そう、別世界から来た義勇が情報収集要員として連行されなければ…。
事の起こりは、鬼の匂いのする遊郭に潜入していた宇髄の3人の嫁からの連絡が途絶えたことである。
3人が3人とも急にということで、あからさまに怪しい。何かあったに違いない。
だから新たに誰かを潜入させようとなった。
場所が場所ということで本来は女性が良いのだが、嫁入り前の女性の柱2人のどちらかというのはやはり気が引ける。
そういうわけで白羽の矢が立ったのが、別世界から来たという冨岡義勇だった。
自分と背丈もそう変わらず無表情で無愛想で口数の少ないこちらの世界の冨岡と違って、不死川が預かる事になった義勇は随分と小さく表情も豊かで可愛らしい。
それでいて一度戦いとなれば前に出る不死川を上手に補佐しながらも、いつのまにやら後ろですぽ~んすぽ~んと鬼の首を刎ねている。
実によく出来た隊士なのだ。
正直、義勇を預かってもうだいぶ経つが、不死川はこのおっとりとした天然ドジっ子を猫可愛がりしていると言っていい。
義勇の面倒をみていると、長男として生まれ育って弟妹を可愛がって面倒を見ていた幸せな時代の事を思い出して温かい気分になる。
そんな義勇を花魁として遊郭に潜入させろと言われて、はいどうぞと言えるはずもない。
『こいつぁ俺の末の弟みてぇなもんだァ!花魁にするとか冗談じゃねえぞォ!』
と主張したなら、
『そんじゃぁお前が連絡係の太客役やればいいじゃねえか!』
と、宇髄の口先八丁に乗せられて、義勇に客を取らせないために宇髄と交代でマメに通う太客役をすることに。
そこまではまあまだマシだった。
問題はその事件の黒幕が十二鬼月の上弦だったことである。
下弦までならまだ突発的にでも対処できる。
しかし相手が上弦ともなれば、柱とて命を落とす。
実際、この百数十年、柱の殉死はすべて上弦の鬼によるものだ。
逆に少なくともそのくらいの期間、柱の方で上弦を倒せた実績はない。
そんなこんなで発覚してなし崩し的に戦闘になったものの、押されるばかりだ。
これは無理かもしれない…と思った瞬間、不死川は義勇には撤退を指示した。
別に倒すことを諦めるわけではないし、不死川は死ぬまで戦う覚悟はあるが、この義勇は駄目だ。
本来いた世界に…幼馴染だか相方だか保護者だかの元に無事返してやらねばならない。
自分だって玄弥や他の弟妹たちが同じようになったなら、勝てる戦いなら協力させても仕方ないとは思うが、勝てない可能性が限りなく高い戦いなら、巻き込まないでやってくれと思う。
必死に探して迎えに来たらそんなことで死んでいたとしたら、気が狂うだろう。
しかし宇髄はそれを潔しとせず、一緒に戦わせろと主張した。
仮にではあっても義勇は今はこちらの世界で鬼殺隊に所属しているのだからと。
そんなこんなんで敵が2体に分離するというのもあって1人ではとても撤退させるタイミングを図れないうちに、敵の毒に宇髄がやられた。
不死川はどうやら同時に首を刎ねていないと死なないらしいこの上弦の弱い妹の方の首はなんとか刎ねたのだが、強い兄の妓夫太郎の方がほぼ無傷で義勇に迫っている。
防御に特化した義勇は受け流すだけは受け流せてはいるが、本人の申告通り、一定の強さ以上の鬼の場合は相方が攻撃部分を受け持っていたらしく、首を斬るどころか怪我を負わせる事すら出来ないでいる。
自分が行ってやらねば…と、不死川は思う。
自分もすでにボロボロで、行って倒せるわけではないが、なんとか義勇を撤退させてやらねばならない。
義勇は義勇を心配する保護者の元に絶対に返してやらねばならないのだ。
妓夫太郎の攻撃を何度も受けているうちに、義勇の体力もどんどん減って、尽きかけているようだ。
「…さ…びと……錆兎おぉぉーーー!!!!」
と、泣きながら呼ぶのは、恋しい相方の名前。
急いでそちらに戻っているものの、間に合いそうにない。
ごめん、ごめんなァ、本当に悪ィ
不死川の方も泣きそうな気分だった。
妓夫太郎の紅い鎌が疲弊した義勇に振り上げられる。
間に合わないと思いつつも不死川が必死に走ったその時…夜空がまるで裂けるように光った。
──壱ノ型 水面斬り!!
