閉ざされた城門は刀で壊し、中へと足を踏み入れた途端、
「宇髄…待て…」
と、錆兎が宇髄の腕を掴んで止めた。
「あぁ?なんかおかしな気配でもあったか?」
と、振り返ると、錆兎が何か考え込むように目を閉じる。
おそらく気配をさぐっているのだろう。
次第に青ざめていく顔色。
「宇髄……」
「おう?」
「鬼ではない…悲哀を見ることになる。覚悟しておけ」
と、固い声で言う錆兎に、横で義勇が気遣わしげに少し寄り添う。
「ああ、悪い、義勇。ありがとな。俺は大丈夫だ」
と、それでふと力を抜く錆兎。
満面の…とは当然言わないが、そこで少し笑みがでるくらいには浮上したようだ。
なるほど…まだ幼年だから2人で…と言うお館様の心遣いは、正しいらしい。
対柱の2人は、錆兎が引っ張っていっているようでいて、錆兎が崩れそうな時は当たり前に義勇が支える。
まさに、2人の人間が支え合って、”人”という字がなりたつように…。
「とにかく…最奥は敵はいない。
入り口につながる2階から1階、地下1階、地下2階と4段階に敵が分かれていて、下の階層にいくほど”鬼に近い”敵がいる。
最下層の地下3階は大きな広間が合って、そこにはかなりの数の鬼がいて、その奥に部屋がある。
広場の鬼の方は俺と義勇で引き受けるが、奥の処理は任せていいか?
物理的な危険はないし、俺は…もうわかってるから良いけど、義勇にあまり見せたくない」
その錆兎の説明で、宇髄はなんとなく察した。
「おう、わかった。この祭りの神に任せとけっ!
派手に行こうぜ、派手によぉっ!」
宇髄は極力明るくそう言うと、バン!と錆兎の背を叩く。
まあ欠片も良い予感はしないわけだが、いつもなら全てを自分で背負おうとする錆兎から、その荷を預けられるのは、正直悪い気分はしなかった。
こうして3人で改めて城の中を進むと、長い廊下の奥に階段が見える。
そしてその廊下を進もうとすると左右の壁の穴から多種多様な異形の生物が飛び出してきて、その行く手を阻んできた。
だが、城に入り込んでしまえば、宇髄もまがりなりにも”音”を司る音柱だ。
どこから何がでてくるかなどは手に取るようにわかる。
義勇は義勇で錆兎のわずかな動きでやはり敵を察するので、視界が悪かろうと、敵が隠されていようと、あまり意味がない。
ある意味、この城の攻略という意味で言うならば、これは最適な布陣だったと言える。
理屈はわからないしわかりたくもないが、錆兎の言った通り、階を下るにつれて、鬼の気配が強くなっていった。
もっと言うなら、敵の中に鬼の割合が多く含まれているような、そんな感じだ。
ついでに言うなら、地下からは敵はもう隠れては居ない。
廊下というより広い広間のようなところで檻に入れられ、誰かが広間に入ってくるとその檻の戸が開くという形式だ。
地下1階、2階とこの形式が続き、敵も数が増え、強さも強くなっていく。
正直、いくら柱でもそこそこの強さの数十匹の鬼をこの人数でというのは、あまり楽ではない。
「奥の部屋の処理は引き受けてやるけどな、正直地下2階の状況考えると、ここで二人はきつくねえか?」
地下3階へ降りていき、広間を目の前に宇髄は言う。
奥の処理は急いだ方が良いのはわかるが、ここで広間の鬼討伐が失敗すれば、最終的に自分たちも帰れなくなり、状況を伝えるものもいないので、任務は失敗だ。
そう簡単に告げれば、錆兎はすぅ~っと大きく息を吸って吐き出した。
そうして一旦身体の力を抜いて、リラックスする。
「ああ、大丈夫。奥義使うから。
拾弐ノ型:獅子爆流
最終選別が終わって初任務までの間に編み出したとっておきだ。
前回の下弦もそれで踏み潰したし…」
と、言う言葉に、義勇がさっと顔を青くする。
それで察した。
めちゃ察した。
「お前…それって、前回死にかけたやつじゃね?却下だ、却下」
意義を申し立てることはしないものの、もう泣きかけている義勇の代わりに宇髄がそう言うと、錆兎は笑って
「ああ、それそれ。
防御全捨て。攻撃一択ってやつなんだけどな、今回は大丈夫。
義勇がいるから」
と、もう声もなくポロポロ泣いてる義勇を抱きしめた。
そしてその耳元に語りかける。
「お前もなんか編み出してたじゃないか。
あれ使うぞ、あれ。
凪…だったか。
俺はお前の間合いを出ないよう気をつけるから、お前も巻き込まれないようにだけ気をつけてくれ」
「…え……凪?」
「…ん」
「…俺は…錆兎を守れる…のか?」
「ああ、防御は任せた!」
「…っ!わかったっ!!」
ぱぁあ~っと笑みになる義勇。
もうお前、錆兎の事好きだな、大好きだな、と、宇髄は苦笑してしまう。
どうやら水の対柱の方は大丈夫そうだ、と、察して、任せることにした。
こうして錆兎は一回ブルンブルンと手を回して身体を解すと、チャキっと刀を構える。
薄暗闇のはずなのに、青白く輝く日輪刀。
──拾弐の型 獅子爆流!!
