非常に追い詰められていた。
両親を鬼に殺されて、鬼殺隊の柱の1人である悲鳴嶼に妹ともども助けられてから早数年。
2人は女児だったこともあり、たまたま女性だった当時の花柱にすぐに預けられて、継子として育てられた。
そしてそのまま順調にその技を受け継ぎ、師匠が少し早めの引退をということで、その跡を継いで花柱を拝命して、そろそろひと月が経とうとしている。
ちょうど新旧交代の時期ということもあり、年配の柱と幼年の柱の差が激しい。
話によると、年配の柱達の継子はそれぞれにだいぶ育っていて、あと数年でほぼ若年組に代替わりをするとのこと。
前花柱だったカナエの師匠が早々にその座を辞したのは、カナエを少し早めに柱につけることで、慣れるまではまだ先輩柱しか居ない中で丁寧に面倒を見てやってほしいという親心だったらしい。
そのあたり、彼女も時に厳しく辛辣なところもあったが、女性らしい気遣いに満ちた人だった。
そして実際そんな師匠の気遣いは、カナエをおおいに助けることになる。
カナエが入った時に、若者組はすでに4人。
まあ、その1人は件の悲鳴嶼で、若者…というには、やや落ち着きすぎる感があったのだが…。
あとの3人は、カナエも柱になる前から見知っていた。
と言っても、知り合いということではなく、同期や任務で一緒になる女性陣にたいそう人気の男性達だったからだ。
一番歳上なのが宇髄天元。
カナエより2歳ほど年上の17歳で、今のカナエと同じ15歳で音柱になったと聞いている。
クールな感じに整った顔立ちの華のある男性だ。
顔立ちだけでなく、綺麗な石をはめ込んだ派手な額当てや目元の化粧など、装いも華やかな人物で、噂によると3人も妻がいるという遊び人風の青年である。
それでも、妻が居てもいいから遊ばれてみたいという同期も多く居たが、一般の隊士が近づける機会など早々なく、たまに他の2人の後輩柱達とともに近場の軽い任務に赴く際には、まるで芝居見物に行くようなノリで彼らを見に行くという女性隊士も少なくはない。
そんな習慣を持つ女性隊士の1人である友人に引っ張っていかれたのが、初めて彼をみたきっかけだった。
あとの2人は水柱だ。
鱗滝錆兎と冨岡義勇。
同門の兄弟弟子という彼らは史上初めての2人で1人の対柱である。
柱を拝命したのがこれも史上最年少の13の時で、まだまだ幼いこともあり、お館様の心遣いで2人一緒に拝命したと聞いている。
自分が柱になるまでカナエは件の友人に連れられて見に行った戦闘以外の彼らを見たことはなかったが、それでも彼らはとても対極でとても個性的でとても美しかった。
錆兎は力強い。
夜だというのに眩しいくらいの水しぶきをあげ、躍動感にあふれる様子で敵に斬り込んでいく。
それを初めて見た時は、カナエも素直にカッコいいと思った。
男に生まれたならば、自分もこんな風にありたかった。
そんな風に思ってしまう程度には…。
一方で義勇は涼やかで美しい。
錆兎が斬り込んで散らばった敵を、すぅ~っと静かに流れる水で清めるように片付けていく。
静と動の混じり合った美しさ…2人の共闘にはそれがあった。
なるほど、周りの女性たちが憧れるのもうなずける。
自分もあんなふうに戦っていてなお多くの者の心をかきたて魅了するような隊士になりたいものだ…
カナエはそう思って、それからも何回かは同期達の戦闘見物時に一緒に足を運んだ。
そんな2人に憧れて精進していたカナエは先のような事情でいつのまにか自分も柱を拝命することになって、憧れであった対柱達と同僚として並び立つことになる。
「音柱の宇髄天元様だっ!
派手なこと、楽しいこと、悪いことは全部俺に聞きなっ!
しち面倒臭い真面目なことは、全部錆兎になっ!!」
確か柱の顔合わせで、一通り挨拶をして、あとは今後一緒にやっていくことになるであろう若いもので…となった時に、まずテンション高い宇髄に言われたのがそんな言葉だ。
そして親指で自分を指差してそう云う宇髄に、カナエは笑顔のまま固まった。
正直…カナエはこういうノリはあまり得意ではない。
活発な妹のしのぶなら、動じたりせず突っ込みくらいは入れられたのかも知れないが…。
そのときのカナエの脳内はいかに失礼のないようにこれに返答を返すかでいっぱいになって、どうしよう、どうしようと、表面的には笑顔のまま焦っていると、その宇髄の肩をポンと軽く叩いて、一歩前に出たのが、錆兎だった。
いつも見事な剣技を遠目に見るだけだった相手は、同い年のはずなのに随分と大人びた表情をしていた気がする。
「宇髄、胡蝶が困ってるぞ。
いきなりお前のテンションで来られて臆さないのは、平気で叱る桑島さんと何も気にしない義勇くらいだ」
と、すごい勢いの宇髄に全く気後れすることもなく、そう言って苦笑した。
そうして、少し身をかがめて、頭一つ分ほど背の低いカナエに視線を合わせると、
「いきなり反応に困る挨拶で、悪かったな。
宇髄も良いやつなんだが、見ての通りテンションが高すぎるきらいがある。
慣れないうちは余裕もないだろうし、これから一月ばかりは俺と義勇が面倒をみるようにいわれているから、何でも相談してくれ」
と、気遣うような笑みと共に、そう言われる。
まるで大人と子ども…とまでは言わないが、兄というものがいたらこんな感じなのだろうか。
とても力強く温かい。
どこか許容されている感があってホッとする。
この時の彼の笑顔と言葉で、両親が殺されて以来、ずっと妹の良き姉であろうと張り詰めてきた糸が、ふっとほぐれていくような気がした。
そうしてそれからその言葉の通り、何度も慣らし戦闘に同行してもらったが、
「補佐は俺がするし、義勇、お前は凪を使ってやれ。
胡蝶、お前はとりあえず好きにやっていい。
大丈夫、臆することはない!
