謝らないと…とにかく謝らないと…と思いつつ、会う機会がないまま2日がたってしまう。
だが、今日はなんのかんので柱の殆どが本部へ集まると聞いて、今日こそ謝罪をと思っていたところにこれだった。
遠ざかる足音…
2人の姿が完全に見えなくなると、カナエは力が抜けてしゃがみこんだ。
しゃがみこんでいる場合じゃない。
泣いてる場合じゃない。
任務をこなさないと…
錆兎さんと義勇さんに頼めないなら、他の人に同行をお願いしないと……
そう自分を叱咤するものの、力の入らない手足は言うことを聞いてくれない。
柱なのに情けない…
涙が溢れた目をぎゅっとつむり、ぐっと奥歯を噛み締めて立ち上がろうとしたその時、ぽん、と頭に振ってくる手。
…錆兎…さん?
と、反射的に思って顔をあげると、そこには困った顔の宇髄がいた。
いつも独立不羈な宇髄にしては珍しく、どこか気遣わしげな様子で、
「もしかして、この前のこと、まだ気にしてるか?
ありゃあ俺が悪かった。
まさかあそこまで過激派がいるなんざ思っても見なくてな。
まあ、俺があとで謝っとくから、とりあえず任務だろ?
俺と爺様が付き合うから、ちゃっちゃと済ませるぞ」
と、グリグリとそのままカナエの頭をなでて、隣にいた桑島に視線を送った。
そうして桑島がうなずくと、カナエを助け起こしてくれたので、カナエはそれに礼を言いつつ、桑島にも頭を下げる。
考えてみれば水の対柱の2人以外の柱との共同任務は初めてだ。
これも良い経験になるかもしれない。
なにしろ宇髄は新人時代の錆兎の補佐役だったというから、学ぶところは多いに違いない。
落ち込んでいる場合ではない。
前に進まなければ!!
「桑島さん、宇髄さん、よろしくお願いします!」
と、カナエは二人を振り返ってそう言うと、鎹鴉に伝えられた任務の現場へと急いで走り出した。
…きつい…怖い…強い…追いつけない………
数時間後…現場についたカナエが感じたのは圧倒的な経験値の差だった。
強い鬼が一体…そしてそれを補佐するように取り囲むそれよりは落ちるがそこそこ強い鬼が5体。
鬼の中には何体かに分裂するものもいるらしいが、目前の鬼がそういうタイプなのか、はたまた全く別の個体なのかもわからない。
説明もない。
宇髄からただ、
「桑島の爺様がボス抑えてる間に、俺らは雑魚の相手な。
俺は西側3体受け持つから、お前は東2体で」
とだけ指示をされる。
なりたてほやほやの新人からするとそこそこ強い鬼。
それを2体、1人で相手をする。
水の対柱達との任務でも2体、3体同時に相手をしたことはあるが、その時は常に万が一の時には錆兎がフォローに入って倒してくれ、義勇が敵の攻撃を防いでくれていた。
適切な補佐をおこなうために彼らが自分に注意を向けている気配を常に感じていた。
でも今は1人だ。
宇髄は自分が担当すると決めた分だけは派手な動作で注目を集めてひっさらって、互いに干渉し合わない位置にまで連れて行ってしまった。
もちろん一番の強敵を相手にしている桑島老にカナエを補佐する余裕などあるはずもない。
一歩自分が何かを間違えば確実に死ぬ…
それはカナエをひどく緊張させた。
柱としての初戦以来感じたことのない恐怖がじわりじわりと押し寄せて、まとわりつくような湿気を含んだ風とともに、カナエの動きを鈍くする。
怖い…と思ってしまえば、避ける動作が無駄に大きくなり、それがかえってスキを呼び、そこをついてくる鬼2体に、恐怖がさらに増大した。
死ねない…絶対に死ねない…しのぶを1人残すなんてできない…
と、脳内でくるくる回っている時点で、死を意識するほど気後れしていることに、緊張で思考が麻痺したカナエは気づかない。
足がもつれる…
それでも迫りくる攻撃をなんとか避けたが、その時おおきなスキができた。
あ…と、思う間もなかった。
鬼の一体は彼らのボスらしき鬼の元へと戻ってしまう。
「何やってやがるっ!!」
と、西方向から宇髄の怒声が聞こえた。
どうしよう…と、思うものの、もう一体の鬼に阻まれて、それを追えない。
ボス以外の鬼は自分たちが絶対によこさない…そんな絶対的な信頼をおいて強敵に対峙している桑島老は、さすがに年季が違うのかそれでも僅かな間を置いてカナエが逃した鬼に気づくが、ボスのみという前提で戦っていたために対応が遅れる。
まだ1体しか倒していない自分が対峙している鬼たちを引き連れたまま走る宇髄。
「ジジイ、代わるっ!!下がっといてくれっ!!!
