だから・現在人生やり直し中_疲弊する男

今回の錆兎の任務は厳しいものだった。

ただ鬼を倒すだけではない。
無関係の人間が多く招待されているとある園遊会で鬼の正体を探し出し、他に被害が出ないように倒すというもの。

しかも入手できた招待状が一枚きりだったので、潜入できるのは一人きりだ。



本来ならばこの手の潜入任務は宇髄向きなのだが、今回は少しばかり事情が違った。

招待されているのが身分のある人間ばかりなので、絶対に一人の犠牲者も出してはならない。
無関係の客には小指の先ほどの怪我も負わせるな…となると、宇髄でも厳しい。

というわけで、面倒で難しい事はこちらに…とばかりに錆兎の所へお鉢が回ってきた。

一人では無理だと散々言ったのだが、お前は古参だろう?の一言で却下される。
仕方無しに…それでもなんとかこなしてしまうので、おそらく次も無茶な任務を回されるのはもはや決定事項と言っていい。

その事に気づいたとて拒否権はなく、任務を放棄することもできないので、どうすることもできないのだが……



そんな錆兎が疲れ切って、今日は義勇の好きな鮭大根でも作ってやって、それを美味そうに食べる義勇の可愛い笑顔に癒やされよう…などと思いつつ水柱屋敷に戻ると、何故か玄関先に勢揃いしていた音風炎蟲の4柱が、いきなり揃って土下座してきた。

「おい…悪いが俺は疲れている。
とりあえず何かやらかしたというなら、中で休みつつ聞くということで構わないか?」

いつもはきちんと本部に足を運ぶ報告すら、許可を得て鎹鴉に持たせようと思うほどにはクタクタだったのだ。

やめて欲しい事をやらかされるなんていうのも慣れっこだったし、今日は怒るのももう面倒くさい。
対処が必要なものならまた明日にでも…と、そんな気分で錆兎が言うと、その場でしのぶがわぁっと号泣した。

え?とそれで錆兎もようやく事態が思ったよりも大変なことらしいと察して、宇髄に視線を向ける。

すると宇髄は珍しく額に汗をかきながら、
「胡蝶は責めてくれるなよ?
悪いのはまず鬼だが、その他に責があるとしたら、現場に到着が遅れた上に鬼を逃した俺だけだ」
と、青ざめた顔で言った。

それでなんとなく察した錆兎はその場で倒れそうになって、しかし必死に足に力を入れてこらえる。

そして
「…義勇に…何かあったのか?」
と、問えば案の定だった。

下弦の壱と遭遇した隊士の助勢の命が柱に下り駆けつけたは良いが、最初にたどり着いたのが義勇と胡蝶。
そして、胡蝶をかばった義勇が血鬼術をまともに食らって、現在花屋敷で意識不明だという。

その後宇髄、不死川、煉獄がほぼ同時にたどり着いたため、鬼は撤退。
もちろん追ったが逃げられたとのことだ。

もうそこまで聞いたらここにこうしていても仕方がない。
錆兎は4人を放置で花屋敷へと向かった。


そして…ここにも土下座組が1人……

「このたびは妹のしのぶが申し訳有りません!」

入るなりいきなり土下座。
なんだか頭が痛くなった。

「土下座はお前で5人目だが…正直それで事態が好転するわけではないだろう?
状況を聞かせてくれ。
意識が戻らない、それ以外に何か異常はあるのか?」

そういう錆兎におそるおそる顔をあげるカナエの頭を錆兎はくしゃりと撫でた。

「しのぶは俺にとっても妹みたいなやつだから、そういう意味ではお前が姉だからと責任を感じることはない。
義勇が生きて呼吸をしている限りは俺が絶対になんとかするから、なるべく多くの情報をくれ」

ホッとした顔をするカナエに内心ため息の錆兎。

柱仲間も後輩達も皆等しく好ましいと思ってはいる。
だからこそこうやって嘘をつくことだけが巧みになっていくことに、若干の疲れを感じえない。

最近はたいていのことは淡々と受け入れることで、さすがいつでも冷静沈着な…と思われているようだが、正直冷静でもなければ他を労るために相手を責めないわけでもないのだ。

