今日の夕飯は義勇が大好きな鮭大根のはずだった。
錆兎は鮭を買いに魚屋へ。
義勇は大根を買いに八百屋へ。
そうして先に家に帰り着いた錆兎は大根を下茹でするのに米の研ぎ汁を用意して義勇の帰宅を待っていたわけなのだが…そこに胡蝶姉妹が尋ねてきた。
……どこかで見たようなとてもとても愛らしい少女を連れて……そしてカナエが土下座…
…ああ、またなのか…と、錆兎は頭を抱えたくなった。
「さびと、さびとっ、ほら、女になった」
と、そんな深刻な空気もどこへやら、おそらくしのぶあたりのお下がりなのだろう、可愛らしい蝶の模様の着物を着せられた義勇がふわりふわりと錆兎に駆け寄る。
「…年齢…も、若返っているな」
最終選別に向かった頃の真菰かそれよりいくらか大きいくらいだろうか…とすると、14,5歳というところか…と、検討をつけて言うと、義勇はうんうんと楽しげに微笑んで頷いた。
「お前は…何がそんなに楽しいんだ?」
と、そこで錆兎は呆れた視線を義勇に送る。
すると義勇はにっこり
「たぶんこれは14,5くらいの年齢だと思うんだが、同年代でもカッコよかったが、この年で見る大人の錆兎はさらにカッコいいなと…」
義勇…お前…何か間違っているぞ…嬉しいけど何かが間違っている…
と、錆兎はシワのよった眉間に手をあててうつむいた。
しかし呆れてばかりも居られない事実が義勇の口からこぼれ出る。
「このまま鬼が倒されずにいたら…子の1人や2人や3人や10人くらい産めるのか。
10人の錆兎のいる世界…素晴らしいな…」
うっとりという義勇。
いやいや、お前、俺が俺自身の子を産むわけではない以上、お前の遺伝子も入ってるからな?
たとえ死ぬほど頑張って10人生んだところで、俺に瓜二つの子がどれだけいるか…じゃなくてっ!!!!
「ちょっと待てっ!!鬼は倒したんじゃないのかっ?!!」
そう、そこだっ!!
てっきり鬼を倒したあと、戻るまでの2,3日をこの状態でというやつかと思えば違うのか?と、カナエに視線を向けるが土下座して地面に額を押し付けたまま。
しかたなしにしのぶに視線を向けると、こちらもうつむいたままモジモジと…
──えっと…義勇さんの状態にあまりに驚いて固まってたら…逃げられて…しまって…
と、おそるおそる告げてくる。
「それを早く言えっ!!どこで聞いた鬼情報だ?!」
と、錆兎は刀をひっつかんでしのぶから知っている情報を引き出すと、玄関口に走っていく。
そしてその後ろからかかる義勇の
──さびと~、俺の鮭大根は?
の声には
──胡蝶姉妹に作ってもらえっ!俺は鬼を倒しに行ってくるっ!!
と、答えて飛び出していった。
「……行ってしまったな…」
せっかく綺麗な着物も着たのに…とうなだれる、実年齢21才男、現在推定年齢15才の美少女。
錆兎が行ってしまったので、カナエもそろそろと身を起こした。
しかし開口一番の言葉が
「しのぶちゃん…鮭大根ってどうやって作ればいいのかしら?」
で、自分が招いた災いの結果だとはわかっていても、どこかずれた発想の2人にしのぶは頭を抱えた。
「…私が作るから…。姉さんと義勇さんは甘味でも食べに行ってて。
料理ができない人間にうろちょろされると気が散るし…」
と言えば、
「まあ、そう?じゃあぎゆうちゃん行きましょうか。
せっかく可愛いお着物着たんだし」
と、ふわふわと微笑むカナエに、やっぱりほわほわとした笑みを浮かべて頷く義勇。
──甘味、甘味~、あんみつ、団子に、くずきり、おはぎ~っ
と、さきほどの涙の土下座はどこへやら、嬉しそうに楽しそうに歌う姉の後ろ姿を見送って、しのぶは大きくため息をついた。
──花柱、頭の中は、花畑── 詠み人 胡蝶しのぶ。
今この瞬間、鬼を追っている錆兎のことははしゃぐ2人の脳内にはきっとかけらもないのだろう。
いや、自分のせいだから言えた義理ではないのだが…と、しのぶは肩を落としながら包丁を握る。
…兄さん…ちゃんと米の研ぎ汁まで用意してある…
と、大根を切って皮を向きながらしのぶは感心した。
姉は両親亡きあと頑張ってしのぶを守ろうとはしてくれて、家事もそれなりにやってはいたが、鬼殺隊として働いていて時間が不規則で突発的な任務も多かったので、料理はずっとしのぶがやっていて、姉はからっきしだった。
別に自分で作っても、作るのが面倒で料理屋で食べてもいいのだが、それでもたまに…たまにでいいから家で家族が作ってくれた手料理が食べたい。
両親が居た頃のように……
それはしのぶがずっと抱えている思いで、でも一生懸命自分の保護者をしてきてくれた姉の事を思うと、申し訳なくて言えない望みだった。
だから……兄さんのところなら…叶えられるのかも…なんて、思う時点で未熟でした…。
一度で良いから…親の子どもに戻って甘えたいなんて、柱としてまだまだですね…。
コツンと自分に自分でげんこつを落として、しのぶは大根の下茹でをしつつ、すでに綺麗にさばいて下ごしらえをしてある鮭を確認。
その手際の良さに感心しながら、鼻歌交じりに副菜を作り始めた。
そして…後悔する。
ほわふわ二人を二人きりで出かけさせたことを……
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