…義勇の……泣き声……?
…泣くな、泣くな、義勇。俺がいるだろう?だから泣くな……
なぐさめてやらねば…と、泣き声の方に手を伸ばせば、悲鳴のような義勇の声が聞こえた。
その声に驚いて目を開ければ、同じくらい驚いた顔の義勇がいる。
その目は涙で溶けてなくなってしまいそうなくらいで、どれだけ泣いたのだろう、瞼がひどく腫れていた。
そんな義勇の姿を見れば、ぼ~っとしていた意識が一気に覚醒する。
「どこか痛いのか?!それとも誰かに何かされたのかっ?!!」
と、思わず飛び起きて義勇の腕を取って引き寄せると、
「どうしたんだ?!じゃねえぞっ!て~い!!」
と、上から頭上にストンと軽く手刀が落とされる。
「…宇髄?お前、義勇になにかしたのかっ?!」
としっかりと義勇を抱きしめながら見上げて言えば、宇髄はどこか呆れたような…残念な者をみるような目で錆兎を見下ろしてくる。
「お前なぁ…自分が泣かせておいて、俺のせいにすんなよ?」
と、はぁとため息をつかれて、
「え?おれ??」
と錆兎はきょとんと、腕の中に抱え込んだ義勇を見下ろした。
義勇は錆兎の腕の中でまだぐすぐす泣いていて、
「義勇、どうした?俺が何かしたのか?」
と、その額に口づけてやると、涙目でみあげて
「…生きててくれたから…もう、いい」
とまたぎゅうっとしがみついてくる。
そう言われて改めて確認するとどうやら病室の寝台にいることに気づいて、今度は宇髄に視線で尋ねると、宇髄ははぁ~と片手で顔を覆いながら息を吐き出した。
「お前なあ……なんでも1人で抱え込むなって俺言わなかったか?」
「……?」
なんのことかわからない…と、また視線を送ると、宇髄はまた、テイッと錆兎の頭に手刀を落とす。
今度はさきほどよりもだいぶ強く。
「自分の限界考えて仕事しろっ!
余力が残んねえと思ったら、他でも出来そうな任務は他に振るように言えっ!
他が引き受けてくれなかったら俺が引き受けてやるからっ」
そう言われて思い出すのは…
「10日連勤…か?今回の」
しかしあれは自分で選んだわけではないのだが…そもそもが柱は皆それぞれに忙しくしていたはず…と思えば、そんな錆兎の表情で考えを読み取ったのだろう。
宇髄がかなり厳しい表情で言った。
「それもだが、その上でお前胡蝶の救出行きやがっただろ!
本部はもう限界だから絶対に休息取れって命じてたはずだ」
「でもあれは……」
行かねば胡蝶が死んでしまうから…と言おうとする錆兎の言葉をさらに宇髄は遮った。
「お前が死ぬくらいなら、他は犠牲にしておけっ!
いいかっ!俺達は柱だっ!象徴だ!
でもってだ、お前はそんなかでも一番の御旗なんだよっ!
お館様の次くらいに死んだら他への影響的にやべえってこといい加減自覚しろっ!!」
「…でも……」
「でもじゃねえっ!!!」
そう怒鳴ってから、宇髄は冷静になろうとしているのか、深呼吸を1つ。
「とにかく…本部には言っておいた。
お前の任務はお前にしかできねえようなの以外は極力減らして、常に余力を残させて非常時に備える。
単体で出来ねえようなものも、なるべく煉獄や俺が少しずつ受け持って慣れていく。
あんま集団行動は得意じゃねえが、上弦まで出てくるようになった日にはそうも言ってられねえしな。
ちなみに…知りてえだろうから教えといてやる。
上弦の弐は夜明けとともに撤退。
煉獄も不死川も軽症は負ってるが無事。
胡蝶は肺やられててもう呼吸法が使えねえから隊士としては引退だが、無理しなければ日常生活を送れる程度には無事だ。
で、お前は胡蝶が吸い込んだ毒の応急処置を終えた瞬間、血ぃ吐いて倒れて、そのまま丸1日意識不明。
お前の可愛い後輩たちはだなぁ…胡蝶は号泣。煉獄も号泣。
二人して自分が死ねば良かったとか、もうお前半分死んだことになってるようなノリだからな?
