「冨岡さん?大丈夫ですか?どこか痛いとか苦しいとかありますか?」
と、不死川と胡蝶が左右から顔を覗き込んでくるが、辛すぎて首を振ることしかできない。
「おい、ちゃんと呼吸しろォ?!息吸っとけよォ?」
と、焦る不死川を押しのけるように、宇髄の大きな手が口を塞いだ。
「逆だ。過呼吸だ。息を吐け。
それからゆっくり深呼吸な。
そうだ…吸って…吐いて…吸って…吐いて…」
そうやって呼吸のタイミングを誘導するさまは、今生で初めて宇髄と会った時と同じ。
変わらない。
あの時は初任務で錆兎が義勇をかばって大怪我をして入院中だったんだ…
そんな事を思い出すと、また泣きそうになるが、そこで
──お館さまのお成りです!
というお館様のお子様の声が響いて、義勇はハッとした。
義勇を含めて全員がお館様に向かって膝を付く。
もうこれはどんな状況でも前世と現世で随分と長くやってきたせいで、体が習慣化している。
それと同時に、お館様ならこの状況をなんとかしてくれるのでは…という期待と安堵があったのも事実だ。
自分はなんとしても元の世界に戻らなければならない。
いや、最悪は元の世界でなくても構わない。
錆兎が一緒にいてくれる世界ならどこだって…
「おや…?今日は一人多いのかな?」
と、気配で感じられたのか、お館様の言葉に、挨拶の口上を述べた不死川が義勇が現れた状況を説明し、次いで、義勇が信じてはもらえないかも…と思いつつ、今、自身がここに飛ばされた時の状況を説明する。
「なるほど。大変だったね、義勇」
とそれでも義勇の話をすべて信じてくれたらしいお館様がそう労ってくださる。
その上でどうするべきか、どうしたいのかを問われたので、自分は元の世界に戻りたいのだと当たり前に答えると、少し考え込まれた。
「血鬼術で今の状態になっているとすれば…おそらく向こうの世界でその鬼を倒してもらうなりしないとこちらでどうこうすることはできなさそうだね…。
私の方でそれまでの身元と衣食住を保証しよう。
それで…君も仮隊員扱いで任務についてもらっていいだろうか?
別世界とはいえ、義勇と同一人物で水柱をしていたのだとすると、戦力になってもらえれば私達も助かるのだけど…」
と、その後にされた提案は、こんな怪しい人間に対するものとしては格別のはからいだと思う。
思うのだが……
「おそれながら…」
と、頭は垂れたまま、義勇は言う。
「うん?」
「さきほども申し上げました通り、水柱と言ってもこちらの世界とは違い、もう一人の同門の兄弟弟子の補佐的な役割をになっておりましたので、1人で柱並みの働きができるかと言うと、情けない話ではありますが、かなり心もとないと思います」
通常の鬼、あるいは普通の異能くらいまでは問題ないかもしれないが、十二鬼月まで行くとあるいは遅れを取る可能性がある。
実際、今回、血鬼術を食らった相手は下弦だった。
逆なら…飛ばされたのが錆兎なら、こちらの世界でも柱の中心となって働けたのかもしれないが…と思ったが、考えてみれば錆兎なら下弦ごときに血鬼術を食らって、こんな風に飛ばされることもなかっただろう…
そう思うとため息しか出ない。
「ああ、…じゃあね、こうしよう。
実弥、彼が慣れるまで生活面を含めて面倒を見てあげてくれるかな?
任務もなるべく一緒にするように手配するから」
「はァ??」
「ありがとう。実弥は本当に面倒見の良い子だね」
「は、はあ…」
こういうのを有無を言わせないというのだな…と、その場にいた全員が思った。
不死川実弥は傍若無人な俺様に見えて、実は柱一押しに弱い長男だった。
なんで俺が?と思い切り顔にかいてあるが、気づけば仰せつかっている。
しかも、得体がしれない大嫌いな男と同じような顔なのに、
──実弥…迷惑をかけてすまない。よろしく頼む…
と、涙の残る顔で弟オーラいっぱいに言う義勇を見れば湧き上がる長男気質。
「お、お館様の直々の命だからなっ!仕事だ、仕事!
迷惑とか馬鹿な事言ってんなァ!ぶっ飛ばすぞォ」
と、こちらにも言葉は乱暴ながら、許容の言葉をかけてしまう。
現在自分の唯一の可愛い弟のことを可愛がってやることができない分、実は長男を発揮する場所に飢えていたとも言う。
こうして義勇の身辺について色々と語られているうちに、
「ということでね、みんなもこちらの義勇については色々と不便もあると思うし、気にかけて上げて欲しい。
禰豆子に関しては大丈夫。
2年間人を襲っていないという実績もあるし、元水柱の鱗滝左近次から、自分とこちらの義勇が責任をもつし、それでも何かあるなら炭治郎と3人で腹を斬る覚悟があるというからね。
炭治郎は怪我をしているからしのぶ、蝶屋敷で手当を頼むね」
「…かしこまりました」
「あの、お館様…」
「あぁ、杏寿郎、実弥の都合がつかない時は、君にも義勇の面倒をお願いしたいと思っている。
ずっとしっかりした相棒がついていた子だからね。
心細いとも思うし、こちらの世界では頼れる先輩として支えて上げて欲しい」
「はいっ!」
(…あ…見事に話をそらされてやんの……)
炭治郎と禰豆子に対して異議を申し立てようと口を開いたはずの煉獄は、異世界から迷い込んできた義勇を先輩として頼らせてやってほしいなどと言われて、こちらも長男気質が勝って何を言おうと思っていたのかをすっかり忘れて、目前のことにうなずいている。
宇髄はそれに気づきつつも、まあ元柱が保証するなら、地味な面倒事は任せておけばいい、何か事が起こってから派手に首を刎ねるなりなんなりするかぁ…と、この件については手を引こうと心のなかで割り切りを決めた。
そして…最後の反対者の伊黒の注意は、不死川のように義勇を餌付けしてみたくてうずうずしている甘露寺に向かっている。
こんな風にこの世界では知らぬ間に、炭治郎と禰豆子の進退問題は回避されたのだった。
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