オンラインゲーム殺人事件10_パーティーは楽しい(6日目)──冨岡義勇の場合

今日でゲームを始めて一週間弱。
最近昼間から夜を心待ちにしている自分がいる。

何かを心待ちにするなんて、本当に久々だ。
そもそもこのゲームだって、本当は全然やる気はなかった。



義勇の家は両親と12歳年上の姉、そして義勇の4人家族だった。
そう、過去形だ。
姉は6年前…挙式をあげるため行った海外で挙式前日に強盗に襲われて殺されている。

その時、義勇は姉と一緒にいた。
でも1人生き残った。
強盗に気づいた姉が義勇にホテルの方に走るように言い聞かせて、自分は強盗達を引きつけるように反対側に走った結果だった。

義勇はその時まだ小学生で、必死に走ってホテルに助けを求めて警察を呼んでもらって彼らがかけつけた時には、姉は死んでいたらしい。

…らしい…というのは、まだ子どもの義勇には、形容しがたいひどい状態だった姉の遺体は見せてはもらえなかったから。

それでも…姉の遺体の状態を差し引いても、それはひどい出来事だった。

だって小学生と言えども義勇は男だ。

一回りも年の違う姉にいつもいつも面倒を見てもらって可愛がられて育ったけれど、それでも男だったのに、最後まで姉に守られて、その姉を死なせてしまった

いつもいつも義勇のことばかり心配して、義勇の事を優先して、仕事で忙しい両親の代わりに義勇の面倒を見て…ようやく自分のために結婚という道に踏み出しかけたところで突然の死に見舞われた姉は、果たして幸せだったのだろうか…

そんなことを考えると死にたくなって、何度か死のうとしたけれど死にきれず、今こうして生きている。

両親は元々家庭を顧みない人達だったが、この1件でますます家に帰らなくなり、義勇が高校生になってからは二人して海外赴任をしていた。

そんな義勇を支えてくれたのは、皮肉にも義勇がその幸せを奪った形になった姉の婚約者早川和樹さんだった。

姉がとても大切にしていた弟だから…義勇だけでも無事で良かったと泣いてくれたその人は、姉が亡くなったあとも定期的に連絡を取って、様子を見てくれている。

今回義勇がこのゲームをそれでも始めたのは、早川さんが三葉商事の社員で本来は無作為に配布するはずだったこのオンラインゲームの枠を義勇のために一枠確保して、やるように進めてくれたからだ。

姉が死んでからあまりに必要最低限のことしかせず、自分の楽しみなど一切みつけようとしなかった義勇を心配してのことだったから、悪くて断れなかった。


そうして両親が残して行ったPCにそれをインストールして始めたゲーム。

あまりPCには慣れてなくて、一言一言、一本指とマウスで進めるのはなかなか大変だったが、幸いにして、初日にもう知り合いができた。

タンジロウという名のシーフ。
ギユウが選んだのは回復を出来るプリーストというジョブだったので、唯一簡単に出来る回復魔法のヒールをかけてみたら、礼を言われた。

言われたので何か返したかったのだが、会話を打ち込むのは難しい。
だからbowというお辞儀をする動作があるので、ペコ~とお辞儀をしてみたら、それで大丈夫だったらしい。

それからはタンジロウは怒涛のごとく話していたが、義勇はそのお辞儀と頷く動作だけでそれに応えた。

それでもタンジロウは気にせず仲良くしてくれたので、いいヤツだと思う。

その後、ゼンイツというエンチャンタがパーティ機能なるものを教えてくれて、それから3人でパーティを組むことになった。

もともと社交的なほうではなかったが、特に姉が亡くなって以来、必要なこと以外を一切話さない義勇は単なる変わり者としてクラスでも遠巻きにされていたので、こんな風に誰かと友人のように一緒に行動するのは久々で、なんとなく楽しい気分になってしまう。

楽しい気分になる…というのは、姉の事を考えれば罪悪感にかられはしたが、でも早川さんの意向としては、義勇が少しでも周りの世界に目を向けて楽しんでくれることということだったから、これも良いのかも知れない…と、自分にそれを許すことにした。

それからはまるで今までの暗い世界に一気に光が差し込んだようだった。
3人仲良くミッションの1をクリアしようと山を目指して駆け抜けた草原で、どうやら隠れていたらしい落とし穴に落ちて、落ちた先は真っ暗な洞窟。

それでも3人居れば問題なく楽しかったし、義勇は出口を探そうと細長い道を歩き出した。
その時だった。
いきなり攻撃もしていないのに、コウモリが襲ってきた。

敵の中には攻撃をしなければ襲ってこない非アクティブと、攻撃をしなくても襲ってくるアクティブの2種類がいるのだと、あとで教えてもらったのだが、この時はそんな事は全く知らなくて、ただ赤くなるHPに義勇はパニックになった。

