やっぱり・現在人生やり直し中_蕾がいつか花開くように夢は叶うもの

「しのぶ、今日ね、姉さん、隊士の廃業の手続きとか、医療所の引き継ぎとか、色々あって時間が取れないの。
だから代わりにこれ持ってお見舞いに行ってきてくれる?
義勇さんが大好きな和菓子屋さんの団子」


何度も素振りをして何度も切り込みの練習をして、それでも鬼の首を切れるまでの筋力のつかない自分の力のない手にしのぶがうんざりしていると、姉がそう言って和菓子屋の包みを手渡してくる。

忙しいのは本当だろう。
柱だった姉は先日の戦いで負った傷が元で呼吸法を使えなくなり、その座を辞する事になったばかりだ。

さらにその代わりにと医療所の業務を少しずつこの花屋敷と呼ばれる姉がお館様から拝領した屋敷に移して、最終的に医療の責任者を目指すらしい。

その二つの手続を同時にやるわけだから、暇なわけはない。
でも団子を買いに行く時間は取れて渡しに行く時間がないというのはない。
おそらく姉は鍛錬に煮詰まったしのぶに錆兎と話すことが何か良いきっかけになれば…と、そう言ってくれているのだと思う。




…錆兎さん…

と、姉のカナエがよくその名を口にする時、いつもどこかホッとしているような響きがあった。

──本当にね、お兄さんみたいな人なの。

と、長女で、さらに両親が亡くなってからはすっかり他人に甘えると言うことができなくなっていた姉が、唯一頼りにしてます甘えてますとわかるような感じで口にする相手。



姉が柱を拝命してすぐに補佐としてひと月ほど世話になったということもあって、本当に毎日のように姉の口からその名を聞いた。

おかげで姉を通して姉が見た像としてではあるものの、妹のしのぶですら、その人の人柄だとかちょっとした発言だとかを蓄積していって、今では自分の家の長兄なんじゃないかくらいに思えてしまったほどだ。

とは言っても、初めて実物を見たのは姉が柱の座を辞すきっかけとなった上弦の弐との戦闘時で、瀕死の姉を前に動揺しすぎたしのぶは、姉を助けに来てくれた彼に攻撃を仕掛けてしまったのだけれど…。

初めて見る”錆兎”は、強い人間特有のオーラみたいなものは醸し出していたものの、姉がいつも口にしていた温かい包容力みたいなものは感じられず、最初は彼だとは思わなかったのだ。

後にその時に彼が10日間全く休んでおらず、本当はもう限界だから絶対に休暇を取るようにと厳命されていたのを振り切って過労死寸前で来てくれていたことを知って、なるほどそれでは他人を気遣う余裕などあろうはずもないと、あとで思った。

が、そんな状態でも彼はしのぶが姉の妹であることも即察したらしく、攻撃をしかけたしのぶを切り捨てようとした片割れを止めた上で、上弦の弐と戦う仲間の加勢にその片割れを向かわせたあと、自分を切りつけようとしたしのぶがそこにいるにも関わらず、姉の手当に没頭し始めたので、驚いてしまった。

そして姉が死んでしまうかもと思うと恐ろしくて泣き出すしのぶに、彼は一度、静かにしろ!と怒鳴りつけはしたものの、すぐ、手当に一刻の猶予もなくて集中を乱されると命取りになるのだということをわざわざ丁寧に伝えてくれた。

その時点でしのぶは邪魔をしてしまった自分を恥じたのだが、彼は自分自身がぎりぎりだったにも関わらず、そんなしのぶに、余裕がなくて辛い心に寄り添ってやれなくてすまないと、優しく笑みを浮かべて謝罪をして頭をなでてくれまでしたのだからすごい。

そこで、しのぶはようやく彼が本当に姉の言う”錆兎さん”なのだと実感したのだ。


結局、何か特殊な方法で姉を助けてくれた彼は、元々極度の過労だったところにずいぶんと体力を消耗するその作業を行ったために、自分の方が血を吐いて過労で医療所に運び込まれて、あやうく本当に過労死するかもしれないところだったらしい。

それはそれで鬼殺隊にとっても、姉をはじめとする彼を敬愛する人々にとっても大変なことだったが、でもあれは同じ能力がある人間がいたとしても、彼以外には姉は救えなかったとしのぶは思っている。