胡蝶は取れるだけ雑魚を取れっ!!
残りは俺がなんとかするっ!!!」
ボス鬼の攻撃でざっくりと右足をやった桑島老と鬼の間に割り込むように宇髄が駆け込むと、
「すまぬ!!」
と、桑島は肉の削げ落ちた右足を引きずりながらも、宇髄が連れた2匹のうちの1匹と、カナエが逃した1体を連れて、やや後方へと下がっていった。
敵はおそらく今までカナエが対峙していたものより強いのだろう。
それでも…こんなに簡単に壊滅するものなのだろうか…
いや…そうじゃない。
敵は多少強くても、柱が揃っていて壊滅するようなレベルではない。
原因は自分だ。
柱なら絶対に自分の任された仕事をこなせないなどということはありえない。
そんな前提で戦っているところに鬼を解き放してしまったのだから、元々いないよりもたちが悪い。
そう思うと涙が止まらなくて、視界がぼやけてさらにスキが増えた。
避けたはずの攻撃が、さきほどまでいた場所に残った髪を一筋、切り落としていく。
夜空に舞う己の髪に、先日のことを思い出した。
カナエの師匠とも言える先輩柱。
自らの髪を切り落とす前、ひどく怒りを覚えていたにも関わらず、一瞬でそれをぶつける対象をぶつけてはいけない他人から自らの内へと切り替えていた。
彼は最後まで相手を責めず、その場を辞した。
そんな強靭な精神。
それが戦いには必要なのだ。
強靭な精神も持たずにこんなに心が揺れる自分は、あるいは柱になるべきではなかったのかもしれない。
自分はきっと彼のようにはなれない……
それはカナエにとっては絶望的な結論で、心はすでに折れる寸前だった。
…もう、いい…。
…ごめんね、しのぶ…お姉ちゃんはもう無理だった…
目前に迫る鬼の攻撃に、カナエは静かに目を閉じた。
…が、予想していた衝撃は来ない。
肩に回される手。
「じゃ、義勇、任せたっ!
