それでも・現在人生やり直し中_花が散る時


そんな新人だった煉獄もいつまでも新人のままではいられない。

「錆兎、今任務終わったところか?」
と、自身も任務を終えて報告しに行く途中だった煉獄は、奥の方から義勇を背負って歩いてくる錆兎に向かって手をあげた。

「お~、これで10連勤で、そろそろ死ぬ寸前だな…主に義勇が」
と、錆兎はちらりと自分の背で眠っている片割れに視線を向けて言うが、煉獄の目から見れば錆兎もそろそろ過労死寸前に見える。


煉獄が柱に就任してからそろそろ2年が過ぎようとしている。

自分ではまだまだだとは思うが、煉獄もすっかり一人前扱いで、日々、東に西にと任務で飛ばされて忙しい。

それでも自分はまだ一般隊士だけでは危ういと判断された時に入ったり、救出作業をしたりと、ただ戦闘が強いというだけですむ任務だが、部隊の指揮に定評がありすぎる、この自分が新人の頃に面倒を見てもらった先輩柱は大掛かりな任務となると必ずといって良いほど駆り出されて、自分なんかの比ではないほど大変そうだ。

いつか自分もそのあたりを学んで、少しでも彼の代わりになれればいいのだが…と、思いつつも、日々の任務に忙殺されて学ぶ時間すらない。

「ま、俺達はさすがに明日から何があっても呼び出さないって約束の2連休もらえることになったから、寝る!
もうお館様の身に危険が及ぶとかいうレベルじゃない限り、2日は絶対に動かない。
お前も死なない程度に頑張れよ」
と、それでも笑顔を絶やさないあたりに感心しながらも、

「ああ、おやすみ。
良い休日をすごしてくれ」
と、言って、煉獄が一歩奥に足を進めたときだった。


──カァァ!!煉獄杏寿郎ゥ!!街の南西へ迎えェ!胡蝶カナエが上弦弐と遭遇中ゥ!!!急げェ!!

バサバサと羽音をさせて鎹鴉が飛んできてそう伝える。


「「上弦の弐?!!」」
同時に叫ぶ二人。

義勇はよほど疲れたのかそれだけの大声でも目を覚まさず、しかし背中でピクリとだけ動く。

「俺は?!何か指令来てないのかっ?!!」
と、義勇を背負っているため背負われた義勇の肩にとまっている自分の鎹鴉に錆兎がきくが、

──鱗滝錆兎は休息せよォ!!
と、羽根を一度バサッと羽ばたかせて、また大人しく義勇の肩に止まりなおした。


確かに…少々疲労がたまりすぎている。
並の相手ならとにかく、相手は上弦、しかも弐だ。
通常のときでさえ敵わない可能性が高い相手である。
ここで無理に行っても足手まといになりかねない…そうは思うが…しかし……

錆兎は迷う。

「とりあえず俺は急いで向かうっ!話はまた今度!」
と、バサリと羽織を翻して煉獄が走り去ろうとした瞬間…奥の方から疾風のようにかけてくる影。

「何やってんだァっ!!煉獄も錆兎も急ぐぞォっ!!」
と、血相を変えて叫んだのは不死川実弥だ。

「ああ、俺は今行こうと思っていたところだっ!
共に向かおう!
錆兎は鎹鴉から休息を取るよう指示されている」
と、煉獄が説明すると、

「あぁ~!!!ざけんなっ!てめえっ!焼き鳥にすっぞっ!!!」
と不死川は義勇の肩にとまる錆兎の鎹鴉にくってかかった。

それにさすがに義勇がうっすらと目を開けた。

「…不死川…うるさい……」
と、珍しく不機嫌そうに眉を寄せる義勇。
眠い、うるさい、静かにしろ、と、顔に書いてある。

「うっせえっ!てめえら、胡蝶見殺しにするつもりかっ!!
悔しいけど、お前らが一番強えんじゃねえかっ!!
一番なんとか出来る可能性あるんだろうがあぁ!!!!」

「…こ…ちょうっ?!!!!見殺しってなんだっ?!!!!」
不死川の叫び声の中からその言葉を拾って、一気に目が覚めたらしい。
ガバっと義勇が身を起こした。

勢いで落ちそうになった義勇の両肩にとまっていた対柱の2羽の鎹鴉がそろってバタバタと羽ばたきをする。

「今、胡蝶が上弦弐とやりあってんだよっ!!早く行かねえと手遅れになるっ!!」
と、説明すれば、もういくら鎹鴉の指示が休息であっても義勇に行かないという選択肢はないし、そうなったら錆兎にだってない。