お前は柱になるほど強い!!」
と、2人で過不足なく出来ている輪の中に当たり前に組み込むだけでなく、新人のカナエが失敗せずのびのびとできるように、気遣ってくれる。
彼がそうやって指し示してくれる方向に進めば、鬼は当たり前に倒れていく。
数が多くて、見過ごして、あっ…と、近づく攻撃に一瞬緊張すれば、いつのまにか水しぶきと共に敵が排除されていた。
一隊士の頃は大勢で戦っていて少人数の戦闘に慣れていないカナエも、最初のうちはそうやって補佐を受けながら、しだいに自らが単独で前に立つことも慣れてくる。
初回こそ、怖い…と、身がすくむ思いもしたが、そのような感じで完璧に補佐をされるうちに、そういうこともなくなった。
そしてそうやって前に立つことに慣れると、今度は錆兎が先陣をきるなかで、補佐をする練習もさせてもらう。
おそらく錆兎には必要ない補佐。
漏らすことなどないのだけれど、カナエを慣れさせるために、わざと1体、2体、放置してくれる。
最初はわかりやすく、しだいにわかりにくい敵にも気づくように…
そうして任務が終わって帰路に着く途中で、錆兎はまずカナエが一生懸命やっていることを褒めてくれて、それからさらにこうすればもっと良くなるという風に注意点をあげてくれるのだ。
自分でも自覚があるが、長女で本来思いつめやすいカナエにしてみると、まず褒めてから、足りない分を足りないという言い方でなく、もっとよくするためには…という言い方で補足してもらえるのは、正直嬉しい。
師匠は呼吸法は完璧と言えるほどには鍛えてくれたが、こうやって実戦でそれを活用するすべや、こういう他に何かを伝えていく言い回しは、全てこの時錆兎に教わったと言ってもいい。
同い年でも2年も早く柱に就任している彼は、カナエとは圧倒的に違う気がした。
彼に比べれば自分などまだ赤子のようなもので、柱と言って並び立つにはあまりに未熟で申し訳ない。
そう言うと、錆兎は笑って
「同い年でも俺と義勇は2年先に柱としての経験を積んでいる。
俺達も最初のひとつきは宇髄がほぼつきっきりで付き合ってくれたし、そうして育ったから、今、胡蝶にこうやって色々教えてやれる。
だが宇髄は俺達より先に行っていて、俺に恩を返される必要など感じてはいないようだから、俺も返さない。
その代わりに次の後輩である胡蝶にそれを引き継いでいる。
だから胡蝶も、俺達に世話になったと思ってくれるなら、次に柱になる後輩に、その恩の分を返すつもりで面倒をみてやってくれ。
俺は先輩である宇髄には気を使わないし気を使われるばかりだが、後輩のお前には逆に気を使わず安心して頼れる先輩で有りたいと思っている。
だからお前は俺達や宇髄、それに悲鳴嶼さんには、甘えても頼っても構わんぞ。
常に気を張り詰めていると、持たないからな。
そのあたりといる時には十分肩の力を抜けばいい。
その代わりに後輩や一般の隊士達に対しては、お前がそういう存在になれ」
などという。
上は立て、下は気遣うその姿勢は、本当に見習うべき手本だと思うが、かといって堅苦しい感じもしない。
同い年だが兄で師匠、カナエは錆兎にそんな気持ちを持つようになっていった。
だから今回、ちょうど本部にいた時に、今全員が屋敷内にいるから、適当に2,3人ほどの補佐を連れて任務に赴けと言われて、普段なら当たり前に水の対柱に同行を願い出るところなのだが、ちょうど廊下を歩いてきた錆兎に
「あの、錆兎さん…」
と、声をかけた時に、ひどく硬い表情で
「…なんだ?」
と、言われた瞬間に、頼もうと思っていた勇気がしおしおとしおれていった。
そして依頼の代わりに出るのは
「…あの…先日は…申し訳ありませんでした……」
と、言う謝罪の言葉。
それに対しても、いつもどこか頼っていいぞ的なオーラーを出している錆兎には珍しく
「…別に…もういい。胡蝶のせいではないだろう」
と言葉では言っても表情がひどくこわばっているので、ああ…まだ絶対に怒っている…と、カナエはうなだれた。
そうしてペコリとカナエがお辞儀をすると、錆兎は義勇と一緒に通り過ぎて行ってしまう。
義勇の方は、何故か気遣わしげに一度だけ振り返ってくれたのだけれど……
ああ、どうしてこうなってしまったのだろう…そう思いつつも、それを見送ってため息をついた。
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