お館様からお預かりした幼児…もとい、血鬼術にかかって幼児化した同僚が、身体に見合った体力になったのだろう、眠くなったらしくウトウトしていたため、布団を敷いて義勇に寝かしつけるように頼んだあと、錆兎は鎹鴉からの情報を待ちつつ旅支度と今日の夕飯の支度をしていた。
そうして一段落ついたところで寝室に様子を見に来たわけなのだが、敷いた布団の上にはすやすやと眠る幼子と、それに寄り添うように眠っている恋人。
──錆兎様も義勇様も早くお子をつくっておられたら、これくらいかもしれませんねぇ
との昼間の飴屋の主人の言葉が脳裏をくるくる回った。
義勇よりも十月ほど生まれの早い錆兎はそろそろ21。
無一郎が3歳だとすれば、18と17の時の子か…などと思わず年を数えて慌てて打ち消す。
いやいや、別に義勇がそばに居てくれれば子を望んだりはしない。
しないのだが、義勇似の娘がいたりして、こんなふうに眠っていたら可愛いだろうなぁとは思う。
それでも、そう言えば飴屋の主人は無一郎は自分よりは義勇似だと言ってたなぁと、そんな事を思い出してしまうのは、決して子どもが嫌いではない錆兎からしたらしかたないことだろう。
互い以外の連れ合いを持つなどということは一生絶対に望まないと断言はできるが、今こうやって家族ごっこを楽しむくらいは、許して欲しい。
無一郎には布団をきせているものの、自分は添い寝をして寝かしつけたあとは起きるつもりだったのか、何もかけていない義勇に自分の羽織を脱いでかけてやると、錆兎はしばらく2人の寝顔を眺めていたが、やがて戸口で呼ぶ声に、やれやれ、と、重い腰をあげた。
呼ぶ声には覚えがある。
「宇髄、どうした?」
と、勝手口から出てみれば、そこには団子の包みを掲げる宇髄と、その隣に何故か胡蝶。
「二人共何かあったのか?」
と、身体を少しずらして二人を中に招き入れれば、宇髄は苦笑し、胡蝶は
「錆兎兄さんがどうしているかと思って」
と、そろりと中を伺った。
その胡蝶の様子に
「どうしているかも何も、今日会ったばかりだろう?
俺よりも義勇に用か?
なら、もう少し待ってくれ。
今、無一郎を寝かしつけているうちに一緒に眠ってしまったらしい」
と、二人を居間に案内して、茶を出すと、
「おう、どうだよ。例の坊っちゃんは。
あ、今は嬢ちゃん…か?」
と、聞く宇髄に、なるほど、難しい状態の無一郎を引き取っている自分たちを気にかけて様子を見に来てくれたのか、と、錆兎は思った。
そして
「ああ、可愛いものだぞ?事務方が言うほど難しい子どもでもない。
やや人見知りが強い程度か」
と、笑うと、
「昼寝は寝室か?」
と、宇髄は勝手知ったる水柱邸の寝室へと足を向け、胡蝶もそれに続く。
そしてそっとふすまを開けると、そこには幼子とそれに添い寝をしている母親のような義勇の図。
それに宇髄が
「まじ、派手に親子の図か?お前らとうとう子ども作ったかって感じだな」
と、小さく吹き出す。
その僅かな気配を元来の鋭い感覚で感じ取ったらしい。
むくりと無一郎が目を覚まして起き上がった。
そうして、まだふっくらと小さい手で目をこすりながら辺りを見回し、隣で眠る義勇に視線を止める。
そこで錆兎が
「義勇は寝かせておいてやってくれ。お前はこちらで団子でも食うか」
と、義勇に手を伸ばそうとする無一郎をひょいと抱き上げた。
無一郎はそれに異を唱えることなく、短い腕をぎゅうっと錆兎の首に回して抱きついている。
しかし気配に目を覚ましはしたものの、まだ眠そうで、コテンと錆兎の肩に頭を預ける無一郎に、錆兎は笑って
「困った大人が起こしてわるかった。
まだ眠いか?なら寝てていいぞ」
と、その背をぽんぽんと叩いてやると、幼子はその腕に抱かれたまままたウトウトと眠りだした。
それにぷすっと笑って。
「おまっ…本気で親子かぁ?」
という宇髄に
「騒ぐな。無一郎が起きる」
と、少し批難を含んだ目を向ける錆兎。
ウト…としながらも名前を呼ばれたことで眠たげだがぴくりと顔をあげようとする無一郎に、
「ああ、大丈夫だ。ねてろ」
と、言って優しく笑いかけ、持ち上げかけた頭を錆兎がそっと自分の肩に誘導してやると、腕の中の幼子はまたコテンと頭を預けてすよすよと眠り始める。
そんな錆兎の姿に、さすが兄さん…子どもをあやす姿も素敵…と、胡蝶がキラキラした目をむけた。
本当にさすが自分が兄と慕う相手だと誇らしく思う。
自分の本当の父のことも大好きだったが、目の前の彼は理想の父親像だとしみじみ思った。
そしてその思考は一周回って、半年くらい前からずっと思っている、【変な女にひっかからないように…そのくらいなら天然ドジっ子とくっつけてしまえ】という方向に。
くっつけるも何もすでにくっついているのだということを、宇髄は知っているが、胡蝶は当然知らない。
これはいい機会だ、と、自分の任務などそっちのけで、二人をくっつけるべく、脳内で色々がくるくる回っている。
そうして
「お二人はこれから無一郎くんを連れて鬼を追われるんですよね?」
と、切り出した。
「ああ、今隠が逃げている鬼を必死に探しているんだ。
鬼の側にしてみれば柱の1人を無力化出来ているなら、なるべくそのままでいさせたいだろうしな」
「でしょうねぇ。あのね、錆兎兄さん、私思うんですけど…」
「ん?なんだ?」
「隠が鬼を見つけた場所まで移動する間に気づかれて逃げられてしまうこともあるでしょう?
