それはノアノアの一言で始まった。
その日はノアノアは知人のヘルプで1時間ほど遅れると言う事だった。
ノアノアのメインであるブラックメイジは大量のMPを消費して強力な魔法を放つ事を得意としているため、そこそこの力で途切れなく敵を狩りたいレベル上げでは敬遠されるが、イベントやクエストでは引っ張りダコの上級者向けのクラスである。
なので実によくヘルプに呼ばれる。
そんな時はたいていウサとユウは2人で素材狩りなどの金策や簡単なクエストをして過ごす事が多い。
今日は2人は狩りの時に食べるとステータスがアップするウサ用の調理素材の肉と競売で売れば高額になる羽根と牙を持つ弱めの敵を狩って、金策とスキルあげをしていた。
そんな時にギルド会話でのノアノアのいきなりの言葉。
『は?』
と返しつつユウはあたりを見回した。
特に危険そうな敵もいない。
のどかな草原でアクティブではあるが弱めの恐竜とノンアクティブの小動物がちらほら。
それよりなにより、ウサがいて自分の身に危険が及ぶなどということはありうるはずもない。
そんな反応のユウに
──お姫さん、たぶんこの場所の事じゃないと思うぞ。ノアノアは今氷河にいるみたいだしな。
と、説明するウサ。
そして
『何から逃げろって?ストーカー情報でも入ったか?』
と、ノアノアに聞く。
それに対するノアノアの答え。
『今フレンドのお嬢ちゃんの白のクラス装備取りのヘルプに来ているだけどな…
そのお嬢ちゃんに以前から粘着している輩がいるって以前から聞いてて、今日聞いたそのプレイヤー名が…』
そこまでで察したらしい。
ウサが先に聞いた。
『この前のナイト…確か…セイジか?』
『そそ。髭のヒューマンのセイジ、間違いねえ』
やっぱりそういう奴だったか…と、納得する錆兎。
これでお姫さんも警戒してくれるか~と、安堵するが、錆兎のお姫さんはいつでも斜め上の方向に突っ走ってくれるらしい。
それを聞いて敬遠するどころか、
『他の白さんが好きなら、私に対してはなんにも問題ないですね』
とのたまわって、──そう来たか…と、リアルで錆兎はまた天井を仰ぐ。
──これ…わざとじゃないのが怖えよな…どうするよ…
と、ノアノアから送られてくるウィス。
どうするんだというのはこちらが聞きたい…と、錆兎は思う。
本当に泣きそうだ。
──とりあえず…お前の知り合いの白から被害報告でも聞かせるか…
実害を聞けばびびるか警戒くらいはしてくれるかも?
そう思って提案すると
──ちょっと相談するわ。待ってくれ。
と一旦無言になるノアノア。
そして、
『ウサ、ユウちゃん。これからそのフレのクラス装備取りなんだけど、こっちに合流しねえか?
とっても愛らしい白姫って有名なお嬢ちゃんだから一見の価値ありだぜ?』
と、ギルド会話で誘いをかけてくる。
『そんなに可愛らしい方なんですか?ぜひ!!』
とはしゃぐユウ。
(絶対にうちのユウの方が可愛いけどな…)
などと思いつつ、ウサも
『了解した!お姫さんが行くなら俺も行く』
と、その誘いを了承した。
こうして2人は出会うのである。
伝説の白姫ミア姫に…
『○○さんの姿を隠しちゃいます♪そ~っとそ~っと歩いてね♪』
胸の前で祈りを捧げるように組まれる手。
愛らしい台詞と共に発動されるのは姿隠しの呪文だ。
ほぉぉ~~と感動するユウ。
これだ!これが白姫の理想形だ!!
と義勇はリアルでディスプレイの向こうのノアノアのフレンド、ミアがパーティメンバーに姿隠しの魔法をかけていく様に見惚れている。
飽くまでディスプレイの向こう。
飽くまでデジタル。
同じフェイスタイプのプレイヤーもいる。
なのに、ありえないのだが、ミアからはお姫様オーラのようなものが溢れ出ている気がする。
こんなお姫様ならみんな側にいたいと集まってくるのもわかってしまう。
──ウサさん、ウサさん、ミアさんてすっごく可愛らしいですよねっ!!
