なのに・現在人生やり直し中_この世で二番目に綺麗な子

──あ、気がついたぁ?

義勇が目を開ければ目の前にはとても綺麗な女性。
少し気が強そうな印象は受けるが、その笑顔は屈託のない。

まあ…悪い印象を受ける要素はあまりない…拉致された時にその左右の目に刻まれていた上弦、陸という文字を除いては……


これは…まずい、と、さすがの義勇でも思う。

失敗した油断した。
カナエと一緒に甘味巡りをするのは良いが、きちんと日の入りの時間を確認するべきだった。


現柱と元柱の二人。

日が落ちて鬼が出てきてもなんとでもなると無意識に思っていたのかも知れないが、考えてみればカナエは戦闘の後遺症で呼吸を使えなくなったからこその柱の引退で、義勇はと言えば少女になってしまっていてどうやら呼吸を使えないようだ。

それにそもそもが二人して普通に着物姿なので刀を携帯していないのだから、普通の鬼でも倒せないであろうところを、出くわしたのはなんと上弦の鬼だ。

通常の状態でも倒せたかと言うとカナエと二人では倒せなかっただろう。


まあ…カナエに危害を加えないでもらえたのは幸いだった。
可愛い初めての後輩というのが一番大きいが、それとともに彼女から情報が伝わって救出される可能性もある。

とりあえずすぐ殺されるということはなさそうだ。

「あんた名前は?」
と、にこやかに聞かれて
「ぎゆう…」
と答えると、
「そう、ぎゆうね。あんたは今日からあたしのお友達だから」
と、いきなり宣言された。

発言は謎だが状況は最悪というわけでもなさそうだ。
即食うのなら名前を聞く必要もないだろうし、お友達というのもないだろう。


しかし何が目的だ?
おそらく鬼殺隊の柱であるということは知られてはいないだろうが、以前出会った強さを求める上弦の参が杏寿郎や錆兎にやたらと鬼になれと言っていたから、あるいは同じ様に鬼になれというやつだろうか…

上弦相手に極々普通の少女の力しか無い今の自分が敵うとは思えないが、それは困る。
今生の義勇の目的は錆兎と共に生きて錆兎と共に死ぬことなのだから、錆兎の元に戻れなくなるようなことは絶対に嫌だ。
断固として御免被りたい。

かといって目の前の女は鬼の格好をしているわけではないので、鬼だとわかっていると思われるのも危険だ。
鬼殺隊の人間だとバレる。

鬼になるよりはマシだが死ぬのも嫌だ。
まだまだ錆兎と一緒に居たい。
大好きな錆兎とずっと一緒に居たいのだ。

少女になったせいかゆるくなる涙腺。

「別にひどいことなんてしやしないわよ。
あんたはあたしのお友達で、あたしの次に綺麗な子だもの。
ここに居れば、綺麗な着物に美味しいお菓子、欲しいものはなんでもあげる」

泣き出す義勇の前に女はふわりと座ってその小さくなった白い手を取って言う。

「…なんでも?」
と、みあげると、にっこりと微笑んで
「そう、なんでもよ」
と女は言った。

しかしそれなら…と、
「…錆兎がいい。錆兎の所に返して…」
と言ってみたが、案の定
「それはダメ。ここにいて」
と、首を横に振られた。



絹の着物に繊細なれえす、珊瑚のかんざし、遠い異国の金細工の髪飾り…

女は梅と名乗ったが、彼女は宣言通りひどいことは一切せず、珍しくも高価な品々を惜しげもなく並べてみせた。

「あんた、本当に綺麗な子だから、綺麗なあたしとお揃いの物を身につけてもよく似合う。
今度は色違いの絹のリボンを結んでみようか」
と、柘植の櫛で義勇の髪を梳きながら、梅が楽しそうに髪飾りに視線を向ける。

