そうだ・現在人生やり直し中_錆兎 In WonderLand

錆兎が目を覚ますとそこは医療所だった。
寝台に横たわったまま開いた目に映るのは白い天井。


はて、自分はなぜここにいる?
怪我など負った記憶もないのだが…
そう思いつつ身を起こすと、ちょうど良いタイミングで開くドア。

「あら、目が覚めたんですね」
と、顔を出したのは胡蝶しのぶ。

自分が教育係を務めた後輩の妹で、姉共々錆兎のことを兄のように慕ってくれている少女だ。
彼女の姉のカナエは戦いの中での怪我で剣士としての生命は絶たれたが、その代わりに柱であった時の自分の屋敷を改装し医療所として医療の方で鬼殺隊を支えている。
だからその妹であるしのぶが医療所の手伝いをしていても何の不思議もない。

なので錆兎も何の気なしに

「今日はカナエの手伝いか。
偉いな、しのぶ」
と声をかけると、なぜかしのぶは険しい顔で固まった。

そして彼女から返ってきた言葉は
「あなた…一体何を言ってるんですか?
そもそもあなたは誰なんです?
で、錆兎は唖然とした。

「え…?俺は錆兎だが……」
と、そこでどう反応していいかわからずにそう答えると、
「錆兎さん?どちらの錆兎さんです?」
と、さらに混乱するような返事が返ってきた。

もう意味がわからない。
しかししのぶの方も意味がわからないという顔をしている。

二人して顔を見合わせた状態で一瞬沈黙。
しかしそうしていても仕方がないので、次に口を開いたのは錆兎の方だった。

──ちょっと聞かせて欲しい。俺は何故ここにいるんだ?




こうしてしのぶと話してわかったのは、ここは錆兎がいたはずの場所と似て非なる場所だということである。

ここでは錆兎は存在せず、カナエは上弦の弐との戦いに負けて亡くなっていて、しのぶがそのあとを継いで柱をしながら医療所を仕切っているらしい。

しのぶいわく、錆兎は医療所の前に倒れていて、見覚えはないが隊服を着ているので、あるいは入隊したばかりで医療所に来たことがない新米隊士かと思って、ここに寝かせていたということだ。

なるほど、以前義勇が血鬼術で別の次元の世界に飛ばされて迎えに行ったことがあったが、あれと同じようなものなのだろう…
錆兎はその話を聞いて最終的にそう結論づけた。

正直自分がどういう形で血鬼術をくらったのかも覚えてはいないが、とにかく、義勇のときと同じだとすれば、元の世界から迎えに来てもらうより他にない。

それまでをどう過ごすかと言えば、事情を話して衣食住を与えてもらう代わりに鬼殺隊の仕事を手伝うというのが一番だろうと思う。

そうなるとさて、交渉相手は誰が良いだろうか…と考えて思い浮かぶ人物はただ1人。
宇髄一択だ。

正直、カナエや杏寿郎が柱になってだいぶ経っても教育係だった自分を頼りにしているように、錆兎も自分の教育係だった宇髄のことを特別に頼りにしているということもあるが、それを別にしても、こういう通常ありえないことが起こった時には宇髄が一番冷静に対処してくれそうだ。

そういうわけでしのぶに宇髄はこの世界にも居るのかと聞けば、普通に錆兎が知っている通り音柱をしているというので呼んでもらえないかと頼んでみた。

すると、こちらの世界の宇髄も人格その他は錆兎が知っている宇髄と同じだったようで、1人で色々判断しかねたしのぶは同意して、すぐに呼んでくれる。


こうして呼び出されて来てくれたこちらの世界の宇髄も当然ながら錆兎の事を知らなかった。
が、性格も面倒見の良さも錆兎が知っているままの宇髄だった。

錆兎がおそらく鬼の血鬼術か何かで他の世界線から飛ばされてきてしまったこと、その世界はこの世界と似ているが微妙に違う世界であること、その世界では宇髄が新人柱だった頃の錆兎の教育係だったので困った時にはまず宇髄と思って呼び出してしまったことを話すと、

「あ~、まあ嘘ついては居ねえ気がすんな。
派手におかしなことになってやがるが人手は多いほうが良いし、仕方ねえから俺が面倒みてやるよ。
もちろん、先にお館様の許可取ってからな」
と、請け負ってくれる。
それにひとまずホッとした。

そうしてではお館様に連絡をと宇髄が鎹鴉を飛ばしたところで、
「錆兎さんて…私やっぱり知っているかもしれません」
と、それまで口元にこぶしをあてて考え込んでいた胡蝶がそう言って顔をあげた。