と、ユウでこのあがりきったテンションを伝えたくてウサにはしゃいだ気分でそうウィスを送ると、
──ん~一般的にはそうなのかもな…
と、ウサからは同じ男とは思えない他人ごとのように平静な答えが返って来た。
──え~。可愛いじゃないですか、あのマクロの台詞とか。すごく可愛いっ!
と、さらに訴えるも、
──はいはい。とりあえずお姫さんはぐれないようにな。みんな姿消してるからKonkonを追尾しとけ。
と、さらに実に現実的な返事が返ってくる。
まあ、でもこの場では正しい指摘だ。
このゲームでは指定した相手を追尾するという機能があって、あまりゲーム慣れしていないのでゲーム内で迷いやすい義勇はいつもウサを追尾させてもらっていたのだが、今は姿隠しの呪文がかかっているので追尾出来ない。
だが、ギルが召喚しているKonkonは隠れないでも絡まれないので魔法がかかっていない。
だから義勇はKonkonにターゲットを合わせて追尾のマクロを発動させた。
マクロと言ってもまあ、『ユウはKonkonの服の裾をそっと掴んだ』というメッセージと共に追尾設定をするだけのものである。
黙って追尾しても良いのだが、ユウがはぐれないようにちゃんと追尾しているということをウサに知らせるためにメッセージを入れたのだ。
ちなみにKonkonの部分はターゲットにした相手の名が入るので、普段は『ユウはウサさんの服の裾をそっと掴んだ』になる。
これが動作を示す紫色の文字となって、通常会話扱いで近隣に流れていくと、ざわり…と、ほぼ男キャラで占められたアライアンス内がざわめくのに、流した本人だけが気づかない。
竜騎士である自分に所属する子竜に…と言う事は、姿隠しの魔法を使っていない場合は自分にと言う事はおおよそ見当がつくであろうことに、悲しい男の性ではあるが、少し気分が良い錆兎だが、一方で、これでもしかして新たなストーカー候補が出たりしないかとひやひやもする。
レベル60で着られるようになる各クラス限定の装備はそれぞれのクラス特性を向上させる上に見栄えもそれらしくなるので、ほとんど全員と言って良いほど、プレイヤーたちはそのレベルになるとクラス装備を入手する。
だが、入手と言ってもそれは簡単なものではない。
クラスによって様々ではあるが、共通して言えるのは、事前にそのクエスト用のキーアイテムを入手し、世界各地の決まった場所にある祭壇でそれを使って特別なモンスターを召喚。
そのモンスターを倒して、最終的にクエストを受けたキャラの所まで行って入手するのだ。
もちろんそのモンスターはそのレベルのプレイヤーがソロで倒せる強さではない。
たいていは6人パーティ×3、18人のアライアンスという集団になって、その集団で倒すことになる。
ということでよほど大きくて協力的なギルドにでもはいっていても、たいていはヘルプを数人連れての野良のクラスクエストパーティに入ることになるし、錆兎は自身の時はケイトやノアノアなど、当時のギルドでレベルの高いヘルプを何人か頼んだ上で自分がリーダーになってクラスクエストパーティを作ったし、ユウの時にはノアノア他ギルドメン5人と共にヘルプに入って、あとはユウが野良で集めて来た。
しかし今回のクラスクエストはすごい。
当事者のホワイトメイジのミア以外、全員がヘルプだ。
それどころか、アライアンスの18人に入れないメンバーが、アライアンスのあとに付いて来ている。
以前からノアノアに、ものすごく有名な姫キャラだとは聞いていたが、本当にたいした人気だ。
確かに物腰やマクロなど、完全に男の目を意識して作ったものだなと思うし、実際にそれで沢山の男が寄って来ているわけなのだが、錆兎の目から見ると作りすぎだなと感じる。
というか、“うちのユウの方が可愛い!”と思っている。
まあ…ユウにこのレベルの数の信奉者と言う名のストーカーが現れたらさすがにしんどいので、そんな事は自分だけがわかっていれば良い事ではあるのだが…
それでなくても誰にでも親切で物腰も柔らかいユウはすでに人気者なのだ。
これ以上そういう輩が増えるのは自分の精神衛生上も宜しくないと思う。