俺は桑島さんが持ってるやつを連れて宇髄を手伝ってくるから、後で来い!」
という聞き慣れた声に目を開けば、見慣れた水しぶきが鬼を引き連れて走り抜けていく。
すぐとなりにはその対の少年が倒れかかるカナエの肩を抱いている。
それに気づいて慌てて足に力をいれてふんばれば、
「とりあえず…少し休め」
と、何故か差し出される団子。
いつものソレにカナエはぽかんと呆けて義勇を見上げた。
え?え?でも今戦闘中…と言えば、義勇はきっぱり
「錆兎がなんとかする。怪我人も…もう隠が来てるから大丈夫だ」
と言う。
その言葉通り、前方にいた桑島老は、錆兎が彼が相手をしていた鬼を連れて移動した直後、隠と言われる救護班に運ばれているし、カナエが苦戦していた鬼も宇髄と錆兎がなんなくキープしている気がする。
そしてそんな風に確認をしていると、
「…胡蝶…1人で食うのは……恥ずかしい…」
と、差し出される団子。
すでに小さな口いっぱい頬張っている義勇を前に、そろそろと団子に手を伸ばすと、
「…美味いぞ。蔦子姉さんも好きだった」
と、また錆兎の通訳が要りそうな発言をされたので、返事に困って、えい!とばかりにカナエも団子にかじりついた。
いつも任務の帰りに食べる団子。
なんだかようやく感覚が現実に戻ってきた感じだ。
もぐもぐとそれをひたすら咀嚼するカナエ。
「美味いだろう?」
と、わずかに微笑む義勇にホッとして泣きながらうなずけば
「じゃあ、大丈夫。美味しいと思えるうちは大丈夫だ」
と、言われて、さらに涙がこぼれ出た。
なんだろう…義勇はなんだかしばしばよくわけがわからない言動や行動があるのだが、善意と優しさだけは伝わってきて、ホッとする。
錆兎を見ていると自分も頑張らないと!と元気が出るのだが、義勇といると肩の力が抜けてホッとするのだ。
団子を1本食べ終わる頃にはなんだか落ち着いてきて、涙も止まると、
「…行くか」
と、義勇にその食べ終わった串をとりあげられた。
そこで改めてさきほどまでの事が思い出されて身がすくむが、義勇は
「俺も怖い。いつも怖い。だから胡蝶も大丈夫。戦える」
と、手を差し出してくる。
これはなんとなく何を言いたいかはわかった気はするが…義勇は伝わっていないと思うのだろうか…一生懸命言葉を考えてくれているようで、少し眉を寄せて考え込んだ。
「胡蝶は錆兎にはなれない。でも俺でいても困る。
怖がりのまま、怖くてもすすめる、頑張れば進めるんだと身を持って示してやる柱になれれば良いと思う。
怖いのは悪いことじゃない。怖くない奴よりも1つ多くの人間が持つ弱さを知って、寄り添えるということだ。
悪いのは怖いと思うことじゃない。怖さで目をつむってしまうことだ。
怖さを自覚して、目を見開いてそれを乗り越えて行けばいい」
本来口下手な義勇が一生懸命に考えてくれた言葉は、なんだかとてもしっくりときた。
「…錆兎は怖くないんだ…。
怖くないから自分を守らない。
だから…俺は錆兎の分と二人分、怖がっている」
なるほど…よく分かる気がする。
うんうんとなんだか自分の恐怖も…そして強く有りたいという気持ちも、全てまとめて昇華出来た気がして胡蝶が頷くと、義勇はまた静かに笑みを浮かべて
「じゃあ行くか」
と、改めて戦闘が続く前方へと胡蝶を促した。
こうして前方へとたどり着くと、そこで飛んできたのは
「やっと来たかっ!!ざけんなよ、めっちゃキツイ!!」
と、言う宇髄の声。
どうやらボス以外は2体に減っていて、あれから2体は倒したらしい。
それに
「さすが宇髄先輩っ!その調子で1人であと2体頼むぞっ!」
と言いながら、ハッハッハと笑う錆兎自身は、こちらは1人でボス鬼に対峙していて、言動とは裏腹に激しい戦闘のせいで汗が飛び散っている。
「…錆兎…倒さないのか…?」
と、そんな錆兎に静かに聞く義勇。
「おいおい、どうするよ、坊っちゃん。
お前の片割れは簡単に言ってくれちゃってるんだけど?」
と、やはり激しい戦闘で疲労の色は濃いのに、言葉だけは軽くからかうように口に乗せる宇髄に、
「わかったわかった。
軽口はいいから、とりあえずちゃっちゃとそれやってしまってくれ。
それとカステラで先日のをチャラにする約束だろう?」
と、肩をすくめて言う錆兎。
「ちきしょ~!わかってるっ!!やりゃあいいんだろ、やりゃあっ!!
