最初はかなり心細かったが、実弥と杏寿郎が同行してくれたため、緊張もだいぶ和らいで、無事任務を遂行できた。
その直後のことだった。
煉獄が隊士達を解散させる前に話をするから先に帰れと言われて本部の庭で分かれ、不死川は事務方に連絡してくるから先に医療所の錆兎のところに行っていて良いと言ってくれたので、遠慮なく医療所に足を向けかけた時、義勇の鎹鴉が別の任務を告げてきた。
雲取山の鬼を倒しに向かえと言われて、はた…と考え込む。
雲取山…雲取山…どこかで聞いたことのあるような…
今生ではないだろう、おそらく前世…と、考えた瞬間、思い出す。
ああ、そうだ、鱗滝さんの本当に最後の弟子、そして自分の唯一の弟弟子の炭治郎と出会ったところではないか。
一度錆兎に顔を見せてから…と思わないでもないが、あまりに遅れれば炭治郎が危ない。
それでなくともよくは思えてはいないが、あの時はもう少し雲取山の近くでこの報を聞いた気がするので、急がねばならない。
一刻も早く……そう思えば、即反転して向かうしかなかった。
急げ、急げ、急げ…
確かあれは夜明けよりほんの少し前のことだった。
だからおそらく今夜中についてしまわねば間に合わない。
あまり体力に自信があるほうではないのだが、そうも言っていられないだろうと、義勇は夜道をひた走った。
途中雪が降ってくる。
しんしんと…静かに降り積もるそれは進む足を鈍らせた。
それでも走って走って走って…うる覚えでたどり着いた山の中腹のその場所には、鬼となった妹にのしかかられた少年の姿が見えた。
当然それを引き剥がし、それでも妹を取り戻そうとする炭治郎にいったん蹴りを入れて引き離すと、禰豆子には手刀を入れて意識を失わせた上で、手持ちの竹の水筒で口枷をする。
そうしておいて禰豆子を小脇に抱えて炭治郎の方に近づくと、絶望的な顔で膝をついている炭治郎の前に自らも膝をついて、ただ
「話をきけ」
と言って禰豆子を引き渡した。
前世では炭治郎の本質がなかなか見抜けなくて、随分と手荒なことを言ったりしたりした気がする。
だが、今回はその必要がないと判断して、鬼に対して手短に説明。
そうしている間に、今更ながらの罪悪感がヒシヒシと襲ってきた。
自分は前世を覚えていて、あの人生の岐路でそれを生かして錆兎を死なせずに今こうして平和とは言い難いものの、幸せな人生を送っている。
そう考えてみれば、自分がきちんと気をつけていれば、あるいは炭治郎の家族を救うことはできたのではないだろうか…。
大切な者を失うのは辛い…本当に前世の自分は人としての幸せどころか感情の全てを失ってしまったほど辛かったのだ。
そう思えばこそ、余計に避けられたはずの悲劇を忘れていた自分がひどく薄情な気がして、居たたまれない気分になってくる。
「…お前の…家族を救えなくて……済まなかった…」
と、鬼の説明と鱗滝さんの所へ行くようにと言う指示を伝えたあと、前世では伝えることのなかった言葉が思わずこぼれ出た。
そうして今度は家族を埋葬するために穴を掘る少年を手伝ってやる。
そしてふと余分に買っておいた団子の事を思い出して、それを土が盛り上がっただけの墓に供えてやった。
すると、少年は気丈にも微笑みを浮かべて
「家族の埋葬まで手伝って頂いて、お供えまで頂いてありがとうございました」
と、頭を下げてきた。
違う…そうじゃない。
俺はお前の家族がこの時期殺されることを知っていて忘れていたんだ…と、思うと、そんな風に礼を言われるのが居たたまれない。
前世でなくした分、今生では他人の2倍くらいあるのではないかと思う感情の揺れが、出ない言葉の代わりに目から涙を溢れさせると、目の前の少年は少し驚いたように目を見張って、そして次に穏やかに微笑んで
「義勇さん…優しい人ですね」
と、溢れ出る涙を拭いてくれた。
泣きたいのは彼の方であろうに、よりによってその相手に慰められるとは…
自己嫌悪と情けない気持ちがグルグルと頭の中を回って、狭霧山に向かう炭治郎と分かれてからとぼとぼと肩を落として山を下っていると、麓の方から近づいてくる人の気配。
こんな時間にこんな所に?
と、不思議に思って顔をあげると、そこには息をせききって走ってくる錆兎の姿。
え?えええ???!!!
「錆兎っ!なんでここに?!」
義勇の方も慌てて走り寄ると、パサリと外套を羽織らされた。
「お前っなにかあったのか?!
前の任務で何か嫌なことでもされたか?!」
と、ぎゅうっと抱き寄せられた腕の中で錆兎を見上げれば、ひどく思いつめた藤色の瞳が義勇を見下ろしている。
「錆兎…お前強制入院中じゃ?」
と、おずおずと問えば、
「お前に何かあったかと思えば呑気に寝てられるものか。
抜け出してきたに決まってるだろう」
と、覆いかぶさるように腕の中に閉じ込められて、上から怒ったような声が降ってきた。
どうやら義勇が戻って顔を見せる間も、外套を取りに戻る間も惜しんでここにきたことで、前の任務で何か辛い思いでもして本部に戻りたくなかったのかと思って心配したらしい。
本当に…前世でもそういう傾向はあったのかもしれないが、とりあえずは鱗滝さんの元でただ修行をしていたあの時期と違って、今生では二人して鬼殺隊に入って危険に身を晒しているということもあるのか、錆兎は一段と自分に対して過保護になっている気がする。
それでもその体温が嬉しくて、
「涙の跡がある…辛いことがあったなら俺に話せ」
と冷え切った頬に触れる温かい手に頬を擦り寄せ
「話せば長くなる。医療所に戻ったら話す…が…」
「…が?」
と、一旦そこで言葉を切ると、そう聞き返してくる錆兎に
「…辛いことはあった…」
と、言うと、存外に辛そうな顔をされた。
これはまずい。なにも錆兎にそんな顔をさせたいわけではない。
そう思って、空気を変えようとそこで、笑顔で戯れのつもりで
「守ってやりたくなったか?」
と、見上げたら、窒息しそうな勢いで抱きしめられて、目を白黒させる羽目に陥った。
おまけに…
「いつでも…そう思わない時は一瞬たりともないのだが…伝わっていなかったか?」
と、耳元で実に男らしく美しい声で切なげに落とされた言葉に、腰が抜けて立てなくなって抱きかかえられて帰る羽目になったので、今後はそういう冗談は控えようと、義勇は心に硬く誓った。
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