「これも…休息の一環てことにしといてくれ、悪いな」
と、義勇の肩から自分の腕に移動した鎹鴉にそう言うと、錆兎は先頭を切る不死川に続いて走り出した。


疲労で頭が上手く働いてくれない。
だが、現場についたらもう一瞬の猶予もない本戦確定だ。
移動中にある程度の対応は考えなければならない。

上弦の弐は冷気を操る鬼で武器は1対の扇。
鎹鴉から得られた情報はそれだけで、そこから色々な戦闘パターンを考えていく。
たぶん自分達がたどり着いた頃には胡蝶は戦力にはならない。
使えるのは水の対柱の自分達と、風の不死川、炎の煉獄。

そして下手をすれば動けない胡蝶を連れて撤退しなければならない。

足止めは…水の自分達には難しい。
冷気で戦う敵ということなら、一番効果的そうなのは炎の煉獄だが、どこまで通用するのだろうか…

上弦1人を相手にするのに柱は最低3名欲しいときいたことがあるが、今自分たちは4名いるとしても、自分と義勇はもう体力がギリギリで、あとの2人は柱になってまだ2年そこそこだ。

首を切るまでに至るのは難しいだろう。
それなら胡蝶を連れて撤退したいところだが、敵が素直に逃してくれるとは思えない。


そうなると……と、考えて、錆兎は懐中時計を開く。

夜明けまで2時間ほど。
自分たちが現場につくまで30分として、残り1時間半持たせられれば、勝てはしないが負けもしない。

「杏寿郎…悪い、すごく危険なことを頼んでいいか?
この中でお前しかたぶん出来ない」

後輩に一番危険な部分を受け持たせる…それは避けたいが、それしか思い浮かばない。
断腸の思いで錆兎が言うと、

「おう!任せてくれっ!!
錆兎に頼られるとは、嬉しい限りだっ!!」
と、気持ちが良いほどきっぱりとした返答が返ってきて、なんだか泣きたくなった。

「すまない…」
と、もう一度謝ると、

「何を言う!
おそらく胡蝶をまず守る事を優先してのことなのだろう?
柱と言えどもか弱い女性を守るのは、男として当然のことだ!
むしろ名誉な頼みだと思うぞ」
と、返す煉獄に、ああ、短期間で素晴らしい柱に育ったと、こんな時なのに胸が熱くなる。

しかしとりあえずは説明が先だ。
本当に頭がよく回っていない自覚はあるし、意識がはっきりしているうちに早めに済ませねば…と、錆兎は再度口を開いた。

「まず胡蝶の救出が間に合わなかった場合は、即撤退だ。
俺がなるべく食い止めるからみんな速やかに撤退してくれ。
逃げられそうなら俺も撤退する。
で、ついた時にまだ胡蝶の息があったら、夜明けまでおそらく1時間半ほどだからその時間なんとか粘る。
敵は冷気で攻撃してくるらしいから、杏寿郎はとにかく炎の呼吸の型を連発してくれ。
義勇と実弥は敵の撹乱な。無理のない程度に。でも杏寿郎を絶対に死なせないように。
無理に首を取りに行こうとはするな。
たぶん上弦弐の強さだと半端な攻撃は通用しないから。
で、俺は胡蝶の状況次第で、撹乱に加わるか胡蝶を守るかを決める。
今俺はやや過労気味で少々余裕がない。
だから多くは選択肢を考えられないし、感情論での反論は認めない。
全て効率で判断して、異議があるなら理由を添えて速やかに伝えてくれ。
特に異議がないようならそれでいいな?」

「「わかった」」

2人が同時に返答を返すのを聞いて一呼吸。

「じゃあ、方針が決まったところで急ぐぞ」
と、錆兎は説明のために若干緩めた速度を最大限に早めて走った。




「ここから約2町ほど先に上弦がいる。
1町を切ったら杏寿郎は炎の型をぶっ放せ。
胡蝶はまだ息がある。
あと…胡蝶に向かって何かが接近してる。
人…若い娘だな。
両方保護するから、実弥はそのまま杏寿郎の補佐で敵を撹乱。
義勇は念の為俺と2人の方へ来てから、杏寿郎達に合流だ」