だって本当に姉の事を大切に思って救おうとしてくれているというのが、しのぶにだってわかるような空気があった。

手伝うから自分に呼吸を合わせるようにという言葉に、瀕死の姉がそれでも無条件に相手を信用して頼れたのは、相手が彼だったからだと思う。

──強くて優しくてとても誠実な人でね…本当に実の兄さんみたいな存在なの
と嬉しそうに語っていた姉の言葉に、しのぶもこの時心から同意した。

むしろ本当にこの人が実の兄だったなら、姉さんの負担ももっと減ったんじゃないかしら…と、思う。

姉のカナエもしのぶも、自分で言うのもなんだが綺麗な顔をしていたので、言い寄ってくる男は山程いたが、そういう男達とは全然違った。

本当に良くも悪くもカナエに対してもしのぶに対しても、守るべき少女としては見ていても、そういう意味で異性と見ているということは欠片も感じない人だった。

そういうところが逆にとても心地良い。

姉について毎回一緒に入院中の彼を見舞ったが、いつだって彼はむしろ見舞いに来る人間の忙しさを労り気遣う言葉をかけ、自分に関しては、念の為の入院で本当は大したことはないのだと、軽く言う。

本当に容態が軽いのなら、柱随一と言われているその人を1週間も遊ばせておくなどという事は本部もしないだろうから、本当はかなり重体なのだろうが、彼がたいしたことないというと、本当にたいしたことないのだと、そんな安心感を自分も含めてみんながもってしまうのが困りものだとしのぶは思っていた。


その日もそんなわけで、見舞うというよりは若干の泣き言プラス相談をしにという気分でしのぶはまだ本部に併設している状態の医療所に入院中の錆兎のところに訪ねていく。


錆兎の病室には何故か寝台が3つ。
病人は1人だと言うのに何故3つかというと、1つは水の対柱の片割れの義勇が泊まるためで、もう一つは何故か彼らの同期だという村田という隊士が使っている。

だが、空気を非常に読む人らしく、見舞客が来ると自然に消えるのでまあよしとしよう。



「錆兎兄さん、また来ちゃいました」
と、ドアをノックして返事を確認し、団子の包みを掲げると、錆兎は、よく来たな、と、笑ってくれる。

しのぶはこの錆兎の笑顔がとても好きだった。
とても許容されている感、安心感がある。

本当は1週間の入院のところを、なんと先日病院を抜け出したということで、退院が伸びること3日間。
全部で10日となった入院生活の7日目のことである。

初日は意識不明だったので、意識が回復した2日目から、足繁く見舞いに通う姉についてきていたが、そこで親しく話をするようになって、姉にしょっちゅう兄のようだと聞かされていたので、会ったのはついこの前なのになんだかもううちの長兄の気がしてたという話をしたら、姉共々、兄だと思えば良いと言うので、今ではそう呼ばせてもらっている。

それを口にするたび、水の対柱の片割れが

「俺は兄ではないのか…」
と、ぷくりと頬をふくらませるが、こちらはなんだか年上という感じすらしない。

もちろん柱を拝命するくらいだから剣士としてはしのぶと比べ物にならないくらいなのだろうが、むしろ世話を焼いてやらねばならない、どこか危なっかしい感じがあって、

「義勇さんはただの天然ドジっ子ですし?」
と言うと、俺はドジではない…と、またふくれる。

でも姉からするとなんとなくホッとする気心の知れた友人のような相手らしい。
彼の名も、また楽しげな姉の口からよく聞いていた。

初めて会った日も帰宅してから姉から
「ね。いつも言ってたみたいに、しのぶよりも年上なのにどこか可愛らしい人でしょ」
と、クスクス笑いながら言われて、頷いてしまった。

姉の方が断然美人でしっかりしているところはしっかりしているが、どこかほわっとしたところや天然ドジっ子なところが姉に似ている人だったので、おそらく気が合うのだろう。

