長かった。
非常に長かったが、あともう少しでレベルが70になる。
だが、ホワイトメイジはそれらに参加する前に絶対にやらなければならない事があった。
蘇生3の魔法の習得である。
魔法はどれも自然に覚えるわけではなく、モンスターが落とす形だ。
そして、蘇生3はデスペナ時の経験値のロストが本来の5%に抑えられるというホワイトメイジ屈指の魔法だけあって、生半可な敵は落とさない。
最高レベルである70のパーティでもリンクしたら死ねるくらいの敵がうじゃうじゃいる敵の城をひたすら進んだ最奥の広間にしかいない一種類の敵しか落とさないのだ。
しかも敵を倒したから即落とすわけでもなく、落とすか否かはランダムで、むしろ落とす方が稀と言っても良い。
だから、そのレベルが近くなったホワイトメイジはたいてい蘇生3の魔法を取る目的のアライアンスを組んで取りに行くのだ。
もちろん、ホワイトメイジだけでは倒すのも無理なので、希望者はだいたい各パーティに1人ずつくらいにして、あとはヘルプを集めることになる。
もちろん義勇も例外ではない。
レベル上げの時と同様に自分で野良アライアンスを作ることにする。
「本日21時から蘇生魔法3を取りにオーロラ城へ行きたいと思います。
終了時間は出ても出なくても24時。
魔法希望者はあと2人まで。
ヘルプさんも来て頂けると嬉しいです。
魔法以外のドロップは全て魔法希望者以外でロット。
魔法を入手したあとも魔法希望者は他のドロップのロット不可。
万が一、魔法が希望者の人数以上出た場合は普通にロットで。
魔法希望者はホワイトメイジLv68以上で、魔法が取れても終了時間までお付き合いして頂く事が条件です。
魔法は申し訳ありませんが、最初の一つは主催が頂きますが、主催なので当然最後まできちんとおります。
金策がてらの緩い経験値稼ぎにいらっしゃいませんか?」
卒のないウサに考えてもらった条件を元に、高レベルのプレイヤーが集まるフェリシアの街で叫ぶ。
もちろんノアノアとウサはヘルプに来てくれることになっているし、ギルドのメンバーが3人ほど名乗りをあげてくれた。
それでもあと12人。
一応週末で翌日休みなのでプレイヤーも多く、なんとか集まらないかな?と思っているとウィス。
──こんばんは。俺で良ければヘルプで行くよ。他にもあと1人後輩を連れて行けるから。
と、言ってきたのは、噂の髭ナイト、セイジである。
──ありがとうございます。お誘いしますね~。
とにかく人数が必要だ。
知人なら途中抜けや不正行為など、おかしな行動も取らないだろうし、安心だ。
そう思ってセイジをアライアンスに誘い、
──よろしくお願いします。お連れの方を誘って頂けますか?
と、一つのパーティのリーダーをセイジに渡すと、カインというナイトも入ってくる。
そこで
──今回はありがとうございます。宜しくお願いします
と、挨拶をすると、トントンと肩を叩かれた。
振り向くとセイジが立っている。
ナイトのクラス装備で身を固めた彼の横にはもう一人ナイト。
中年ぽいヒゲのキャラクタのセイジとは対照的に若々しい青年のナイト。
爽やかさ真面目さを感じさせるそのキャラは、まさに“後輩”と言ったイメージである。
「カインと言います。
ユウさんのことはセイジさんからよく“妹のような存在”だということで話を伺ってました。
お会い出来て光栄です。本日は宜しくお願いします!」
と、その挨拶も好青年を絵に描いたような感じだ。
それはさておき、なるほど、妹か。
ミアに粘着しているというのは、ミアを恋人のような存在と思っているからで、自分に対するのとは根本的に違うのだろう。
義勇はカインのその言葉でそう納得して、
「とりあえず今メンバーを集めてますので、もう少しゆっくりなさっていて下さい」
と、2人に言いおいて、メンバーの募集を続けることにした。
──ウ~サっ、お姫さん、広場でシャウトしてるね。手伝ってあげないの?