移動途中、当事者のホワイトメイジ、ミアの姿隠しの魔法のマクロの台詞が可愛いとユウがはしゃいでいるが、錆兎に言わせるとそんな事ではしゃいでいるユウの方が可愛い。
というか、ミアのマクロ、アライアンス会話で流しているのだが、その手の魔法は同じパーティ内のメンバーにしかかけられないので、普通に考えればパーティ会話で流せば良いものだ。
それでなくとも18人分の会話ログが流れるアライアンス会話で流されても邪魔なだけだろうと思う。
それを敢えてと言うところが、ああ、アピールをしているんだな、と、錆兎からすると鼻白むところがなきにしもあらず。
もちろん、無邪気に楽しんでいるユウの気持ちに水をさしたくないので指摘も注意もしないわけだが…。
可愛い、可愛いと言ってもあまり反応が芳しくないウサに同調を求めるのは諦めて、ユウはギルド会話に切り替えることにしたらしい。
『ノアノアさん!ミアさんてお話されてた通り、本当に可愛らしい方ですね。
あの姿隠しのマクロとか、私感動しちゃいました。
本当におとぎ話に出てくるお姫様みたいですよね』
と、錆兎に送っていたウィスのテンションそのままに、今度はノアノアに話しかける。
するとノアノアは自分で言ってただけにそれを否定することなく
『そうだろっ?』
と、それを肯定したあと、でも、と、今度は話をユウの方に向けた。
『実は俺な、ミアの方からも同じようなウィスもらってんだよ』
『同じような?』
『そそ。ミアがユウちゃんのことすごく可愛いってやっぱりはしゃいでんだよ』
『ええっ?!!』
『二人して同じような反応しててホント面白いわっ。
ミアはああいう子だからな、周りを男が囲みすぎて女が寄って来ねえから、そういうタイプじゃない友達が欲しかったらしいぜ?
良ければフレンド登録して後日に話してみたいそうなんだが、大丈夫か?』
『はいっ!ぜひっ!』
『じゃ、そう伝えておくな。
あとでフレ登録飛ばされると思う』
『ありがとうございます』
ユウに近づきたがるプレイヤー…
ピクリと反応する錆兎。
何か打とうとキーボードに触れようとしたその瞬間、
──この子は大丈夫だぜ。ユウちゃんに例の髭の話をしてもらわないとだしな。
と、ノアノアからウィス。
そうだった…元々そのつもりで接触を取らせることになっていたんじゃないか…
はぁ…と、錆兎はいったん落ちつこうと大きく息を吐きだした。
ユウの事となると、我ながら本当に冷静さを欠いてしまうと、猛省だ。
『私ね、夢を売ってるの♪』
秘密ですけどね☆と言いつつのたまわうミアは可愛い。
お姫様キャラとしてとても人気のある有名なホワイトメイジがいる
そうノアノアに聞いて紹介してもらった白姫、ミア。
最初の出会いはノアノアのツテでいれてもらった彼女のクラス装備取りヘルプのアライアンスでのことだった。
ヘルプなのに入れてもらったと言うのも変な話だが、事実なのだから仕方がない。
普通ならあちこちにお願いしてヘルプに来てもらうクラス装備取りのクエストも、彼女のものだと手伝いたい人間はいっぱいだ。
彼女1人のためにアライアンス残り17人が集まるどころか、手伝いたい希望者が多すぎてその枠に入れないプレイヤーたちがアライアンスのあとを付いてくるほどだ。
だからそのアライアンスには確かに“いれてもらった”が正しいのである。
そして実際彼女のアライアンスに参加してみて、義勇は圧倒された。
魔法の発動マクロがいちいち可愛い台詞付き。
仕草も言う事もとにかく可愛い。
もう可愛いの塊か、あなたはっ!!と、言いたい。
本当に一部の隙もなく可愛い。
そんな彼女とクエストのあとでフレ登録をしつつ少しだけおしゃべりをとノアノアとウサと共に彼女の所属ギルドのギルドハウスのリビングにお招きをされての彼女の第一声が
「ユウちゃん、粘着大丈夫?!可愛すぎて本当に心配!」
で、びっくりだ。
いやいや、可愛いのはミアの方だと思う。
まあ…あれだけ取り巻きが居れば粘着もストーカーも寄りつけないのかもしれないが…と思っていると、そこで小さく吹きだすノアノア。
