と、善逸は泊まっている宿の広間で片割れを後ろから抱え込むようにして茶をすすりながら報告書に目を通している水柱の一人に視線を向けた。
もう舞台からは降りたわけで、別に誰が見ているわけでもない。
なのにあの距離の近さはなんなんだ?と、思う。
そんな善逸の気持ちを視線の向きで察したのだろう。
この対柱とは同期で彼ら関係の厄介事には何かと駆り出されるらしい先輩隊士は、
「ああ、あそこはアレが通常だから。
もう俺が初めてあいつらと出会った最終選別の時にはすでにああだったから。
気にしちゃ駄目。
気にしたら負けだぞ」
と、ため息をついた。
「え……でもあの距離っておかしくない?
俺も兄弟弟子って居たけど、あんなんじゃなかったよ」
「うん、だからね。
アレだから”対柱”なんだと思うよ?
あいつらはね、2人で2倍強くて、一人だと一人分とかじゃなくて、2人で10倍は強いけど、一人になったら人生終わる奴らだから。
錆兎は最終選別の時点で一人で山中の鬼を殲滅するわ、13歳の初任務で丙の先輩達も含む先輩隊士が全滅する中、自分が仕切ってた同じく初任務の癸ばかりの隊を全員無傷な状態で保った上で一人で十二鬼月の下弦を倒したわけなんだけどな。
義勇いないとすぐ死にかけるんだ、これが」
「げっ!!13で?!!
ちょっ…柱になる人ってやっぱ最初から違うの?!」
「ん~錆兎と義勇は史上最年少の柱だったから、柱皆がそうってわけじゃないよ」
「ふ~ん。そんな人でも義勇さんがいないと死にかけるってことは、義勇さん最強なの?」
と、善逸はちらりとまた対柱に視線を向けた。
錆兎の方は確かに見るからに強そうだ。
体格も良いし、なんだか強い人っぽい音がする。
だが、その錆兎の腕の中で彼にもたれかかってウトウトしている義勇の方は、少なくとも自分たちよりは強いだろうが、そこまで特出して強い感じはしない。
体格も細くて小さめで自分たちとそれほど違う感じはしないのだが…と、思っていると、この人は超能力者なんだろうか…村田がやっぱり善逸の考えている事を正確に読み取ったかのように笑った。
「ああ、うん。義勇は体格もそんなに良い方じゃないし、強いことは強いけど、他の柱みたいに化け物級ではないよ。
錆兎と居ることである程度は底上げされてはいるけど、普通の人間が一所懸命やれば到達できる程度だと思う。
たぶん一人だったら柱になってないし、仕切りとか出来るわけでもないし、それどころか無口すぎて錆兎がいないと意志の疎通にこまる事がしばしばあるくらいだよ」
偉いはずの柱にそんな事言っていいの?と、言いたい放題の村田に善逸は目を丸くするが、そこまで言ったあと、村田は、
「でもね、義勇がいないと最強のはずの錆兎があっさり死ぬんだよ」
と、続ける。
「錆兎は強いし、みんなを仕切って守ってくれるんだけどさ、強すぎて自分を守るって観念が欠片もないんだ。
剣技っていう意味でもお前じつは馬鹿だろってくらいに攻撃に偏ってて、防御に回す分が全く残ってないし、体力はあるんだけど助け求められると自分の体力の限界を超えて任務こなしちゃうからさ、過労死しかけて絶対安静申し渡されたりもする。
そんな錆兎の防御を担当したり、停止役になったりするのが義勇。
言うなれば錆兎の命綱ってやつだな。
攻撃の錆兎にとって防御を受け持つ義勇は必須。
義勇も義勇で錆兎がいないと日常生活困るレベルだし。
あいつらは一人じゃ生きていけない規模で特化した方向に振り切れてるから鬼殺隊最強なんだよ」
「なるほどねぇ…」
究極レベルの強さを得るには何かを犠牲にしなければならないと言うことか…
まあ犠牲と言うには目の前の対柱達はずいぶんと余裕そうで、人生2人で楽しそうではあるが…と善逸はため息をつく。
するとそのため息も聞きとがめたらしく、村田がさらに口を開いた。
「今でこそ柱も新旧交代したし色々落ち着いてきたけどね、俺らが最終選別受けた頃って今にして思えば上の方も柱の後継者が育たなくてバタバタしてた頃だったからね。
簡単なお試し任務だからって放り込まれた最初の任務に十二鬼月が混じってたとか、もうありえないことが平気で起こっててさ。
錆兎をもってしても死んで当たり前だったし、錆兎と義勇は自分たちもまだたった13歳の子どもなのに俺達を守るためにいつでも2人で寄り添って手ぇつないでさ、死ぬ覚悟して敵に向かって行ってたのを、俺はよく二人と班の間の連絡係してた関係で間近でみてきたんだ。
だからさ…今こうやって柱が出揃って、あいつらも大人って言える歳になってさ、少しだけ余裕みたいなのが出てきたことにホッとしてるし、できれば揃って生きて引退して、2人で育て手にでもなってほしいって思ってるよ。
確かに柱になるような人間は普通よりも色々なモノをもって生まれてるんだろうけどさ、だからって平気なわけじゃないし、かかえるものも重いってことだよ」
俺はまあ平凡な一隊士だから、偉そうな事言えないけどさ…と苦笑する村田からは、すごく優しい音がする。
本当に彼らのことを思っているんだなと言う音が。
そんなふうに目の前の先輩にほわほわとしていると、少し離れたところで、
…錆兎……
と、まだ眠たげな義勇の声が聞こえて、それに呼ばれた対柱の片割れは
…ん……
と、当たり前に自らの湯呑を義勇の口元に持っていってやる。
コクコクとそれを飲み干してまたコテンと寝る義勇を善逸は凝視した。
そして隣に声をかける。
「…村田さん……」
「うん。あれは気にしちゃダメ」
「そうだけど…そうだけど、なんで名前呼んだだけでわかんの??
水の対柱って脳みそがつながってたりすんの?!」
「あ~…あれはなぁ…あんなんがしょっちゅうで俺も昔は不思議に思ったんだよな。
で、聞いた事がある」
「で?なんて?」
「声音が…違うらしいぞ?」
「へ??」
「何か具体的にして欲しい時と、なんとなく構って欲しい時と、何か注意を促したい時とで」
「わっかんねえよっ!!」
と、思わず突っ込むと、村田も苦笑して
「俺にもわからん。
正直、義勇があそこまで言葉足らずなのは、錆兎がそばで察しすぎたせいだと思ってる」
と言う。
「でも…錆兎は他の視線を意識して口に出すけど、義勇の方も錆兎の事は言わないでもわかってるとは思うよ」
「…そうなの?」
「うん。
だからさ、あいつら共闘する時に、互いに何も言葉も合図も出さずに、当たり前に相手が出す技に合わせた技を同じタイミングで出せたりするから。
ちょっとした呼吸とか表情とか…下手するとそんなの見なくても習慣で相手が考えそうなことわかってるみたいだ」
「なるほどねぇ…」
近すぎる気がする距離は、一応は意味のあるものではあるらしい。
本当に…うん、たぶん意味があるんだよな…と、村田の話で善逸は少しホッとした。
なにしろ今日の公演前日の最終稽古の時も善逸は対柱の距離感にとんでもない誤解をして、恥ずか死ぬところだったのだ。
本当に本当に、水の対柱は色々と紛らわしい。
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