ヘルプと言えどもユウのイベントだ。
狩りの時にはいつも食べる、自分の能力値をあげるための食べ物を作っていると、突然来るウィス。
相手はキロ。
お姫さんの姫フレのミアの取り巻きのナイト三大勢力の1人だ。
先日一緒に狩りをしてから、なにかと声をかけてくる。
しかしそこで他と違うのは、お姫さんを誘う場合は必ずウサも一緒にとウサを通して連絡をいれてくるところだ。
そのあたりでユウ個人に粘着する気はないのだろうと、あまりに多いユウのストーカー達にいい加減警戒心もマックスになっているウサも少し安心し始めている。
ウサの中では彼は今やどちらかと言えば自分のゲーム内の友人枠だ。
そんな気楽さで
──行かないわけないだろう。待ってる間にせっせと飯のドラゴンステーキ作り中だ。
と、答える。
──ふ~ん。魔法狙いなら俺も行こうか?トレジャードロップ欲しくない?
と、それに申し出てくるキロ。
トレジャードロップとは文字通り、敵がドロップ品を落とす確率のあがる、高レベルのシーフがいると常時自動発動をするアビリティだ。
──欲しい。来てくれ。
と、ウサは即答。
──おっけ~!誘って!
と言う言葉に、ウサはユウからリーダー権限を借りてキロをパーティに誘った。
──よろしくなっ。メンツ揃うまでもう少しかかりそうだから、適当に暇潰しててくれ
と、キロにそう挨拶をして再度食事作りに勤しもうとしたが、
──ウサ…お前気づいててスルーしてたりすんの?
と、キロから不穏なウィスが来て、思わず手を止めた。
──へ?何をだ?
──アライアンスにヒゲいるけど?
──ヒゲ?
──セイジ
──マジかっ?!!
アライアンスは6人パーティが3パーティ、計18人。
ユウは主催で第一パーティにいて、ウサはユウの護衛役なので常に同じパーティ。
そしてあとはノアノアと今誘ったキロ、そしてギルドのナイトの5人が第一パーティにいる。
第二、第三のパーティに関してはそれぞれ野良の希望者の白とその知人のヘルプ、もしくは純然たる金稼ぎで参加する野良ヘルプで埋められるものだと思って全く気にしていなかったのだが、キロの指摘によくよく他のパーティに目を向けて見れば、確かに第二パーティにセイジという名前のナイトがいる。
まあ珍しい名前でもない。
だが70ナイトでわざわざお姫さんの募集に乗って来ているということは、あのヒゲだろうとは思って、念のため、第一パーティしか聞こえないパーティ会話で
『お姫さん…第二パーティのナイトのセイジって、あの髭ナイトか?』
と、聞いてみた。
『ええ、そうです。
さっき手伝って下さるとウィス頂いたので』
錆兎の心配をよそに全く警戒心の欠片も持たないユウに、錆兎はリアルでガックリ肩を落とした。
本当に本当になんなんだ…と、思う。
リアルを含めて今までこれほど自分を振り回す相手には会った事がない。
おそらく十中八九わざとではない。
馬鹿な天然を演じるなら、ここまでレベル上げでもイベントでもきっちり計画をたててリーダーになって仕切ったりはしない。
地頭はたぶんとても良い。
ただ、著しく警戒心に欠けている。
お育ちが良いのか、リアルでも自分のように胃をキリキリ痛めながらも守り続ける相手でもいるのか…。
と、思った瞬間、もやりと嫌な気持ちが心の奥底からわきあがった。
そして、
(…え??)
と、自分で自分のそんな感情に錆兎は驚いた。
これはネットゲームで、確かにディスプレイの向こうのキャラにはリアルで操っている人間はいるのだが、ゲームのキャラがイコール現実のキャラというわけではない。
錆兎はネットゲームも始めて長いし、そんな事はわかりすぎるほどわかっていて、そのあたりは割り切って遊んでいるはずだった。
ネット内での特別な相手を作る、いわゆるネット恋愛とかも一つの楽しみ方だとは思うし否定はしないが、自分がやろうとは思った事はない。
なのにこれはなんだ?