衝撃でふわりと舞う錆兎の宍色の髪。
刀の先から水の獅子が波しぶきをあげながら飛び出し、敵を容赦なく噛み砕いていく。
──拾壱の型 凪……
と、それに少し遅れて義勇の涼やかな声
ふんわりキラキラと静かに広がる水色の空間。
その中を躍動感に溢れた獅子が駆け回る姿は、まるで演劇の一幕をみているようだ。
ああ、派手にいいねぇ!
俺もあんなふうに技を重ねる相手が欲しくなるな。
と、呑気に構えているような状況ではないにも関わらず、そんな風に思ってしまうくらいには、それは美しい光景だった。
しかし浮かれた気分でいられたのもそこまで。
水の対柱達がそんな風に敵を引きつけ倒している間に駆け込んだ奥の間には、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
こいつぁ……ひでえな……
錆兎が義勇に見せたくないというのもわかる。
忍びとして生まれ育って、いい加減ひどいモノも見つくした宇髄ですら、目をそむけたくなった。
おそらく全員神隠しにあったという娘たちなのだろう。
上半身はそのままに、腹から下はイソギンチャクのようなものに埋め込まれている。
そしてそのイソギンチャクの下から時折転がり出る透明な卵の中には、さきほどまで倒してきたような異形の化け物がまるくなっていた。
それが伸びた筒を伝ってどこかへと…おそらく各階の保管庫のようなところなのだろうか…転がっていく。
さすがに宇髄も対応に悩む。
娘たちは一様にこのおぞましい状況に心を壊したのか、目はうつろ、正気を保っている者はいないようで、そのイソギンチャクから助け出そうにも、完全に分離はできなさそうだ。
それでもこうしている間にも化け物は生み出されて増えていくので、散々悩んだが、これも鬼になった時と同じように戻れないなら苦しまずに逝かせてやるのが良いのだろうと、一人一人の首を刎ねた。
人を殺すなんて初めてじゃない。
でもそんな世界を捨てて鬼殺隊に入ってからは、そう言えば鬼以外を殺していなかった。
そうするようになってたった半年ばかりしかたっていないのに、斬る相手が鬼じゃなく人だとまとわりつくような不快感が残る。
さすがに…キツイ。
やることをやったなら、もう見たくない。帰りたい。
そう思って、最後の1人の首を刎ねると、宇髄は逃げるように広間に転がり戻った。
そうして宇髄が広間に足を踏み入れたとき、ちょうど錆兎の青い獅子が最後の化け物を噛み砕いていた。
そちらは同じ刀で命を削り取っているというのに、なんだか爽快感にあふれている。
なんだか爽やかすぎて泣けそうだ。
まあそれでもさすがにこの数を倒し続けるのは疲れたのか、錆兎の宍色の髪が汗で額に張り付いている。
はぁはぁと肩で息をしながら、錆兎は膝に手をやり身体を折り曲げるようにささえていた。
しかしそんなふうでも錆兎は宇髄に気づいたらしい。
「宇髄、大丈夫か?」
と、駆け寄ってきた。
そうだ、錆兎はどんなに自分がヘロヘロに疲れていようと、まず、他の人間の疲労や精神状態を気遣ってくる。
このあたりが子供らしくない。
それでも、相手が子どもだとわかっているのに、言いたくなるのだ。
大人げない。本当に年上の余裕はどうしたよ、自分…と思いながらも
「大丈夫じゃねえ、めっちゃキツイわ…」
と、ついつい出る本音。
それに錆兎は案の定少し気遣わしげに眉を寄せて
「…処分したのか?」
と聞いてきた。
それに宇髄が頷くと、少しうつむいて
「…そうか……」
と、考え込む。
あまりに考え込むので、何か失敗したか?と、心配になってきた頃、錆兎は顔をあげると、
「すまん。少し義勇を頼む」
