駆け寄ってくる見知らぬ女。
いや、どこかで見た顔ではあるのだが、断じて義勇ではないと思う。
錆兎にしてみると
──誰だ、こいつ?
状態だ。
義勇が女…という世界線も確かにあるだろう。
先日錆兎の義勇も血鬼術で女にされたということがあった。
そういう後天的なものじゃなく、普通に最初から女として生まれた娘に”義勇”などという勇ましい名前をつけるのは親は何を考えていたのだろうと思わなくはないが、百歩譲ってそれはなんとか受け入れられなくはない。
だが…そのほか色々がダメだ。
血鬼術で女体化してしまった義勇は愛らしかったが、こいつはダメだ。
背がしのぶよりも小さいのに、その割にアンバランスなレベルで胸がでかい…のは、錆兎の好み的に違うだけで仕方ない。
だが…目が死んでる。
”目が死んでる!!”
口下手な分、口ほどに物を言うあのキラキラとした澄んだ目が死んでしまっているのは錆兎的には本当に頂けない。
そのくせ何かモワっとした色気を振りまいているのも違和感がありすぎて気持ち悪い。
これが宇髄の言うちょっかいをかけてくる男を呼び寄せている…のか?
しかもこの隊服がまたなんなんだと思う。
胸元が大きく開いて、下も短いスカートだ。
蜜璃がこんな感じの物を着用していたが、義勇が着るなんてありえない。
女だとしてももっと羞恥心が強いはずだ。
こういうの…なんて言ったか……
しのぶと蜜璃が最近はやりの、選択した方向によって結末が変わる乙女げえむ本なるものの登場人物を語る時に口にしていた……ああ、そうだ、思い出した”解釈違い”
そう、【解釈違い】だ!!
錆兎の可愛い恋人は大人しい性格ではあるがもっと初々しくも明るさがあって、こんな退廃的な色気を振りまく気怠げな年増っぽい女ではない。
似た顔をしているだけに耐え難いほど気持ち悪い。
ぞわりと背筋に嫌な感覚が走る。
しのぶも宇髄も錆兎のことを知らないという事以外は、”錆兎が知っている”しのぶと宇髄だった。
なのに肝心の義勇だけが何故こんなに別人なんだ?!と、全身に変な汗をかきながら錆兎は思う。
しのぶ達は義勇と違って錆兎がいなくても人格がまるごと変わるような影響があるほど近いわけではないというのが理由の一つかも知れない。
錆兎も、『そうか、性別差もあるが、自分がいないとここまで人格変わるのか…』と驚きつつもそれでも納得する。
…が、それともう一つ実は錆兎が知り得ない理由があった。
この夢は夢鬼によって造られたものだが、他の人物の大まかな性格は錆兎の記憶を元に形成されている。
が、義勇のみは童磨プロデュースによる、童磨が男が喜ぶであろうと思う形にデフォルメされているため、ここまで錆兎の記憶と乖離しているのだ。
せめてそれが錆兎の好みの方向にズレていてくれればまだいいのだが、真逆の方向にズレまくっているのが、錆兎の悲劇だった。
「ちょ、ちょっと待てっ!!」
錆兎は相手が抱きついて来ようとするのを慌てて両手で押し止める。
しかし義勇も他の二人も、錆兎が抱擁を拒否するとは思っても見なかったらしい。
ぽかんとした表情で固まっている。
「錆兎、何故俺を拒む?」
「普通拒むだろうっ!」
「何故です?錆兎さんさっき義勇さんと恋人同士だと言ってませんでした?」
「”俺の世界の”義勇となっ」
「…ぶっちゃけどこの世界でも恋人は恋人、嫁は嫁で、同じじゃね?」
「ぜんっぜん違うっ!!そもそも同じどころか似てもいないっ!!」
自分の愛しい義勇と一緒にしないでくれ、と言いたいが、ああ、でもこちらの世界では宇髄が惚れている相手でもあるのか…と思えば、あまり変なことも言えない。
なにより自分の義勇とこちらの義勇が果てしなく別人なのは誰のせいでもないのだから、間違っても気色悪いとかそういう類の言葉を発するべきではない。
そう思うほどには錆兎はもう大人だった。
なので、誰かを貶めたりする発言は避けて、
「先程も言っただろう?
