――やだじゃない。そんなに締め付けたら苦しいのは自分だぞ?少し緩めろ
――やっ!やだっ!ホントにやだっ!!
室内から聞こえる若干乱れた錆兎の声と義勇の苦しそうな涙声。
(…これ…今入ったら絶対にまずいやつ?)
最終稽古前、なかなか来ない義勇を呼びに行った錆兎まで戻ってこないということで、座長に言われて二人を呼びに来た善逸は室内から漏れる何やら怪しい声に、義勇の控室のドアノブにかけた手を止め、そのまま硬直していた。
そもそもが任務で初めて一緒になった鬼殺隊の女性隊士達のあこがれの的、美形二人組の水の対柱は善逸からみるともう距離感がおかしかった。
なにしろ近い。距離が近い。
なんでこの人達普通に手を繋いでるの?と、まずそこに驚いて、錆兎の方が言葉での説明でも荷物でも、なんでも義勇の分までやってやるのに、また驚く。
道中、夜道を移動した時に多数の鬼に襲われた時にはさすがに互いに手を離して、しかしまるで示し合わせたように互いの技が片割れとかぶらないように繰り出された見事な技の競演で瞬時に殲滅して、また手をつなぐ。
でも二人と親しいらしい二人の同期の村田は何も違和感を覚えることなく二人と接しているし、
「あの二人、なんだか距離近すぎない?」
と炭治郎に言っても、
「なんだ、善逸さびしいのか?なら俺と手を繋ぐか?」
と、明後日の方向の返事が返ってくるし、それを聞いた伊之助が
「なら俺が繋いでやってもいいぞ!
俺は近々あにきに追いつき追い越す男だからなっ!」
と、またおかしな張り合い方をする。
ちなみに…このあにきというのは錆兎のことらしい。
下弦の陸と対峙することになった任務で、蜘蛛の父親役の鬼に殺られそうになった時に、助けられたらしいのだが、この時、鬼を倒したお前を倒せば俺が一番強いとやらかしたら、怪我人は黙ってろと有無を言わさず縛り上げられ、
「やる気があるのは結構だが、俺とお前ではまだ力の差がありすぎる。
だが、気落ちすることはない。
俺は13の年からすでに8年この仕事についている先駆者だ。
お前が男として精進をかさね続ければ、いずれ追いつく時もくる」
と、言われて、
「せんくしゃってなんだ?」
「ああ、先になにかに触れて経験しているものだ。
先輩でも兄でも何でも良いが、後輩や弟など、あとにそれを経験しても努力を続ければいずれ追い越すこともままあるだろう?」
などというやりとりの後に、
「じゃあ俺はいずれあにきを追い越す弟ということにしてやってもいい」
と、何故か上から目線で言い放ったらしい。
それ以来、何故か錆兎をあにきと呼び、義勇を連れと呼ぶ。
ということで、あにきがやることを模倣することが追い越す早道と思っているらしく、それ以来やたらと錆兎の真似をしたがる結果の申し出なわけだが、別に善逸にしたら手を繋いで欲しくての発言では当然ないため、それは丁重に遠慮した。
と、現地へ向かう道々ですらそんな感じだったのが、ついたらついたで愛し合っている仲を裂かれた許嫁同士の役で、ますます距離が近くなる。
と、まあそんなふうだったので、善逸の脳内は色々と艶めかしい想像でいっぱいになった。
たとえそれが、舞台稽古が始まるから二人を呼んでくるようにとの座長からのお達しであったとしても、万が一にでも今室内で大人な愛情表現が行われている最中で義勇のあられもない姿など目にしてしまったら、本気で錆兎になぶり殺される気がする。
かと言って呼んでくるように命じられた以上、自分がここに来たのはいずれはバレる。
何故声をかけなかったのだという話になったら……
(どっちにしても俺、絶体絶命?!)