今自分がユウに感じている感情は…
馬鹿げている。
ネットゲームのキャラクタに入れ込むなど、本当に馬鹿げていると錆兎は自分に言い聞かせて見た。
確かにユウは可愛い。
さらさらの漆黒の髪に大きく丸い子猫のようなブルーの瞳。
真っ白な肌も華奢な手足も、確かに錆兎の好みの容姿ではある。
だが、これはゲーム上で作成されたキャラであって、リアルの本人の容姿とは全く関係がない。
ほぼ近づく可能性はないにしろ、これがドラマや映画の女優ならこの容姿の人間は実在はするわけだが、完全にデジタル上でメイキングされたキャラなのだ。
この容姿の人間なわけではない。
それどころか、性別も年齢もわからない相手だ。
使っているのが初老の男性という可能性だってあるのだ。
もちろん錆兎は同性愛に関して否定はしたりはしないが、自分が同性をそういう意味で見られるかと言うと別物だ。
実は今まで特定の恋人という相手を持った事はないのだが、そういう相手として思い浮かべるのは可愛い女性で、異性愛者だと思う。
(…でも…そこじゃないんだよな…)
色々自身の中で列挙して来た条件を、さんざんあげたあとに錆兎は自分で否定した。
自分が惹かれているのは、ユウのそういう部分ではない気がする。
だって可愛いだけの女性はリアル周りにだって大勢いたのだ。
こう言ってはなんだが錆兎はモテる方だ。
学生時代から成績は良かったし、幼い頃から親の教育で鍛錬を欠かさなかったので運動もできるし、やや細身ながら筋肉がしっかりついてスタイルも良ければ、顔立ちだって悪くはない…というより、イケメンと言って良い部類だ。
観察力には自信があるので、ある程度空気も読めて、友人だって少なくはない。
だから告白を断り続けて来たから付き合った事がないだけで、決して相手がいなかったわけでも、周りに女性がいないなどで縁がなかったわけでもないのである。
でもユウは、少なくはない周りにいた女性達とは何か違う。
彼女自身も自分の気持ちも…
一生懸命で真面目で、他人に極力迷惑をかけないように自分のことは自分でやろうと努力する姿勢が好ましくて、でも無理はして欲しくないし、そんなユウが唯一無条件に甘えられる存在になりたい…
それがユウを連れて最初のギルドを出てからずっと彼女に感じ続けている感情だ。
錆兎自身は効率を重視する人間で、基本的には自他共に怠惰や甘えは好きではないし自立した人間が好きだ。
だから周りにはフォローはしても極力自分で出来るように無条件に甘やかしたりはしないのだが、ユウにはそれをしてやりたくなる。
黙って甘やかされてくれないのはわかってはいるのだが、甘やかしたいのだ。
おそらくリアルで容姿がこんな美少女でなくとも性格がこのままだったら付き合いたい、リアルでも色々してやりたい…そんな事を思っている時点で、色々末期だと思う。
錆兎がそんな事をつらつらと考えている間にかわされているキロとユウの会話。
『ユウちゃん、なんでセイジ入れちゃうかな?
本当にあいつストーカーなんだってっ!危ないよ?』
『大丈夫っ!ミアさんがお好きなだけでしょうし。
あれだけ可愛らしい女性を見てたら、他に目なんか行きませんよ』
相変わらず根拠のない自信満々のユウに錆兎はやはり
(この危機感のなさ、リアルだとどうしてんだろうなぁ…)
と頬杖をついてディスプレイをみつめる。
そんな錆兎の目の前のディスプレイの向こうでは、相変わらず2人の会話が続いていた。
『うん。ミアが可愛いのは確かだけどね。
ユウちゃん、今、ミアの周りでもにこいちで可愛いって評判なんだよ?
そもそもしょっちゅうミアの側に居て攻撃来ないのはそういう理由だから』
と、会話はなかなか聞き捨てならない方向に。
『今回もさ、俺が来れたのは高レベルのシーフでトレジャードロップがついてるのもあるけど、俺だけユウちゃんだけじゃなくてウサと繋がっててウサ方面から声かけたからで、実はミアの周りでは集団で押しかけてユウちゃんに迷惑かけないようにってミアから戒厳令ひかれてるからね?
そうじゃなきゃ、アラが1分で埋まってるよ?』
『ええぇ…??』
『俺はミアが一番だけどね。中にはユウちゃんにちょっかいかけたくてウズウズしてるのもいるから』
…うん、そういうのがポップしたら叩きつぶそう…
ディスプレイの前で笑顔で震える錆兎。
握ったコントローラが恐ろしい事にギシギシときしんだ音をたてている。
『でも…でもですね、セイジさんはそういう意味では大丈夫ですよ?
