とある男の片恋の話_3

そうしてそれからだいぶ月日が過ぎた頃…多大な犠牲を払ってなんとか成し遂げた鬼舞辻討伐。

鬼舞辻の死で鬼という存在がなくなったため、自然と鬼殺隊は解散。
本当に少数の生存者は産屋敷家から多額の退職金を与えられ、各地へと散っていく。

義勇もそんな中の1人で、自由な身になったのは良いが、さあどうしようか…狭霧山にでも帰ろうか…と、水柱屋敷で思案中だった。





その夜は満月だった。

狭霧山の大岩は手鬼に殺されて神になった狐っ子達のたまり場になっていて、夜が更けて早々に皆で祝杯をあげるなか、白い狼が久々に姿を現した。

「錆兎、こっちに来てまでなんで獣化してるの?人の形に戻ったら?」
「そうだ、今夜は鬼がいなくなった祝いの宴だ。ご馳走があるぞ」

真菰や兄弟子達に声をかけられて、白い狼は今更ながらにここでは人の形に戻れる事を思い出す。
そうしてクルリと空中で一回転すると、白い狼は宍色の髪の青年の姿に変わった。

「錆兎、お疲れ様~。義勇はどう?生き残ったんでしょう?」
と、真菰が大きな紅い盃に酒をなみなみと注いでくれる。

人の食物を口にするのは久々だ。
錆兎は真菰に礼を言って、それをくいっと飲み干した。


それを作った鱗滝すら知らぬことだが、彼が子どもたちに手渡した面には人としての物理の身を守ることはできないが、魂を守る効力があった。
ゆえに手鬼にやられた狐っ子は皆それぞれに、何かの動物を基本とした妖怪のような神のような存在になっていた。

彼らは狭霧山でだけは人化できるが、そこを離れるとそれぞれ獣の姿に。

一番多いのはやはり狐を基とした存在で、その中に時折、リスの真菰、白狼の錆兎など、他の動物も混じっている。

元は人であったので、当然動物の体型は不自由だと、ほとんどはそのまま狭霧山に留まったが、故郷にまだ家族がいるものなどはその側に戻って、時に神様として社を建てられてそのまま住み着いたり、あるいは錆兎のように普通の動物としてそのまま気になる者の側に居たりする例外もいた。

「それで…鬼が消えたところで、義勇はどうするんだ?」
と、兄弟子の1人が言う。

「今後、鬼殺隊という特別な環境じゃないと、狼の姿のお前は少々大変じゃないか?」
と、さらに別の兄弟子が…。

そんな中
「番おうと思う」
と、錆兎はサラリと言った。

「え?寿命まで待つって言ってなかった?」
と、真菰が驚いて言うと、錆兎はさらりと

「その寿命がな、今度の戦いの中で見えてきたから。
数年のうち…くらいなら、まあ良いだろうかと。
それより番えないまま命を落とされると、見失ってしまうからな…」
と、答えた。

「そっか。そうだよね…。
義勇だけ普通の人のままだもんね」
真菰がうんうんとうなずいた。


神に近いものである彼らは、普通に番にすれば相手を自分に近いものにできる。
もっとも、ほとんどが子どものまま亡くなって、そのまま狭霧山に留まっているので、義勇を想う錆兎のように、敢えて番を作ろうとするものは皆無と言っていいのだが…


「じゃあ…錆兎こんなところで呑んでる場合じゃないじゃない!
番うなら満月の晩しかないんだから、今日を逃したら次の満月までお預けよ!」
と、そこで真菰がハッとしたように、錆兎の盃を取り上げた。
兄弟子達からも帰れ帰れコールが始まる。

「い、いや、でも義勇だって心の準備というものがあるから、今日するわけでは…」
と、それに焦る錆兎に、

「男らしくないぞ!」
「そうだ、そうだ!男として生まれたからには、逃げずにビシッと決めてこい!!」
などのやじが飛び、錆兎は半ば強引に狭霧山から追い出された。


こうして白い狼の姿に戻ってあっという間に水柱屋敷に戻ると、錆兎はそこでさきほどのようにクルリと一回転。
狼の耳と尻尾のみは残るが青年の姿に戻った。
満月だけの特別仕様である。

そうして耳をすませば庭の方から泣き声がした。

「錆兎っ!!錆兎、どこだっ!!どこにいるんだっ!!!」

この寒空に寝間着一枚で裸足で自分を探す義勇。

「お前まで俺を置いて行くのかっ!!嫌だっ!!」置いていくなっ!!!」
と、泣きじゃくっている。

「お前は何をしてるんだっ!!
風邪を引くだろうっ!!!」
と、羽織を手に錆兎は義勇に駆け寄った。

そうしてその声に驚いて固まる義勇を羽織で包むと、有無を言わさず抱き上げて部屋にあげる。
そして部屋でおろそうとするが、義勇は錆兎の首にしっかり腕を回したまま降りようとしない。

「おい、いったん降りろ」
と錆兎が言ってもイヤイヤと言わんばかりに首を横に振って

「離れるのはもう嫌だ!幽霊でも妖怪でもなんでも良い!
お前と一緒に居たい!連れて行ってくれ!!」
と、泣きながら訴えた。


「あ~…そのことなんだが……」
仕方無しに錆兎は義勇を横抱きにしたままあぐらをかいて座る。

さあなんて切り出そうか…と悩んで、結局言った。

──義勇、お前、俺と番って人外になる気があるか?