普段、髪を梳いてくれるのは錆兎の大きく無骨な手だったので、こうして柔らかな女性の手で髪を梳かれるというのは、姉が亡くなって以来でなんだか懐かしい。

義勇にあれこれ綺麗な物を身に付けさせては嬉しそうな目で見る梅は、今は偽装中なのか目に文字がないので、本当に普通の気のいい娘のようで、心を許してしまいそうになる。


しばらく過ごして感じたのだが、おそらく命は取られない。
娘はただただ少女になった義勇を愛でて楽しんでいるだけだ。
善意以外の感情を向けられたことは一度もない。

だが、好かれているだけに、鬼にされるかもしれないという件は油断がならない…と、義勇は思う。
元いた場所に返すまいと思えば、鬼にするのが一番手っ取り早い。

義勇にしてみれば、それが一番恐ろしい。

絶対に…錆兎の元に戻れなくなるようなことにはなりたくない。
その一心で、義勇はどれだけ勧められても鬼の血が混じっているかもしれないことを危惧して飲食物は口にしなかった。

食べ物に鬼の血でも混じっていたら大変だ。
そう思ったのだが、そんな義勇の様子に梅が言った一言

「あんた何も食べないと死んじゃうわよ?」
の一言で悩む。

何度も言うが、錆兎と一緒に生きていける状況なので死ぬのも嫌なのだ。
そうして妥協。

梅がくれた高級品の中に繊細な細工物の硝子のグラスがあって、それに入れた水だけは飲むことにした。

透明なグラスにいれた透明な水なら血が混じっていたらわかるだろう。
そんな理由からである。


人は水さえ飲んでいれば半月ほどは生きられる。
それまでには絶対に錆兎が迎えにきてくれるはずだ。
義勇はそう信じている。

しかし綺麗なグラスからでないと水を飲まないというその義勇の姿勢は思いがけず梅を喜ばせたらしい。

「さすがあたしが選んだ子。
この世であたしの次に綺麗な子ね。
そう、綺麗な子は綺麗な器のものでないと口にしないものなのよ」
と、満足げに綺麗な笑みを浮かべる。


自分でそんな風に言うだけあって、梅はたいそう綺麗な娘だった。
少し勝ち気な面が見え隠れするが、義勇にはとても優しく、一緒にいると心地よい。
もし義勇がただの市井の娘であれば、そのままほだされてしまうのではないかと思うくらいには。


拉致された時に遊郭…と言っていたが、梅自身も花魁らしく、夜になると時折消える。
鬼のくせに何故仕事をしているのかは謎だ。

この部屋はどこなのかはわからないが窓がなく、義勇は梅に強請った舶来物の懐中時計で時の流れを数えている。
ここに拉致されておそらく3,4日経っているだろうか…
そう、梅は帰りたいという願い以外は、たいていの要求は聞いてくれた。

それでも一日に数回は錆兎の元に帰りたいのだと訴えるので、梅はいい加減呆れたように
「あんたはあたしのお友達なんだから帰るのはだめ。
第一錆兎っていったい誰?」
と聞いてきた。

義勇はそれに
「宍色の髪に藤色の瞳をした、とても大切な人。
世界で一番カッコよくて優しくて大好きな恋人」
と、答える。

その答えに梅はむぅっと眉間にシワをよせた。

「その男…あたしより綺麗なの?
お友達より恋人なの?」

そういう梅はなんだかいつもより子供じみていて、鬼のくせになんだか可愛らしくて笑いそうになってしまう。

「梅の方が綺麗かも…」
「じゃあどうして?」
「でも…錆兎の方がカッコいい」

するとやはり不満げな顔をする梅。

そんな彼女の様子に、せっかくきれいな顔なのに眉間のシワ、取れなくなったら大変…と、指先でその眉間に寄ったシワをグリグリしてやると、梅は最初はむぅっとしていたがやがて小さく吹き出した。

「ぎゆう、あんたって本当に変な子。
あたしにそんなことする子は初めてよ。
でも許す。
あんたはこの世であたしの次、2番めに綺麗な子で、あたしの友達だから」

そういう姿は愛らしくて、鬼でさえなければ本当に友達になれそうな気がする。
少なくとも彼女が義勇に向ける感情は、捕食する者とされる者ではなく、本当の善意、友情だ。
その方法がかなり間違っていたとしても…。

それでも義勇にとっての一番は比べようもなく錆兎なので、錆兎の元へ帰るのだという一点については梅がどれだけ優しくしてくれようと断固として譲れない。

そう、譲れないのである。





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