ミアさんにしか興味ありません』
『その根拠のかけらもない自信はどこから?』
『だってね、今回後輩のナイトさんも連れて来て下さったんですけど、その方に私のことを“妹みたいな存在”と言ってらしたらしいので…』
『ユウちゃん…』
『はい?』
『今すぐ逃げて』
『…はい??』
『それあいつのターゲットに入った時の最初の段階の言葉だからっ!!』
と言うキロの言葉に、それまでぼ~っと観賞モードに入っていたウサは、即座に臨戦状態に入った。
ユウに粘着する奴は撃退しなければならない!
それは錆兎の中の不文律だ。
『セイジはね、最初は“妹みたいな存在”で始まって、“妹”>>“大切な妹”>>“5指に入る妹”>>“最も大切な妹”と進化して行って、最終的には殿堂入りの妹になるんだ。
ミアの前にも何代か“妹”がいたけど、たぶん“5指に入る妹”以上行ったのはミアだけかな』
と、さらにキロはありがたくない情報まで提供してくれるので、なおさら気が揉める。
こうして始まる前にすでに不穏な空気で満ちる中、とりあえず今いるメンバーだけでも集まろうかと言う事になって顔を合わせることになった。
するとセイジの方はウサのことは記憶になくともキロのことは記憶していたらしい。
「お前…ミアの取り巻きの1人じゃないか。
何故こんなところにいるんだっ」
と、開口一番そう言ってキロの前に立つ。
明らかに不穏な空気。
敵対心むき出しのセイジにキロはキロで
「ミアの“今の”親しい友人ね。
随分前に避けられたあんたは知らないかもしれないけど、ユウちゃんは今のミアの“特別お気に入りのお友達”。
で、そのユウちゃんを大切にお守りしてるウサと俺は仲良しなわけだ。
俺が今ここにいるのはウサの友人だからなわけですよ?」
と、こちらもギスギス感満載で言いかえす。
張りつめる空気にユウがオロオロしているのを感じる。
普段なら仲裁にはいるところなのだが、今回に限ってはここでビシリ!と言っておきたいところだ。
「あ~…まあ俺はお姫さん以外の人間関係に関してはどうでも良いわけなんだけどな。
お姫さんに危害を加えたり しつこくつきまとったりがあったら、介入させてもらうんで、よろしくな」
と、ユウを引き寄せた。
「え?え?あのっ…あのっ、セイジさんもキロ君もウサさんも落ちつきましょう?
他の野良の方ももうじきいらっしゃるので、皆さん仲良く……」
「ああ、ごめんな、お姫さん。そんなに困らないでくれ。
俺は別に周りに喧嘩売りたいわけじゃなく、お姫さん、いつも最終的に困って泣きながら俺のところへ駆け込んで来るからな。
泣かせたくないだけだ」
と、腕の中のユウを見下ろしながら言うウサの言葉にホッとするユウの姿に、キロは敢えて煽るように
「ユウちゃんはやっぱりウサといる時が一番くつろいだ感じだよね。
ミアもさ、今日手伝いに来たがってた取り巻き連中に『ユウさんとウサさんのお邪魔しちゃだめですよ?』とか言ってたしさ。
あちこちで公認って感じだよなっ」
と、ぴゅぅ~っと口笛を吹く。
それにピキピキとした空気が漂うが、ユウ自身は自分に関してのそういう感情に疎いので、
「あ、そういうお話はそろそろやめましょう?
誰と仲良しでも、とりあえずイベントの間は一切の忖度なしで。
あまり一部がお友達同士という空気が強く流れすぎると、1人で参加した方がきまずくなると思うので」
と、実にそのあたりわかっていないだけに淡々と話を勧めた。
それで表では互いに黙るセイジとキロ。
そんな中で錆兎はその言葉について釈然としない気持ちで思う。
お姫さんにとって、自分は”仲良し”の1人なのだろうか…他の…セイジやキロ、ノアノアと同様の?
こんなことを考える事自体が馬鹿げている。
ただのネットの知人にすぎないのに……
そう考えつつも割り切れない思いを胸に、それでもその日のイベントは淡々とこなしているうちに過ぎて行った。
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