死ぬ…と考えた瞬間に、あの姉と最後に並んだ夜のことが思い出されて、HPバーだけじゃなくて、目の前が真っ赤にそまる思いだった。

自然と涙が溢れ出て、怖いよりも辛くて胸が痛くてたまらない。

ごめん…ごめん…俺が死ねば良かったのに……と、泣きながらディスプレイを凝視していると、そこにキラリと光が見えた。

青白く光るエフェクトをバックにした大きな剣がコウモリを一刀両断に斬り捨てる。
それはまさに勇者のようだった。


「とりあえず自分を回復しとけ」
と言われて、義勇は慌てて自分にヒールを唱える。
その間も彼は義勇の前に立ち、敵がいないか警戒してくれていた。

彼の名はサビト。
レベルの高いベルセルクで、驚くほど強く賢く頼れる男だった。

その彼がこれをきっかけに義勇達のパーティに入ってくれることになって、それからは段違いにパーティも強くなった。

サビトがそこにいると、悪いことなんて全く起こらない、そんな安心感があった。
姉を亡くしてからずっと付きまとう理由もわからぬ不安感が、ネットの中であってもサビトと一緒に行動していると、消えている気がした。


本当に…本当にサビトは義勇にとってヒーローだった。
だって自分のパーティ内だけじゃない。

彼は両手に届く範囲にある者みんなを守ろうとするのだ。



あれは昨夜のこと。

義勇達が狩りをしている横で狩りをしているパーティがいた。

女性キャラのウォーリア1人と男性キャラのウォーリア。
それに男性のベルセルクの3人パーティ。

釣り、盾、支援、ヒーラーと揃った義勇達のパーティは強めの敵を一体一体釣ってきて、みんなで殴るという狩り方をしていたが、向こうは全員近接前衛なので、弱めの敵を大量狩りしているので、幸いにして獲物はかぶらない。

なので、互いに干渉し合うことなく、敵を狩っていた。

そんな中で向こうのパーティが倒せない敵を釣ってきてしまったらしい。
それで大騒ぎをしていたら、サビトがゼンイツに支援魔法をかけてくれという。

自分たちのパーティのレベルからしても倒せるかは微妙な敵だったらしく、それでもサビトは

義を見てせざるは勇なきなりだからな。でも倒せるかわからんからお前らは離れてろ』
というと、助けに行った。

そして実際に敵を倒してしまったのだ。

かっこよかった。本当にかっこよかった。
サビトは本当にすごい!

しかも助けられたことでサビトを大絶賛する向こうの女性ウォーリアの言葉も、僻んだような事を言うベルセルクの言葉も相手にせず、淡々とこちらに戻ってくるその態度もカッコいい。

そんなサビトと一緒にいられるのがすごく幸せだと思った。


が、数分後…

『ギユウ君て…寄生だよねぇ…』

それは突然届いた向こうの女性ウォーリアのイヴのウィス。

え?いきなりなんなんだ??

義勇達はレベル上げをしているわけで、ヒーラーとしては戦闘が終わるまでは回復をしなければならないので忙しい。
ゆえに即答どころか、深く意味を考える暇もない。

ただ、やはり近くでレベル上げをしているらしいイヴのパーティーにチラリとだけ目を向ける。
イヴもこちらをチラリと見るが、通常会話では無言。

(いったん組んじゃったから言えないんだろうけど、サビト君はレベル高いしスキルもあるから、レベル低いしスキルも大したことないメンバーって実は足手まといよね…)

それはそうかもしれない…とは思う。

確かにただ回復するしか出来ないし、ゲームをよくわかってなかったため金も貯めていなかったし装備も初期装備のままだったので見かねたサビトが全部揃えてくれた。
足手まといと言えばそうなのかもしれない。

だが…何が言いたいんだろう。

義勇はなんだか泣きそうになった。
その通り過ぎて返す事が出来ない言葉が頭の中でクルクル回る。
弱い涙腺がとうとう決壊して、潤んだ視界の向こうでディスプレイが滲み始めた。

と、その時、いきなりパーン!!とゲーム内で驚いた時などに使う破裂音が鳴り響いた。

『サビト!俺、足手まといだった?!迷惑なくらい?!』
いきなりパーティ会話で叫んだのはタンジロウだった。

『結構言われたとおり出来てたと思ってたんだけど、あとどのあたり注意すればいい?』
と、言うタンジロウに、サビトは

『はぁ?なんのことだ?』
と、返す。

それに釣られるように今度はゼンイツが
『よ、よかったぁ~!!俺だけじゃない?
ねえ、あんなこと言われたの俺だけじゃないのね?!』
というので、さすがに何かあったと思ったのだろう。

『誰に何言われたって?誰でもいいから全文ログ流せ』
という言葉に、タンジロウがだだ~っと流すログ。

それは義勇のところに来ているのと、全く同じ文章だった。
なんだ…自分だけじゃなく皆に送っていたのか…
と、義勇もゼンイツと同じくまずそこにホッとする。

まあ…皆してサビトにふさわしくないと言われれば、それは決してホッとして良いわけではないのかもしれないが…


それでもサビトはイヴにはっきりと苦情を言った。
自分の仲間に今後こういう事を言ってくるようなら運営に通報すると言い放った上で、パーティのメンバーには足でまといに思ったこともなく、迷惑でもないと言葉を尽くして説明してくれた。

