をしようとしてて、宝玉が完成したら取りこんでいた奴はどうなるんだい?」

聡いナターリヤはアルの質問の真意を正確に読みとったらしい。
兄さんが何をしようとしているのかはわからないが…と前置きした上で説明する。

「もしお前のように欠片の力で動いているとかいうわけじゃないなら問題ない。
欠片が身体の中からなくなって、ただの人間に戻るだけだ。
兄さんもただの人間に興味はもたないと思う」

「そっか…」
その答えにアルは安堵の息をつく。

あのマスターにくっついていた男はどうでもいいが、マスターは傷つけたくはない。
というか…あの男がいなくなれば自分の事を思い出してくれるかもしれない。


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