プシャアッ!!と夜の闇に光る波しぶき。
まるで岩を削り取る荒波のような力強さのそれが、義勇と自分に注意が向けられていてそちらには無警戒だった妓夫太郎の首をぽお~ん!と刎ね飛ばした。
正直ここまで力強く見事な水の呼吸の型は見たことがなかった。
おそらくこちらの世界の冨岡のそれと比べても数段上に見える。
相手が全くの無警戒で多少は戦いで疲弊していたとはいっても、仮にも上弦の首を一撃で斬り落とすのには正直震撼を覚えた。
──迎えが遅くなってすまなかった。帰るぞ、義勇
と義勇に手を差し出し、それに駆け寄っていってその腕に収まる義勇の様子に、そいつが義勇が毎晩のようにその側に帰りたいと泣いていた錆兎なんだなと不死川は悟った。
圧倒的な力強さと存在感。
なるほど、これだけの漢が側にいれば、義勇も自分で神経を尖らせる必要もなく、あんなふうにぽわぽわした性格のまま育つのだろう。
迎えが遅い、このまま死ぬかと思ったなどとぽこぽこ訴えている義勇に、悪かった、間に合って良かったなどと、そんな義勇が可愛くてしかたがない様子で受け答える錆兎を遠目に、不死川はなんとか義勇を返すべき相手に返せた事を悟ってホッとした。
「迎えが来てくれたみたいだなァ。
だから言っただろォ、絶対に探すのを諦められたりしねえってよォ」
と、そちらに行ってそう言うと、錆兎の腕の中で涙目の義勇がうんうんと頷く。
錆兎の方はと言うと、やはり別世界にも自分がいて親しく見知っているのだろう。
「なんだかわからないが、この世界では実弥の世話になっていたのか」
と、不死川をみて目を丸くしている。
それにうんうんと頷きながら義勇が
「ずっと錆兎がちゃんと迎えに来てくれるから大丈夫だって言ってくれて、食事の世話とか色々してくれてた」
と言うのに、そうか…と優しい目で応えると、錆兎は
「義勇が本当に世話になった。礼を言う」
と、不死川に向かって頭をさげた。
いやいや、礼を言うのはこちらだろうと思う。
確かに義勇の衣食住の面倒を数ヶ月にわたって見ていたとはいえ、おかげで下手をすると百年単位で殺される事はあっても倒せることのなかった上弦を倒せたのだ。
ついでにどうやってなのかは謎だが、鬼の毒が回りきって死にかけていた宇髄から毒を中和させるなんて芸当もしてくれる。
「…義勇が世話になった礼としてはまだまだ足りんが、すまんな、そろそろ戻らないと俺の体力が限界だ」
と、そう言って、義勇の相方だという謎の男はまた時空の裂け目のようなところから、義勇を連れて自分達の世界とやらに戻っていった。
──錆兎っ!!
その姿が消える寸前、後ろから声が降ってきた。
「ぁあ?冨岡ァ?なにしてやがんだァ?」
と言う不死川の言葉をガン無視で、いつもの無表情はどこへやら冨岡は
「錆兎っ!!行くなっ!!行かないでくれっ!!!」
と、時空に向かって泣き叫んでいる。
どうやらこちらの冨岡は、敵が上弦とわかって助勢に送られてきて、自分の世界に戻る錆兎の姿をかすかに目にして涙腺が決壊したらしい。
その顔は毎晩錆兎を恋しがって泣いていた義勇の顔と当たり前だが瓜二つだ。
なるほどなァ…アレを亡くしてこうなっちまったかァ、義勇……
本当に辛く心細かったのだろう。
そう思うと感情を殺してとにかく生きてきたのであろう冨岡が少しだけ可愛く見えてきた。
義勇に比べたら可愛げなんてほぼないに等しい冨岡のことではあるし、本当に少しだけではあるが……まあ、たまに団子の1つでも奢ってやっても良いというくらいには。
自分もたぶん手塩にかけて育てた妹を嫁に出した時くらいには、安堵をしながらも寂しさを感じている気がしている気がするので、ちょうど良いだろう。
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