と言う姫君に、
「お姫様は心配性だな。大丈夫!
道中はうちの国の屈強の兵を護衛につけるし、万が一国に何かあって帰って来れないなんて事があったら、俺自ら迎えに行くよ!」
と、炭治郎演じる若君が言う。
化粧で痣を隠してかつらを被っていても、その明るいキラキラした目は変わらない。
元々の優しく真っ直ぐな気性が表にでたような顔立ちの炭治郎は、そうやってそれなりの衣装をつけていれば、十分、良い家の若様に見えた。
まっすぐな目が眩しいとばかりに、化粧とかつら、それに美しい着物で絶世の美少女に早変わりした伊之助が、目を伏せる。
ここで場面が変わって、いったん暗転。
二人が急いで舞台袖へと下がった。
そこでかけられる
「よしっ!子ども時代組は完璧だなっ!!」
という座長の声に、炭治郎と伊之助が揃って緊張をといた。
そこで、
「か~!!やってられっかっ!!身体がムズムズするっ!!」
「あ、駄目だよ、伊之助!着物は着ていないと、最後に全員での挨拶があるから」
と、着物を脱ごうとする伊之助を炭治郎が慌てて止める。
そんなやりとりを横目で見ながら、善逸は伊之助と同様に女性ものの着物を身につけた己の姿にため息を付いた。
鬼殺隊が秘かに任務ように買った小さな旅の一座。
そこで標的が接触してくるように公演を行うため、このところ演劇の練習三昧だ。
内容自体はよくある悲恋ものだ。
人質として大国で過ごす姫君が、その国の若様と幼い恋に落ちる。
やがて人質の期間が終わり、互いに将来を誓いあって帰国することになるが、その後、国同士は決裂。
姫君が悲しみのうちに病に倒れた事を知った若君は、親の監視の目をくぐり抜けて姫君の元へ走るが、時すでに遅し。
あと一歩で間に合わず、まだ温かい姫君の遺体をいだきながら、自らもまた命を断つというものである。
なるべく自分たちに相手の目が向くように目立たねば仕方ないということで、少年少女の時分の主役を炭治郎と伊之助が、育ってからの二人を対柱が、そして二人をなんとか会わせようとする姫君の親友のお付きの娘を善逸が、若君の友人を村田隊士がそれぞれ演じることに…
「待って、なんで炭治郎だけ男役なの?!
それって絶対に女の子にモテるやつだよね?!!」
配役を伝えられた時、まず善逸はそこに突っ込んだ。
どうせ役者をやるのなら、少しでも女の子にモテたい!
それには当然男役だろう。
そう主張はしてみたものの、ほんのわずかばかりだが炭治郎より伸び遅れた身長を理由に座長から交換は却下される。
善逸以外は役に抵抗はないらしい。
他の女役も、伊之助はそもそもが気にするところは服を着るか着ないからしく、着なければならないなら何でも一緒、義勇は幼い頃には年の離れた姉に等身大の人形遊びとばかりに可愛らしい着物を着せて遊ばれていたので女物の着物を身につけることにも全く抵抗を見せなかった。
というか、すでに任務で女装経験もありだと言う。
となると、もう自分だけ抵抗を見せていても仕方ない、と、諦めて、善逸も実は全役柄中一番セリフの多い役ということで、それを覚えるのに没頭することになった。
こうして何度も練習を重ねて、とうとう初公演と相成った。
まずは子ども時代の若君と姫君が出会って、姫君が国に帰るまでの子ども時代。
愛らしくも初々しい演技に客席の反応も悪くはない。
なにしろ姫君役の伊之助は顔だけは超絶美少女だったりするので、それだけでも一見の価値アリだ。
そんな前半部を終えて、次は成長後へ。
さきほどの愛らしさと違って、こちらは華がある。
その整った顔立ちが幼い頃から大人気で、近場の戦闘には二人を見たくて駆けつける女性隊士が数多くいるという噂の水の対柱。
鬼殺隊ではまるで人気役者のような扱いの二人だけあって、本当に着飾って舞台に立てば、それだけで他には何も要らないほどには絵になっている。
若君が妻を娶るらしいという話を風の噂で聞き、絶対に迎えにくるから…という幼い頃の約束を、もう叶わない事を知りつつも思い出しては、
せめて愛しい人が他人のものになってしまう前に儚くなってしまえば、彼が約束を守りたくなくなったのではなく、守れなかったのだと思えるのに…
あの優しい日々が嘘になってしまうのはあまりに悲しい。
と、病の床で日に日に衰弱していく姫君を演じる水の対柱の片割れは、見ていて胸が痛くなるほどには儚く美しい。
同じ舞台に立っていても伏し目がちに長いまつげを涙で濡らす美しい姫君は、思わず駆け寄って抱きしめたくなるほど弱々しく頼りなげである。
もちろん…そんな事をした日には、舞台袖で控えている対柱の相方に容赦なく投げ飛ばされるのは目に見えているので、実際にそんなことをやりはしないが……