お前、俺にはほんっとに容赦ねえなっ!!」
宇髄とそんなやりとりを交わしたあと、錆兎は改めて義勇に説明をした。
「こいつ、首がすごい速さで移動する。
おまけに首を切りそこなって他を傷つけると、細かい斬撃が飛んでくるんだ。
桑島の爺様、よくこれ避けてたなと思う。
さすが速さには定評のある鳴柱だ。
で、俺は一撃で諦めて、相手の攻撃だけ受けてお前たちがくるのを待っていた。
俺は大きな攻撃は止める。
細かな斬撃は義勇が凪で止めろ」
「…わかった」
「で、胡蝶、確か花の呼吸の弐の型は無数の連撃だったな。
それで無差別攻撃で首を仕留めろ」
という錆兎の横で
「…それならお前の獅子爆流で噛み砕…っ!!!」
「うあっと、すまん宇髄すっぽ抜けた」
と、宇髄が口を開くと、いきなり飛んでくる剣撃。
「おまっ!死ぬぞ!死んだらどうすんだっ!!」
と、ギャンギャンと言う宇髄に錆兎はにこりと
「さすが宇髄先輩!戦っていても後輩の攻撃ミスくらい余裕で避けるな」
と、返す。
「ま、まあなっ!俺様は天才だから…でも、そっちのミスはこれ以上こっちに持ってくんなよっ!提案したからには責任はてめえでもてよ、錆兎」
「了解だっ」
と、そのやりとりでなんとなくわかってしまう。
たぶん錆兎はカナエがこのまま挫折感を残して終わらないように、強い敵を倒させてくれようというのだろう。
「じゃ、そういうことで行くぞ。
宇髄に斬撃の流れ弾がいかないように、いったんこいつを引き離す。
ついてこいよ、二人共」
と言う錆兎の言葉に義勇とともに頷くカナエ。
そうして数メートルほど離れると、敵の攻撃を防ぎながら、
「じゃ、このあたりで」
というと、当たり前にいつでも技を出せる体制を整える義勇。
「斬撃が来たら凪を使う」
と、隣で小さく言われて、カナエは頷いた。
「行けっ!胡蝶!」
と、義勇の準備が整ったところで、錆兎がカナエに道を譲る。
近づいていくと思いのほか大きくて、そしてやはりずいぶんと強いのだろう。
圧がすごかった。
絶対にフォローが入る。
そう思っていても、やはり怖い。
「「大丈夫。お前はやれる」」
と、その時すくむカナエの背を押すように、水の対柱の声が二重に放たれた。
この鬼は…怖い存在……
だから注意深く、慎重に…確実に……
──弐ノ型 御影梅!!
放たれる無数の剣撃。
それに対して凄まじい勢いで返ってくる敵の斬撃。
…怖い…と反射的にそれを避けて逃げたくなるのをこらえて、義勇の間合いの範囲にぐっととどまると、カナエは続けて第二弾の御影梅を放つ。
何度撃っても怖さはなくならない。
返ってくる斬撃をさけてしまいたい。
でも…怖いのは斬撃ではなく、それから守ってくれている義勇の間合いから出て斬撃をくらってしまうことだ。
怖い…から、この位置を動かない。
冷静になれ。
安全地帯であるこの範囲を絶対にでないように、御影梅を撃ち続けるのだ。
何度も何度も…斬撃が返ってこなくなるまで。
「…胡蝶、もういい。よくやった!」
と、何回目かの御影梅を放とうとしたところで、肩をぽん、と、叩かれた。
気づけば目の前にいた敵が崩れ落ちている。
とたんに笑う膝。
崩れ落ちそうになる身体は、義勇が後ろから当たり前に支えてくれた。
──ちゃんと…怖い気持ちを活かせたな…偉い…
と、柔らかく微笑む義勇。
──お前はやれば出来る奴だ!自信を持てっ!!
と、力強く笑う錆兎。
そんな2人の様子に、あまりに色々ホッとしすぎて立てなくなったカナエは、結局錆兎の背に背負われての帰還となった。
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