それでも・現在人生やり直し中_煉獄杏寿郎16歳から見た水の対柱の話_2

錆兎についてもう一つ、杏寿郎が忘れられないほど感銘を受けた話がある。

それは初日の昼、彼の片割れの大好物だという鮭大根の美味い飯屋に連れて行かれたときのことだ。


そこは本部から近いこともあり、鬼殺隊の一般の隊士も多く出入りをする。

…錆兎殿だ…
…おお~!今日は水の対柱がいるのか~、これは縁起がいい!

店のあちこちから好意と羨望の眼差しが向けられる。

「ああ、錆兎さんいらっしゃい!義勇さんはいつもの鮭大根だね?」
と、店の女将が笑顔で出迎えるのに、

「今日は新人を連れてきた。
これから1月ほど共に任務に着くからな。
力がつくように旨いものをくわせてやってくれ」
と、錆兎が言うと、

「いつもここいらを守ってくれて、うちを贔屓にしてくれる水柱様の後輩ってことなら大歓迎しないとねっ!
今日はこれはサービスだよっ!これからも贔屓にしておくれよ、新人さん」
と、女将はどんぶりいっぱいの飯と皿にいっぱいの惣菜を杏寿郎の前にどん!と置く。

この量を無料でというのはさすがに悪いと遠慮すると、女将に
「水の対柱には何度命を救われたかわかりゃあしない。
それにね、二人が店によくくるからと二人に会いたさに来る客も絶えないから商売繁盛!
お兄さんもいっぱい食べてそんな風に立派な柱になっておくれ」
と、言われて、それでは…と礼を言って、いただきますと手をあわせてありがたく頂く。

「旨いっ!!」
と、思わず声が出た。

さすが二人が贔屓にする店だけに庶民的だがとても旨い。

「だろっ?」
と、目の前で錆兎が笑い、
「…鮭大根はここのが一番なんだ…」
と、それまではひたすら無言を貫いていた義勇が、その隣で鮭大根をひたすら頬張りながらぼそりとつぶやく。

にぎやかな店内。
そうして食っている間にも、他の隊士やら街の人々やらが、入れ替わり立ち代わり二人…というか、主に返事をするのは錆兎だが……に、話しかけに来る。

「お前ら、本当に何年経ってもいつでも一緒だよなぁ」
「お~、村田っ!最近一緒になってないが元気か?」
「おかげさまで。最近っつっても10日前に一緒になっただろ」
「いや、それから8回ほど連勤だったからな。久しぶりな気がする」
「まじでか~。忙しいな、柱は」
などと親しく言葉を交わしているのは、どう見ても一般の隊士だ。

それが離れると、
「あ、水柱様、先日はありがとうございましたっ!」
と今度は別のまだ少年の様相の隊士がかけよってくる。

「あ~、この前の。怪我は大丈夫だったか?」
「はい。すぐ助けて頂いたので幸いかすり傷で…」
「そうか、それは良かった」
「忙しいのに申し訳ありません。鬼の追跡…間に合いましたでしょうか?」
「大丈夫だぞ。後輩のための盾となり、街の皆の剣になるのは柱としての使命だ。
それは柱なら誰しも同じことを思っている。当たり前のことだ」
と、まだ小さな頭を撫でる表情は強く優しい。

「頑張って立派な隊士に育てよ、少年」
と言われて嬉しそうに会釈をして去っていく少年隊士。

それが終われば、今度は鬼に喰われそうになっていたところを助けられた商人やら、攫われた子どもを見つけ出してもらった父親、木に登って降りれなくなった子猫を助けおろしてもらったという爺様まで、わらわらと列をなしてとりかこみ続けた。

そんな中でも義勇は黙々と鮭大根を頬張っているが、錆兎はひたすらに訪ねてくる隊士やら街の人々やらの対応に追われながら、せわしなく食事をしている。

忙しいから時間がないからと遮るのは簡単だがそれをせず、話に来る一人一人の言うことにきちんと向き合っている姿勢は、幼子の話を聞いてやる親のようにも見えた。

ああ、この人は本当に街の人々が…そして鬼殺隊の隊士が慕うべき柱なのだ…自分の目指すべき姿の全てがこの人の中にある…と、杏寿郎は強く思う。


こうして杏寿郎と義勇が腹いっぱい食べ終わると、錆兎はどのくらい食べられたのかはわからないが、とりあえず稽古場を借りに本部へ帰ろうと言うことになった。

「今日は騒々しくも忙しない食事になって悪かったな。ちゃんと腹いっぱい食えたか?」
と、錆兎はそれでも帰る道々、杏寿郎にまで気をかけてくれる。

本当にこの人はどこまで他人のために時間を使っているのだろう…と思いつつ、

「ああ。とても美味かったし腹いっぱい食べさせてもらった。
だが、錆兎は食えなかったのでは?」
と、言うと、義勇が懐から包みを取り出して錆兎に渡した。

「ああ、義勇、ありがとな」
と、当たり前にそれを受け取って包みを開くと、そこには五目ご飯を握ったおにぎりが入っていた。

「義勇があそこの鮭大根が好きでよく行くんだが、どうも知り合いが多くいる店でな。
話しているとなかなか食う時間が取れないから、女将がいつも気を利かせてこうやって五目飯を握っておいて持たせてくれるんだ」
と、聞いて、なるほど、と思う。