錆兎のような兄に対する信頼というよりは、仲良しの親友同士の少女が戯れているような、そんな雰囲気があった。

姉いわく、彼はお姉さんに可愛がられて育った末っ子だそうで、それも影響しているのかも知れない。


実は錆兎が入院4日目に病院を脱走した理由が、この対柱の片割れが任務が終わって帰ってきたところに鎹鴉から次の任務を言い渡されて、雪が降りそうな気候だったのに外套も持たずに向かってしまったから外套を持って彼の任務先まで追いかけるためだと聞いて、どれだけ過保護なんだと、正直笑ってしまった。

でも義勇を見ていると、そんな風に世話を焼きたくなる錆兎の気持ちがなんとなくわかる。
そして…そんな風に誰かを大切にしている錆兎を見るのも、しのぶは好きだった。

もちろん大切にする相手は自分が認められる相手でなければ嫌なのだが…



しのぶの隊士仲間や同期にも水の対柱に憧れる女性隊士は多くいる。
でもしのぶは彼らに近づくために手段を選ばない女性陣には正直殺意を覚えた。

以前、姉が姉の同期にそれでとんでもない目に合わせられたのをしのぶは決して忘れない。
いつでも笑顔を絶やさなかった姉が、その日は茫然自失で帰宅して、帰るなり震えながら布団をかぶって声を押し殺して泣いていた。

あの優しくて我慢強い姉が、自分に気付かれないようにと配慮をしながらも、配慮しきれず泣いたのだ。

その理由が、姉に水の対柱を紹介しろとしつこくせっついた挙げ句に食事会にこぎつけた女が、あろうことか、義勇の髪を切ってお持ち帰りしようとしたのを見た錆兎が内心激怒。
黙って自分の髪をザクッと切って義勇の髪の代わりにと置いてきたことだと言うではないか。

憧れるまでは良い。
話をしたいまでも許す。
でもそこまでやるやつは死ね!と、しのぶは激怒した。

うちの兄さんになんてことさせてんの?!
うちの姉さん何泣かしてくれてんの?!!

と、大激怒。

しかも話はそこで終わらず、本来は水の対柱に依頼するはずだった任務の同行を、それが原因で錆兎がまだ怒っているのではと思った姉は口に出せず、慣れない相手と任務に出て死にかけた。

姉は全て自分が悪いと言うが、しのぶからしたら姉さんも兄さんも悪くない!
悪いのはそんなふざけた真似をする女達だ!!と、思う。

だから水の対柱に近づこうとする女に対するしのぶの心証は地の底まで低い。
全て敵だと思う。



ということで…錆兎に女達を近づけたくない。
でも虫よけをと考えても、自分達は兄という存在を失くしたくない。

さあ…じゃあどうしよう…となった時に、そこにカモがネギを背負って座っていた

剣の腕もたって常人よりは能力があるはずなのにそう見えない、悪気のないゆる~い感じがしのぶの最愛の姉に似ていて、姉と一緒にほわほわと団子を食べながら茶を飲んでいる姿は、天然ドジっ子お茶会クラブか…ここはお花畑か…と、思ってしまうような相手。

幸いにして錆兎が大切に大切にしている対柱の片割れ。
さらに良いことに、ほわほわっ子は姉ほどではないにしろ、お顔も大変よろしくて、兄の隣にいても見苦しくない。

別に親友を通り越して恋人でも良いじゃない。
男同士?何を言ってるのかしら。日本は古くから衆道の国ですよ。

と、まあ最近そんな若干邪な企みをしていなくもない。


錆兎の方はあまり突くと気づかれて引かれそうだが、義勇の方は気づかず流されてくれそうな気もする。

もちろんそういう方向に流れてくれたら、全力で支援するつもりだし、根回しにも奔走しまくるつもりだ。

だってしのぶは別に兄のような相手の不幸を望んでいるわけではない。
幸せにはなってほしいと心から思っている。

ただし…姉をあやうく殺しかけた女達のような相手とはかけ離れた存在と一緒になってほしい、それだけだ。



こうして秘かに二人をくっつける事を心に誓ったしのぶは、それもあって毎日足繁く錆兎の病室に足を運んだ。

まあ、今日の目的は自分の話を兄さんに聞いてもらうことだけれど…

だから、義勇には実はまだ若干人見知りをされているようだが気にせずに、錆兎相手に伸びない背、つかない筋力、そして…今ひとつ重さの出ない攻撃についてわ~っとぶちまける。

外では柱だった姉の名を汚さぬよう、元花柱の妹としてふさわしいよう、なるべくにこにこと笑みを絶やさずにいたのだが、ここでは昔からの勝ち気で負けん気の強い末っ子のしのぶに戻っても良い気がした。

自分の方が努力をしていても、体格の優れた男性隊士が刎ねられる鬼の首を刎ねる事ができない。

あと少し背があれば、あと少し腕の力が強ければ、あと少し、あと少し何かがあればっ!!
悔しい、悔しい、悔しい!!!