「ミアとユウちゃん、お互いがお互いを可愛い可愛いって言い合ってたんだぜ?」
と言われると、うあああ~とさすがに照れる。
自分は特に可愛い事もしていないしリップサービスすごいな、と、思っていると、ミアはぴょん!とソファで座っている距離を詰めて、ユウの手を取って
「だって、本当に心配だもの。最近セージさんと交流あるそうだし。
あの追尾マクロとか、絶対にセージさんが好きだと思う、ホイホイよ」
と言うので、思いだした。
そうなのか…と、そこで初めて気づく。
これだけ可愛くておそらくあちこちから粘着されまくったのであろうミアがそうだと言うならそうなのだろう。
「あれって私が道に迷いやすいからはぐれないためのイメージだったんですけど、まずかったんですね。
じゃ、ウサさん専用にしておきます」
と、マクロを忘れないうちにとウサ固定に書きなおした。
その日はあまり時間がなかったこともあり、少しばかりの当たり障りのない話をして分かれたが、それからはミアとはチャット友達のような感じで、頻繁に色々話をする仲になり…そして他は知らない彼女の様々な面を知る数少ない友人としての付き合いがはじまったのである。
そう…他には決して漏らさない、冒頭のような本音を聞く友人に……
「彼は便利でお役立ちなんだけどねっ」
最初のきっかけはそんな言葉だったと思う。
ミアとおしゃべりをする日々が始まって、当たり前に共通の知人であるナイト、セイジについて話が及んだ時である。
確かミアは彼に粘着されて困っていると聞いたので、確認の意味を込めて聞いてみると、そんな言葉が返って来て義勇は一瞬我が目を疑った。
パソコンの前で一回ぱちくりとまばたきをして、そしてディスプレイの会話ログを二度見する。
“便利でお役立ち”って??
お姫様がそれを??
「便利でお役立ち??」
と聞き返すと、彼女は、ふふっと可愛らしく微笑む。
「とてもマメだし、スキルも高いでしょう?」
と、返って来て、ユウは頷く。
「いつでも呼び出されてくれるし」
まあ、わかる気はする。
「なんでも手伝ってくれるし?でもね…」
自分は簡単なヘルプはウサに頼んでしまうので彼にお願いした事はないのだが、そんな感じはする…でも?
「すっごく独占欲が強いの。
他の人と一緒に遊べないし…」
ああ~!なるほど!!
と、その理由には納得するが、“お姫様”のイメージはだいぶ変わる。
「ミアさん、えっと…」
「なあに?」
「皆さんにそういうお話をされてるんですか?」
と、あまりに最初の印象と違うので訊ねてみると、彼女は
「ううん。ユウちゃんにだけよ?決まってるじゃない」
と、にこやかにのたまわる。
そうだよな、そりゃそうだ…と、義勇も思う。
しかし、そうすると何故自分に?と言う疑問が降って沸く。
もちろん聡い彼女はそんな事も想定のうちだったようだ。
やはりにこにこと
「私ね、夢を売ってるんの♪
他の人には完璧なお姫様で居られるよう、絶対に隙はみせないわ。
みんなのアイドルでみんなの恋人でみんなのお姫様だから。
でも…たまにはしたいじゃないっ。
恋バナとかぶっちゃけトークとか?
ユウちゃんはリアルは敢えて問わないけど、そういう意味で女の子に興味を持ってない感じだし、かといってライバル的な敵意も感じないし?
だから…」
「だから?」
「ようはお友達が欲しいってことねっ!」
うああぁぁ~~~!!!
と、テンションがあがる。
お姫様のお友達?数少ないお友達枠?!!
「私ね、その気になれば恋人がいる相手だって落とせる自信はあるのよ。
でもお友達のお相手に手を出したりは絶対にしないし、なんなら協力しちゃうわよ?
知りたい事があれば色々教えてあげられるし、お友達になって?」
「ぜひっ!!」
以外の言葉が思い浮かばない。
お姫様のその手を取った瞬間、このゲームの世界はオンラインRPGからオンライン恋愛シミュレーションの要素まで付け加わった。
そして彼女との出会いは、今後の義勇の諸々を大きく変えていくのである。
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