単にそれによって物事がややこしくなる…責めた事に対して落ち込む相手を立ち直らせてやる手間をかける余裕がないなど、色々と。

いつものことではあるのに、今回ことさら自分が余分な負担を負うのを避けるための方便的なやりとりにひどく嫌悪感を感じるのは、おそらく今自分が疲れすぎているのに、ここにそれを癒やす義勇がいないからだろう。

早く…なんとしてでも早く取り戻さなくては…と、そんな事を思いつつ、錆兎はカナエに案内されて義勇が眠る部屋へと足を踏み入れた。



「他に同じ血鬼術にかかった隊士達の話をまとめると、血鬼術自体は幸せだった過去の夢を見せるだけのもののはずで、義勇さん以外は普通に揺り起こしただけで起きたんですが…」

「義勇だけが起きない…か…」
「はい…」

見たところ呼吸が荒いとかもなく、心拍は正常。
1人だけ目が覚めないというのは多くの攻撃をくらい過ぎたためか、あるいは……

ともあれ様子を見るにしても発見されてもう丸一日経っているということだし、あまりに意識不明が続けば身体が自然と弱っていく。

決着は早くつけなければならないだろう。

「胡蝶、悪いが砂糖をもらえるか?」
「はい?砂糖…というと、普通の白砂糖ですか?」
「糖分がとれれば白砂糖でも黒砂糖でもはちみつでも何でも良い。
手っ取り早くエネルギーになるものが欲しいだけだ」
「あの…錆兎さん……」
「早急に頼む」

錆兎が何をしようとしているかを当然のように悟って躊躇するカナエを少し急かせる。
自分だって今の疲労困憊の状態でやりたくはないが、義勇がもし夢の中で迷子になっているのであれば、早く迎えに行ってやらねばならない。

錆兎にしかできないこと…というのもあるが、他にできたとしても迷った義勇の手を取るのはいつでも自分でありたいと錆兎は思っていた。
ましてや代わりがいない今、やらないという選択肢はない。

それでも途中で燃料切れを起こしては本末転倒なので、先にエネルギー補給。


──普通の砂糖よりこちらの方が口当たりがよろしいかと思いまして…

と、カナエが出してくれたのは和三盆での干菓子。

さすがにそのあたりの気遣いが女性らしく細やかだ。
ほんのりと薄桃色に染められた花の形のそれを口に含むとすぅっと舌の上でとけていく。
どこか気が休まるようなまろやかな甘さである。


「それじゃあ集中したいから、少し2人だけにしてもらえるか?」
と、干菓子を5、6個も口に放り込んだあと、錆兎は大きく深呼吸してカナエに言う。

「はい…では何かありましたら呼び鈴を鳴らして下さいね」
と、カナエは名残惜しそうにしながらも、そう言って部屋を出ていった。


さあ…始めるか……

錆兎は自分の額を義勇の額に押し付けると、軽く目をつむって全神経を集中させた。

気配を探ってみても暗い…夢を見てはいないようだ…
となると…義勇の意識は一体どこに…?

幼い頃からずっと二人で寄り添ってきた相棒で互いにすべてを委ねている恋人というのもあって、意識がなくても無条件に受け入れてくれるから探れるが、逆にすんなりと受け入れられすぎて、あまり遡ると今度は自分が戻れなくなる。

だから注意深く少しずつ錆兎は時間をさかのぼっていく。

少しずつ…少しずつ…そうしてとある一点で、本来ならありえない分岐がみつかった。

──ああ…これか…。

夢のようで夢ではない、どこか時空が歪んだようなそれに落ち込んで返ってこれなくなったのだろう。

錆兎は準備なくそれに落ちないように気をつけながら、しっかりと現実に戻る糸を結びつけて、用心深く、しかし急いでその分岐の先へと足を踏み入れた。


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