とある男の片恋の話_2

「…俺では…駄目ですか?」

炭治郎は長男なので甘やかす事にかけては自信があった。

実際、義勇に関しても折にふれて甘やかそうとしてはみたが、こんなに無防備に心から甘えられた事はなかった気がする。


でももし義勇の側がそうしてくれるなら、絶対に甘やかせる自信があるのだが…
そんな思いで炭治郎が聞くと、義勇は狼の首元に顔を埋めたまま

「駄目だな」
と、容赦なく言い放つ。

すると、顔を埋められた状態の狼が、いい加減説明くらいはしてやれと言わんばかりに鼻先で自身にはりつく義勇の身体を少し離させた。

本当に…狼という動物が賢いのか、この狼が特別なのか…あるいは、自分の目にそう映るだけの気のせいなのか…
まるですべてを心得ているような白い狼に、なんだか長男であるのに包容力の差を感じてしまうのは何故なのだろうか…と、炭治郎は思ってしまう。

狼に促されて義勇は面倒くさそうに顔をあげた。
実際、少し面倒くさそうな匂いがする。

言わずにわかれ…と言われているようだが、難解すぎてわからない。
しかし、促された義勇の口から出た言葉はさらに難解だった。

「炭治郎…」
「…はい」
「お前…鱗滝さんは好きか?」

は?何故ここでいきなり鱗滝さん??と思いつつも

「はい。好きですよ?」
頷くと、それに対して

「…そうだろうな。
鱗滝さんの方もお前の事は好きだと思う。
でなければお前のために切腹はできん」
と、頷かれる。

「それで…お前は鱗滝さんを抱けるか?」
「抱けませんっ!!というか、そんな想像したこともありませんっ!!」
「そうだろう。つまりはそういうことだ」

うんうんとまた頷く義勇に、炭治郎の脳内は疑問符が盆踊りを踊っている。

わからない。
全くわからない。
何を言われているのか、なにがつまりはそういうことなのか、全くわからない。

「義勇さん…おっしゃってる意味が全くわかりません」
と、仕方無しにそう伝えると、義勇はこれでもわからないのか?!と、言わんばかりの顔をした。
隣でどちらに対してだか、白い狼が頭を横に振っている。

はぁ~~ととてつもなく大きなため息を付いたあと、義勇は今度ははっきり言った。

「俺はお前を可愛いとは思っている。
だからお前の進退問題の時にも、鱗滝先生と一緒に切腹をするという形で守ってやろうと思った。
俺の好きとはそういう好きだ。
お前が居れば周りが明るくなるとは思う。
その性質は好ましいとも思う。
だがそれは恋情ではない。
お前が言う付き合いたいというのは、恋情ということなのだろう?
それはお前に対して一切ない」

「それは…俺がまだ義勇さんより弱いから…ですか?
俺が大人になって身体も大きくなって、鍛錬して鍛錬して義勇さんより強くなったなら、守るべき子どもではなく、男として見てもらえますか?」

それでもあまりに長く見すぎていて、はいそうですか…と諦めるにはその思いは重くなりすぎていたのだと思う。

少しの可能性でもあるのなら…と、そんな思いで口にした言葉は、しかし容赦なく否定された。
おそらくそれが義勇自身の思いやりなのだろう。

「たとえお前が柱だったとしても、それはない。
お前じゃなくても、他の誰であっても、俺が魂を預ける相手は1人きりだ。
俺は多くに気持ちを向けられるほど器用ではない。
だから…今生で二度と会う事ができないとしても、会えないから他の相手と幸せを…とは思えない。
他の誰かと楽しむよりは、唯一1人きりの相手のために悲しむ方がいい。
それが俺にとっての幸せだ。
理解してくれとは言わないが、少しでも俺を思う気持ちがあるなら尊重はして欲しい」

「…相手が…人間じゃなければ良いんですか?
抱かせてほしいとか口づけたいとか、そういうことじゃなければ、狼の錆兎くらいには心を預けてもらえますか?」

それは半分諦めで…しかし大きく後退はさせて譲歩した結果ではあるが、ある種の期待だったのだが、それにすら首を横に振られてしまった。

「俺は犬が嫌いだ…」
「…知ってます」
「こいつは…錆兎は、最初は子犬だと思ったんだ」
「………」
「だけど嫌悪感が全くなかった。
当時色々心身ともに衰弱して神経質になっていたのに、錆兎は当たり前に俺の心に入り込んできた。
俺にはそういう霊的なものはわからんが、たぶん…魂が亡くなった錆兎に近いか、そのままではとうてい立ち直って生きてはいけない俺を心配して神様か何かが俺が生きていくために縋る杖として錆兎の因子を持たせてこいつを寄越してくれたんだと思っている。
だから…こいつは俺が死んだ錆兎の元へ行けるまでの俺の支えだ。
他に代わりがきくものではない」

──お前の事は好きだ。だが、”好き”の種類を変える事は出来ない。不器用なんだ、すまん。

と、おそらく相手の側には非はないのに頭を下げられてしまえば、さすがにもうそれ以上食い下がる気にはなれなかった。

思えば…自分が好きになったのはそんな不器用で繊細で一本気なところのある兄弟子だった。
器用に自分の幸せを見出して乗り換えられるような人間なら、おそらくここまで心を惹かれたりはしなかっただろう。

不器用な人だからこそ、長男の自分に頼って甘えてもらって幸せにしたかったのだけれど…

「両方の錆兎が羨ましいです。
でも…諦めます。
これからは良い友人で……」

と、諦めがつくのにどのくらいかかるかわからないが、それでも自分的にはせめて相手の負担にならないように…と、良い結論を出したつもりだったのだが、そこはさすがに空気を読めない事に定評のある義勇だ。

それもきっぱり
「お前は良い友人ではない。
可愛い弟弟子だ」
と、否定してくれる。

「もう…敵いませんね、義勇さんには。
はい、わかりました。
ではせめて”可愛い”はとって、”良い”弟弟子という事にしておいて下さい。
俺、長男なので」
と、炭治郎が苦笑すると、義勇はむぅっとうなって

「うむ。では”良い”弟弟子ということで手を打とう」
と、うなずいた。



──あ~あ…これで完全に振られてしまったかぁ

それからお茶でも飲むか?と勧められたが、とてもそんな気にはなれず、禰豆子が待っているからと早々に辞しての帰り道。
さすがにここまできっぱり振られたあとだと、水柱屋敷にも通いにくくなるなぁと肩を落とす炭治郎を狼の錆兎が追いかけてきた。

その口には何かの包み。

「なんだ?これ」
土産か何かなのか?と、思って見てみれば、義勇の薬の空き瓶で、

「もしかして…これを蝶屋敷に届けて、また新しいのを持って来いということか?」
と、言うと、錆兎がその通り、と言わんばかりに吠えた。

そうして彼にしては珍しく包みを受け取った炭治郎の手に頭を擦り付ける。
それはまるで、他にあまり訪ねて来るものがいない義勇だから、この薬を理由にでもして、また訪ねて来てやってくれ…と、頼んでいるようで、あまりに世話焼きな狼の姿に炭治郎も毒気を抜かれて

「ああ、また寄らせてもらうな。
今度は土産に団子でも持って…迷惑じゃなければ禰豆子も一緒に」
と、言うと、満足げに一吠え。
その後クルリと反転して帰っていった。


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