オンラインゲーム殺人事件21_ 奪還(17日目)─鱗滝錆兎の場合

自分は義勇に対してはどこまでも過保護だと思う。

義勇の6年前に亡くなった姉の婚約者だった男が今でも義勇の事を心配してあれこれと気にかけてくれているというのは義勇から聞いていた。

その相手とひと月に1度くらいの割合でお茶がてら近況を話したりしているということも…

今回もその誘いだと言うことで、義勇は当たり前に了承していた。


相手の身元もしっかりしている。
なにしろこのゲームの開発元の会社員だ。

自分たちの中で身元がバレているのはゼンイツだけだし、開発元が信用できないということなら、すでに全員の身元が割れているということなので、殺されたのが身元を引き出されたかしたのであろう人間だけというのはおかしい。

つまりは、全くとは言わないが、今回の関係で不安に思う要素など限りなく1つもないはずだ。
なのに行かせたくない。
不安が拭えない。

それでも自分に義勇を止める権限はないので、しかたなしに以前一緒に買いに行った防犯グッズの中の小型GPSを持っていかせることを条件に送り出すことにした。


義勇の安全を考えれば義勇の身辺の情報は極力漏らさないほうがいいので、自分が今こうして義勇の家に泊まっていることは口止めして、しかし逆にそのせいで現地まで送ることを断念せざるを得ない状況に陥った。

そこで義勇が最寄り駅から電車に乗るまでは見送って、自分はその足で自宅に戻る。

なにをしに?
もちろん尾行をする準備のためだ。


ということで、錆兎がまず引っ張り出したのは革のツナギ。
よく言うライダースーツというやつである。
それに念の為薄手のグラウンドコートを羽織る。
学校で同級生に誘われて乗り始めたバイクがこんなところで役に立つとは思わなかった。

何故それかというと、錆兎の髪は目立つため、それを隠すのにメットが丁度いいというのと、移動するのに車より小回りがきく、そんな理由である。

もう自分でも何か自分の行動が異常な気がする。
なんでこんなに必死なんだ、自分…と思う。
でもどうしても心配で気になってしかたがない。

なんだか義勇と長く過ごすようになってからおかしなことを思う時がある。

守ってやりたくて、守ったつもりが自分の未熟さゆえにそばにいてやることができなくなって、それでひどく義勇を傷つけて…泣くこともできなくなった義勇に伸ばした手は空を切り、抱きしめてやることもできない…
どういうシチュエーションなのかは覚えていないのだが、そんな夢を繰り返し見ていた。

だから今生では誰よりも側にいて、義勇が安心して優しいままの義勇として笑っていられるように守ってやらねば…と、思ったところで、ふと、今生ではってなんだ?と不思議に思う。

自分でも本当によくわからない。
でも1つわかることは、もう絶対に身体だけではなく義勇の心も守ってやるのだ、と、自分が思っていること。
泣いてもいい。泣けなくなるより断然いい。
だから義勇が安心して泣ける場所になりたいし、もっと言うなら安心して笑ってすごせるようにしてやりたい。

自分がそばにいられるなら、絶対にできるし、そうなるつもりだ。

とにかく今は無駄なら無駄でいいし、なにもないなら自分がただの馬鹿な過保護な男だと笑われればいい。
そう思ってGPSを確認する。

そこで、あれ?と思う。

義勇が待ち合わせだと言っていた街から一路北の方へそこそこのスピードで移動している。
…それに気づいた瞬間、嫌な予感がして錆兎は家から飛び出して、愛車に飛び乗った。

愛車はアメリカンコミックのダークヒーロー・バットマンが乗るバットモービルという黒い乗り物を彷彿とさせるシックなもので、シート高がやや低めで少し車体を倒してカーブを曲がっていくと地を這うように走るという感じがするのが錆兎はとても気に入っていた。

アクセルを回すとマフラーがバイク好きにはたまらないとても良いサウンドを奏でるが、今はそんな愛車の音を楽しんでいる余裕もない。
どうやら東京郊外で止まっているターゲットに向かってひたすらにバイクを走らせる。

こうして辿りつく郊外のとある場所。
普段なら絶対に大事な愛車を放置はしないのだが、今回はそんな事を言っている場合ではない。
ターゲットのいるらしき住宅から少し離れた所にバイクを止め、そこからは徒歩だ。