話しているうちにどんどん興奮してきて、次第に泣きながら喚き散らすしのぶの癇癪を、他のように怯えることもなく、姉のように困ることもなく、錆兎は穏やかな顔で黙って聞いて、

「お前のやる気はわかった」
と、しのぶの言葉がやむと、くしゃくしゃと頭をなでた。

それでも他のようにただ慰めることもなだめることもしない。

そして
「いいぞ!その気概でどんどん上を目指せ。
ただ、お前は皆と同じ1番を目指さずに、皆のできない唯一の頂点を目指せばいい
と、励まし助言をする。

「唯一…?」

「おう、そうだ。
ないものを得るためにする努力は尊いが、どれだけ努力しても手に入らないものもある。
それならそれがなくても同等以上の成果を出せるなにかを目指せばいい」

子どもの戯言だと面倒臭がらず侮らず、しかししのぶに伝わりやすいように考えながら話してくれるその姿勢に、しのぶは泣くのをやめて姿勢を正して聞き入った。

「例えばしのぶ、お前は身が軽い分、その動きは下手をすれば俺でも追えないくらい早い。
それから、あとは強い力の代わりにお前が持っている武器は何だろうな?
ああ、お前は確かあれだよな、首を斬れぬ代わりに毒で鬼を殺せると聞いたが…毒を扱えるなら逆に薬も扱えるだろう?
胡蝶が医療所をやるなら、医薬品の扱いもさらに学べるし、鬼と戦えるほどの能力を持っていれば誰よりも早く崩れかけている最前線に駆けつけて、戦闘真っ只中の最前線で医療行為を行える、鬼殺隊唯一どころか、随一の隊士になることだって可能だぞ。
そうなったらある意味、お前が最前線で俺を含む柱の全ての命を一手に握り、お前の手腕で大きな戦況を左右することにだってなりうるかもしれない」

さ…さすが私の兄さん!!
目から鱗な助言にしのぶは大きく頷いた。

伊達に指揮の巧みさに定評のある人ではない。
情報から叩き出す道行きの多彩さが他とは段違いだ。

「目指します!」
と、その一言でちゃんと意を汲んでくれる察しの良さも良い。

さっそく実用的な戦場医療の模索のために姉の医療所へ…と、立ち上がると、

「もう帰るのか?お前も一本食っていかないか?」
と、兄の横でにこにこと団子を頬張っていたぽわぽわさんが声をかけてくるが、思い立ったが吉日だ。

「急ぎますので、要りませんっ!」
と、きっぱり言ったら、しょぼんと肩を落とした。

この反応がなんだか姉と同じで、可愛らしいとは思うが面倒くさい

だからなんというかまあ、ぽわぽわさんはぽわぽわさん同士花畑で茶会をしていれば良いとばかりに

「明日は姉さんが来ますから、美味しいお茶でも用意しておいてあげてくださいね」
と、言うと、しょぼんとしていたぽわぽわさんが、ぱぁあ~と明るく微笑んだ。


本当にこの人年上なのかしら…
こんなぽわぽわしてたら、兄さん優しいから手を出せないんじゃないかしら…
とにかくおかしな女達から兄さんを守るためにもこのぽわぽわさんにはしっかりしてもらわないと!

と、しのぶは内心思う。


とりあえず自分の修行と研究の合間に、このぽわぽわさんをなんとか兄さんの寝台の中へと送り込むべく頑張らなくては!

そんな2つの目標を頭の中に叩き込み、胡蝶しのぶはひた走った。
そうして走って走って走って…走った先にたどり着いた柱への道。

それからわずか半年で柱に就任したあたりで、彼女はもう一つの目標達成にいそしむことになるのだった。




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