そこに味噌汁の入った鉄鍋をかける。
そうしておいて、卵焼きやお浸し、香の物などの簡単なおかずの他に、2,3の常備菜を並べた皿を2つ、ほかほかの白米が入ったお櫃を、布団から少し離れた所に置いたちゃぶ台に並べる。
そうして朝食の準備を整えた上で、まだ布団の心地よさを満喫している恋人が寝る布団へ舞い戻るのが、ここ最近…というか、今年2月8日、恋人がめでたく20歳を迎えて晴れて心身ともに結ばれてからの習慣だ。
恋心を自覚してから早7年。
自分よりは心身ともに成長が遅いらしい義勇が悪気なく無邪気にじゃれついてきてもジット我慢の子。
耐えて耐えて耐えて、ようやく解禁された時には、暴走しないようにするのが大変なくらいだった。
それでも伊達に7年も耐えていない。
身体を重ねる理由が己の欲を満たすためになってはならない。
それでなくても義勇の身に負担をかけるのだから、それ以上に愛情を注がなければ…と、丁寧にしすぎて、本番前に義勇がすでにダウン寸前になってしまったのはご愛嬌だ。
それから一晩かけて一度だけ契って、完全に寝落ちてしまった義勇を眺めて幸せを感じながらすごした翌朝。
目を覚ましそうな時間に食事を作って起こしに行ったらすでに起きていた義勇が床の中でぽろぽろ泣いているではないか。
乱暴にした覚えはないが乱暴すぎたか?どこか痛いのか?と問えば、幼子のような所作で首を横に振り、ただ、
──起きたら錆兎がいなかった
などと愛らしい事を言うので、即、
──悪かった。俺が全て悪かった
と、抱きしめた。
朝食を作っていたとか、そんなことは言い訳にはならない。
褥を共にした翌朝に恋人を1人きりにする阿呆がどこにいる…と、地の底までも反省した結果、義勇がまだまだ起きないであろう時間に一度起き、朝食の準備をしてからまた床に戻るということが、習慣になったのである。
そうまでして朝食を?と言われても、自分たちは恋人同士であると同時に鬼殺隊の柱なので、体調管理は大切だ。
それでなくとも不規則になりがちな生活なので、摂れる状況で食を抜くということはありえない。
かといって…7年間我慢に我慢を積み重ねたのもあり、致さないで自重するということも、それと同じくらい錆兎にとってはありえないことなので、両立しようと思うと自然にそうなったのである。
だいぶ寒い昨今、元来寝起きは良い錆兎でも布団の中は心地いい。
しかも一旦朝食の支度を終えて舞い戻れば、可愛い恋人が甘えるように胸元にすり寄ってきて熱を分けてくれるのだから、なおさらである。
今日から同居人…それも幼女が1人増えれば当分はさすがに閨での交わりも控えねばならないだろうから、禁欲前に…と、昨夜はいつもに比べれば少しばかり無理をさせてしまった。
だからぎりぎりまで寝かせて置いてやろうと、隊服をはだけなければ見えないギリギリの位置に己が散らせた紅い華の数々を目で楽しんでいると、いつもならまだ起きるのにずいぶんと早い時間だと言うのに、義勇がゆるゆると目を開けた。
そうして錆兎の姿を確認してふにゃりと笑う。
まるで何も知らない純粋な幼子のように…。
ああ…今日も恋人は世界で一番愛らしい…とそれを見て思ったわけなのだが、可愛いだけではなく、その日の義勇は最凶だった。
するりと錆兎の首に手を回して頭を引き寄せると、己の唇を錆兎のそれに重ねる…だけではなく、濃厚な口吸いに発展させる。
待て待て待て待て!!と、錆兎は焦った。
甘えるにしてはあまりにも色めいたそれに、錆兎は慌てて顔を離すと、
「義勇…朝からそれは…まずい。
俺が我慢がきかなくなる」
と言う。
すると唇を離された事に少し不満げな顔をした恋人は
「我慢しないでもいい。
まだ時間はずいぶんあるのだろう?」
などと言うではないか。
「今日からひと月も錆兎を半分よその子どもに取られるのだから、それまでは思い切り独り占めすることにする。
…昨夜したばかりだから…準備の時間は要らない。
だからもう一回…」
可愛い顔でそんなふうにねだられれば、そこで突き放すなど、それこそ男ではないだろう。
こうして朝からもう一戦。
それから慌てて冷めてしまった飯をかきこみ、身支度を整えて、やや足元の覚束ない義勇を支えるようにして走る。
そうして産屋敷家に飛び込めば、なんとか柱合会議の10分前。
そのまま柱合会議は滞りなく終了。
その後、軽く顔合わせをしたあと、他の柱から離れて別室へと連れて行かれた。
10畳ほどの畳の部屋。
そこに鎮座する年の頃としては3歳くらいの幼女。
大変愛らしい顔立ちはしているものの、その表情にはいかなる感情も感じられない。
「えっと…先日お話させて頂いた通りで……」
と、ニコリともしない幼女の代わりに事務方の人間が困ったように笑みを浮かべるが、錆兎は気にすることなく、幼女の前に膝をついて少し身をかがめるように視線をあわせた。
そして
「時透無一郎だな?