古い平屋建ての建物。
空き地のように手入れされずに雑草だらけの庭には倉庫。
周りに他に建物もなさそうなので、ここらしい。

そっとドアノブに手をかけると、不用心にも鍵はかかってなく、簡単にあいた。

犯人が不用意なのか罠なのか…一瞬迷うが、即中に入る。
そのまま薄暗い家の中をそっと探索した。

薄暗い室内。
掃除が行き届いていないのか埃の匂いがするが、人が住んでいるような気配はある。

錆兎は注意深くあたりの気配をさぐりながら、玄関から続く短い廊下の先つきあたりの部屋へと入って、そこに転がっている物体を見て小さく息を吐きだすと、父に手早くメールを打つ。

『件のゲームで知り合った友人が拉致されたのを追って着いた東京都○×市……の一軒家で遺体を発見しました。俺はこれから家の中を探索して友人を救出しようと思いますので、応援をお願いします』

普通なら刺殺体など発見したなら動揺するところだが、今の錆兎は何かが麻痺でもしているかのように自分でも驚くほど平静だ。

とりあえず、今の時点では、殺されているなら一緒にここで転がされているだろうから、この遺体が誰のものであろうと義勇は生きているのだろう。

錆兎にとって重要なのはその事実だけだ。
他人の遺体などどうでもいい。
そこでさらに奥へと足を踏み入れることにする。

突きあたりの部屋からさらに奥に入ったところにはふすま。

錆兎は音をたてないようにふすまを開け、灯りのない真っ暗な室内に入りこみ、また後ろ手にふすまをしめた。
そして暗闇に目が慣れるまで…など待っている余裕もなく、10畳ほどの室内を迷わず進む。

その和室のさらに奥にはまだ先があるようだ…と、認識した瞬間、やや遠いあたりで悲鳴が聞こえた。

「いやだあぁあああーーー!!!!」

との声にカーッと血が頭にのぼり、声が聞こえる方へと走っていって、そこに見えたドアノブに飛びついて開いたつもりだったが、バリバリッ!!と音がしたので、もしかしたら引きちぎってしまったのかもしれない。
が、今はそんな事を気にする余裕もない。

手の中でぶらんとぶらさがっているドアを横に投げ捨て、錆兎はさらに真っ赤に染まった意識の中、誰よりも大事な義勇にのしかかっている汚物を掴んで横に投げ捨てた。

破けてボタンが飛び散ったシャツ。
そのせいで見た目は凄惨な印象だったが、とりあえず下肢の方の衣服の乱れはない…と、それだけを瞬時に認識し、錆兎は上着を脱いで涙で濡れた大きな目を茫然と見開いている義勇をそれで包むと、そっと抱きしめ、そこでようやく息を吐きだした。

「義勇…義勇、来るのが遅れてすまなかった。大丈夫か?」
と、思わず問うが返答がない。

ハッと思って胸元に抱え込んだ顔を覗き込んだが、良くも悪くもくるくるとよく表情を変えていた義勇のきれいな目は錆兎の動きに全く反応することなく、どこか光を失って虚空をみつめていた。

この目は…みたことがある…と、そんなことはあるはずもないのに、錆兎は思った。

どこか感情が消え去ってしまったような目…

元々はよく泣きよく笑う義勇だったというのに、ただ目的を達するためだけに生きるからくり人形のようにするために命をかけて守ろうとしたわけじゃない…と、そのくらいなら一緒に連れて行った方が義勇のためだったんじゃないかと、後悔など男らしくはないのに、何度も後悔しては、触れることの叶わない手を伸ばし続けた記憶…。