「了解したっ!では先に行かせてもらうっ!!」
と、まず煉獄が刀を抜く。

赤々と燃える炎が夜の闇を切り裂いて、一路前方へと向かっていく。

「胡蝶は任せたっ!!」
と、不死川の緑の風が、炎のあとを追うようにやはり前方へと伸びて消えた。


二つの光に、対峙していた鬼が数メートルも後ずさったところに、倒れかかる胡蝶を支えようと伸ばした錆兎の腕に刺さりかけた刀を、義勇が弾き飛ばした。

からん…と地面に転がる刀。
それをとっさに拾おうと身を翻しかける相手を薙ぎ払おうとする義勇。

だが、自分の羽織を脱いで地面に敷き、そこに傷を負った胡蝶を横たわらせながら

「やめろ、義勇っ!胡蝶の妹だっ!!」
と、制止を促す錆兎の声に、義勇の刀がぴたりと止まる。

「お前もだ。確かしのぶ…だったか。
俺は錆兎だ。怪しいものではない。
お前の姉の同僚で、今回助けに駆けつけた。
一刻を争うからとりあえず今は静かにしろ!動くな!」

そう告げると、錆兎はカナエの傷に触れ、そこから体内の気配を探る。

…さびと……さ…ん…
うっすらと目を開けるカナエが少し安堵の表情を浮かべた。

…しのぶを…おねがい……

重傷だ。おそらく相手の攻撃に毒のようなものがあるのだろう。
片肺が壊死している。

自分の死というものを受け入れて、妹を案じて託そうとするカナエに、義勇が泣いた。

「たすっ…助かるよなっ?!錆兎、錆兎なら、助けられるだろっ!!」
シャクリを上げる義勇に、それまで状況を理解してジッと我慢していたしのぶまで泣き始める。

「助けるっ!だから義勇は実弥と撹乱に加われっ!こっちに攻撃向けるなよっ!」
「…ほんと…に?」
「本当だっ!今まで俺がお前に嘘をついた事があったか?!」
「……ない」
「…ならいけっ!」
「…うん!!」

ぐいっと涙を拭いて敵をひきつける煉獄と不死川達のほうへ駆け出す義勇。

それを振り返りもせず、錆兎はカナエに声をかけた。

「大丈夫だ。お前は助ける。お前は助かる!」
そう言いながら、気配を探る要領で注意深くカナエの傷と毒の周り方を探る。

正直、御神刀の力をこんな風に使ったことはない。
だが出来るはず…出来なければ困る…と、錆兎は集中した…が、隣でシャクリをあげる音で集中が途切れる。

「静かにしろっ!!」
と思わず怒鳴りつけると、ビクっとすくみ上がる気配。
それに、自制しきれない自分に気づいて、錆兎は小さく息を吐き出した。

「怒鳴ってすまない。
今お前の姉の傷の状態をとある能力で探っていて、どこを治療すれば毒の周りがとまって傷がふさがるのかを考えている。
そこに雑音が入ると集中できないんだ。
悲しいのも不安なのもわかるが、今だけはなんとかこらえてくれ。
寄り添ってやれる余力がなくてごめんな?」
と、まだ小さな頭を撫でてなんとか笑みを向けてやると、少女は気丈にも

「ごめんなさい。大丈夫です。私のことは構わず続けて下さい」
と、頷いた。

「ありがとう」
と、錆兎はその言葉に、少女からカナエに視線を移す。

右側の肺の壊死はどうしようもない。
それ以上進まないよう、ちょうど止められそうな辺りを探る。

「胡蝶…俺の声が聞こえるな?」
と、声をかけると、カナエは頼りなげな様子で、それでも小さく頷いた。

「よし、良い子だ。
これから壊死を止めるぞ。
俺も手伝う。俺の呼吸に呼吸をあわせろ。
ゆっくりでいい…」

そうして壊死している部分が広がらないよう、ゆっくりその部分に活力を送り壊死を止めるようつとめていく。

「そう…いいぞ…集中しろ。大丈夫。大丈夫だ。お前は強い人間だ」

全神経をそのひとところに集中し、壊死が止まった場所から次の場所へと誘導する。
神経を使いすぎて動悸がしてきた。
吐き気と目眩…途中飛びそうな意識を気合で保ち、ゆっくり、ゆっくりと細心の注意を払って誘導する。

活性化した部分を避けて逃げ回る毒を先回りして逃げ道を塞ぐ細かい作業。
あと…少し…ここを塞げば……

どうしようもなくこみ上げる吐き気。
もうギリギリでこれ以上はまずいからと休息を進められた状況で、御神刀の力を使い慣れないやり方で使う事による疲労…

おそらく限界に来ているのだろう。

…ここで…最後だ!ふさがったっ!!

そう思った瞬間喉元を通り過ぎる不快感。
そして口内に広がる鉄の味…

……そして……暗転………



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