──宇髄…
と、錆兎がぴたりと足を止めた。
「ん?どうした?」
「さきほどの茶屋では、森については何か言っていたか?」
「いや?森限定ということでは特に話はなかったが?」
「…森に…気配がある。
鬼とも取れるし、鬼じゃないとも思える…よくわからない気配だ…」
眉を寄せてそういう錆兎に宇髄も前方の森に視線をむけた。
そして気配を捉えようとするが、さすがにこの距離だと何もわからない。
だが、錆兎がそうと言うならそうなのだろう。
これまでの任務で知ったが、錆兎は驚くほど広範囲の気配を察知する能力を備えている。
「ん~強さはわかるか?ある程度でいい」
それでも結局進まないという選択肢はないのだから、気になるのはそのあたりだ。
それに錆兎は答える。
「そうだな…一体一体はそれほどでもない気がするが、数がやや多い。だいたい10前後。
数と強さを考えた場合、普通の人間が相手をするとしたら、一個小隊でぎりぎりどうかというくらいだと思う」
例えがなかなかわかりやすい。
てか、軍隊で例えんのか、13歳。
と、そのあたりも宇髄は脳内でツッコミを入れた。
「ふ~ん…じゃあ戻らなかった警察隊っつ~のは、城じゃなくてここですでに壊滅してた可能性もあるな」
「ん。そうかもしれない」
「なるほど……」
微妙にヘビーになってきた気がする。
倒すだけなら簡単だ。
しかし今回の任務は調査も含まれている。
「ここでみつからないようにというのは無理だと思う。
確かに攫われた娘たちは気になるが、ここは速度の方を早めていくしかないんじゃないか?」
と、そんな宇髄の心の内を先回りしたように言う錆兎に宇髄は頭をかいた。
本当に見透かされていると言うか、まるで自分の脳内の考えをまとめて導き出す鏡のようだ。
「だよな。グダグダして相手に準備をする間を与えるよりは、とりあえず一気に片をつけんのが正しいな」
と、おそらく自分ももう少し考えたら導き出していたであろう方向性を先に口にされて、宇髄は最終的にそういった。
こうして森までひた走り、そこからはやや周りに注意を払いながら進んでいく。
やがて
──宇髄、北西の方向だ
という錆兎の言葉でそちらに注意を向ければ、生い茂った木々の下の草むらがうごく。
生臭い匂いに義勇は顔をしかめ、錆兎はそんな義勇より一歩前に出て攻撃態勢に入った。
それを横目で見ながら、宇髄も刀を片手に相手の出方を伺う。
ふしゅぅ、ふしゅぅ…と、何か耳障りな息遣いのようなものが聞こえる。
その数おそらく2体。
──右側の一体は任せたっ!
と、錆兎に言いおき、返事も聞かずに宇髄は先手必勝とばかりに走り出した。
ガサッ!と草をかき分けて進めば、目の前には異形の獣。
下は蛇で上は人。
化け物…と言って良いような生き物は、すでに見慣れてはいるが、なるほど、錆兎の言うように違和感がある。
鬼…と言い切るには、鬼の気配が薄い。
それでもとりあえずは倒さねばならないのは同じことではあるし、それは鬼らしい気配が薄いだけであって、夢幻でもなくそこに確かに存在する気配はするのだから、斬らぬという選択肢はない。
宇髄は元々忍者の出なので、ここ最近鬼しか切っていないだけで、人間ですら斬ることは珍しくもない生き方をしてきた。
だから斬れぬはずもないのに、何故か強烈な違和感に額に生温かく気持ちの悪い汗が流れ出た。
それでも斬らねばこちらが死ぬだけだ。
と、覚悟を決めて刀を握り、型を繰り出そうとしたその瞬間に、キラキラと舞う水しぶきが敵を袈裟懸けに斬って捨てた。
その飛沫が来た方向を振り向くと、
「わるい、ちょっとすっぽ抜けた!」
と、そんなわけはあるまいに、そう言って明るく笑う錆兎。
グズグズしている自分を見て手を貸したのだろうが、そんな風になんのことはない自分の失敗のように伝えるあたりが、目上をたてるこの少年らしい。
「ああ、ちょっとめずらしい気配だったもんで、考え込んでて出るのが遅れて悪かったな」
と、そこは素直に本音を告げると、錆兎は苦笑する。
「いや。余計な事をしてこちらこそすまなかった。
…柱だからな、宇髄も俺たちも。
斬るべき対象を斬らないということはないとわかっているんだが、宇髄と組むまで、そのあたりをわきまえて行動できるやつと一緒だったことがなかったから、どうしても手が出るな」
「…柱だから…か」
「ああ、柱だからだ。
柱は多くを支える存在だからな。
柱になった時点で、自分の命は自分だけのものじゃない。
大勢の命を守り背負う義務と責任をおっている。
だから必要な時に命を惜しんではならないが、簡単に捨てて良いわけでもないだろう?」
…だから、この名は重い……と、最後にそれを噛みしめるように言う。
正直宇髄は個人主義なので、そこまで周りのことまで考えて柱の名を拝命したわけではなかったが、錆兎はまだ幼いながらも考えて考えて覚悟をして、それを受け入れたようだ。
自分にはないそんな覚悟がにじみ出ている錆兎だから、たぶん周りがついてくるのだろう。
子どもの今でさえこうなのだ。
おそらくもう5,6年もすれば、こいつが柱の代名詞になるんだろうなぁと、宇髄は思った。
まあそれでも宇髄は順応性は高いほうなので、その後はなんとなく慣れて、淡々と敵を倒していく。
鬼の気配が薄いと言っても、相手は普通に首を斬れば倒れるので、錆兎と義勇の技が重なる瞬間は派手でいいなぁ、などと気楽に考えられるほどには、気配の違和感も気にならなくなった。
もう自分はある意味、その道を極めた柱として認定されてしまったので、今更そんな相棒を作ることもできはしないが、いつか多少なりとも暇になった時には、継子でも取って師弟で共闘なんていうのも、派手でいいかもしれねえなぁ…などとも思う。
誰かと一緒の戦闘なんて面倒くさいばかりだと思っていたが、水の対柱達を見ていると、なんだか他人との関わりを持ちたくなってきた。
「ん!森の中に異形の気配はなくなった。あとは普通の動物ばかりだと思う」
と、最終的に気配を確認した錆兎の言葉で、宇髄は前進を指示する。
「了解。気をつけていこう」
「…うん、わかった」
と、素直にそれに頷く対柱達。
正直…年齢も2歳と少し上だし、柱としての経験も半年くらいは長いが、他を指揮して戦うということに関しての実績という意味では、個人行動が多かった宇髄は錆兎のそれに遠く及ばないという自覚がある。
もしこれが逆ならば、おそらく自分は自分より実績のない人間の言うことなどガン無視だろう。
だが、錆兎は当たり前に宇髄の指示に従うし、かゆいところに手が届くような補佐をする。
そのあたりが、こんな鳴り物入りで柱に抜擢された人間としては、ありえないくらい謙虚で懐が深いと思う。
上に立てば誰よりも頼れる司令官、下に付けば1を聞いて10を悟ってくれる優秀な補佐官。
鱗滝左近次すげえな、まじすげえ。
柱になるくらいだから自分も強いのだろうが、それ以上に育て手として天才なんじゃね?
と、これを育てたと思えば、やっぱり鱗滝、最高。派手に神!と、宇髄は狭霧山に向かって拝みたくなった。
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