俺は錆兎、鱗滝錆兎で、隣は冨岡義勇、共に水柱だ。
これからひと月よろしく頼む」
と、笑顔で頭を撫でる。
たいていの相手はこれで気を許してくれるのだが、無一郎は無表情のまま。
それどころか
「錆兎は柱の中でも随一の実力者だってお館様が言ってた。
なのに、こんなことしてて良いの?…暇なの?」
と、淡々とした声音で言い放った。
それに固まる事務方と義勇。
「あ…あの、錆兎様……」
事務方が青い顔で口を開くが、錆兎はそれを手で制して、また無一郎にニコリと笑みを向ける。
「暇ではないな。
ただ、お前を元に戻すこと、柱という仕事に慣れさせること、それがとても重要な任務だと言うだけだ」
「僕はまだ未知数で一番実力のある柱の時間を使うほどの価値があるとは限らない。
だから適当な柱にまかせておけばいいんじゃないかな?」
と、その言葉に錆兎は苦笑した。
「誤解があるようだが、俺は確かに鬼の首を斬るという意味では一番かもしれないが、全てにおいて一番なわけではない。
それぞれ得意なもの、不得意なものがあって、皆、互いを補い合って任務にあたっている。
だから鬼の首を斬ることに特化していないということが、すなわち、実力がないというのも少し違う。
適当な柱、という奴は存在しないぞ」
「…鬼の首を斬るために鬼殺隊はあるんだから、斬れれば優れた剣士だし、斬れないならただの役たたずじゃない?」
「そのあたりは…言葉だけで説明しても納得するのは難しいかもしれんな。
だからお前は俺達に預けられたんだと思う。
俺達は2人で1人の対柱だからな。
ま、それはおいおい一緒に行動するうちにわかるだろう。
とにかく行くぞ」
と、錆兎は言って、幼女をひょいっと抱き上げる。
そうして
「じゃ、ひと月、預かっておくぞ」
と、声をかければ、事務方が安堵のあまり泣きながら頷いた。
時透無一郎は本来は14歳。
両親亡きあと双子の兄と暮らしていた。
元々伝説の剣士の血筋らしく奥方様が何度も足を運んでいたらしい。
ところが2ヶ月前、が、その兄も鬼に襲われ死亡
本人も重症を負っていたところを引き取ったが、意識が戻った時には記憶をなくしていたそうだ。
それだけでも難しいというのに、その後、刀を握ってすぐ実力を発揮し、柱の名を拝命することになったが、直前の任務で鬼の血鬼術を食らって幼女になってしまう。
ということで、それでなくともこの記憶がないゆえに歯に衣を着せぬ言い方で他を引かせてしまう子どもがさらに幼女になった状態のものの面倒をみながら逃げた鬼を倒して血鬼術を解くことが必要となった。
どちらか片方だけでもなかなか困難な作業である。
少なくとも幼女になってしまってから1週間ほど。
面倒をみていた事務方は、その毒舌に心折れるか腹をたてるかで、まともにやりとりができないでいた。
それでも伝説の剣士の血筋だけあってとてつもなく強いこのお子様を一刻も早くもとに戻さねばならない。
が、今回の血鬼術、鬼を倒すだけじゃなく倒した時に視認出来る程度にそばにいなければならないらしいという困難さ。
子どもに毒を吐かれても見捨てず害を与えない心の広さと、そんな子どもを抱えての鬼の追跡と、子どもの安全を確保しつつも鬼を倒す強さ。
本当は当初は女性であるためある程度気心の知れた相手の気遣いがあった方が良いだろうということで、甘露寺蜜璃は彼女が一時継子をしていた煉獄に、胡蝶しのぶはその姉のカナエの担当をしていた縁で親しいらしい水の対柱に、そして時透無一郎は宇髄に任せる予定だった。
だが、強さは申し分ないものの宇髄に幼女の世話は無理だろう、そう判断して、今回は水の対柱と担当を入れ替えることになった。
色々と難しい後輩達の指導と他者を指揮したり守ったりすることには定評のある水の対柱で駄目なら、もうほかに任せられる相手などいるはずもない。
そう判断しての事前の説明で、最初は鬼の居場所が見つかるまでは普段の生活は事務方が見る予定だったのを、
──それなら元に戻るまではこちらで引き取るか?
と、聞いてきてくれた錆兎には世話係の事務方全員泣きながら土下座した。
そしてその言葉を違えることなく、幼女を片手に抱き上げて出ていく後ろ姿にまた泣きながら手を合わせる。
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