俺は俺の世界の義勇以外には興味はないし、似た容姿をしていようとも別人とみなす。
浮気はするつもりはない」
と、宣言。
さきほど同じ事を言った時にはしのぶは好印象を持ってくれていたようだし、宇髄も納得してくれたようだった。
だから、よし!これで解決だ!と思ったのだが、甘かった。
「そちらの俺に遠慮しないでいい。
俺は俺だ。
ここにいる間は俺の錆兎でいてくれ」
と、妙にテンション低く、しかし色気を振りまきながら笑みを浮かべる義勇もどき。
そう、錆兎にとっては義勇は自分の恋人の義勇だけ。
ましてや顔立ちこそ面影があるものの、嫌な方向に変わったこの世界の義勇は”もどき”でしかない。
そもそもが浮気を勧める時点でダメだろう。
錆兎の義勇は、もし別世界に別世界の錆兎がいてもそれは己の錆兎ではない、己が人生を共にする錆兎はこの世界の錆兎だけだと言ってくれた。
もし目の前にいる女が飽くまで義勇だと言って錆兎と恋仲になりたいのだと言い張るなら、その相手は自分ではない、どうやら最終選別で死んだらしいこちらの世界の錆兎であるはずだろう。
本当に”錆兎”が好きならそれが死んだからと言って自分を含めて簡単に他の奴にほいほい股を開くべきじゃない。
錆兎に言わせれば、こんな尻軽は義勇ではない。
義勇に対する冒涜だ。
義勇を愛しているからこそ、義勇を名乗る目の前の”もどき”に不快感が募る。
などと考えている間も無気力なのに期待に満ちたという、なんとも不思議な眼差しを向けられて、錆兎は逃げ道を求めて視線をさすらわせた。
この時は結局は頼れる宇髄先輩の
「とりあえず積もる話は今度ということで、まずは元の世界に戻るまでの身の振り方を考えねえとな」
という言葉で事態が動く。
しかも、それなら自分の水柱屋敷にという義勇に
「いや、同性のほうが身の回りのモンとか貸したり揃えたりしてやりやすいし、お館様からの判断が下るまでは俺ん家で面倒見るわ」
と、まで言ってくれるあたりがさすが宇髄パイセンだ。
こうして一旦は音柱邸の離れにやっかいになることになり、その日の午後にお館様に拝謁。
結局以前別世界に飛ばされた時の義勇のように、戻れるまで鬼殺隊で働くことになった。
その時に会った不死川も煉獄も…その他の面々も全く錆兎の記憶の中の彼らとは変わらない。
唯一違うとすれば、皆何故かこちらの世界の義勇もどきに想いを寄せているらしいことである。
おかげで義勇もどきが好意を寄せている錆兎は彼らからビシバシ敵対心を向けられた。
正直、理不尽という以前に、何故?と思う。
だって全員が全員同じ相手をそういう意味で好きになるのはおかしくないか?
普通に考えれば性格によって恋人にしたい相手の好みだって違うだろう。
それが誰もが1人の人間だけに恋愛感情を向けるというのは、何かが狂っているように思う。
まさか…あの”もどき”は何かおかしな力を持っていて、皆の気持ちを操って居たりするんじゃないだろうか…。
で、他の世界から来た自分にだけその力が効かないことに危機感を持って自分に執着しているとか?
そう考えれば諸々に納得できる気がした。
日中に出歩いているところを見ると鬼ではないのだろうが、何か悪いことを企んでいる可能性もなきにしもあらずだ…と、錆兎は悩みつつも模索を始めた。
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