…というか、それ以前にこの人…この街に来る道々に出た鬼達を、自分達の数倍の速さで叩き斬ってたんだよな…と、そんなことを思い出すというのもあるのだが…
剣士として強いのもすごいが、それがひとたび必要となれば、こんな清楚で可憐そのものの姫君に化けられるというのも、なおすごい。
同じ任務につくのは初めてだが、柱という人種はなんでも完璧にこなすもんなんだな、と、善逸はそのことにとても感心した。
一方で若君を演じる片割れの方の男っぷりの良さはもう、舞台に出てきただけでも女性客が歓声をあげるほどである。
演技など出来ない…と、事務方にあれほど言っていたわりには、姫君の元へ急ぐ若君を演じる彼の顔は焦燥感に満ちていた。
演技とは思えないその表情に観客も息を呑む。
「花…ありがとう…。あなたがいてくれて幸せだった」
と、善逸演じる親友の花に、嘘ではない…しかし完全に本意ではないであろう言葉と共に泣きそうな顔で笑みを浮かべた姫がそのまま瞼を閉じたのとほぼ同時にバタンっ!!!と大きな音をたててドアが開く。
しかしその大きな音を聞くこともなく、ほんの一瞬の差で息を引き取った姫に、舞台の上の花のみならず、観客席からも泣き声があがった。
「ほんの1秒…ほんとにたった今……」
そう言って泣き崩れる花の言葉に、呆然と布団に目を向ける若君。
「…嘘だ……嘘だと…言ってくれ……」
独り言のようにつぶやきながら、茫然自失の態でふらふらと布団に近づき、すでに呼吸を止めた最愛の姫に手を伸ばし、息のない事を改めて確認した瞬間…
「うあああああ~~~!!!!!!!」
頭を抱えて絶叫すると、その場に崩れ落ちた。
「嫌だ、頼むっ!目を開けてくれっ!!!開けてくれえええーーーー!!!!」
気が狂ったように力を無くした姫の体をかき抱き、半狂乱で絶叫する若君。
頬をとめどもなく涙が伝い、形の良い唇が悲しみに震える。
目の前の現実を否定するように大きく頭を横に振るが、神は無情にも若君の悲しみを汲んで最愛の恋人をその手に返す事はなかった。
そんな風にしばらく泣き叫んだあと、対柱が演じる若君は、ふらりと姫の体を抱きかかえたまま立ち上がった。
遺体を抱いたままであったので、とどめようと思わず立ち上がりかける花に、若君は力なく
「頼む…見逃してくれ」
と、微笑むと、姫の遺体を抱いたまま、夜の闇へと消えていく。
姫の部屋からは悲劇の恋人達が去り、ただ善逸演じる花だけが残される。
そこで舞台は暗転した。
次に登場するのは姫の住む城から少し離れた森の中の小さな花畑。
幼い頃は幼馴染の花と一緒にそこで遊んだのだと、自国にいる時に姫君から聞いていた場所だ。
そこで若君は花を摘み、花かんむりと花の指輪…そして小さな花束を作った。
それで姫の遺体を飾る
悲しそうに…それでも口元に笑みを浮かべて静かに目を閉じている最愛の姫はやはり美しかった。
二度と会えない気がする…
帰国の日にそう言った恋人の言葉を何故自分はもっと重く捉えなかったのか…
何故あの日、国の形式など無視して手の内に留め、略式でもなんでも良いから式をあげて正式に関係を結んでしまわなかったのか…
もしくは自分の方が一緒についていってやればこんなことにはならなかったのではないだろうか…。
そうだ、離れなければ一人で心細く逝かせる事もなかったのだ…。
悔恨ばかりが脳裏を走ったような若君の独白がしばらく続いた。
「…すまなかった…。寂しいまま、不安なまま、辛いまま一人で逝かせてしまったな…。
約束…守れなくて……本当にすまん…。
でも誰が認めなくても俺は唯一のお前の夫で、お前は唯一俺の妻だ。
神様にだって離させたりできやしない。
生きるのも死ぬのも一緒だ。
すぐ追いつくからな…」
ボロボロと泣きながらも愛しい姫の遺体に優しく語り掛けると、若君は周りに火をつける。
小さな花畑に火はあっという間に燃え広がり、最期に初めて口付けを交わす二人の恋人達を包みこんだ。
観客席を息を呑む音、ため息などが漏れ、啜り泣く声が劇場内に響き渡る。
そうして盛大な拍手と共に舞台の幕がおりた。
「お…終わったかぁ…」
幕がおりても姫君役の義勇を抱きしめたまま、錆兎がホッとしたようにつぶやいた。
割れるような拍手を聞いている限りは舞台は成功といえるのではないだろうか…。
まあ、まずは初公演を成功させないことには、例の屋敷に目をつけられることもないので、ここで失敗とかはありえないのだが…
ともあれ大盛況に終わった初日。
街のあちこちで、主に若い女性たちから今回の公演の話が溢れているという。
まあその辺りは街のあちこちに予め潜入している隠にまかせるということで、役者は明日の夕方の公演に備えてゆっくり休憩だ。
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