………
………
………

我ながら怪しい発言である。
自分なら引く。

だが義勇は

──人外になる!錆兎と居られるなら何になったってかまわない!!

などとぎゅうっと抱きついてくるので、正直その危機感のなさにツッコミを入れたくなってきた。
…というか、入れた。

「義勇…お前なぁ…水柱にまでなって、何故そんなに危機感というものを学ばないんだ?」
そう眉をしかめてコツンと己の額を義勇の額にぶつけて言うと、

「錆兎と一緒なら…本当に何になっても構わないんだ」
と、曇りなき眼で言われて撃沈する。


「本当に…お前…そういうとこだぞ……」

狼の姿で8年間ほど側にいたわけだが、こうやって投げた言葉に言葉を返されるのは久々で、なかなか自分も余裕がない…と錆兎は思った。

「俺には錆兎だけだ…。
錆兎だけが俺を自由にしていいし、何にしてもいい。
お前が側にいてくれるということは、俺にとってそれだけの価値があることだ」

知らなかったのか?と、むしろ不思議そうに言われて、考える。
そして知っていたのだろうな…と、錆兎は思った。

義勇の寿命が尽きるまでに義勇に他に好きな相手ができたのなら、白い狼のままその前から消えるつもりだと、狭霧山の皆に言っていた。

自分では双方が人のまま一緒にはいてやれない。
義勇の人としての幸せを想うなら、それが最良ではあるだろう…と。

だが本当にそれを望むなら、満月の夜に獣人化して、人にあらざる自分の姿を晒した上でそれを勧めることもできたのにしなかった。

おそらく自分はしたくなかった、義勇を手放したくはなかったのだろう。

「ごめんな。俺もお前を手放したくない。手放してはやれん。
義勇、お前も俺と番って狼になってくれるか?」

そう尋ねれば、
「それは素晴らしい提案だと思う」
と、義勇はこっくりとうなずいた。



こうして意志の確認をすると、錆兎が鋭い犬歯で自らの指先に僅かな傷を作った。
その指先を差し出されるので義勇はそれをぺろりと舐める。

普通なら鉄の味がするだろうに、不思議なことにそれはクラリ…と、めまいを誘うような甘い味がした。
身体がかぁっと熱くなる。


身体に広がる熱さに義勇がトロンとした目を向ければ

――ぎゆう…番うぞ

と、錆兎にいきなり後ろからだきしめられ、耳元で欲を含んだ声で囁かれた。

それは義勇にとってはあまり予想していなかったことだったと言ってもいい。
ただ、狼となって番うというのはすなわち、そういうことであるのだろう。
義勇はされるまま大人しく、そのまま前のめりに押し倒された。


ぎゆう…俺の…っ…ぎゆう…っ……
常にない甘やかな錆兎の声と熱い声に翻弄される。

そんな風に互いに境界線がわからなくなるほどに溶け合いながら、どのくらいの時間が経ったのだろうか…

あああぁああーーーー!!!!!
と、圧倒的な熱さに義勇は悲鳴をあげた。

錆兎で己が満たされて行く感覚。
染められている…と実感すると共に違和感を感じる後頭部と臀部。

…あぁ…番に…なれたな……

後ろで響く小さな囁きの意味を取りかねていると、カプっと何かを甘噛みされて、義勇は驚きに小さく声をあげた。

なんと義勇の頭には錆兎と同様に獣のような耳。
さらに臀部には同じく獣の尾。

すべてが終わると、錆兎はふさふさした己の尾をそのやはりふさふさした義勇の尾に絡める。
髪の色と同様に宍色をした錆兎のそれと同じく、義勇のそれはやはり髪の色と同じ黒い色をしていた。


そうして二人して眠り翌日の朝を迎えると、白と黒の二匹の狼の姿で目を覚まして、錆兎はああやってしまったか…と苦笑する。

──義勇、すまん。人間の形を取れている昨日のうちに色々荷造りをするべきだったな

むくりと起き上がって愛しい番いの毛づくろいをしてやりながらそういう錆兎に、義勇は自らの黒い毛並みに覆われた身体を物珍しげにみながらも、

──ああ、かまわない。錆兎といられるならば、別に身一つで十分だ。
と、小さく伸びをした。

──狭霧山に帰るのに、持っていきたいものは何もないのか?
──お前がいるなら何もない
──そうか。では行くか…

こうして白黒の2匹のオオカミたちは、風に乗って狭霧山へ。


その後水柱邸にはそこに住んでいた黒髪の男の弟弟子が、男と白い狼が消えた事に最初に気づいて、おそらくもう戻らぬのだろうと悟って整理をし、半々羽織や日輪刀など男が愛用していた品々だけ、その形見として引き取って行ったという。

今は昔の物語…他の者にはどうであれ、二匹の神獣となった番いの狼達にとってはめでたしめでたしとなったのである。




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