柱というのはこんなに他人との接触を持たなければならないものなのだろうか…と、柱随一の実力者という話の水の柱の腕にしっかりと抱き上げられた時透無一郎は思う。
お館様に救われて意識を取り戻すまでの彼の記憶はない。
確かにないのだが、では何も考えていないのかというのもまた違う。
目を覚ます前までの諸々に霞がかかったような状態なために色々と反応のしかたがわからないだけで、彼だって色々と感じるところはあるし、考えもする。
まず鬼殺隊本部内では、お館様以外には、厄介な人間のように思われていた感があった。
記憶がない。
子どものくせに愛想もなくて可愛げがない。
でも実力はあるので丁重に扱わなければならない。
そのいずれも別に無一郎がそう有りたいと思ってなったものではない。
どうしようもない。
だからせめて世話になるだけの価値のあるものになろうと刀を振るえば、今度は血鬼術なるもので幼女にされて、その唯一の価値である力すらなくなった。
そう、幼女になったこと、それに誰よりも動じているのは無一郎自身である。
だが、それをうまく表に出すことも出来ず、理解をされない。
あまつさえ、そんな無一郎の不始末に、柱随一の実力者を投入するしかないという話になって、内心青くなった。
それでなくとも厄介者だと思われているのに、やめてくれ。
普通の隊員…では確かに無理だろうが、普通の柱にしてくれと思いはするものの、それを言う勇気もない。
なにしろ無一郎にはここ以外に行く場所などないのだ。
だから柱合会議の日、1人広い部屋の中央にぽつねんと座らされている時の緊張感はすごかった。
自分よりも弱く、自分よりも鬼を滅することに対しての貢献度が低い人間達ですらああなのだ。
自分より強く貢献もしている柱の筆頭のような相手になんて、さぞかし迷惑な顔をされるに違いない。
前日に事務方の人間が、血鬼術が解けるまでは彼らの家で世話になることになったなどと、とんでもないことを言っていたのでなおさらだ。
…居たたまれない。でも逃げる場所なんてどこにもない。
迷惑がられようがなんだろうが、そこで心に蓋をして自分を守りながら時を過ごす他に、無一郎に取る道はない。
そんな事を思いながら小一時間待っていると、部屋のふすまが開いた。
見慣れた事務方の人間に先導されて部屋に入ってきたのは、隊服を来た2人の青年。
圧倒的存在感。
すぐにお館様が話していた柱だとわかった。
自分のように血筋に後押しされただけではない。
鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて、幾千の戦場を駆け抜けた重みのある強さ。
そんなものを感じる。
「時透無一郎だな?
俺は錆兎、鱗滝錆兎で、隣は冨岡義勇、共に水柱だ。
これからひと月よろしく頼む」
尖った言葉で自分を大きく見せたり自衛をする必要など何もないのだろう。
青年は自分より遥かに小さい無一郎に視線を合わせるために目の前に膝をついて身をかがめてそう言うと笑みを浮かべる。
安心感が体中を満たした。
ここにいれば大丈夫…そんなことを思わせてしまう何かが彼にはあったのだ。
みんなきっと彼にはそれを感じるのだろう。
間違いなくあちらこちらで必要とされ求められている人材で、とてつもなく忙しい人に違いない。
子どもになった自分の子守などしていて良いはずがない。
だから遠慮したつもりだったのだ。
遠慮して、
「錆兎は柱の中でも随一の実力者だってお館様が言ってた。
なのに、こんなことしてて良いの?…暇なの?」
と聞いたなら、そばに控えていた事務方が真っ青になった。
あ…失敗したのか…と、無一郎はそれで気づく。
何か失礼な言い方だったらしい。
事務方の責めるような視線が突き刺さる。
だが、その柱、錆兎は怒らなかった。
気を悪くした様子すら見せなかった。
「あ…あの、錆兎様……」
事務方が青い顔で口を開くが、錆兎はそれを手で制して、また無一郎にニコリと笑みを向けてくる。
その笑みは、お前が言わんとした事はわかっている、大丈夫と言ってくれているような笑みだった。
そうして、
「暇ではないな。
ただ、お前を元に戻すこと、柱という仕事に慣れさせること、それがとても重要な任務だと言うだけだ」
と、無一郎の存在が忙しい彼の時間を割く価値があるほどのものなのだと伝えてくれた。
そうして錆兎の腕に抱えられて、彼と相方が住んでいるという水柱屋敷へと向かう道々、偉いはずの人だと言うのに、驚くほど大勢の人々に声をかけられる。
「水柱様、ずいぶんと可愛らしいお子さんをお連れで」
「ああ、御館様から少しの間、世話を頼まれてな」
意識が戻ってからこんなに笑みを向けられたのは初めてだと思う。
「錆兎様も義勇様も早くお子をつくっておられたら、これくらいかもしれませんねぇ」
「はははっ」
「綺麗な黒い髪の大人しそうなお子さんだから、錆兎様よりは義勇様に似ていらっしゃるかも」
「ああ、そうかもな。可愛らしいだろう?」
町の人々の軽口も否定することもせず、笑顔で会話を続ける錆兎の腕の中で無一郎が固まっていると、
「本当に可愛らしい。そうだ、これを差し上げましょうかね」
と、差し出されたのは棒の先に可愛らしい兎がついたもの。
「ああ、すまんな。ありがとう」
と、相手に礼を言いつつ錆兎が受け取って良いと目で言うのでおそるおそる手を伸ばして受け取ると、
「お前もありがとうを言わねばな」
と、それまでずっと黙っていた義勇が柔らかい目で促してくる。
そこで
「…ありがと……」
と、幼児になった高い声で礼を言うと、
「ちゃんとお礼を言えるなんて、お利口さんですね」
と、相手に微笑まれて、なんだかほわっと心が温かくなった。
よくわからないが、彼らといると、随分と周りの人間が優しく感じる。
もらった兎はどこか甘い匂いがして、まじまじと眺めていたら、義勇がなめてみろと言うので舐めてみた。
すると匂いだけではなくて本当に甘くて、ほおおおぉ???と驚いてしまった。
その後もいつのまにやら出来た人だかりに、可愛い、可愛い、可愛らしいと、手にいっぱいの菓子をもらって、持ちきれずにいたら、義勇がハンカチを出してそれを包んで持たせてくれる。
彼らはなんだか随分と顔が広いらしい。
こうしてあちこちで声をかけられていたので、昼過ぎに産屋敷邸をでたはずが、水柱邸についた時にはもう3時を回っていた。
あんなに多くの人間に囲まれたのは初めてで、流石に疲れた。
ふわぁぁ~と思わず出るあくびに、錆兎の腕の中の無一郎の顔を覗き込んだ義勇が
「もう眠いか…」
と、優しい顔で言う。
錆兎のように圧倒的な強さや頼りがいは感じないが、その優しげな風貌には男性であるはずなのに、どこか母親のような安らぎを感じた。
──おいで…
と、手を伸ばされて、それに手を伸ばし返すと錆兎の腕から義勇の手の中へ。
「布団を敷くから寝かせてやってくれ。
俺は鎹鴉の情報を待ちながらいつでも出立できるよう支度をしておく」
と、錆兎が言って布団を敷いてくれ、そこに二人して寝転ぶと、義勇が布団の上からぽん、ぽんと眠りを促すように軽く叩く手の感触を感じながら、無一郎はいつのまにやら眠ってしまった。
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