でもって…不死川はこいつもなんだか怒りながら号泣。
で、お前の大事な片割れはお前が死ぬなら自分も死ぬって、飲まず食わずで泣いて泣いて泣いてお前にしがみついてたわけなんだが…
今柱で機能すんのは俺と悲鳴嶼さんと伊黒くらいで、俺がお子様たちのなだめ役に残されて、悲鳴嶼さんと伊黒が任務に飛び回ってる状態だ。
お前な、むちゃする前に可愛い後輩達と片割れの泣き顔思い浮かべろ。
それで思いとどまっとけ。ガキどもの兄ちゃんなんだからなっ!」
はぁ~と片手を腰に当て、もう片方の手を額に当ててうつむきながらそういう宇髄に、錆兎の腕の中で義勇が
──…でも…宇髄も怒りながら泣いてた……
と、ぼそぼそっとつぶやく。
その言葉に
「うるせえっ!俺は泣いてねえっ!!」
と、今度は義勇の頭にもテイッと一発食らわせて、
「とにかくっ!目ぇ覚めたんなら、他の奴ら呼んでくるから、起きてまってろよっ!」
と、宇髄はそそくさと逃げるように病室を出ていった。
にぎやかな宇髄が出ていって、シン…と静まり返る病室。
…錆兎……
と小さな声に腕の中を見下ろせば、まだ真っ赤になった目に涙がいっぱいの義勇が自分を見上げている。
そんな様子は憐れを誘うが、壮絶に愛らしい。
「…義勇…心配をかけてすまなかった…」
と、赤くなった目元にまた口づけを落とすと、義勇の手が首の後ろに回って、
「…こっちがいい……」
と、そのまま引き寄せられて、唇に誘導された。
…柔らかい…可愛い……
正直まだかなり疲労が貯まっていたのだろう。
正常な判断力を本能的な欲情が上回っていて、義勇の絹糸のような髪に指を走らせて後頭部をしっかりと固定すると、小さな唇を舌で割り開いて侵入する。
そこには怯えたように縮こまる義勇の柔らかい舌。
それを絡みとって己の舌を絡めると、腕の中で義勇はビクゥっと身を震わせたが、それでも拒むことはしなかった。
心臓が耳に直結してしまったように、高まる己の鼓動が聞こえる気がする。
…義勇…義勇…義勇…義勇…
まるで他の言葉はこの世から全て消え失せてしまったかのように、その言葉しか思い浮かばない。
背に回した片腕でぐいっと義勇の身体を引き寄せて、寝台の上に引き倒すと、錆兎はまたその唇を貪った。
愛おしい…大切にしたい…そう思う一方で、自分のものにしてしまいたい…と言う思いが押し寄せる。
それはおそらく死を間近に見た雄の本能なのかも知れないが…そんなことを冷静に判断するような余裕も、錆兎には残っていなかった。
手はさらに求めるように義勇の隊服へ…そしてボタンに手をかけた瞬間…
「お~!ちょっとお子様達はそこで待ってろ。
お兄さんはあれだ、その前にちょっと錆兎に話があるわ」
と、ガチャリと開くドアに、ハッと我に返って、義勇に覆いかぶさるようにしていた錆兎は慌てて半身を起こした。
おそらく音柱で耳が良い宇髄はドアの前ですでに部屋の状況に気づいていたのだろう。
そうしてドアのところに他を待たせて、自分だけ部屋に入ってくる。
ベッドに押し倒されたまま脱力している義勇と、ベッドの上で半身を起こして、己の顔を片手で覆っている錆兎を交互に見た宇髄は、ひとまず義勇を放置で錆兎の横に。
──同意か?
と錆兎に耳打ちしてくる。
それに錆兎が小さく首を横にふると、宇髄は苦笑して、義勇の腕を取ってそのまま立たせ、
「ちょっと錆兎と込み入った話があるから、煉獄と不死川にはやっぱり30分ほど待合室で待っていてくれって伝えろ。
あ、お前もあいつらと一緒に待っててくれ。
ここからはちょっと極秘な話になるから」
と、反論する間も与えずに廊下に送り出す。
パタン…と閉まるドア。
錆兎の口から大きなため息が漏れた。
「すまん…助かった、宇髄」
襲ってしまうところだった…と、脱力する錆兎の肩を、宇髄は
「いや、お前はよく耐えてると思うわ。
この宇髄様でも、義勇みてえにあそこまで無意識に無防備に煽ってくんのを手も出さずに逃げもせずなんて状況続けんの無理だわ。
お前はすごい。そのあたりは自信もっていいぞ」
と、ポンポンと叩く。
「まあ…今回は心身ともに過労で忍耐もすり減ってるからか…
お前、入院中持ちそうか?
義勇は絶対にここに泊まる気満々だと思うが……」
「…無理」
「だろうなぁ…」
と、即答する錆兎に宇髄が苦笑する。
宇髄からするともう襲ってしまっても良い気がするのだが…何も知らないわからないというなら、お前が教えてやれと思う。
まあそれを良しとしないところが、錆兎の錆兎たるゆえんではあるのだが…
「お前いつまで頑張るつもりよ?気持ちは確認出来てんじゃねえの?」
と問えば、
「…20歳。抱かれる側に負担がかかるというなら、せめて完全に身体が大人になるまでは駄目だ」
などと言われて、もう目が点になる。
宇髄にしてみれば18,9も20も変わりないとは思うのだが、もうここまで待ったなら、あと少しくらい好きにすればいいと、割り切った。
「んじゃあ…まあ、今回は偉い偉い大先輩の宇髄様がちょっと大丈夫なように手ぇ回してやるから、感謝しやがれ」
と、笑ってくしゃくしゃと錆兎の頭を撫で回すと、
「…助かる」
と、心底安堵した声が返ってくる。
「おう、じゃ、ガキ共連れてくるわ」
と、錆兎に後ろ手に手を振って、宇髄は今度こそ煉獄達を連れに、病室を出ていった。
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