「はぁ?でもこいつ別の世界から来たんじゃねえのか?」
と驚いた顔の宇髄。
もちろん錆兎自身も驚いた。

が、
「ええ、もし私が知っている人物だとしたらこの世界ではすでに亡くなっているはずなので、確かにこの世界の人間ではないと思いますが。
ちょっと本人を呼び出してみますので、少しお待ちを」
と、しのぶはサラサラと紙に何か書いて鎹鴉の足に結びつけて窓から外へと鴉を促す。

そしてそれを見送った宇髄からの
「本人って誰だよ?」
の言葉にしのぶの口から続いて出たのが

「義勇さんです。
確か元水柱の鱗滝様の元で共に修行をして最終選別で亡くなった兄弟弟子が錆兎さんと言う名前だった気がします。
以前、今でもずっと想っているのだと聞いたので…」
という言葉で納得した。

そう言えば以前義勇が飛ばされた別の世界でも、錆兎は最終選別で死んでいたのだ。

「なんだ、義勇がいたんだな」
と、とりあえず義勇なら自分に対して悪いようにはしないだろうと錆兎はさらにホッとしたわけなのだが、なんだか心持ち宇髄の機嫌が悪くなったような気がする。

気の所為ならいいんだが…と思いつつも大人しくしていると、

「おい、お前、冨岡とどういう関係だよ?」
と、向こうから険のある声で聞いてこられて、ああ、気のせいじゃなかったのか…と、内心ため息を付いた。

「しのぶの言う通り兄弟弟子だが?
本当の兄弟みたいなものだ」
と、かわそうとしても

「…それだけじゃねえんだろ?」
と、食い下がられる。

なので特別好きなのか嫌いなのかどちらかなんだな…と、検討をつけて、とりあえず

「なんだかやけにつっかかるな。
こっちの世界では義勇は宇髄の4人目の嫁だったりするのか?」
と、かまをかけてみると、宇髄の側はごまかす気はないらしい。

「そうしたいのは山々だが、他にもちょっかいかけてくる奴が多すぎてな。
そん中でも、親友の胡蝶にわざわざ話すってことは、お前が一番の強敵みたいだな」
と、正面切ってふっかけてこられて、錆兎も色々反応に困ってしまった。

親友?義勇なのに胡蝶と親友??

錆兎のいた世界ではむしろカナエと仲が良く、二人してしっかり者のしのぶにお花畑コンビとしてよく呆れられていたり怒られていた記憶しかない。

まあでも、それはいい。
義勇としのぶが親友、そんな奇妙な世界も存在するのだろう。
それよりも問題は義勇と他の男たちのことだ。

なるほど、義勇は確かに可愛い。
素直で無邪気で一生懸命で…
自分が側に居なければ、確かに大勢が好きになってもおかしくないと思う。

正直、自分の恋人が他の人間とベタベタするのか…と思えば錆兎とて心中穏やかではないが、よくよく考えてみればこの世界の義勇は正確には自分の恋人の義勇ではない。
同じ顔、同じ性格だったとしても自分の世界にいる自分の恋人の義勇とは別人だ。

そもそも前回義勇が飛ばされた世界の義勇も、錆兎はちらりとしか見ていないので自分の義勇よりは背が少しばかり高かったなくらいの印象だったが、長くその世界の自分自身といた義勇は、随分と自分と性格その他が違っていたと言っていたし、この世界の義勇も錆兎の義勇とは少し違うかも知れない。

そうだ、似てるだけの別人と思えば問題ない。
そう思い直して、とりあえずこちらの人間関係を優先することにして、断言した。

「それはない。
確かに自分の世界の義勇とは恋仲だが、俺の恋人は俺の世界の義勇だけだからな。
たとえ同じ顔をして似た性格をしていようとも浮気をするつもりは一切ない。
これまでもこれからも、俺の恋人は俺の世界の義勇ただ1人だ」

「ほぉ」
と、それに少し感心したような宇髄。
とりあえずは納得してもらえたようである。

しのぶもそれを聞いて、
「義勇さんは天然ドジっ子で危機感が足りない方ですけど、男性の趣味だけはきちんとしていたようで安心しました」
と、満足げに頷いた。

ああ、そう言えば錆兎がいた本当の世界でも、しのぶに天然ドジっ子と言われていたな、こちらでも同じような感じなのか、では性格もあまり変わらないのだな…などと思いながら、錆兎は少し楽しみに義勇の到着を待つ。


そうしてしばらく待っていると、廊下からテチテチと特徴的な足音が聞こえてきた。
もう誰の足音だかすぐわかってしまう。

「来たようですね」
と、しのぶが笑顔でドアを開けに行く。

ガチャリと開くドア。

「しのぶ、急にどうしたんだ?」
と聞こえる声は何故か錆兎の知る義勇より随分高い。

え…?

宇髄と並んで寝台に腰をかけながらドアに視線を向けていた錆兎はしのぶの向こうに見えた人物を目にして固まる。

そして相手も錆兎に視線を向けて固まった。



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