そうして説明が終わると、何故か

『ということでな、悪いんだがタンジロウとゼンイツ、今日は少しギユウと話したいことがある。
だから2人で素材狩りでもしていてくれないか?』
という話になった。

え?え?とギユウは焦るが、タンジロウとゼンイツはそれを了承するとパーティを抜けてしまう。

なんだろう…自分だけ何かしてしまったのだろうか…

と、不安になるギユウに、サビトはおいでおいでと手招きをして、敵がこない小高い丘の樹の下にギユウを誘導した。
そして2人並んで腰掛ける。

そこでサビトが開口一番
『あのな、ギユウ、実はキーボード操作得意じゃないだろ?言いたいことがないわけじゃなくて…』

いきなり見事にあてられて、ギユウは驚きながらも頷いた。

だと思った…と、笑うサビト。
なんだろう…すごい。サビトはすごい…と、思っていると、サビトはなんと

『今日はあんなこともあったし、ちゃんとギユウと話をしてみたいと思った。
本当はいけないんだけど、特別な。
×××―○○○○―△△△△…これ俺の携帯の番号。
俺が勝手にやることだから、ギユウはこの番号の前に184をつけて電話をしてくれ。
そうしたら俺の方にはギユウの番号は非通知扱いでわからないから大丈夫。
言葉の方が手っ取り早く話せると思ったが、嫌なら嫌でいいから、そう言え』
などと言ってくるから、さらに驚いた。

サビトは自分が勝手に…と言うが、元はと言えばギユウの方がキーボード操作に慣れていないのが原因だ。

なのに自分は電話番号を教えても、義勇には教えないでいいなんて、なんて優しいんだろう。

本当に本当に感動して固まっていたら、反応のない義勇を誤解したらしい。

『嫌なら嫌って言っていいぞ?ちょっと思いついただけだから』
と、言ってくれる。

「やじゃない」
と、慌ててそれだけ打って、義勇はスマホを手に取ると、言われた番号にかけてみた。

そしてワンコールでつながる電話。

『ギユウ~お前なぁ……』
と、まるで旧知の相手のように電話の向こうで苦笑するサビトの声。

「あ、…サビト?」
と、声までなんかカッコいい気がするサビトにドキドキしながら義勇が言うと、

『お前…184つけ忘れたな。うっかり屋なのは素か?
俺だからいいけど、本当に他には気をつけろよ』
と言われて、

「あああ~~~!!!!」
と、頭を抱えた。

電話の向こうではサビトの笑い声。
なんだかすごくドキドキする。

『本当に…だから放っておけない』
という声がすごく優しくてサビトらしく頼もしい感じで、自分が可愛らしい女の子なら、ここで恋が芽生えていたんじゃないかとか、そんな馬鹿な事を思う。

ともあれ、それからは口頭でさきほどのイヴからのウィスのことなどを聞かれ、自分のところにも来ていたと言うと、サビトはキーボードでの会話が辛ければこれからは電話でもいいから、きちんと伝えろと言ってくれる。

そうしてその日は今までキーボードで伝えられなかったゲーム上の色々を話しているうちにあっという間に0時になった。

『じゃ、そろそろ時間だな』
というサビトに名残惜しすぎて、義勇は

「あの、サビトっ」
と、声をかける。

「もう少しだけ…話してたらダメ……だよな…」

良いわけがない。
サビトはキーボードで伝えられない義勇のために、わざわざこうやって手間をかけてくれただけなのに、それ以上わがままを言っていいわけがない…

「…ごめん…うそ…。また明日…」

それでも楽しかったのだ。
普段誰と会話をすることもなかったし、こんなに親しげに優しく話してくれる相手など、ずいぶんと長い間いなかったから……

つい出てしまった言葉を慌てて取り消すと、電話の向こうで少し考え込む気配。
そして聞こえてくるため息交じりの笑い。

『俺は基本的には毎朝鍛錬があるから5時起きでな。
夜はあまり強くないんだ。
だから電話はこのままにして布団に入る。
起きてる間は返事はするが、たぶん途中で寝落ちるから、義勇の方で電話は切ってくれ』

「いや…そこまでしてもらうのは……」
と、そんな事情を聞けばなおさら無理は言えないと義勇は言うが、そこでサビトはまた苦笑。

『ここで電話をばっさり切ってしまうと、なんだかギユウの事が気になって、かえって寝られなくなりそうだから、そうしてくれ』
と言われて、ごめん…と謝ると

『そこはごめんじゃなくて、ありがとうというところだぞ、ギユウ。
お前は希望を述べただけで、別に謝るほど悪いことはしていない
とさらに言われて、今度は
「ありがとう」
と言うと、電話の向こうから、
『どういたしまして』
と、やっぱり優しい声が返ってきた。




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