そして幸いにして義勇に血鬼術をかけた鬼は丸2日ほどで見つかる。
なのでちゃっちゃと倒した。
これで1週間もすれば元に戻るだろうと、安堵しながら帰宅してみれば、何故かまだいる胡蝶姉妹に、さらに実弥までいてぎょっとする。
そしてそこに義勇がいないということに、非常に嫌な予感に駆られた。
姉妹がいきなり土下座。
その前にかばうように実弥が立った時点で、錆兎は絶望的な気持ちになった。
「すごく聞きたくない……
だが、聞かなくても事態は変わらんのだろうな…」
どうしても声が低くなる。
色々悪い想像がぐるぐるして、しかし泣き出して話にならなくなった胡蝶姉妹の代わりに実弥から告げられた状況は、錆兎の予想よりはるかに悪かった。
最悪…と言ってもいい。
「義勇が…上弦に拉致られたーー?!!!!」
思わず大きくなる声に胡蝶姉妹が身をすくめる。
「ごめんなさいっ!私が日の入りの時間を見てなかったから…」
「いえ、元々は私が……」
と、互いにかばいあう胡蝶姉妹の言葉などさすがに入ってこない。
「で?拉致されている場所の検討はついているのか?」
怒鳴るだけ体力を消耗する。
これから上弦との戦いだ…と、錆兎は少し落ち着かねばと目を閉じ、小さく息を吐き出した。
「あ~…遊郭に住んでるらしい…ってのは胡蝶が小耳に挟んできたから、今、宇髄が調べてる。
元々最近遊郭で行方不明者が続出してて、鬼の仕業じゃねえかってもう大分まえから奴は自分の3人の嫁を遊郭に潜入させてっから」
「…遊…郭……」
バキっと乾いた音をたてて、錆兎が手をついていた玄関の壁に穴が空いた。
少女になっている義勇が…遊郭に……
殺気が一気に広がって、胡蝶姉妹どころか実弥までがふるりと震える。
「宇髄に連絡を取れ。大方の場所がわかったら俺が自分で行く」
「錆兎、ちっと落ち着けェ。
いくらお前でも相手は上弦だァ。1人で突っ込んでも仕方ねェだろォ
作戦てもんを…」
と言う実弥の言葉はさきほどの穴の横に新たに穴の空いたバキィッ!!という音で遮られた。
「…いいかげん…俺を怒らせるな。
俺はずいぶんと忍耐を重ねてきたつもりだがな…限度というものがある…
これ以上邪魔をするならお前ら全員敵とみなすぞ…」
それだけで人を殺せそうな鋭い視線。
殺気に満ちた低い声。
他が苛ついていても常に冷静にフォローを入れ続けてきた人格者として名高い古参の柱。
面倒見の良い性格で、彼より古参の悲鳴嶼と宇髄以外は、柱として半分くらいは彼に育てられたようなものだ。
実弥とて新人でまだ尖りに尖っていた時に、錆兎の指導を受けて随分と変わって、周りに対して協調性が出来て、衝突が減った。
そんな錆兎がいるからこそ水柱邸は血鬼術にかかった柱達の保護先になっていたのである。
その錆兎がこんなに温度のない斬り捨て方をするのを見るのは初めてだった。
「宇髄に鴉を送る」
と、錆兎のそんな様子に心が折れすぎて争う気も起きず、実弥は自らの鴉に宇髄への伝言を伝える。
他の古参である悲鳴嶼も宇髄も言えば助けてくれはするが言わなければ黙って見守られてしまうので、実弥のように素直になれない人間はなかなか頼っていくことが難しかった。
が、錆兎は根っから世話焼きなところがあって、自分の方から声をかけてくれるし、実弥のように天の邪鬼がつっけんどんに返しても、こちらがそれを必要としていることに関しては気にせず手を貸してくれる人間だった。
だから認めたくはないが、他の柱達と同様、実弥もまたこの古参柱に依存していた部分があるのだろう。
突き放された時の不安感というのがとんでもない。
柄にもなくお節介を焼くべきではなかったか…と一瞬思うが、しかしすぐそれも違うと思い直す。
だってその錆兎に最初に言われたのが、当時花柱だった胡蝶カナエを大切に守ってやれという言葉だったので、こうしてカナエが柱を引退しても、ついつい守りに来てしまったりしているのだ。
鬼の首を斬れる強さだけあればいいわけじゃない。
補佐をしてくれている人間に感謝をしつつ、速やかに手を差し伸べ守ることが、速やかな鬼狩りを行えるための基本である。
柱時代に自分を支えてくれて、いまなお、医療でみんなを支えてくれている胡蝶カナエは、今でも正しく実弥が守ってやるべき相手の1人のはずだ。
しかしその後、
「…場所がわかったら俺も付き合う」
と言う実弥の言葉に
「義勇は俺が守るべき相手で、実弥のじゃない。
人数がいればどうなるというものでない以上、お前はそれで不確定な危険を負うより他にやること守るべき相手があるだろう」
と言われて、それでもまだ錆兎は錆兎だとホッとした。
どう考えて上弦を相手にするのに情報不足、準備不足だということを錆兎自身きちんと理解していて、他人をそれに巻き込むのは感心できないと判断するだけの冷静さを持っている。
実弥はその事に本当に心から安堵したのだ。
自分はよくキレ散らかすくせになんなのだが、完全に冷静さを失った錆兎を見るのが辛いし怖い。
まあ、そうは言っても、上弦と戦うのもそれによって命を落とすのも怖くはない。