「…義勇、俺はここにいる。わかるな?」
と、今はしっかりと触れる感触のある手で義勇の頬をなでる。

夏だというのにどこか冷え切ったそれに熱を分け与えるように、自らの頬を擦り寄せ、手で乱れた髪を梳いてやる。

「大丈夫だ。お前はお前らしくあっていい。俺がいるから」
そう言って強く抱きしめると、腕の中で義勇がぴくりと動いた。

おずおずと見上げてくる目から新たな涙が溢れ出る。
それにホッとした。
大丈夫、まだ間に合う。

「…早川さんが……アゾットだった
しゃくりをあげながら紡がれたその言葉には内心すごく驚いた。

もちろんそれは整理が必要な情報ではあるし色々聞きたくもある。

…が、優先順位は大切だ。
今の自分の優先順位はとにかく義勇の心の保護だ。

おそらくそれが義勇の心が崩れかけている要因だろう。
だから錆兎がやることは1つだった。

「そうか…。辛かったな、義勇」
額に口づけてやりながら、子どもを甘やかすように優しく言って頭をなでてやると、義勇はぎゅっと錆兎に抱きつく。

「…俺は…幸せになっちゃダメなんだ…」
「…誰が決めたんだ?そんなこと」
「…だって…みんな俺なんて要らない…みんな俺がいないほうが良いんだ…
…消えたい…このまま自分が消えた方が幸せになれる人がきっと大勢いる…
なのに大勢の人間を不幸にしてまで自分が存在する意義がどこにあるんだ……」

泣きながら見上げてそう言う義勇を見下ろして、錆兎は
「言ったな」
と言う。

「お前自身を含めて誰もお前を要らないと言うんだな?
男に二言はないな?」

淡々と続ける錆兎に義勇は少し戸惑ったようだが、最終的に頷いた。

「これは幸運だったな」
「…え……?」

「お前を含めて世界中がお前を要らないと言うなら、お前の人生まるごと俺がもらうことにする!
これからお前は俺のものだ。
ああ、だから自分の意志で不幸になろうなんてことが許されると思うなよ?
俺は今後楽しくお前を幸せにするつもりだからなっ!

「え?ええ??えええーーー???」

いつも伏し目がちな義勇の目がまんまるになる。
驚きすぎて涙も止まってしまったようだ。

そう、それでいい。
まずは大きくすくい上げて、勢いで持っていきたい方向へまず動かして、細かなフォローや補足はそのあとだ。




そうしている間に警察が到着。

こういう時に国家の権力者の身内がいるとありがたい。
普段は決して便宜を図ってもらったりすることはしないが、今回ばかりは本当に父親の存在が物を言ったと思う。

助けだした時には上半身のシャツが破かれ、ボタンが飛び散った状態で、今なお茫然自失の義勇にこれ以上追いうちをかけるような真似はして欲しくないが、まがりなりにも同じ家の中で殺人が起き、しかも殺されたのは義勇の知人だ。

どう見ても犯人は明らかだとは思うが、本来なら一応事情を聴くために拘束くらいはされてもおかしくはない状況である。

しかし父親の鶴の一声で、一応暴力事件の被害者と言う事と、まだ少年である事を考慮され、基本的には錆兎が事情を話し、義勇は錆兎が知り得ないことの補足程度と言う形で対応してもらった。

高校生連続殺人事件の犯人としてイヴは逮捕され、それ以上は必要があれば後日錆兎が話すということで一旦は自宅に戻ることが許可された。

とは言っても、その方が話が聞きやすいということで、父に言われて錆兎の自宅に。


義勇はいきなり連れてこられた知らない家に最初の頃こそ緊張をしていたものの、まずは湯を張った風呂にいれてやり、破れた服の代わりに錆兎の服を貸してやって、今日は疲れただろうからと錆兎の部屋に錆兎の布団を敷いて寝かせてやると、意外なことにいつものように安心しきった様子で錆兎の懐に潜り込んで眠ってしまう。

錆兎自身は父が帰ってきたら色々説明して、状況によっては頭を下げて説得して協力を求めなければならないことが山積みなので起きて待っていようと思い、義勇を寝かせるために隣に横たわって添い寝はするが、布団には入らないように…としていたのだが、確かに寝入っているはずの義勇は、何かまるで小動物のように錆兎の胸元にぐりぐりと頭をこすりつけている。

そんな様子がますます子猫のようだと、なんだかこんな時なのに笑えてしまった。


こうしてしばらくそんな義勇を観察していると、父が帰宅。

話さなければ…と、起きようとしたが眠っている義勇が錆兎のTシャツの胸元をしっかり握って離さないので、しかたなしにそれを脱いで義勇に与えておいて、自分は別のシャツを出して着る。