と言って、返事をする間も与えずに、奥の部屋へ。
「…お~い……」
と、かける声もおそらく聞こえていない。
かと言ってもう一度あそこに行くのは嫌だ。
本当に何を好き好んであんなところへ…と思いつつ、バテて近くでしゃがみこんでいる義勇と一緒に待っていると、しばらくして錆兎はやはり青い顔をして戻ってきた。
そして言う。
「…待たせた。……ちゃんと目に刻みつけてきた」
「はあ???なんでんなもん刻みつけるんだ、お前…」
まるっきりわけがわからない。
宇髄は出来ることならあんな胸糞の悪い光景は一刻も早く記憶から消してしまいたいと思っている。
次に進むには重いものは切り捨てて、捨てた勢いで進むのが一番だ。
そう思って言うと、錆兎は青い顔のまま、それでも真摯な様子で
「俺が宇髄に頼んだことだ。
結果は俺も背負うべきだろう?
宇髄にだけ手を汚させて、自分が目を背けるのは男としては卑怯だから。
物理的に手をくださなかったとしても、俺も背負うべき結果だ。
それがどれだけ辛い結果だろうと、男として生まれたからには、それを背負ってなお、激流の中を進んでいく強さを身につけたいと思う」
などと言う。
あ~あ~あ~!!!
あ~~~!!!
もう、こいつ、こういうとこだぞ!!と、宇髄は頭を抱えたくなった。
これがほんっとうに錆兎という男だ。
なんというか…まあ、女にもモテるんだろうが、男が惚れ込むような漢だ。
こいつを柱にしたのは正解だと思う。
たぶん、新人達に憧憬の目で見上げられるようなカリスマになるだろう。
そんなことを考えている宇髄の横では、義勇が
「…錆兎…大丈夫か?」
と、錆兎に駆け寄っていて、それに対して、やたら、男が、男としては、男ならば、と、男の矜持を並べ立てる錆兎が
「大丈夫…だけど、少しだけ元気を補充させてくれ」
と、義勇を抱きしめて癒やされていたりする。
はいはい、義勇ちゃんは特別な、と、少し力が抜けるが、宇髄は立ち上がって、
「じゃ、元気の補充終わったら、帰って、報告して、思いっきり休みとるぞ~!!」
と、外に続く階段に向かって歩き始めた。
鬼舞辻無惨は太陽の光の下で活動できない…その鬼の枷を外そうと様々な方向から研究をかさねているらしい。
今回の神隠し騒動はその一環。
血で鬼にするのではなく、太陽で活動を制限されない人の女の腹を借りて産ませることで、太陽に強い個体にならないか…そんな試みだったらしい。
だから人の血と鬼の血と、その割合を変えての実験のための、研究所。
それが件の城だったとのこと。
結局鬼の血が入った時点で陽の光には耐えきれないということがわかってそのまま捨て置かれたばかりだったらしいが…
もう少し早ければ、あるいはそれに関わっていた十二鬼月に遭遇する可能性もあったとのことで、あのタイミングで突入したのが幸だったのか不幸だったのかは宇髄にはわからないが……
ただ、出来ればそこまでの鬼に遭遇するのはもう少し待ちたいところではある。
水の対柱がもう少し育って、柱の新旧交代が終わって、もう少し落ち着くまでは……
産屋敷邸に今回の報告によったあと、義勇がご機嫌で珍しく錆兎の手を引っ張っている。
ああ、あれか、鮭大根な。
俺も今夜は嫁達に好物つくってもらって甘えるか…
なんだか今回は水の対柱達の仲睦まじさにあてられた気がする。
おかげで嫁たちがひどく懐かしい。
そんなわけで、音柱、宇髄天元は好物を食べに行く後輩たちのあとをこっそりと尾けて歩く大勢の女性陣を横目に、愛しい嫁達の待つ家への道を急ぐのだった。
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