そんなこととっくに覚悟しているので構わないし、来いと言われれば喜んで行くのだが…。
「お前らは二人で一つの対柱だもんなァ」
「…そういうことだ。俺が立ち続けるには義勇は必須だ。
だから俺は行くが、水の柱が折れる可能性を考えれば、それ以上は無駄に柱が折れることはするな」
「水も折れんなよォ」
「まあ…義勇が無事なら絶対に二人で帰るつもりではあるが。
俺にも義勇は必要だが、義勇にも俺が必要だからな」
照れもなく淡々と当たり前のように自分にとって相手がというだけではなく、相手にとって自分が必要と言いきれるところがすごいなと正直思う。
本当に対柱はどこまでも対柱だ。
防御を中心に担う義勇もまた攻撃に寄っている実弥にとっては守る対象であることは確かだが、まあこちらは自分が出るまでもない。
自分が動くのは飽くまで対である錆兎がいない時限定だ。
ということで、宇髄もいることでもあるしと、実弥は今回は大人しく留守を守ることにした。
やがて宇髄から連絡が来る。
ピンポイントではないが、範囲は絞れたらしい。
「じゃ、行ってくる。
おそらく俺はカナエが言っていた上弦の陸には会った事があるから、ある程度の範囲がわかれば気配は辿れる」
「はぁ?会ったことがあるって……」
と、実弥がぽかんと聞き返すと、錆兎は、あ…と、思い出したように
「前に義勇がどこぞの別世界に飛ばされたときにな、あちらのお前に随分と世話になったらしい。
ま、そのときにな、どさくさに紛れて首を斬った事がある」
と、言う。
「斬ったって…上弦の首をっ…かァ?!」
「ただ世界が違うから、強さは違うかもしれんし、そもそもが2体いる。
だから今回は義勇を救出できたらすぐ戻るつもりだ」
驚きに目をむく実弥にそう言うと、錆兎は今度こそ吉原に急ぎ向かった。
そうして待ち合わせた吉原の置屋の屋根の上。
「よぉ、まずお前少し落ち着けよ?
気持ちはわかるけどな…」
と、さすがに宇髄は機嫌が最悪なレベルで悪い錆兎にも臆することなく、そう言って肩を叩く。
しかしいつもはありがたく思う、自分が冷静さを欠いている時に入る数少ない先輩柱のそのフォローも今の錆兎には煩わしく感じた。
だが、
「…気持ちがわかるだ?」
わかってたまるか!と言う言葉を暗に飲み込む錆兎の真意は当然宇髄ほどになるとわかっていて、
「俺もだからよ…」
と、それにそう言って眉を寄せる。
それは錆兎にしても意外な言葉だったので、不思議そうに眉を寄せれば、宇髄は厳しい顔で
「潜入調査をさせてた3人の嫁、全員から連絡が途絶えてんだよ。
だから俺自らが探ってた」
と吐き出した。
「…それは……」
確かに他人事ではない。
錆兎もさすがにそう思うが、それに宇髄は小さく息をついて言う。
「だが、今は義勇が優先だ。
対柱が折れたら鬼殺隊の戦力が激減する。
そうなりゃあ、嫁達を助けるどころじゃなくなるからな」
自身も内心は心穏やかでは当然ないだろう。
そんな状況で冷静に判断し、決断できる宇髄は本当にすごいと思う。
宇髄と厳しい任務につくたびに、錆兎はいつもいつもその心の強さに圧倒される。
みな自分を過大評価するのだが、錆兎自身は自分はこの先輩柱には敵わないといつも思っている。
「…すまん。義勇を無事確保出来たら、そちらにも出来る限り協力をする」
それでも錆兎は義勇を最優先しないという選択肢は取れない。
そこだけは譲れないところなのだ。
「いや…お前に気配を探ってもらえるだけで十分助かる。
上弦だけに気配の消し方が半端ねえ」
「あ~…それなら…情報を持っている…と思う。
義勇を救出後、作戦会議と行こう」
「あ?そうなのか?」
「ああ。実は…以前義勇が別世界に飛ばされた時に、今回の上弦とやりあった。
本質が変わらなければ気配は探れるし、倒し方もわかる。
…まあ、多少強さに違いはあるかもしれんし、倒せるかどうかは別にしてな…」
「…おま……それ、早く言えよ。
そういうことなら、さっさと義勇を救出すんぞ」
「了解だ」
言って錆兎は集中して気配をさぐる。
そうして本当にわずかな覚えのある気配を察知した。
一度間近に感じた事があるからこそわかるくらいの、本当に微弱な気配。
錆兎は無言で屋根の上を駆け抜けて、宇髄もそれを黙って追う。
そのあたりは付き合いが長い上に察しが良い宇髄は説明も必要としないので楽だ。
それは置屋も途切れた吉原の外れ。
何もない地面。
そこに飛び降りると、錆兎は宇髄を振り返った。
「この下に鬼と…義勇の気配がする。
俺は特攻するが宇髄はここで待っていてくれ。
それで…もし義勇を人質に取られるようなら俺が陽動になるから救出を頼む」
「わかった。あとのことはこの宇髄様に任せて派手に暴れてこい」
いつでも錆兎が絶対にここは譲らないだろうというところでは、宇髄は無駄な異議はとなえない。
本当に…この宇髄の察しの良さと割り切りが大好きだ…と錆兎は思う。
そして宇髄が気配を悟られない程度に下がったところで、錆兎は刀を構えて思い切り地面に突き立てた。
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