そうしてリビングで待つ父の元へ。


正直どこまで説得されてくれるのか…と、たいていのことは出来て、たいていのことには自信がある錆兎も、今回に関しては自信がない。

なにしろ他人に踏み込みすぎだ。
そして…錆兎自身も何故ここまで義勇に執着しているのか、それを言葉にできるほどにはわかっていない。

でも可能な限り近くにおいて守りたいし、できることならこの先ずっと一緒にいたいと思っている。

もちろん友人としてなら問題はないのだろうが、生活の一切合切において…となるとまた話は別だ。

生徒会長推薦枠を学校側に申し出て、すでに受理され、9月の初めに義勇に試験を受けさせることになっていることすら、父に相談するどころか、まだ話もしていない。

そして今回の諸々についての勝手な行動。
さらに110番をせずに父にメールで応援を頼んだ時点で、父親の権限を使って忖度をしてもらう気があったという事は否定できない。

本当に叱責されるネタは十分すぎるほど十分だ。

だから
「報告、連絡、相談、全てを怠った上で迷惑をかけました。申し訳ありません!!」
と、リビングの入り口でまず頭を90度下げての謝罪。

これでまず叱責を甘んじて受けようと、そのままの体制で待っていたのだが、驚いたことに父は一切叱ってはこなかった。

「座りなさい」
と言われて素直に父の正面の椅子に座ると、父は

「それで?お前はこの先どうしたいと思っているんだ?」
と、聞いてきてくれる。

え?何故?と思うものの、今やるべきことは自分の疑問解消よりは迷惑をかけた父の疑問解消だ。

そこで錆兎は義勇との出会いと義勇の境遇を説明した上で、義勇の家に泊まっていたこと、生徒会長推薦枠を義勇に使うよう手続きをしたこと、今後可能な限り義勇のそばにいてやりたいこと、できれば一生それを続けたいことを説明した。

おそらく反対されるだろう。

自分自身の身も親に保護されている未熟者の分際で、誰かと一生共にしたいなどと笑止千万と、他人事なら自分でもそう言うだろう。
しかも相手は同性だ。
子どもの気の迷いと取られてもしかたがない。

でも違うのだ。
義勇と初めて会ったあの夜から、たぶん錆兎の心のとても奥深い部分で、目の前にいるのは生涯離れられない相手だと知ってしまったのだ。

だからもし反対をされるというならば、今から生徒会長OB会の諸先輩方に頭を下げて学業と両立できる仕事を見つけて、18になったら自立して義勇と一緒に暮らせる基盤を作ろう…と、そんな決意でぎゅっと握った拳を膝におき、父をまっすぐみつめた。

しかしここでも予想外の反応が返ってくる。

「なるほど。生きて育てばやはりそうなるのか…」
と、なんだか納得したように頷かれて、自分が言い出したことなのにぽか~んとしてしまう。

別にがっかりしているとかでもなく、むしろどこか遠くをみるような目でそう言う父。

「お前には教えられる限りの事は教えてきたつもりだし、与えられる限りのものも与えてきた。その結果、お前は立派な男に育った。
あとはお前が得た力で今度こそ好きに相手を守って幸せにしたらいい。
お前はそういう運命の下に生まれてきた子だ。
出会えて良かったな
と、反対されるどころか、久々に頭まで撫でられてしまった。

「えっと……?」

「義勇の両親の説得や学校への対応など、大人が必要なことに関してはまた報告しなさい。
私がなんとかしよう」

本当に本当に唖然とする。
が、ありがたいことはありがたいので礼を言うと、父は大きく頷いて、

「じゃあ今日はもう遅い。戻ってやりなさい。
起きた時にお前がそばにいないと、あの子はひどく傷つくだろう?」
と言うので、錆兎は不可思議に思いながらも、義勇に関しては確かにそうなので、急いで寝室へと戻っていった。

その夜はまたいつもとは違う不思議な夢を見た。

着物を来た子どもの自分と義勇が手を繋いで帰った掘っ立て小屋で、おかしな天狗の仮面をかぶった男が待っていた。
仮面で顔は見えないが、それは父だと錆兎にはわかる。

「ただいま~」
と抱きつく錆兎と義勇を
「おかえり」
と、抱きしめてくれる父。

それはいつもの夢と違って、たいそう優しい空気の夢だった。




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