だって・現在人生やり直し中_狐の面の男

──それならその時は俺も腹を切ってやろう。それとも…俺の命1つ増えたくらいでは不服か?


下弦の陸との戦いのあと、炭治郎は妹の禰豆子とともに柱合会議なる、鬼殺隊の総帥のお館様と隊士の頂点に立つ柱達の会合に引きずり出されていた。

鬼であるという理由でほとんどの柱達が禰豆子の処刑を求める中、お館様の方から明かされた鱗滝からの手紙。

それは禰豆子が2年間人を襲わずに居ること、彼女が炭治郎と共にあることを許してほしいこと、そして万が一禰豆子が人間を襲うような事をした時には、自分と義勇が責任を取って腹を切ることを綴ったものだった。

元水柱である鱗滝のその言葉を持ってしても、やはり他の柱達の鬼はすべからく滅するべしという意見は覆らない。

切腹したからと言ってどうなるものでもない。
人を食い殺せば取り返しがつかない。

と、主張する柱達。


そんな中で柱達の端に控える義勇のさらに隣。
一番端に控えていた宍色の髪の青年柱が、そんな同僚達にニコリと笑みを浮かべて冒頭のように言った。

それは己の命をかければ誰も文句は言えなかろう?というような、どこか自信に満ちた響きで、実際にその言葉を聞いた他の柱達は苦い顔をする。

「おい、そりゃあ反則だろうよ」
「…うむ、その申し出は汚いな」
「あぁ~?ふざけんなァ。なんで鬼なんかのためにお前が命かけないとならねえんだよ」
「…命の1つくらい…と絶対に思っていないあたりが卑怯だな…ネチネチネチネチ」

禰豆子の処刑を声高に叫んでいたあたりが、そう口にする。


柱の中でずいぶんと影響力を持っている男…
聞き覚えのあるその声に、そちらに顔を向けてスン…と匂いを嗅いだ炭治郎は、自分が彼を知っている、そして彼も自分をよく知っていることにそこで初めて気づいた。
自分の前では常に狐の面で顔を隠していたのだけれど…



錆兎…と名乗るその男に炭治郎が初めて会ったのは義勇に紹介してもらった育て手の鱗滝の元で修行していた頃だった。

1年間の修行を終え、大きな岩のところに連れてこられた炭治郎は、この岩を斬れたなら修行は完了、鬼殺隊の最終選別を受けても良いと言われて、なんとかそれをこなそうと悪戦苦闘すること半年間。
教わった事を綴っていた日記を何度も読み返しながらありとあらゆる方法を試したつもりだったのだが、斬るどころか欠片を削ることすらできなかった。

そんな時、どこからともなく現れた狐の面をかぶった男…それが錆兎だった。

初日…木刀で真剣を持つ炭治郎を圧倒的な剣技で叩き伏せ、その後、炭治郎についてしまっている悪い癖や無駄な動きをしていることなどを指摘して、また刀を交える。

それから彼は1週間から長いと2週に1度くらいの頻度で炭治郎の前に現れて、稽古をつけては指導してくれた。

そうして半年後…ついに岩を斬ることができた時、彼はついに最後までその狐の面をとることもなく、何故ここまで付き合ってくれたのかを語ることもなく、ただ

──俺のことは鱗滝さんには内緒だぞ
と、それだけ言って炭治郎の前から忽然と姿を消したのである。


彼がかぶっていた面は鱗滝が彫ったものだというのはわかっていたし、それに…彼からはかすかに義勇の匂いがしていたので、おそらく鱗滝の元で育って巣立っていった兄弟子なのだろうとは思っていたが、よもや鬼殺隊の頂点である柱の中でもどうやら周りの敬愛の念を一身に受けているような、すごい人物だとまでは思っていなかった。

錆兎が口を出してから、少なくとも半数以上の柱の匂いが変わった気がする。

「俺とて命が惜しくないわけではない。
だから確信もなく己の命を賭けたりはせん。
その上で、”俺が保証する”と言っている。
それでは不満か?」
と、見回せば、

錆兎が言うならおそらく危険はないのだろう。
俺は静観に一票を投ずる」
と、まず炎柱が折れた。

それを皮切りに
「僕はどちらでも良いけど…錆兎と義勇が言うなら賛成してもいい」
「まぁ…お前がそう言うならそうなんだろうよ。ただしおかしな動きをしそうなら、お前らが腹切るようなことになる前に、この宇髄様が派手にその娘の首を斬り落とすけどな。
それが条件だ」
「私も賛成ですっ。こんな可愛らしい子を殺すなんて胸が痛いです」
「…甘露寺がそう言うなら仕方ない…我慢はしてやるが、何かやらかしたら楽には死なせないからそのつもりで…ネチネチネチネチ」
と、続々と続く。

飽くまで無言を貫くあたりもいたにはいたが、もう表立って反対意見を述べるまでには至らない。

そして最後に
錆兎兄さんがそうまで言うなら、怪我もしているようですし当座は私達の屋敷で面倒を見ても良いです。
その代わり頻繁に様子を見に来て下さいね?」
と、胡蝶がそういったところで、炭治郎は隠に抱きかかえられて運ばれる。

その時にちらりとそちらに視線を向ければ、義勇と共に、初めて見る素顔の錆兎が笑って手を振る姿が視界に映った。

ああ、持つべきものは頼れる兄弟子たちだ…と、それを見て炭治郎は心の奥底からそう思って心のうちでそっと彼らに手をあわせたのである。



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