本部まで歩いて30分ほど。
この帰り道が錆兎の食事時間らしい。

「ああやって…普段から時間を取って会話を交わすから、皆、必要な時に可能な限り協力をしてくれる。
錆兎は世界一強いしカッコいい。けど、すごいのは強いだけじゃなくてそういうとこだ」

この錆兎の食事時間の間は、今度は義勇が話し始める。
おそらく普段はあまり話さないのだろう。
言葉はぎこちないが、それでもあるべき柱の姿を説こうとしてくれていることはなんとなく感じられる。

「…つまり……いいたいことは……」
と、それでも上手く伝えられていないと思うのだろう。
少し考え込む義勇に

「義勇は俺が目指すべき柱の姿が錆兎の行動を追えば見えると伝えてくれようとしているのだな?
よくわかった。ありがとう」
と、伝わっていることを伝えると、義勇は

「ああ…杏寿郎は俺と錆兎が大切にそだてるべき後輩だから」
と、ふわりと微笑む。

不謹慎だが、なんだかその笑みは愛らしいと思った。
そう、そう思っただけで、決して口に出してはいないのだが、何故かそこで

「義勇はやらんぞ」
と、錆兎の一言。

へ?と、視線を向けた時には、また五目飯を頬張っていたので、空耳…だろうか?と杏寿郎は思わず首をかしげた。


そんなこんなでもうすぐ本部へ着くという頃、
「あ、錆兎~!ちょうどよかった、聞いてくれよ~!!」
と、2,3人の隊士の姿。

あ~まだいたかぁ~と錆兎はちらりとそんな表情を浮かべるも、すぐ諦めたらしい。

「なんだ?これから柱稽古をするつもりだから、10分だ。
本部の稽古場に着くまでの10分だけなら聞いてやる」
と、苦笑しつつも了承する。

本当に…移動時間すら自分の自由にはならないのか…と、さすがに杏寿郎も錆兎の忙しさには呆れ返った。

しかも…その内容は、果たして錆兎に言わねばならないものなのか…付き合いがいいのも考えものだと思えるようなもので……


「あのな、嫁が飯作らん」
「は?」

はぁ?と思ったのは錆兎だけじゃない。
杏寿郎も思った。
何故それを錆兎に言う?

「俺の方が早く帰った時は俺に作れとか言うんだぞ。
嫁、お前のこと尊敬してるからさ、お前からなんとか言ってやってくれよ」
「…嫁が正しいな。というか、お前がよほど遅くなる場合じゃなければお前が作れ。
お前の嫁も隊士だろう?」

どうやら年上の同期というやつらしい。
錆兎も言い方に遠慮がない。

「いや、料理は嫁がやるものだろう?
嫁の尻に敷かれて料理とかみっともない真似、男としてはできんだろう」

とその言葉に、先輩の柱とその同期の話に口を挟むことのできる立場ではないが、杏寿郎はむっとする。

杏寿郎の母は身体の弱いひとであったため、煉獄家では父もよく料理をしていた。
男が料理をするのがみっともないと言われると、自分の家をひどく貶められているきがした。

だが、先輩たちの間の話というのを差し置いても、それをどう話せばいいのやらわからず、杏寿郎はただ下をむいて黙り込む。

──杏寿郎?どうした?
と、同期に気が行っている錆兎の代わりに、義勇が少し心配そうに杏寿郎の腕にそっと手をかけ、顔を覗き込んでくるのに、杏寿郎は

──いや…なんでも。心配をかけてすまない。
と、慌てて笑みを浮かべた。


そんなときだった。
錆兎がきっぱりと言った。

「男としてということならば、嫁に料理を作れと強要するお前の方がみっともないぞ」
「はぁ?どこが?」

「嫁はお前と同じ仕事についているんだろう。
なら、それ以上の雑務は体力のある方がやるのが道理というものだ。
それを嫁にやらせるということは、男であるくせに嫁より体力がないと自分で言っているようなものだ。
それこそ男の恥だろう。
男ならば嫁の分の負担もあわせて自分が背負えるくらい身体を鍛えろ。
以上。10分終了だ。帰れ」

隣で
──さすが錆兎…
と、義勇がパチパチと手を叩いている。

杏寿郎も思わずパチパチとそれに習って手を叩いた。

それにつられるように他の同期たちも…。

杏寿郎はモヤモヤとしていた胸のつかえがいっきに取れたように思った。

自分の中にきちんとした善悪や判断基準を持っているからこそ、一見流されそうな話題でもきちんと自分の中の良識に従った答えを考え主張できるのだろう。
錆兎はすごい、本当にすごい男なのだ…と、義勇ではないが拍手喝采とともに声高に叫びたくなる。

もちろん、その後につけてもらった稽古でも、父に稽古をつけてもらえなくなってからやや我流になっていたために付いてしまっていたおかしな癖なども指摘してもらい、とても有意義な時を過ごすことが出来た。

隊士時代は幼い時に父に継子として鍛えてもらっていた杏寿郎よりも強い同期もおらず、誰かに鍛えてもらうなど本当に数年ぶりで、懐かしくも心温かい気分になる。

強くて賢くて優しくて…弱者のために自分の時間を限りなく割きつつも、親しい相手にも間違っていることは間違っているときちんと伝える。

それはまさに幼い頃、優れた人間はその人よりすぐれた分の力は世の弱者のためにつかうようにと言った母の教えを体現している生き方そのものだ。

そうだ、このひとについていこう。自分が目指すのはこの男の姿だ。
この日、杏寿郎は心の底からそう思ったのである。




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