だから近くに行くまでは目立たないように変装していってはどうかしら?」
「なるほど。それもいいかもしれないな」
「でしょでしょ?
私思ったの。無一郎君と錆兎兄さんと義勇さん、まるで親子みたいだから、両親と子どものふりをして行ったらいいんじゃないかしら?」
「はぁ??」
それまでは頷いていた錆兎が、最後の言葉でポカンとする。
「俺と義勇では両親にはならんだろう?」
というが、そこは面白いことは大歓迎な宇髄が
「そのあたりはこの宇髄様にまかせておけ!
うちの嫁たちに着物を用意させるし、義勇をとびきりの美女に仕立てあげてやるぜ」
と、畳み掛ける。
「いや、それはさすがにまずい。
義勇だっていくらなんでも女装は嫌だろう」
「何いってんだ。忍の世界じゃ当たり前のことだぞ?
何を隠そうこの俺だって、ゴツくなる前は当たり前に女に化けたりしてたしな。
お前の体格だとさすがに勧められねえが、義勇ならまだイケる。
上背はちとありすぎだが、お前が体格良いから並べば目立たねえ」
「そうですよっ!今の無一郎君、綺麗な黒髪と、ぼ~っとした…いえ、大人しそうなところが義勇さんにそっくりですし!」
と、2人に詰め寄られてタジタジとしているところに、
「…俺が…どうした?」
と、実にタイミング悪くぼんやりとした声が降ってきた。
「あ~!義勇さん、ちょうど良いところにっ!!」
と、そこで胡蝶の説得のターゲットがスライドする。
「あのね、逃げ回っている鬼に鬼殺隊の柱だと悟られないように、鬼の位置が知れてそこが遠いようなら、現地までは錆兎兄さんと義勇さんが夫婦、無一郎くんをお二人の子どもという変装をして行けば良いとお話してたんですよっ。
無一郎くんが戻れるかどうか、無一郎くんの将来がかかっていることですし、義勇さんは母親のふりをするくらい、嫌だとは言いませんよね?」
「…錆兎と…俺の子ども…無一郎が……」
まだ半分寝ぼけているような目でそう胡蝶の言葉を繰り返すと、義勇はやはり眠そうな目で
「ああ…無一郎、ここだったか。
目が覚めたらいなかったから心配した…」
と、無一郎を抱きかかえている錆兎に向かって手を伸ばす。
「お前が寝ている間に一度目を覚ましたから連れてきたんだ。
黙って連れてきて悪かったな」
と、錆兎が眠っている無一郎を義勇に手渡すと、それを受け取った義勇は
「ん、別にいい。
眠ってしまったなら、もう一度寝かせてやろう」
と、そのふくふくとした子どもの頬に自分の頬を愛おしげに擦り寄せた。
そうしてクルリと反転してまた寝室へ戻ろうとする義勇の羽織の裾を、胡蝶がガシッと掴む。
本当にその存在を意識していなかったのだろう。
そこで義勇はピタリと足を止めて振り向くと、じ~っと自分の羽織をつかむ胡蝶の手を…そしてその顔を不思議そうな目で凝視する。
「無一郎君…可愛いでしょう?」
「ああ。…可愛いな」
「彼の将来のためです。母親に見えるよう、女装してください」
「…いいぞ?」
は?と、皆が思った。
あまりにあっけらかんと了承する義勇に、自分で言った胡蝶さえもびっくり眼で見上げてしまう。
「…無一郎のためなのだろう?…錆兎と俺の子のようなものなら、助けてやらねば…」
と、どこか嬉しそうな顔でまた幼子の頬に頬ずりをして、義勇は寝室に戻っていく。
「義勇…お前の事派手に好きすぎだな」
と、宇髄が
「錆兎兄さんっ!祝言をあげましょう!!」
と、胡蝶がそれぞれ我に返って言う。
それに対して錆兎は
「ああ、俺も同じ程度以上には義勇を好いてるぞ、宇髄」
と、宇髄に、胡蝶には
「しのぶ、お前は少し落ち着け。男同士では夫婦にはなれん」
と、苦笑する。
「ともあれ、義勇がそう言うなら俺が反対する理由もない。
あいにくいつどこに向かうかも鎹鴉の連絡次第で未定なのだが、間に合うようなら宇髄、義勇の支度を頼む」
「おう!任せとけっ!じゃ、俺は急いで嫁達に言ってくらぁ!
派手に期待しとけっ!胡蝶もいったん帰るぞ!」
と、宇髄が小柄な胡蝶を小脇に抱えて風のように消えていくのを見送って、錆兎はため息1つ。
夕食の支度へと戻った。
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