と、どうも最近いつも貧乏くじを引かされている自分の身を嘆いていたが、そこに救世主が現れた。
「善逸、何してんだよ?さっさと呼んで連れてくぞ」
と、義勇を呼びに行ったまま戻ってこない錆兎をさらに呼びに行って戻ってこない善逸をさらに呼びに来た村田の声に、善逸は心底安堵した。
ちょうどいい。
噂によると水の対柱と親しく、彼らの公認補佐に任命されているらしいこの男に全てを投げてしまえ。
そんな事を思いつつ、
「いや…なんというか…今入ったら俺明日の舞台が踏めなくなる気がするんですけど?」
と困ったように視線を向けると、ドアの向こうからは相変わらず
『だから…締め付けすぎだっ!少し緩めろ』
『無理っ…絶対にやだっ……』
『それじゃあ義勇が痛いだろう?俺が良いようにしてやるから』
『あっ…あっ…やだっ…錆兎…やだあぁぁ!!』
と妄想を掻き立てられる攻防がさらに聞こえてくる。
しかし村田は動じない。
「もうっ。みんな待ってるんだよ~。早く呼ぶぞ。
義勇、入るよ」
慌てて説明しようとする善逸の言葉も、室内から漏れてくる声も気にならないらしい。
カチャリと返事を待たずに開けたドア。
「善逸も着替えを手伝えっ!」
そこで逃げようとする善逸の腕をガシっと掴んで、村田は平然と室内へと足を踏み入れた。
「お前らさ、時間ちゃんと見ろよ!」
と、いきなり柱に向かって言う村田に青くなる善逸。
しかし言われた錆兎の方は
「すまん。丁度いい、手伝ってくれ。
義勇がさらしをぎちぎちにきつく巻くから。
これでは血が止まる」
と言われてようやくなんだか色っぽい様子で着物を羽織る義勇のいる前方に目を向ける事ができた善逸は、なるほど、と、肩をなでおろした。
「でもっ!以前に甘露寺が、着物を着る時は胸元にかなりきつくサラシを巻くと言っていた」
「前回、女装をした時はそんなことしなかった!!」
「前回は別に鬼の目から女に見えればいいだけだったが、今回は舞台で錆兎の横に立つんだぞ!!
美しく見えるように最善を尽くすべきだろう!」
…正直…義勇がこんなに話しているのを初めてみたかもしれない…。
それが女装論というのが頂けないが……
二人から訴えられた村田がぽか~んとしている中、善逸は落ちた腰紐を拾いつつ
「失礼しますよ」
と、2人に近づいていく。
「あの…ですね。
たぶんその人、腰はすごく細くて、胸がすごく大きい若い女性じゃないですか?
着物って凹凸がないほうが綺麗に着れるし着崩れないから、たいていは腹のほうに布を足したりするんですけど、それでも気崩れちゃうくらいの巨乳だからかも」
と、言いつつ、有無を言わさず、これ要らないです、と、義勇のサラシを取っていく。
「義勇さん、別にこぼれる胸もないんだからサラシいりません。
わりと細身だし、女性のような凹凸がないので、別に十分綺麗に着れますよ。
ちょっと時間もないし着付けますね」
と、元来器用な善逸は見様見真似で覚えたように、チャチャッと着物を着付けていった。
おお~~!!!と、感心する他3名。
「明日の本番はちゃんとした着付けが出来る隠が来て着付けてくれるらしいけど、今日は練習だし、とりあえずこれで」
と、満足の行く出来になり離れると、
「すごいな!お前天才かっ!」
と、先輩隊士のみならず、何故かすごい人のはずの柱にまで感動されたのは良い思い出と言えるのかは微妙なところだが……
こうして稽古場に急ぐ対柱を追いながら、村田に
「あいつらがなんだかああいう空気なのは本当に通常だから。
必要な時にはそれに割って入るのを躊躇しないでいいよ。
さっきみたいな時はどうしてもならノックして返事がなければ5分待ってみて。
それで反応なければ別に強引に入っても問題ない」
と、言われたのだが……今回のような誤解じゃなく、本当に問題…ある時があるんだろうか?
と、いうことは恐ろしくてきけない善逸だった。
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